(引き続きネタバレご注意!)
「話がしたい」と思っているのは、主人公だけではなかった。
再会した姉(?)ニーナは、
「みんなどこかでお前のことを考えてたんだよ、ウィレム。お父さんもお母さんも毎日あんたのことを話してるわ」
と告げる(何と、開幕から50分ほど経ってようやく主人公の名前が「ウィレム」であることが判明!)。
そういうニーナもウィレムに饒舌に話しかけてくるし、ニーナの子供のアンカに至っては、すっかりウィレム叔父さんになついてしまい、やたらと話しかけるだけでなく身体をもたせかけてくる。
ウィレムいわく、
「俺に身体を預けて息を整えようとしている感じが好きだった。」
家族みんなが、ウィレムと「話がしたい」と思っているのである。
そして、久しぶりに会う息子のために、母はオムレツを焼きに行く。
記憶では、この前後あたりのタイミングでウィレム役は3人目の大石継太さんに交代したと思う。
この後、ウィレム役の3人でセリフが2~3巡したという記憶である。
もともとは約75分間の一人芝居だが、本公演ではセリフが4人に分割されているので、一人で全てのセリフを覚えなくて済むわけである(これも一人芝居を四人芝居にしたメリットの一つか?)。
久しぶりの家族との再会だったが、忙しいウィレムはすぐニューヨークに戻らなければならない。
実家を後にして空港に向かうウィレムを、ニーナとアンカが車で送るという。
ウィレムはアンカの横に坐りたかったが、ニーナが助手席に座るよう命じたので、ちょっとむくれる。
空港に着くと、
「別れ際にニーナは、すごく優しいハグをした。」
私などは、この言葉に強く心を動かされる。
これは、単なる「地の文」ではなく、パウリに宛てた手紙の中の一文、つまりメッセ―ジだからである。
何もしなければ自分ひとりだけの経験にとどまる美しい瞬間が、言葉で表現することによって客観化され、他者とも共有可能な出来事となるのである。
この芝居は、随所でこんな風に、「美しい出来事を美しい言葉で表現すること」の重要性を再認識させてくれる。
また、このあたりになると、ウィレムの内面の変容が、観客にも見えるようになる。
こうした現象は、小説では決して実現出来ないものである。
一人になったウィレムが空港のバーで酒を飲んでいると、突然目の前にギターを抱えた若い男が現れる。
ウィレムは思わず、
「お前を見たんだ!」
と叫ぶ。