水芭蕉の花は一枚の白い大きな花弁のような仏炎苞(ぶつえんほう)がお釈迦様を包んでいるように見える神秘的な花です。
原産地が樺太、千島、シベリア、と言われています。北海道や北日本の寒冷湿地にも咲いています。
尾瀬沼の「夏の思い出」(作詞:江間章子、作曲:中田喜直)という歌が一世を風靡したので多くの人々は尾瀬沼にしか咲いていないと思っているようです。
しかし水芭蕉は寒冷な湿地ならあちこちに咲いています。
例えば、山梨県の北杜市の山荘に住んでる木内正夫さんは沢の水を引いて数株の水芭蕉を毎年咲かせています。私の山の小屋の近所なので毎年5月になると、水芭蕉の花を見るために木内さんの山荘を訪れています。
その花を見ているうちに一面の群生地をいつかは見てみたいとかねがね考えていました。
そうしたら、2003年に北海道旅行をした時に一面に白い水芭蕉が咲いていつ場所を偶然発見したのです。
下の写真は2003年5月2日に網走湖の湿地帯で偶然見つけた水芭蕉の花です。国道から呼人半島の付け根の方向へ少し入った雑木林の下に広がる湿地帯です。観光地でないので案内の看板も無く、近所の人だけが散歩する細い悪路が林に中に続いていました。
この2003年の幻想的な水芭蕉の群生地の風景をいつまでも忘れることが出来ません。
その後何度も北海道へ行きましたが再びその夢のような光景を見ることが出来ません。
ところが2012年の9月に網走湖のそばを通るチャンスが巡って来ました。
2003年に辿った道を思い出しながら探して行きました。そして9月20日にこの曾遊の地を再び訪れました。
水芭蕉の季節ではないので雑木林の中は暗く、道も無く、荒れ果てた感じです。
かつての細い道の入り口には立ち入り禁止の綱が張ってあります。
帰宅後、ネットで調べると毎年5月初旬には相変わらず下の写真のように咲いているそうです。(写真の出典:http://abashiri.jp/tabinavi/02spot/images/2011-0415-1944_0.JPG )
季節外れで水芭蕉はありませんでした。
そこで、丘の上の「網走湖観光ホテル」 悠遊亭に行ってみました。2002年と2003年に2回泊った大きなホテルです。
ホテルは倒産したようで、閉鎖されていました。玄関先には雑草が茂っています。
車を停めた広い駐車場にも雑草が生えています。「栄枯盛衰、世のならい」といいますので仕方が無いのですが残念です。
下を見降ろすと、当時と同じように広大な網走湖が広がっています。岸辺に降りて行って撮った写真を下に示します。
網走湖は観光客が行かない湖です。大きなシジミだけが名物の地味な湖です。
網走湖からかなり離れていますが、2002年と2003年に泊った阿寒湖温泉のホテルも寂れていました。
北海道の自然は変わりません。その大自然が美しいだけに何か淋しい思いをしながら女満別飛行場から飛行機に乗りました。
水芭蕉の群生地の思い出と少しの旅愁を感じながら羽田空港へ帰って来ました。(続く)
====水芭蕉に関する参考資料================
特徴
湿地に自生し発芽直後の葉間中央から純白の仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる苞を開く。これが花に見えるが仏炎苞は葉の変形したものである。仏炎苞の中央にある円柱状の部分が小さな花が多数集まった花序(かじょ)である。開花時期は低地では4月から5月、高地では融雪後の5月から7月にかけて。葉は花の後に出る。根出状に出て立ち上がり、長さ80 cm、幅30 cmに達する。
和名の「バショウ」は、芭蕉布の材料に利用されているイトバショウ(Musa liukiuensis (Matsumura) Makino)の葉に似ていることに由来する。
分布
シベリア東部、サハリン、千島列島、カムチャッカ半島と日本の北海道と中部地方以北の本州の日本海側に分布する。南限の兵庫県養父市の加保坂峠にも隔離分布している。山地帯から亜高山帯の湿原や林下の湿地に分布する。学名の種小名は「カムチャツカ半島」に由来する。基準標本は、カムチャッカ半島のもの。
日本の主な群生地
日本の各地に多数の群落がある。「夏の思い出」(作詞:江間章子、作曲:中田喜直)で歌われているが、実際に尾瀬沼でミズバショウが咲くのは5月末ごろ、これは尾瀬の季節でいうと春先にあたる。北海道南部の大沼国定公園においても群落が多数あり場所により開花の時期が違う、駒ヶ岳の噴火によってできた湿地であったり水の溜まる地形が多い為にミズバショウには適した地といえる。田中澄江が『新・花の百名山』で、薬師岳と北ノ俣岳の間にある「太郎兵衛平」を代表する花の一つとして紹介した。
雨竜沼湿原(雨竜町)
仁田沼 - 福島県福島市の吾妻連峰
尾瀬沼
奥裾花(長野市)
大嵐山 - 両白山地
取立平 - 両白山地
籾糠山- 天生湿原