和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ヨーガと禅。

2021-02-20 | 正法眼蔵
増谷文雄著「臨済と道元」(春秋社・1971年)に
ちょっと、禅とヨーガに触れた箇所がありました。
そこを紹介。

「禅とは、梵音〈ディヤーナ〉を音写して〈禅那〉となし、
さらにそれを省略して〈禅〉となしたものである。
意訳すれば、定もしくは静慮である。

それは、かの『ヨーガ・スートラ』に説くところの
ヨーガの支則の一つであって、『そこにおいて
意識作用が一点に集中しつくす状態が静慮である』
と定義されている。

その『ヨーガ・スートラ』の説くところは、
インドの思想家たちの諸派に通ずる実践論であって、
仏教もまたはやくからその修行法を採用していた。・・・」
(p52)

この箇所は、増谷文雄氏が『正法眼蔵』の第49『仏道』の巻
にふれながら指摘されているのでした。
それならばと、講談社学術文庫の『正法眼蔵』の目次を
さがしてみると『正法眼蔵(五)』に『仏道』があります。
そこの増谷文雄氏の現代語訳で、この箇所を引用。

「石門の『林間録』にいう。
『菩提達磨は、はじめ梁から魏にいたった。
崇山(すうざん)のふもとをあるいて、少林寺にいたり、
そこに杖をおいたが、ただ面壁して端坐するのみであった。
それは習禅ではなかった。だが人々はひさしくその故を
測りしらなかったので、達磨をもって習禅の人となした。

いったい禅那とはもろもろの行の一つにすぎない。とうてい
それをもってこの聖人のことごとくを尽くすことはできない。

だが、当時の人はそれを知らないから・・・
達磨をもって習禅の列につらね、枯木死灰(こぼくしかい)の
やからにいれてしまった。

しかしこの聖人はけっして禅那にとどまるものではなかった。
しかもまた禅那にたがうものでもなかった。・・・・』」
(p77)


このあとの、禅への考察には、惹かれるのですが、
煩雑にわたりますし、わたしはもう満腹です。

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