すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

教育の国の人だから…

2006年09月04日 | 読書
 9月1日夜のテレビニュース、少し注目して画面を見入った。
 次期自民党総裁候補として名乗りを挙げた安倍氏のことばである。
 重点とする公約を三つ掲げた後に、
「何を一番に?」という番組のキャスターに、どう返答するか。

 「教育」、のことばが出た。

 案の定である。
 国民的人気の高さを基盤として出馬する候補としては当然なのかもしれない。


 『日本を滅ぼす教育論議』(岡本薫著 講談社現代新書)という本に
日本人の現状が、「『教育教』の信者」と題され、次のように論じられている。

A 教育が理屈抜きで「好き」
B 教育の目的を「心」や「人格」に置く
C 教育について「平等」を求める


 安倍氏の所信表明は、「教育好き」の日本人にとってインパクトがあるだろう。
 また、内容としてBが核をなしていることは、読んでもいないのだがその著書『美しい国』という題名一つで想像がつく。

 ところで、岡本薫氏は、こうした教育観によって生じた現象として指摘されていると次のことを挙げた。

①学校に期待される役割が極めて大きい
②学校教育への投資が大きい
③教員の経済的・社会的地位が高い
④教育が経済問題でなく政治問題


 他国との比較も出されていて確かにその通りだと思うが、もう一つ確かなことがある。
 これは①から④、少なくても③までは今明らかに低下傾向だということである。
大局的な見方をすれば、それは規制緩和であり、自由化といえるのかもしれない。だから、逆に見ていくと、上記のBやCは崩れかかってきているとも考えられるのではないか。

 とちょっかいを出したい箇所もあるにせよ、刺激的な論述が繰り広げられている本である。
 岡本氏の単行本を以前読んだときも、その発想と明快な論理に驚いたことがある。今回の新書も納得させられる部分が多く、フムフムと最後章まで読み通した。
 しかし結局「ではどうする」といった視点の提示がないので、欲求不満を抱えたままの読了となってしまった。

 「おわりに」で、岡本氏は書いている。

日本人はそろそろ、これまで正面からの議論を避けてきた「憲法ルール」と「日本文化」の矛盾や、最近の「多様化・個性化・自由化」等の動きと「日本文化」との矛盾に気づき、将来の日本で「何を残し、何を変えるのか」という「選択」を、真剣に考え始めるべきだろう。


 確かにその通りであるが、傍観者的な書きぶりに不満も残る。
 岡本氏に言わせれば、それは自分の任でないということになるのだろうが、ここらあたりの認識から抜けきれないのも日本人読者なのである。文科省の課長という要職にあった人が、課題を提示しただけで済むのかという気もする。
 地上戦の我々には手が届かないのだから…。

 そしてまた、「日本は、『選択』の国でなく、『育てる』国である」と、どこかで聞いたフレーズも唐突に思い浮かぶ。
 だから「あれもこれも」で進歩がないのだろうか。
 八百万の神の国だものね。