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なんか、こお、いい物語

2016年12月04日 | 読書
 『つむじ風食堂の夜』(吉田篤弘 ちくま文庫)


 「なんか、こぉ」と連続テレビ小説のヒロインの口癖を真似したくなる。言葉にうまくできないが、とてもいい物語だ。一つには設定だろう。ブーム?になっているドラマ『深夜食堂』もそうだが、馴染みの店に人が集まる設定は、キャラクターを安定させる仕組みがあるのではないか。基点があると動きやすいのだ。



 心惹かれる表現が多い。いくつか拾ってみよう。「人は上るときにだけ階段の数を数える。おりるときに数えるという人に会ったことがない。」アパートの屋根裏のような7階に住む主人公はその急な階段と格闘するように暮らしている。もちろん、昇降については慣れているが、たいてい「問題」が持ち帰られるからだ。


 「本当にオノレを見極めたかったら、世界の側に立って、外側からオノレを見ることです。ね?そうして、わたしたちはしだいに若いときのとげとげとした輪郭を失ってゆくんです」主人公に絡む「帽子屋」の語りは、常に刺激的だ。物語が動く要素を作る「二重空間移動装置」という万歩計(笑)を登場させるのだから。


 「二重空間移動装置」は、「ここ」に関する会話によって結着した気がする。帽子屋は語る。「宇宙がどうであっても、やっぱりわたしはちっぽけなここがいいんです。他でもないここです。」ありきたりの表現だが意味は深い。「ここ」を自分で規定することによって、宇宙は果てなく感じられるし、つむじ風も起こる。