石井桃子講演録「子どもが本をひらくとき」(ブックグローブ社)
にこんな箇所がありました。
「戦争中に『ノンちゃん雲に乗る』を書きましたが、それも
まったくの偶然です。・・・」(p14)という箇所。
それが印象に残ります。
その個所を、今回は
竹内美紀著「伝記を読もう 石井桃子」(あかね書房)から
引用してみます(笑)。
「・・・ずっと後になってから、桃子は、
インタビューの中で、戦争中のことを聞かれ・・・
桃子は、亡くなった親友の小里文子(おりふみこ)から
ゆずり受けた家の庭先で、大きな石臼にスイレンをうかべて
メダカや金魚を大事に飼っていました。
空が青く、雲が白く、
あんなに心にしみいる青い空や、
白い雲をその後みたことがない、そんな日でした。
桃子は、小さなベランダに立ちつくして、
空をあおいで酸素不足の金魚みたいにあっぷあっぷしていました。
そのうち、友人たちのためにお話を書こうと思いつきました。
このとき思いついたお話の主人公がノンちゃんです。
書きだしたら、形も何も考えないうちにどんどん出てきました。
書けた分だけ少しずつ友人のところに送ったら、
おもしろがって読んでくれました。
『ノンちゃん雲に乗る』の誕生です。
原稿を送った相手は、陸軍兵舎にいた友人です。
スキーなどをいっしょに楽しんだ仲間のひとりでした。
文化的な生活をしていた若者にとって、命令には
絶対服従の軍隊生活はとてもきゅうくつな
ものだったにちがいありません。
『ノンちゃんを読んでいるときだけは人間でいられた』
と言って、ノンちゃんの原稿を心待ちにしてくれていました。
そして、自分で楽しむだけでなく、かくしながら
友人たちと回し読みまでしました。きっと、
自由な文化の香りが喜ばれたのでしょう。
六か月くらいかかってお話は完成しましたが、
戦争中ということもあって、
すぐに日の目をみることはありませんでした。
『ノンちゃん雲に乗る』が世に出るのは、
戦争が終わるのを待たなければなりません。」
(p44~46)
にこんな箇所がありました。
「戦争中に『ノンちゃん雲に乗る』を書きましたが、それも
まったくの偶然です。・・・」(p14)という箇所。
それが印象に残ります。
その個所を、今回は
竹内美紀著「伝記を読もう 石井桃子」(あかね書房)から
引用してみます(笑)。
「・・・ずっと後になってから、桃子は、
インタビューの中で、戦争中のことを聞かれ・・・
桃子は、亡くなった親友の小里文子(おりふみこ)から
ゆずり受けた家の庭先で、大きな石臼にスイレンをうかべて
メダカや金魚を大事に飼っていました。
空が青く、雲が白く、
あんなに心にしみいる青い空や、
白い雲をその後みたことがない、そんな日でした。
桃子は、小さなベランダに立ちつくして、
空をあおいで酸素不足の金魚みたいにあっぷあっぷしていました。
そのうち、友人たちのためにお話を書こうと思いつきました。
このとき思いついたお話の主人公がノンちゃんです。
書きだしたら、形も何も考えないうちにどんどん出てきました。
書けた分だけ少しずつ友人のところに送ったら、
おもしろがって読んでくれました。
『ノンちゃん雲に乗る』の誕生です。
原稿を送った相手は、陸軍兵舎にいた友人です。
スキーなどをいっしょに楽しんだ仲間のひとりでした。
文化的な生活をしていた若者にとって、命令には
絶対服従の軍隊生活はとてもきゅうくつな
ものだったにちがいありません。
『ノンちゃんを読んでいるときだけは人間でいられた』
と言って、ノンちゃんの原稿を心待ちにしてくれていました。
そして、自分で楽しむだけでなく、かくしながら
友人たちと回し読みまでしました。きっと、
自由な文化の香りが喜ばれたのでしょう。
六か月くらいかかってお話は完成しましたが、
戦争中ということもあって、
すぐに日の目をみることはありませんでした。
『ノンちゃん雲に乗る』が世に出るのは、
戦争が終わるのを待たなければなりません。」
(p44~46)