Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

アミーナとジークフリート、あるいは眠りと忘れ薬

2024年10月21日 06時30分00秒 | Weblog
 「【第1幕】村一番の人気の男エルヴィーノはアミーナと結婚することになっているが、かつてエルヴィーノと交際していたリーザも、まだ彼を愛している。そのリーザに好意を抱くアレッシオのリードで、村人たちが結婚を祝う歌を合唱する。エルヴィーノが到着して、家も財産もこの結婚に捧げるという誓約書に署名し、アミーナへ母の指輪を贈る。
 その時、ロドルフォと名乗る男が村を訪れ、花嫁に目を留める。リーザは自分の宿への宿泊を勧める。ロドルフォはこの村では老いた伯爵が亡くなってその息子も行方不明だと聞かされ、夜な夜な現れる白い幽霊の話をされるが、一笑に付す。
 夜、ロドルフォが泊まる部屋をリーザが訪れ、彼こそ伯爵の息子だと言い当て、誘惑する。そこへ突然アミーナが現れる。アミーナは実は夢遊病で、無意識のままロドルフォのベッドに入り寝てしまう。新伯爵を祝おうと集まった村人たちは、伯爵のベッドにいるアミーナを見つけて驚く。リーザがエルヴィーノにアミーナの不義を告げる。

 主人公アミーナは、婚約したその夜、他の男のベッドで発見され、不義を疑われてしまう。
 当時、「夢遊病」(睡眠時遊行症)の原因は解明されていなかったから、これはやむを得ない状況なのかもしれない。
 精神科医の香山リカさんは、アミーナの「夢遊病」の原因は、実の母を亡くし養母のもとで育ったという「逆境的小児期体験」にあるのではないかと指摘する(公演パンフレットp33)。
 「逆境的小児期体験」は、大人になってからはうつ病や依存症、多重人格などを惹き起こすという。
 「多重人格」で思い出すのは、「ニーベルングの指環」のジークフリートである。

 「【第1幕】
 ライン川近くのギービヒ家の長男グンターは、異父弟ハーゲンに一家が栄える知恵を聞きます。ハーゲンは、グンターにブリュンヒルデを妻として迎えることを勧めます。
 何も知らずにギービヒ家にやってきたジークフリートは忘れ薬を飲まされ、グンターの妹グートルーネに求婚することになります。そこでグンターは、ブリュンヒルデを自分の嫁にできればという条件を出しました。
ジークフリートは「隠れ頭巾」を使ってグンターに変装し、炎を越えてブリュンヒルデのもとに現れ、ついには彼女の指環をも奪い取ったのでした。
」 

 ジークフリートも、ブリュンヒルデという妻を持ちながら、「忘れ薬」を飲まされて、グートルーネに求婚したばかりでなく、ブリュンヒルデから指環を奪い取ってしまった。
 そういえば、ジークフリートも、幼いころ両親を亡くし、ミーメというとんでもない男に養育されたのだから、むしろアミーナよりも深刻な「逆境的小児期体験」を抱えていたはずである。
 その彼が、「夢遊病」ではなく、「忘れ薬」を飲まされて事に及んだのだから、情状としてはアミーナより軽いと見るべきではないだろうか?
 ・・・などと考える秋の夕べであった。
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傑作の救済(9)

2024年10月20日 06時30分00秒 | Weblog
 「文化」というのは非常に広い概念であり、例えば、ヘアスタイルもこれに含まれるといって良いと思う。
 ヘアスタイルについて昔から問題となってきたのは、校則・社則などによる制限である。

 「しかし、そうは言っても、私にもどうにも納得できない校則がある。
「ツーブロック禁止」である。
 比較的近年になって広がった、髪型に関する校則の1つだ。

 私もこの校則は不合理だと思うし、昭和の時代には聞いたことすらなかった。
 そもそも、昭和天皇も、若い頃は「ツーブロック」だったのである(Xユーザーの💪川村よしと@西宮の筋肉議員さん)。
 少なくとも、これを真砂子が忌避することはないだろう。
 ところで、「鏡子の家」のエンディングは、当初作者が想定していたものとは違うものになったそうである。

