和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

今日もまた一日。

2018-09-07 | 道しるべ
困ったときしか、手を合わせない私は、
安穏な生活を過ごさせていただいております。
それですから、
毎日手を合わせている方が、気になります。


谷口智彦著「安倍晋三の真実」(悟空出版)に

「その間にも総理は国会に始終呼ばれて椅子に縛り付けられ、
ほかのことが何もできません。もしかしたら腰痛も起こしてしまう。
そんな中でも厳しい外遊日程をこなすうち、風邪の一つもひいて帰れば、
重篤な病だとあらぬウワサがすぐ立って、待ってましたとばかり
総理の足を引っ張る人たちがまたぞろ現れる。どこまで行っても、
総理に圧力がかかり、かつ、次第に増加するようになっているのです。

権力者・安倍晋三に見えている風景とは、このようなものです。
それでもひるまず、望ましい政策の実現に近づこうとするなら、
体力、気力とも、誰にも負けないだけのものを維持していないと
いけません。安倍総理が、なぜ毎朝、父・晋太郎や、祖父・岸信介の
位牌を並べた仏壇に手を合わせるか、私には想像がつく気がします。
『今日また一日、くじけずに頑張ります』と、
決意を述べて、加護を頼んでいるのでしょう。」(p123)


思い浮かんだのは、
佐野眞一著「凡宰伝」(文芸春秋)でした。
小渕恵三氏をとりあげた本でした。
そこから、この箇所。

「高村は、これもあまり知られていないが、と前置きして、
小渕さんにはテコでも動かない頑固さがあるといい、
こんなエピソードを披露した。

総理が自宅の庭で下駄を履いて、お日様に向かって柏手を打って
いるところがテレビで流れたことがありましたね。それをある人から、
あれはおじんくさい、田舎のおっさんみたいだからやめろと忠告され
たらしいんです。しかし、自分はあれを五十年以上やっている。
いまさらやめるわけにはいかない。だから、外でやるのはやめにしたが、
いまも部屋のなかでお日様に向かって柏手を打っているんだ、
と話された。・・・・
そして、こういう話を隠さずにさらっと披露するところが、
これまた小渕流なんだな。・・・」
(p41~42)


はい。手を合わせると、柏手とは違うわけですが、
総理ということで思い浮かびました(笑)。
コメント (2)
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