和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

開聞岳が見える。

2018-03-12 | 詩歌
ひさしく、開かなかった
詩集を本棚から取りだす。

「竹中郁全詩集」(角川書店)
その詩集のおわりには

 竹中さんのこと  井上 靖
 竹中郁の世界   杉山平一
 解題       足立巻一
 年譜       足立巻一

がありました。
そういえば、井上靖氏のこの文を
読んでいなかったなあ、と読みだす。

「・・私は(昭和)23年の暮れには居を
大阪から東京に移しているので、それまでの
僅か3、4年の間のことである。・・・
・・氏とのお付き合が、急速に一層頻繁になり、
親密の度を加えるようになったのは、
22年の秋から23年にかけてである。
童詩雑誌『きりん』編集のために
顔を合わせることが多くなったのである。
今考えると、あとにも先にもない
ふしぎに楽しい期間であった。」
(p707~708)

「私たちの仲間で一番暗くあって然るべきなのは
竹中さんであったかも知れない。
氏は戦火によって生家も、養家も、御自分の住居も、
そしてたくさんの蔵書もすっかり焼いてしまっているのである。
氏はそうしたことから受けられた筈の心の打撃の、
その片鱗をも見せなかった。
構えているわけではなく、それがごく自然であった。・・・
こうしたことは氏の第七詩集『動物磁気』をひもどくと
よく判る。この詩集は23年7月、尾崎書房から出版されたもので、
私が氏と漸く繁くお付合するようになったその時期の、
戦後の作品が一冊に収められている。・・・・
どの一篇をとっても、そこには戦後が顔を出しているが、
しかし暗さはみじんもない。焼跡から詩を拾っているが、
まるで宝石でも拾うような拾い方である。・・・」
(p710~p711)


うん。それならば、
『動物磁気』全篇をあらためて読みましょう。

さて、一篇の詩を引用するとしたら、
むずかしいけれど、私はこれにします。


   開聞岳

このごろ
しきりに開聞岳が見たい
開聞岳 あの九州の南端の
海から生えたやうな傑作だ
夢にもくっきりと現はれる美しさ
しきりに死火山開聞岳が見たい

  〇

昭和十五年二月十日早暁
海上から打ち眺めた
開聞岳の眉目

  〇

もの悲しい焼野原の町のゆくて
ときどき 突然
開聞岳が見える
そして ぱったり消える
アイスクリームをたべたより
十倍も爽快だ



ちなみに、
本の最後に載る、年譜をめくると

「昭和22年(1947) 四十三歳
・・・・十一月、詩『開聞岳』を『詩学』に発表。」

「昭和23年(1948) 四十四歳
・・二月、児童詩誌『きりん』と命名し、
尾崎書房から創刊して監修及び児童詩の選評にあたる。」


という箇所があります。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 3月11日産経新聞。 | トップ | 「きりん」の鉛筆。 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

詩歌」カテゴリの最新記事