 「登場人物は各自の個性や職業や性的偏向の命ずるままに、それぞれの方向へ向つて走り出すが、結局すべての迂路はニヒリズムへ還流し、各人が相補つて、最初に清一郎の提出したニヒリズムの見取図を完成にみちびく。それが最初に私の考へたプランである。しかし出来上つた作品はそれほど絶望的ではなく、ごく細い一縷の光りが、最後に天窓から射し入つてくる。」(決定版 三島由紀夫全集 第30巻p239)

 依然として犬を引き連れた状態ではあるものの、最後に「良人」が鏡子と真砂子の元に戻って来たのだから、希望は残っていたわけである。
 だが、その後、この「ごく細い一縷の光」は消えてしまったのだろう。
 そうでなければ、作者があんな最期を遂げるはずがない。
 ・・・こんな風に、「鏡子の家」の「物象乃至人物」を一つ一つ分析していくのは楽しいのだが、これをやっていくといくら時間があっても足りない。
 これに近い感覚は、トマス・ピンチョンの小説を読むと味わえるのかもしれないが、膨大な時間がある人にしか出来ないことである。
 というわけで、鏡子、良人と真砂子の正体を把握するところで、一旦この作業は中断することとした。
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傑作の救済(8)

2024年10月19日 06時30分00秒 | Weblog
 鏡子一家(友永家)の最後のメンバーは、八歳になるひとり娘の真砂子(まさこ)である。
 母:鏡子は真砂子の親権者であるものの、毎日社交生活に忙しいため、真砂子は一人ぼっちで置かれることが多く、外国風に一人で部屋に寝かされている。
 真砂子の部屋には玩具箪笥があり、着せ替え人形の衣装がいっぱい入っていたが、その下に父の写真が隠してある。
 
 「それはいかにも気力のない、肉の薄い、しかし端麗な若い男で、縁なし眼鏡をかけ、頭を七三に分け、神経質に固く締めたネクタイのごく小さな結び目を襟のあひだに見せてゐる。
 真砂子はすこしも感傷的でない、何かを物色するやうな目つきで、父親の写真をじろじろ見る。そして深夜に目をさましたときの儀式のやうに、口のなかでこつそりかう言つた。
 「待つてゐなさい。いつか真砂子がきつとあんたを呼び戻してあげるから」
 写真は樟脳の匂ひを放つてゐる。この匂ひは真砂子にとつて、深夜の匂ひでもあり、秘密の匂ひでもあり、父親の匂ひでもある。この匂ひを嗅ぐと真砂子はよく眠れた。そこにはもう鏡子をあんなにも厭がらせた犬の匂ひはなかつた。」(決定版 三島由紀夫全集 第7巻p42~43)

 鏡子の思いとは違って、真砂子はひたすら(犬を連れていない)父の帰りを待ち望んでいる。
 まず、「八歳の少女」という設定で思い出すのは、「鍵のかかる部屋」に出て来た九歳の少女:房子である。
 房子は、「鍵のかかる部屋」(=墓=日本)の中で、主人公と奇妙な遊戯に耽るのだが、これが一つのヒントになるだろう。
 次に、これよりもっと大きなヒントとして、「真砂」(子)という言葉がある。
 日本人であれば、これを聞くと直ちに「浜の真砂」という言葉を思い浮かべるはずである。
 これは、「数が多くて数えきれないところから、無数・無限であることのたとえ」である(但し、「万葉集」ではちょっと違う意味を含んでいる。)。
 さらに、「「鏡子の家」創作ノート」には、
 「△砂子(純金)がもつとも高い
という注目すべき記述がある(前掲p561)。
 つまり、「真砂子」には、「真砂」(無数・無限)と「砂子」(もっとも価値が高いもの)という2つの意味が掛け合わされているようだ。
 ということは、「真砂子」は、「無数・無限」であり、かつ「もっとも価値が高い」存在ということになるだろう。
 結論を言えば、
 「真砂子」=「日本人」
で良いだろう。
 ・・・というわけで、これで鏡子一家(友永家)のメンバー3人の正体が分かったことになる。

 
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傑作の救済(7)

2024年10月18日 06時30分00秒 | Weblog
 「七疋のシェパァドとグレートデン」は、いわば掛詞のように重層的な意味を含んでいるようである。
 これは、「七」、「シェパァド」、「グレートデン」に分解して考えるのが良いだろう。

(1)「七」
 日本人であれば、「七」と聞いた瞬間に「北斗七星」を連想するはずである。
 世代によっては、真っ先に「北斗の拳ー胸に七つの傷を持つ男」が出て来る人もいるだろう。
 この「北斗七星」である「七疋のシェパァドとグレートデン」を、「良人」はむしょうに愛しており、いつも引き連れているわけである。
 ということは、「良人」は、「北極星」に相当することになる。
 では、日本における「北極星」とは何か?

