この秋に野口芳宏先生をお招きしたとき、本校で取り組んでいる音読・暗唱詩について、少しご意見を伺った。その折に、未習の漢字に読みがなをつけて印刷した方がいいかどうか尋ねたら、先生はこう仰った。
「それはつけないで教師が教えた方がいい。それが教師の威厳というもんだろ」
(ちょっと不確かながら、こんな感じで)
12月、高村光太郎の著名な詩「冬が来た」を取り上げる。
野口先生の教えどおりに、読み仮名なしで印刷して配布したら、さっそく職員から漢字について訊かれる。
公孫樹(いちょう) 箒(ほうき)
の二つは大人でも難しいので、これらは「偉そう」に教えてあげる。
ところが読み進めていくうち、他の言葉でやや自信がなくなってきた字もあったので、改めて確かめることにした。
一番迷ったのが「埋めろ」である。
最終連はこうである。
しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のような冬が来た
「うめろ」か「うずめろ」か。
広辞苑を調べ二つの意味からすると、これは「うずめろ」がふさわしいと考えた。山々や家々を雪で覆えというイメージを持ったからだ。
そんなことをメモしながら職員へ伝えた。
それが先週。
そしたら今日、職員の一人がこんなことを言うではないか。
「今日やった国語の業者テストの裏に、『冬が来た』の詩があり、それには『う(めろ)』と読み仮名がある」
えっ、間違いか。
もう一度、国語辞典(大辞泉)で意味を確認してみた。二つの違いについて解説している文章を読んでも「うずめろ」が正しいと思うんだけどな…となんとなく釈然としないまま、図書室にある詩集を手にとってみた。
やはり「う(めろ)」と振ってある。
ああ、間違いか。しかし念のため、と思って側にあったもう一つの詩集で探してみた。
「うず(めろ)」
おうっ、あったではないか。
これはもう原本にあたるしかないか、しかしどこの図書館へ行けばあるのか、それに読み仮名がふってあるものかどうか…
ああ、教師が威厳を持つことはなかなか困難なものである。
しかし追究も努力もあるがゆえの威厳であるか。
と、こんなことを書いているのは、誰か教えてくれないかしら…と淡い期待を持っている証拠。威厳も冬に縮こまっている。
「それはつけないで教師が教えた方がいい。それが教師の威厳というもんだろ」
(ちょっと不確かながら、こんな感じで)
12月、高村光太郎の著名な詩「冬が来た」を取り上げる。
野口先生の教えどおりに、読み仮名なしで印刷して配布したら、さっそく職員から漢字について訊かれる。
公孫樹(いちょう) 箒(ほうき)
の二つは大人でも難しいので、これらは「偉そう」に教えてあげる。
ところが読み進めていくうち、他の言葉でやや自信がなくなってきた字もあったので、改めて確かめることにした。
一番迷ったのが「埋めろ」である。
最終連はこうである。
しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のような冬が来た
「うめろ」か「うずめろ」か。
広辞苑を調べ二つの意味からすると、これは「うずめろ」がふさわしいと考えた。山々や家々を雪で覆えというイメージを持ったからだ。
そんなことをメモしながら職員へ伝えた。
それが先週。
そしたら今日、職員の一人がこんなことを言うではないか。
「今日やった国語の業者テストの裏に、『冬が来た』の詩があり、それには『う(めろ)』と読み仮名がある」
えっ、間違いか。
もう一度、国語辞典(大辞泉)で意味を確認してみた。二つの違いについて解説している文章を読んでも「うずめろ」が正しいと思うんだけどな…となんとなく釈然としないまま、図書室にある詩集を手にとってみた。
やはり「う(めろ)」と振ってある。
ああ、間違いか。しかし念のため、と思って側にあったもう一つの詩集で探してみた。
「うず(めろ)」
おうっ、あったではないか。
これはもう原本にあたるしかないか、しかしどこの図書館へ行けばあるのか、それに読み仮名がふってあるものかどうか…
ああ、教師が威厳を持つことはなかなか困難なものである。
しかし追究も努力もあるがゆえの威厳であるか。
と、こんなことを書いているのは、誰か教えてくれないかしら…と淡い期待を持っている証拠。威厳も冬に縮こまっている。