鈴木敏夫著「風に吹かれて」(中央公論新社)は
渋谷陽一さんが鈴木敏夫氏へインタビューしたのをまとめた一冊。
「あとがき」に鈴木さんが書いております。
「このインタビューがゲラになったころ、彼から電話を貰った。
『僕のインタビューの中でも三本指に入るモノになった』
嬉しそうだった。勝ち誇っていた。
彼と僕とは二歳違い。同世代に属する。
ずいぶんと昔、彼の使った言葉が印象的だった。
『だれしも時代の洗礼を免れることはできない』
おそらく20年以上前のことだろう。
それを僕はずっと憶えていた。・・・」(p394)
「まえがき」は、渋谷陽一。そこには、
「僕はポップ・ミュージックと長くかかわって来て、
ポップ・カルチャーの本質は、
その表現の中に
他者の視線をとり込む事ができるかどうか
という事だと気付いた。
ポップ・ミュージック以上に、
アニメーションは構造的に
ポップである事を宿命付けられている表現だ。・・・・」(p9)
うん。私はこの「まえがき」と「あとがき」とで満腹。
渋谷陽一さんが鈴木敏夫氏へインタビューしたのをまとめた一冊。
「あとがき」に鈴木さんが書いております。
「このインタビューがゲラになったころ、彼から電話を貰った。
『僕のインタビューの中でも三本指に入るモノになった』
嬉しそうだった。勝ち誇っていた。
彼と僕とは二歳違い。同世代に属する。
ずいぶんと昔、彼の使った言葉が印象的だった。
『だれしも時代の洗礼を免れることはできない』
おそらく20年以上前のことだろう。
それを僕はずっと憶えていた。・・・」(p394)
「まえがき」は、渋谷陽一。そこには、
「僕はポップ・ミュージックと長くかかわって来て、
ポップ・カルチャーの本質は、
その表現の中に
他者の視線をとり込む事ができるかどうか
という事だと気付いた。
ポップ・ミュージック以上に、
アニメーションは構造的に
ポップである事を宿命付けられている表現だ。・・・・」(p9)
うん。私はこの「まえがき」と「あとがき」とで満腹。