すぷりんぐぶろぐ

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希望をつなぐのは、手である

2007年04月25日 | 雑記帳
 休日にレコーダーやDVDの整理をしていて、見逃していたNHK『プロフェショナル 仕事の流儀』があることに気づいた。

 2月に放映された専門看護師北村愛子の回である。

 命の危機に瀕している患者を診る「クリティカル看護」のスペシャリストだという。
 まさしく言葉通りのハードな働きであることが画面からもひしひしと伝わってきた。
 北村は、自分の仕事の意味を「希望をつなぐ」という言葉で表していた。
 
 印象的なシーンがいくつかある。
 一つは、北村が5年間毎日続けているというノートの場面である。
 一日に、何人もの患者を診る北村は、思い浮かんだ感情、悩んだこと困ったことも含めて書き留めておくのだという。
 わずかな行しか画面には写らなかったが、そこに表されていたのはけして強い言葉だけではなかった。
 北村は言った。

「自分をよくわかっていないと、切り替えることはできない、です。」
 
 書きつけることの意味を今さらながらに思う。
 文字にして「落としておく」ことは、自分を保って他へ働きかけていこうとする者にとって、強い武器になる。

 全体を通して映像で強調されていた場面は、北村が患者の手を握るシーンである。
 ベッドサイドはもちろん、廊下で、ホールで、いくつか取り上げられている。
 その意味は単純なように見えて、実は深い。北村はこう表現していた。

「患者から元気をもらう」
 
 きれい事としてではなく、響きのある言葉だった。
 病室は弱い場所ではなく、患者とそれを取り巻く者たちのパワーが集まっている強い場所なのだ、という信念の感じられる言葉だ。

 「感情を素直に書きとめる」「患者と手を握る」

 北村の二つの行為は、まったく正反対のようにも見えるが、「希望をつなぐ」という一点にまさしく向かっていることがわかる。
 そして、希望をつないでいるのは、どちらも手なのである。