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教室における「見える化」

2007年05月25日 | 教育ノート
 ビジネス誌に昨年あたりから「見える化」という言葉が目立つようになった。
 「可視化」といってもいいのだろうが、「見える」と置き換えたことによってねらいが焦点化されたように思う。私たちの仕事にとっても、様々な意味で使えると思って下のようなことを書いてみた。

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縷述~つながる授業15 【教室における「見える化」】

※見える化(みえるか)とは、現場における企業活動の様子を目に見える形にしようとする取り組みを象徴する言葉である。ただしその本質は、単に、計画や実績を図やグラフにして可視化する事ではなく、組織化された人間たちの活動の中で、個々人が作業の実態についての情報を共有し、一人の人間の認識力の限界を補完して、現場における企業の能力を向上させる事にある。~『ウィキペディア』より~
 
 そっくり学校や教室に当てはまると言い難い言葉ですが、「能力向上」を目指すために有効なキーワードになりえるのではないか、日常をふりかえるいい視点になるのではないかと感じました。
 つまり、「子ども」に対して「学習の様子(目的、足跡など)」が「見える形」で提示されているかは、大きなポイントになるということです。

 1時間の授業における「めあて」「課題」「流れ」「対立点」「要点」「結論」などがはっきりと見えていることは、子どもの学びを進めるうえでかなり大きな役割をはたします。例えば著名な社会科の有田先生、算数科の坪田先生の板書は、その典型と言えるのではないでしょうか。

 子どもたちの学習の足跡、作品などを見えるようにしておくことも有効です。しかし「見える化」を意識してとなると、それはただ掲示すればいいのではなく、「学び」や「ポイント」が示されていること、さらに付加、修正といった連続性を持っていること、見た者が参加できる要素を持つこと、など「情報の共有を能力向上に役立てる」いくつかのポイントが浮かび上がってきます。

 とすれば、係活動などのお知らせや学級目標もそうではないでしょうか。やや固定型の傾向があるそれらの掲示が活きるためには、他の活動とつながることが必要ですし、それを何らかの形で見えるようにすることも当然配慮されるべきことでしょう。

 さて、私たちの研究実践面ではどうでしょうか。今年の「声」を前面に出したテーマ設定と活動継続…「見える化」という視点から考えてみると、さらに必要なことも出てくるかもしれません。なにしろ「声」はすぐ消えますから。
(5/25)
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