和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

静坐の老人話。

2019-02-26 | 短文紹介
鶴見俊輔の文「すずめの学校」に
引用されている芦田恵之助の本を、とりあえず注文。
「法楽寺の芦田恵之助先生」5巻本が届く。

その5冊目をひらいていたら、
こんな箇所がありました。

「約一時間近い静坐を解かれた先生はそのままの
姿勢で・・・『老人の静坐』とでもいうべき話を
すこしばかりされた。」

 その話を引用

「わたしは今年79歳になりました。
昨年の1月から生れ故郷の丹波竹田村に帰り、
生家の檀那寺法楽寺という曹洞宗のお寺の
衆寮で独りぐらしをしているものであります。
ご飯はお寺の大きな釜で寺のおくさんが
いっしょに炊いて下さるのですが、
お菜拵えは自分でいたします。
俎(まないた)は菓子折の蓋、包丁は肥後守一挺、
簡潔というてもこれほど簡素な形はあるまいと思います。

長らく教育におりましたが大正14年から77歳まで
全国を回って学校の教壇に立ちましたが、一応昨年で引退し、
法楽寺で自伝を書きました。・・・・下巻を今書いております。
・・締切日はございませんので倦めば四畳半でひるねをしたり、
夜は毎晩のようにやって来る甥と世間話をいたします。
甥が
『叔父さんはどうしてそんなにおもしろそうに毎日の
日ぐらしをしているのか。いつもにこにこしているではないか。
何か秘密があるのだろう。それを聞かしておくれーー。』
といいます。
『いや、わしにそんなもののあるはずがない。見た通りの男さ』
『いや、たしかにあるはずだ』
『ふん、あろうかい。じゃが、そんならお前ひとつ
 わしと一緒に坐らんか』
『坐ります』

そうすると、毎朝福知山を四時すぎに出る一番の汽車が
通ると甥は法楽寺の坂を上って来ます。甥の家は線路の側で、
法楽寺まで十分かそこいらです。それまでにわたしは
ふとんを畳んで待っております。そして丹念に30分ほど
二人で坐ります。そんな二人の静坐がもうかれこれ小一年も
つづいておりましょうか、大変元気になりました。
その甥がことし75歳で・・・・(一斉に哄笑)・・
75になった老人でも、なお静坐によって老人は老人なりに
身心の改造をとげることができる。天賦の生命力を正常に
のばしてゆくことが静坐の義でもありまして、
この経験によって、静坐は年齢にかかわらぬ
ものであるということを確信するものです。
・・・・これからも恐らくいのちがある限り静坐を行ずるつもりです。」
(p134)


はい。60歳を過ぎたころから、
こういう話を聴きたくなります。

それ以前の年齢なら、きっと、
聞きたくもなかったはずです(笑)。


とにかくも、これで芦田恵之助と、
禅宗の曹洞宗とがつながりました。
コメント
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