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桜と絵本と豆乳と

価値ある学びを探すこと

2021年06月12日 | 読書
 Eテレの「ズームバック×オチアイ」という番組を時々見て刺激をうける。とぼけた顔のように見えるが、その飄々とした雰囲気でずばりと核心をつくことを語る。全て理解できるわけではないが、おうっと思うことがしばしばあって、担当プロデューサーの突っ込みもなかなか面白い。価値観が揺らぐ快感?がある。


『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書』(落合陽一 小学館)



 著者は大学教員をする傍ら、会社にもCEOとして務めている。今どきそんなスタイルの人も少なくない。突出した能力や資質があるからに違いないが、働き方のそういう選択そのものが、この著の内容を表している。いわば、ゴールといった捉え方がない。個々の目標地はあるはずだが、それはすぐに通過点になる。


 冒頭の「なぜ学校へ行くか」「なぜ勉強するか」と立てられた問いは、教育現場に長く勤めた者としては、幾度となく直面した経験を持つ。特に社会変化が顕著になった30年ほど前からか。おぼろげながら出した結論めいた中身は、この一節に近い。「教育にある『コンテンツ』と『トレーニング』という2つの要素


 つまり、学校教育においてコンテンツ(教科内容等)の重要性は少しずつ目減りしてきているが、トレーニング(学び方や訓練等)の要素は揺るがないということだ。ただ後者は、社会構造や世相の流れから困難度は高くなっている。ゆえに工夫のしどころはその辺りだと…気づいた頃は、やや手遅れの感があった。


 教科教育に力を注いだ頭を切り替えられなかった面はある。ただそれは言い訳めいていると承知している。今も学び続けている方々を見たとき、明らかだ。著者は「最も価値のある学びとは、本気の挑戦の中にあるトライアンドエラーです」と書く。本気の挑戦…体力や気力の維持だけを考えては、立ち上がらない。