(2)「シェパァド」
  英語の呼称「ジャーマン・シェパード・ドッグ」は、ドイツ原産の軍用犬である。
 「鏡子の家」の中にも、ドイツ製品が出て来る。

 「人形を飾り棚に置かうとして、鏡子はふと、かたはらの玩具の家に目をとめた。独乙製の玩具で、精巧な家の模型で、なかに電気がついて窓々に灯をともし、いかにも小さな夜の団欒がうかがはれるやうな具合に出来てゐる。その玄関の扉がほんの少しあいてゐる。鏡子が何気なしに、人差指の赤い爪先で扉をあけると、中に紙屑がいつぱい詰つている。
『こんなものを屑入れに使ってゐる。紙屑籠はどうしたのだらう』と考へて、引き出した小さな紙片の一枚の、丹念に丸めてあるのをほぐしてみると、幼ない鉛筆の字で、一面に「パパ パパ パパ」と書いてある。」(決定版 三島由紀夫全集 第7巻p189)

 「良人」は、娘に「独乙製」の「家」を買い与えていた。
 そういえば、かつてある国が、ドイツの陸軍・官僚制や法制度を模範とした立憲君主制国家の建設を目ざしていたのではなかったかな?

 「昔から「ボアハウンド」(ボア=イノシシ)として改良され、野生のイノシシを狩るための猟犬として活躍していました。

 これもドイツ原産だが、猟犬である。
 つまり、軍事に対して経済を象徴しており、「文化防衛論」の中にそれを示唆する記述がある。

 「私見によれば、言論の自由の見地からも、天皇統治の「無私」の本来的性格からも、もつとも怖るべき理論的変質がはじまつたのは、大正十四年の「治安維持法」以来だと考へるからである。すなはち、その第一条の、
「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制ヲ否認スルコトヲ目的トシテ・・・・・・」
といふ並列的な規定は、正にこの瞬間、天皇の国体を、私有財産制ならびに資本主義そのものと同義語にしてしまつたからである。この条文に不審を抱かない人間は、経済外要因としての天皇制機能をみとめないところの、唯物論者だけであつた筈であるが、その実、多くの敵対的な政治理念が敵の理念にしらずしらず犯されるやうに、この条文の「不敬」に気づいた者はなかつた。」(決定版 三島由紀夫全集 第35巻p45)

 そういえば、かつてある国が、「西欧に追いつき追い越せ」とばかりに、資本主義の発展をひたすら目ざしていたのではなかったかな?
 ・・・というわけで、「良人」が何を指しているかが分かったと思う。
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傑作の救済(6)

2024年10月17日 06時30分00秒 | Weblog
 「鏡子」の正体が一応掴めたので、次は彼女の「良人(おっと)」が何かを追求することになる。
 結論から言えば、答えは「文化防衛論」に書いてあるのだが、それだと面白くないので、ここで一旦原作に立ち戻ってみたい。

