月刊Hanada2019年2月号。
ここに平川祐弘氏が連載をしており、今号は9回目。
連載中読んでいなかったのですが、
この回は、目を通す(笑)。
気になったので引用。
「私には、ものを書くについてある目処(めど)があった。
それは学術上の文章が、自分の日記や手紙の文章ほど
生き生きしないようなら、書くに価しない、という思いで、
その気持は学生時代も、教授時代も、退官後も変わらない。」
(p317)
こうして、ご自身の学士論文に触れてゆくのでした。
「大学後期の私は立原道造を好んだ。
私の場合、詩よりも日記や手紙を愛した。
・・それでフランス青年詩人ゲランの日記や手紙を
とりあげて学士論文とすることにした。
オリジナルなことが特に言える訳もなく、
フランス語が達意なはずもなく、
書きおえてまことに不満だった。」
その、モリス・ド・ゲランが、
この、2月号のテーマでした。
こんな引用があります。
「彼の文学的趣味、その詩法について
その一端を披露すれば姉に次のように書いた。
自分で自分にふさわしい文章を書きなさい。
詩人は誰でもその心の奥に書かれた詩法
というものがある筈です。
それ以外に詩なんてあるもんですか。
何でもない小さな事まで自然をよく観察して、
考えが閃いたら、その流れのままに
筆を走らせる、それ以外に手はないですよ。」
(p324)
平川氏の文の最後は
リルケがゲランに掲げた二行の言葉
引用で終っておりました。
ここに平川祐弘氏が連載をしており、今号は9回目。
連載中読んでいなかったのですが、
この回は、目を通す(笑)。
気になったので引用。
「私には、ものを書くについてある目処(めど)があった。
それは学術上の文章が、自分の日記や手紙の文章ほど
生き生きしないようなら、書くに価しない、という思いで、
その気持は学生時代も、教授時代も、退官後も変わらない。」
(p317)
こうして、ご自身の学士論文に触れてゆくのでした。
「大学後期の私は立原道造を好んだ。
私の場合、詩よりも日記や手紙を愛した。
・・それでフランス青年詩人ゲランの日記や手紙を
とりあげて学士論文とすることにした。
オリジナルなことが特に言える訳もなく、
フランス語が達意なはずもなく、
書きおえてまことに不満だった。」
その、モリス・ド・ゲランが、
この、2月号のテーマでした。
こんな引用があります。
「彼の文学的趣味、その詩法について
その一端を披露すれば姉に次のように書いた。
自分で自分にふさわしい文章を書きなさい。
詩人は誰でもその心の奥に書かれた詩法
というものがある筈です。
それ以外に詩なんてあるもんですか。
何でもない小さな事まで自然をよく観察して、
考えが閃いたら、その流れのままに
筆を走らせる、それ以外に手はないですよ。」
(p324)
平川氏の文の最後は
リルケがゲランに掲げた二行の言葉
引用で終っておりました。