山梨百名山から見る風景

四方を山に囲まれた山梨県。私が愛して止まない山梨の名峰から見る山と花と星の奏でる風景を紹介するページです。

絶滅危惧の花たち

2015年09月10日 | 番外編
(原稿が没にならなければ「山病便り」という職場広報誌の10月号に掲載される予定の原稿です。花と地球環境に対する私自身の思いを綴ってみました。)

 かつて山に登って山の景色や星の輝く空を眺めて写真を撮っていた頃、山上から甲府盆地を見下ろすといつでも盆地に蓋でもするかのように標高1,500mあたりから下のところに白い霞がかかっているのに気付きました。それは空気が澄んだ厳冬の冬でも同じで、何年も山に通っているうちに次第に霞が厚くなり、そして空も透明度が低くなり星が見えづらくなっているように感じるようになりました。このような変化に気付きだしたのはもう7~8年前からではないかと思います。もうひとつ気付いたのは山上のお花畑の変化です。日本第2の高峰北岳は、20年ほど前に撮影された写真を見ると、中腹にある御池小屋という標高2,230mほどの場所は一面に咲き誇るミヤマキンポウゲのお花畑が広がっていました。しかし現在その場所は鹿の食害が著しく、バイケイソウという鹿があまり食べない花ばかりが目立つようになっています。鹿の食害の無いキタダケソウが咲く標高2,800mあたりの場所でも変化は起きています。キタダケソウの咲く6月中旬から7月初旬ごろ、その場所はほとんどキタダケソウしか咲いていなかったはずなのですが、最近はハクサンイチゲなどの花が混じって咲くのが目立っているように感じます。これは地球温暖化による植生の変化が起こっているのではないかと考えています。このような山上の空やお花畑の変化、さらに咲いている植物の変化を追うことで、地球温暖化の影響がどのように出ているか、そして今後の地球環境の変化はどのように変わっていくのかを予測することが出来るのではないかと考えるようになりました。


    霞がかかる甲府盆地(平成25年12月 鳳凰山から)

 そしてここ数年追いかけているのが絶滅危惧の花たちです。ここ10年ほどの間で最も山の花たちに影響を及ぼしたのは爆発的な鹿の増殖による食害が上げられます。原因は鹿を狩猟する猟師さんたちが高齢化したこともありますが、最大の原因は地球温暖化によりかつては鹿が越冬できなかった標高の高い場所でも冬を越せるようになってしまい、そこには鹿の餌となる広大なお花畑が広がっていたことではないでしょうか。かつてアヤメが咲き誇り、山が紫色に見えるほどにたくさん咲いた櫛形山はわずか数年でアヤメは絶滅状態に追い込まれ、キバナノアツモリソウやニョホウチドリといった稀少なラン科植物も人目に届く場所からは姿を消してしまいました。残ったのはマルバタケブキやススキのような鹿が食べない植物ばかりでした。しかし、このような食害から山を守るため、4年ほど前からお花畑全体を鹿の保護柵で囲うようになり、昨年あたりからようやくその効果が見え始め、うれしいことに櫛形山のお花畑は驚くほどに植生が復活してきました。7月に訪れると櫛形山アヤメ平はテガタチドリやキソチドリなどのラン科植物が元気に咲くようになり、場所によっては一面が黄色い絨毯のように見えるほどのキンポウゲのお花畑が復活しています。8月になると花が入れ替わり、今度は山一面薄紫色に見えるほどのマツムシソウやソバナの大群落です。食害から保護することで山の保湿力が回復し、地上では絶えたように見えていた植物が残っていた根から再び活気を取り戻してきたということなのでしょう。そして今年は遂に、あの絶滅危惧種ニョホウチドリも花を咲かせてくれました。それなのに、悲しいことにさっそく数株が盗掘されてしまったと聞きます。


    黄色いキンポウゲの絨毯(平成27年7月 櫛形山アヤメ平)


    保護柵設置で復活したお花畑(平成27年7月 櫛形山裸山)


    テガタチドリとアヤメの群落(平成27年7月 櫛形山裸山)


    マツムシソウとソバナの群落(平成26年8月 櫛形山裸山)


    復活したニョホウチドリ(平成27年7月 櫛形山)

 このような鹿の食害から逃れるため、さらには人の盗掘からも逃れるためにいちはやく保護柵を張り巡らせ保護を行ってきたのが三ツ峠です。かつては御坂山塊の山々にたくさんあったと聞くアツモリソウ、甲府市北部の帯那山にもあったそうですが、今では自生しているものを見ることはまずありません。赤紫色の大きな花を咲かせるアツモリソウはいかにもラン科植物の王様という風格を持っています。大型で目立つその花は戦後の山野草ブームを発端に徹底的に盗掘され、あっという間に野山から姿を消してしまいました。8000万年という人類よりも何十倍という長い歴史を持つこの花は、恐竜が絶滅した隕石衝突の時代も、富士山が噴火した1万年前にも絶えずに生き残ってきたにもかかわらず、最大の敵は人間だったことになります。積極的な保護を行ってきた三ツ峠は現在もこのアツモリソウだけでなく他にも様々な絶滅危惧種の花たちが残っています。植生の維持のためには人の手を加えることも必要であり、増殖力が旺盛なテンニンソウや笹などは除去してやらないとあっという間に山全体をおおってしまい他の植物は絶えてしまいます。そのため、毎年ボランティアを集めて草刈りなどの清掃活動が行われており、高山植物保護協会、山梨県山岳連盟、三ツ峠ネットワークなど多くの団体がこの活動に協力しています。微力ながら私もこの活動に参加させていただいております。


    山梨県山岳連盟主催の三ツ峠清掃登山(平成26年6月)


    環境が保全されてこそこの花が咲くことができる。


    アツモリソウ(平成26年6月)

 このようにして鹿や人の手から絶滅危惧の花たちを守る活動が行われているわけですが、これから起こるであろうもっと大きな波に果たしていかに対応して行くのか、大きな危惧を抱いています。それが地球温暖化の波です。ゲリラ豪雨や相次ぐ巨大台風の到来などがその兆候と思いますが、いずれは日本は亜熱帯地域のような環境に変わっていってしまうのではないでしょうか。まだ予測するだけの十分な資料は持ち合わせていませんが、気象の変化以上に山の花の変化は速く起こるのではないかと考えています。希少植物を守りつつ、これからどう変わって行くのかを見守って行きたいと考えています。
コメント
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