 「鳥も愛さず、犬も猫も愛さず、その代りに人間だけに不断の興味を寄せてきた、このわがままな家つきの一人娘は、むしやうに犬好きの良人を持つた。犬が夫婦のいさかひの原因になり、はては離婚の理由になり、娘の真砂子を手元に置いて、良人を追ひ出してしまつた鏡子は、良人と一緒に七疋のシェパァドとグレートデンを追ひ出して、やうやうのことで家ぢゆに漂つてゐた犬の匂ひから自由になつた。それは犬の匂ひといふよりも、人間ぎらひの男の不潔な匂ひのやうに思はれ出してゐたのである。」(決定版 三島由紀夫全集 第7巻p23)
 「「もうお見えになる時分よ」
 と鏡子が何度目か真砂子に言つたときである。門内の玉砂利を圧して、自動車の辷り込んでくる疑ひやうのない音をきいた。鏡子は、飛び出さうとする真砂子をしつかりと押へた。
 「何度も言つたでせう。ここで待つてゐるのよ。ここでお父様を迎へて、おかえりあそばせと言ふんです」
 これが鏡子の矜りの名残り、最後にちょつぴり見せるべき自尊心の名残りでなければならない。そのためにわざわざ、ドアに背を向けた長椅子を選び、入つて来た良人の跫音を確かめてから、ゆつくり立ち上つて、振り向いて迎へようと思つたのである。
 玄関の扉があいた。ついで客間のドアが、恐ろしい勢ひで開け放たれた。その勢ひにおどろいて、思はず鏡子はドアのはうへ振向いた。
 七疋のシェパァドとグレートデンが、一どきに鎖を解かれて、ドアから一せいに駆け入つて来た。あたりは犬の咆哮にとどろき、ひろい客間はたちまち犬の匂ひに充たされた。」(前掲p550)

 このように、「良人」は実際にはラストまで登場せず(ラストでも姿は見えない)、それまではひたすら「語られる」だけの存在である。
 寓喩を多用している上にこういう思わせぶりな書き方をしていたため、多くの読者だけでなく、専門家である作家や文芸評論家たちを誤解させてしまった。
 そのうちの一人が、元東京都知事である。

 「帰ってきた夫は、いまになってみれば岸信介を象徴していたことになる、と僕は深読みしている。」(「ペルソナ 三島由紀夫伝」猪瀬直樹p341)

 いつ読んでも爆笑したくなる(おそらく作者が蘇って読んだとしたら同じ反応だろう。)。
 「ペルソナ」は、私もリアルタイムで読んでいたという記憶で、第1章は出色の出来だと思うが、引用した部分を含む第4章はやや的外れの記述が目立つ。
 「良人」=「岸信介」
なんてことがあるはずがないからである。
 だが、「七疋のシェパァドとグレートデン」などという暗号を使った作家にも、誤解の責任の一端があると感じる。
 この「七疋のシェパァドとグレートデン」は、一体何を意味しているのだろうか?
 この答えは、テクストそれ自体からは絶対に出て来ない。
 特に、外国人にこの意味を理解せよというのは無茶な話だろう。
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傑作の救済(5)

2024年10月16日 06時30分00秒 | Weblog
 「文化防衛論」以外にも、「日本文化」=「鏡子」という見立てを補強する評論が存在する。
 例えば、「小説家の休暇」(昭和30年)の以下のくだりである。

 「ただ一つたしかなことは、現代日本の文化が、未曾有の実験にさらされているということである。小さいなりに、一つの国家が、これほど多様な異質の文化を、紛然雑然と同居せしめた例も稀であるが、人が気がつかないもう一つの特徴は、「日本文化にとって真に異質と云えるものがあるか」という問題に懸っている。日本文化は本質的に、彼自ら、こうした異質性を欠いているのではないか。私はせつかちな啓蒙家のやうに、日本文化の独自性は皆無で、模倣能力だけが発達してゐる、と云はうとしているのではない。日本文化は、ともすると、稀有の感受性だけを、その特質としており、他の民族とは範疇を異にしており、質の上で何らの共通性を、従ってその共通性の中に生れる異質性を、本質的に持たぬかもしれないのだ。」(決定版 三島由紀夫全集 第28巻p652)

 ここでは、「日本文化」の特質は「稀有の感受性だけ」であることが指摘されている。
 この特質を一言であらわすとすれば、私は、「鏡」以外の日本語を思いつかない。
 上に引用したのは昭和30年8月4日の日記であるが、この前年(昭和29年)に発表された短篇小説に、「鍵のかかる部屋」というのがある。
 この小説が「鏡子の家」との関係において決定的に重要であることについては、ありがたいことに、「裸体と衣装」(昭和33~34年)の中で作者自身が語ってくれていた。

 「「鏡子の家」のそもそもの母胎は、一九五四年の夏に書いた「鍵のかかる部屋」だと思はれる。この短篇小説はエスキースのやうなもので、いづれは展開されて長篇になるべき主題を
含んでゐたが、その後五年間、つひぞ私は、「鍵のかかる部屋」の系列の作品を書かなかつた。」(決定版 三島由紀夫全集 第30巻p238)

