森一弘氏の講演、「これからの日本のゆくえ」の終わりの部分では以下の2つのことを指摘し、それに強い懸念を言明しました。
(1)韓国と中国の憲法の前文で自国の歴史や文化を自画自賛していますが、欧米の憲法ではそのような文章はありません。日本の自民党改正案でも自画自賛的であり、この傾向はアジアの文化の特徴のようです。憲法で自画自賛はしなくてもよいのではないでしょうか?
(2)自民党の改正案では、はじめに国ありきで、国民は国のための人々であるという思想です。そして日本の伝統、文化、発展が主眼で、国民はそこに組み込まれるのです。ですから国民は公益及び公の秩序に反してはならないと言っています。
現在の憲法は国を縛る憲法でしたが、改正案では国を縛る憲法から、国民を縛る憲法へ変わるのです。したがって国の安全保障は国家機関の主体性を中心にしているのです。国民はその指示にしたがって国家を防衛すべきというニュアンスです。
さて上に書いたご指摘の根拠を示します。
韓国の憲法の前文:
悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は、三・一運動(日本の朝鮮併合に反対した運動)により建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗した四・一九民主理念(李承晩大統領独裁政権を、学生などが倒した民主化運動)を継承して、祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚し、正義、人道および同胞愛により民族の団結を強固にして・・・以下省略
中国に憲法の前文:
中国は、世界で歴史が最も悠久な国家の一つである。中国各民族人民は、輝かしい文化を共同して創造し、光栄ある革命の伝統を有している。
1840年以降、封建的な中国は、半植民地的かつ半封建的な国家へと徐々に変わっていった。中国人民は、国家の独立、民族の解放及び民主と自由のために、前を行く者が倒れれば後の者が続くという英雄的な奮闘を進めてきた。・・・・以下省略
自民党改正案の前文:
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。(前文はここで終わります)
この自民党の改正草案の前文を読んだだけで、上記の(2)国民を国家に組み込み、和をもって団結し、国を成長させるという考えになっていることが明白です。
これを現在の憲法の下記の前文と比較してみます。
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。・・・以下省略
現在の前文には自画自賛の文章がありません。そして諸国民との協和により、再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意しますと明記してあるのです。格調の高い前文なのです。
さて自民党は何故、現在の憲法を全面的に変えようとしているのでしょうか?
その理由を自民党のHPで以下のように説明しています。
http://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf をご覧下さい。
今回の草案では、日本にふさわしい憲法改正草案とするため、まず、翻訳調の言い回しや天賦人権説(人権は神が与えているという説)に基づく規定振りを全面的に見直しました。
その上で、天皇の章で、元首の規定、国旗・国歌の規定、元号の規定、天皇の公的行為の規定などを加えています。
安全保障の章では、自衛権を明定し、国防軍の設置を規定し、あわせて、領土等の保全義務を規定しました。
国民の権利及び義務の章では、国の環境保全、在外国民の保護、犯罪被害者への配慮、教育環境の整備の義務などの規定を加えました。・・・以下省略。
この説明文を読むと自民党は明治憲法と同じに天皇を国家元首と明記し、その権威を利用して国民が国家へ奉仕させるようにしているのです。
従って森一弘氏が「自民党の改正案では、はじめに国ありきで、国民は国のために盡すべきであるという思想です」と明確に言ったのはまったく正しいご指摘なのです。
これで私は安倍総理の言う、「日本を取り戻せ!」という言葉の意味が初めて判りました。明治維新の富国強兵策をもう一度取り戻して、国際社会で日本がリーダー的な地位に登りつこうという意味なのです。そのために経済力をつけ、軍備を強化しようとしているのです。
これで森一弘氏は、「この講演が皆様が日本の将来を深く考えるヒントになれば幸いです」とおっしゃて終わりました。
この三回にわたる森一弘氏による講演に関する記事が皆様の憲法改正に関する考え方に少しでもお役に立てば嬉しく思います。挿絵代わりの写真はこのキーボードを打っている窓から見える庭のムクゲの花です。(完)