はい。今朝起きたて、本棚から取り出したのは、
ボッカッチョ『デカメロン』(河出書房新社・平川祐弘訳)。
はい。いつかは読もうと古本で買ってあった一冊。
はい。読まずにしまってあった厚さ4.5㎝の単行本。
2014年に、古書ワルツから購入し、そのままでした。
うん。今が読み頃と、
「第一日」をひらく。そのはじまりは
「『デカメロン』すなわち『十日物語』が始まる。・・・・」
うん。はじまりだけを引用します(笑)。
「しとやかな皆さま、つらつら思いますに、
皆さまがた女性は天性たいへん感じやすくていらっしゃいます。
それだけに本書のこの出だしの部分は皆さまに重苦しい不快な
印象を与えるのではないかと懸念されてなりません。
それと申しますのも、事もあろうに、
ペストの思い出が本書の冒頭に現われるからでございます。
ペストは今でこそ過去のものとなりましたが、しかしそれを
目撃した人、見聞きした人には、痛切な思いを残しました。
一人残らず心の傷を負いました。しかし(そのお話をしますために)
皆さまが恐怖に怯えて『これ以上先はもう読みたくない』
などと言い出されては大変でございます。
それにこの『デカメロン』は先へ読み進んでいただければ
おわかりになりますが、読者の皆さまが悲嘆にくれるという
ような書物ではけっしてございません。・・・」
はい。こうして『第一日まえがき』は、はじまってゆきます。
うん。私はここまで。
あとは、本文を飛ばして、本の最後をひらき
訳者による解説を読みだす。
解説だけでも、p708~p769と、読みでがある。
うん。解説の最後の「結びにかえて」を引用することに、
「一切の教職を去った私に2007年、
荻窪の読売文化センターから講義の依頼があった。
私は話すように書く人でなく書くように話す人なので、
・・講演の場合はいつもあらかじめ書いて準備する。
荻窪でもそのように講義し、できれば結果を・・まとめようと心がけた。
第二第四土曜日の午後の講義であった・・
・・30代の末に読みかけて、そのまま放置しておいた
『デカメロン』だったが、75歳の時、翻訳の話が舞い戻った。
・・・半世紀前にイタリアで幸深い青春を過ごした一日本人として、
自分で自分に課した使命の一端ををいま晩年に果たすことができ、
運命に感謝せずにはいられない。
・・・・老来の私は気分が高まった時、その気分を鎮めるためにも
『デカメロン』を訳したりもした。私よりひとまわりも年若い友人で
学会長などを務めた者が、天分に恵まれながら真に後世に残すに
足る業績も残さぬまま養老院へはいってしまった。
それを聞いた時は、なんということであろうか、と思い、
第十日の物語を訳し続けた。・・・・」
はい。私はもうお腹がいっぱいです。そうそう、
思い出しました。以前、ここまで読んで、本の厚みに怖気づいて
『デカメロン』を本棚に戻したのでした。