 読むと分かるが、「鍵のかかる部屋」は、(日銀の建物と同じく)「墓」になぞらえられている。
 他方で、「鏡子の家」は、「日本」を指していると考えられる。
 ・・・これで既にピンときた人もいると思うが、
 「鍵のかかる部屋」=「鏡子の家」=「日本」=「墓」
という等式が成立しているらしいのである。
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傑作の救済(4)

2024年10月15日 06時30分00秒 | Weblog
 そういうわけで、「鏡子」は、
 「そこに文化の全体性がのこりなく示現し、文化概念としての天皇が成立する・・・「みやび」」としての「日神
の寓喩らしいことが推測出来る。
 少々乱暴だが、分かりやすく単純化すれば、
 「鏡子」=「日本文化」
ということのようである。
 要するに、昭和34年に発表した小説(「鏡子の家」)の種明かしが、昭和43年(初出)の評論「文化防衛論」でなされたわけである。
 これは本来なら反則と言うべきだが、現代の日本には、寓話的作品を次々と発表しておきながら、種明かしはせず、「読者の解釈に委ねる」だけの作家もいるのだから、非難するわけにはいかない。
 もっとも、これが種明かしとして十分かどうかについては疑義があり、「文化防衛論」の文章は全体的に不明確であると言わざるを得ないと思う。
 上に引用した文章からは、とりわけ「鏡」と「天皇」との関係がはっきりしない。
 これは、私見では、この作家が評論の分野でときどき見せる一種の悪癖(「『平家物語』シンドローム」)があらわれたものだと思う。
 例によって、”シューイチ”の指摘が的確である。

 「余談ながら、意味の明瞭でない漢語を連らねて、考えのすじみちをはっきりさせず、しかし漠然として悲壮な雰囲気をかもし出す日本語の散文は、今日なおこの国の少年少女の大いに好むところである。すなわち第二次大戦の前には、「日本浪曼派」があり、戦後には三島由紀夫と極左の学生の檄文があった。その源を辿れば、遠く『平家物語』に及ぶのである。」(「日本文学史序説 (上)」p343)

 さて、この問題については、この作家特有の思考の型に沿って考えると良いと思う。
 つまり、ここでも「原animus」ー「第2のanimus」という分節(不健全な自我の拡張(7))があると睨んで、
「日神(鏡)」=「原animus」
「(文化概念としての)天皇」=「第2のanimus」
という関係、ざっくり言えば、両者は「魂」とその「象徴」という関係にあると見る。
 「日本文化」の象徴が「天皇」であるというわけである(日本国憲法第1条のバリエーション?)。
 そうすると、差し当たり、「鏡子」は「魂」の寓喩という位置づけでよいのだろうが、ここで厄介な問題が生じてくる。
 この作家は、référent (レフェラン。指示対象)を一貫して拒絶しておきながら、他方において、「実際に見たことがあるものしか書けない」という特徴をもっており(風景や環境のスケッチに多大な時間を費やすことで知られている)、小説の「物象乃至人物」を描く際には現実に存在する「物象乃至人物」をじっくりと観察し、モデルとして借用するのである。
 つまり、レフェランの借用である。
 「鏡子の家」で言えば、「鏡子」のモデルというかレフェランは、作家の幼なじみの友人であった湯浅あつ子氏だった。

 「そのかわりに昭和29年から4年にも充たぬ短いものだったが、自分のそばに寄るものからは、容赦なく、すべて自分の文学へのいけにえとして、おそいかかっていった。『鹿鳴館』は私の姉の姑が大いに利用され、私のサロンが『鏡子の家』となり、いつのまにか深い仲になっていた人からのヒントが『橋づくし』になり、その彼女のおかげで、『金閣寺』の映画化で、市川雷蔵と親しくなり、彼は満ちたりた幸せの中で有頂天になっていた。私などは、余り身近なところで次々と作品が出来てゆくので、空恐ろしさと尊敬と半々の毎日であった。もっとも、『鏡子の家』はフィクションとはいえ、私のサロンをまるで淫売宿風にあつかった個所が不愉快で、宣伝も、新潮社の佐藤さんに、彼からお願いして止めて貰った。」(P120~121)

