春に絢爛と咲く桜は、数日で花吹雪となって一斉に散ってしまいます。その散りぎわの見事さから武士道の精神として昔から大切にされてきました。日本人の心のよりどころです。
どんなに華やかなものでも時が来れば必ず滅びるという無常の世界を教えているようです。お釈迦様の色即是空の教え通りです。物慾に執着する愚かさを教えて下さったのです。生きている者は必ず滅びるのです。祇園精舎の鐘の音がいつも日本人の心の底で鳴り響いているのです。それが日本人の基底低音なのかも知れません。
それはそれとして、桜の木は土から生まれ、桜花は散って土に返ります。枝や幹も年老れば枯れて、地に落ちて土に帰ります。
草食動物は土から生まれた草や葉や果実を食べて育ちます。肉食動物は草食動物を食べて育ちます。従って肉食動物も間接的には土から生まれて、土に還るのです。
ですから地球上のすべての生物は土から生まれて、土に帰るのです。
その事を忘れないようにするのがカトリックの「灰の水曜日」です。カトリックの重要な儀式で、今年は今日です。毎年、この日から復活祭の四旬節が始まります。
今日の夜に教会でその儀式があります。神父様から祭壇の前に進み出た信者へ一人、一人の頭に灰をかけて貰います。しっかりかける神父さん、ほんの少しかける神父さん、額に付ける神父さんもいます。
この世に富を積み、豪華な家に住み、享楽的な生活をしても、全ては土に返ってしまうのです。それよりは神のことを考えるほうが良いという意味もあるのでしょう。
不思議です。お釈迦様の教えとカトリックの教えが同じようなのです。
私が「灰の水曜日」の儀式を始めて経験したのは1969年の冬でした。シュツットガルトの暗い、寒い石造りの教会で神父さんに頭に灰をつけて貰いました。冷たく堅い石の床に膝まづき祈ったことでした。
ヨーロッパの教会には暖房が無いことが分かりました。当然、冷房もありません。シュツットガルトの教会の寒さが神秘的な儀式を一層印象深いものにしました。忘れられない灰の水曜日でした。
今日は皆様も一瞬で良いから「人間は土から生まれ、土に返る」と感じるようにとお祈り致します。気持ちが晴れ晴れするかも知れません。後藤和弘(藤山杜人)