 湯浅さんは、何と「日神」のモデルとされたわけなので、本当は大変な栄誉であるはずなのだが、本人はそう感じなかった。
 実在するレフェランとしての人間を作品に登場させる際、この作家は誇張したり戯画化したりする癖があって、時に誤解を生んだようである。
 「宴のあと」でも、おそらく本人に悪意は全くないのだが、モデルを怒らせてしまったのである。
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傑作の救済(3)

2024年10月14日 06時30分00秒 | Weblog
 次に、というか、もっと重要かもしれない評論が、これまた晩年に書かれた「文化防衛論」(昭和43年)である。
 これは、ほぼまるごと「鏡子の家」の解説であると言っても過言ではない。
 まず、「文化の全体性と全体主義」及び「文化概念としての天皇」とあるくだりに注目すべきである。
 以下、やや長いが、ウィキペディアによる要約文を引用してみる。

文化の全体性と全体主義
 日本民族の「合意」とは、「日本がその本来の姿に目ざめ、民族目的と国家目的が文化概念に包まれて一致すること」にあり、その「鍵」は「文化にだけある」のである。〈菊と刀〉をまるごと容認する政体の実現性は、「エロティシズムを全体的に容認する政体」は可能であるかという問題に近い。左右の「全体主義」は、文化の「全体性」(文雅と尚武の包括)を敵視するものである。「言論の自由」はときには文化の腐敗を招く欠点はあるものの、相対的にはこれを保障する政体が実務的なものとして最善である。しかし自由そのものは内部から蝕まれる危惧があるため、唯一イデオロギーに対抗しうる「文化共同体の理念の確立」が必要となり、「文化の無差別包括性」を保持するために、「文化概念としての天皇」の登場が要請されるのである。
 「文化概念としての天皇
 文化概念としての天皇は、〈菊と刀〉を包括した日本文化全体の「時間的連続性と空間的連続性の座標軸」(中心)であり、「国と民族の非分離の象徴」である。〈みやび〉の文化は、危機や非常時には「テロリズムの形態」さえ取る。孝明天皇の大御心に応えて起った桜田門外の変の義士はその例であり、天皇のための蹶起は、文化様式に背反せぬ限り、容認されるべきであったが、西洋的立憲君主政体に固着した昭和の天皇制は、二・二六事件の「みやび」を理解する力を喪っていた。よって文化概念としての天皇は、国家権力の側だけではなく、「無秩序」の側に立つこともある。もしも権力の側が「国と民族を分離」せしめようとするならば、それを回復するための「変革の原理」ともなるのである。日本の文化を防衛する行為自体が文化的行為であり、その「再帰性」「全体性」「主体性」により、守る行為自体が守られるべき対象であるという論理の円環の中心には、日本文化の「窮極の価値自体(ヴェルト・アン・ジッヒ)」である「文化概念としての天皇」が存立し、「〈菊と刀〉の栄誉が最終的に帰一する根源」が天皇なのである。よって軍事上の栄誉も、文化勲章同様に、文化概念としての天皇から付与されなければならない。それは、政治概念によって天皇が利用されることを未然に防ぐことでもあり、「天皇と軍隊を栄誉の絆でつないでおくこと」こそ、日本および日本文化の危機を救う防止策となるのだと三島は提起する。

 やや錯雑とした論理で読むのも疲れるが、ここにあらわれているのは、要するに
 「日本文化を体現するもの」=「天皇」
という思考と見て良いだろう。
(但し、例によって、これも"第2のanimus"(不健全な自我の拡張(7))としての天皇であり、現に存在している天皇陛下を指しているわけでない点には注意が必要である。)
 ところが、当時の現状はどうだったのか?

 (明治憲法による天皇制について)「・・・政治概念としての天皇は、より自由でより包括的な文化概念としての天皇を、多分に犠牲に供せざるを得なかつた。そして戦後のいはゆる「文化国家」日本が、米占領下に辛うじて維持した天皇制は、その二つの側面をいづれも無力化して、俗流官僚や俗流文化人の大正的教養主義の帰結として、大衆社会主義に追随せしめられ、いはゆる「週刊誌天皇制」の域にまでそのディグニティ―を失墜せしめられたのである。天皇と文化とは相関はらなくなり、左右の全体主義に対抗する唯一の理念としての「文化概念たる天皇」「文化の全体性の統括者としての天皇」のイメージの復活と定立は、つひに試みられることなくして終つた。かくて文化の尊貴が喪はれた一方、復古主義者は単に政治概念たる天皇の復活のみを望んできたのであつた。」(「決定版 三島由紀夫全集 第35巻」p47)

 つまり、当時、「政治概念たる天皇」の復活を望む集団は存在したものの、「文化概念たる天皇」は蔑ろにされ、その理念が追求されることはなかった(「週刊誌天皇制」という言葉は、今日でも妥当するのではないだろうか?)。
 それでは、「文化概念たる天皇」の復活の鍵はどこにあるのだろうか?
 どういう場合に、「文化の全体性」が示現し、「文化概念たる天皇」が成立するというのだろうか?
 少し先の部分を引用してみる。
 
 「速佐之男の命は、己れの罪によつて放逐されてのち、英雄となるのであるが、日本における反逆や革命の最終の倫理的根源が、正にその反逆や革命の対象たる日神にあることを、文化は教へられるのである。これこそは八咫鏡の秘儀に他ならない。文化上のいかなる反逆もいかなる卑俗も、つひに「みやび」の中に包括され、そこに文化の全体性がのこりなく示現し、文化概念としての天皇が成立する、といふのが、日本の文化史の大綱である。それは永久に、卑俗をも包含しつつ霞み渡る、高貴と優雅と月並の故郷であつた。」(p49~50)

 ここに至って決定的に重要な「鏡」というワードが登場し(出ましたよ!「鏡(子)」ですよ!)、
 「鏡(八咫鏡)」=「文化の全体性」及び「文化概念としての天皇」の倫理的根源
という等式が浮かび上がって来た。
 
 同時に、このくだりは、「三島事件」についての”取扱要領”ともなっている。
 つまり、この事件における「反逆や革命の最終の倫理的根源」は「反逆や革命の対象たる日神」にあり、彼らは、その「みやび」に包括されることによって、文化の全体性の示現及び文化概念としての天皇の成立を目指したのであると。
 これに従うと、「三島事件」は、「日本の文化史」における事件として位置づけるべきということになるのだろう。
 ついでに言うと、西郷隆盛らを「朝敵・賊軍」という理由で合祀しないという思考は、「みやび」とは相容れないということになりそうである。
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傑作の救済(2)

2024年10月13日 06時30分00秒 | Weblog
 この小説の読み方としては、私見では、① まず一読する、② 次に、作者の評論を読む、③ 併せて、この前後に書かれた作者の小説を読む、という作業が有効なのではないかと思う。
 この、②と③が、前回述べた「外部参照」の作業となる。
 つまり、「『罪と罰』を読まない」ではないけれど、「鏡子の家を読まない」ことが重要なのである。
 さて、評論の分野でまず押さえるべきは、作者の書いた小説論の集大成である「小説とは何か」(昭和43~45年)である。
 作者の晩年に書かれたもので、「鏡子の家」に直接言及しているわけではないが、稲垣足穂氏の当時の最新作であった「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」について述べた以下のくだりに注目すべきである。

 「「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」は、決して寓話ではない。平太郎は単なる平太郎であり、化物は単なる化物である。それは別に深遠なあてこすりや高級な政治的寓喩とは関係がない。人は描かれたとほりのものをありのままに信じることができ、小説の中の物象を何の幻想もなしに物象と認めることができる。実はこれこそ言語芸術の、他に超越した特徴なのであるが、小説は不幸なことに、この特徴を自ら忘れる方向へ向かつてゐる。」(中略)
 「「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」に登場する化物どもは、かくて、無数の現代小説にあらはれる自動車や飛行機や、女たらしのコピー・ライターや、退屈した中年男や、小生意気な口をきく十代の少女たちと、全く等質同次元の存在であるが、化物のはうがより明確でリアルな存在に見えるとすれば、それだけ深く稲垣氏のはうが言葉といふものを信じてゐるからである。そしてもしこれが寓話であつたら、読者はもはや化物を見ることはおろか信ずることもできず、言語芸術の本源的な信憑性は失はれて、そこには物象乃至人物と抽象観念との、邪魔な二重露出がいつも顔を出すことになるだろう。」(「決定版 三島由紀夫全集 第34巻」p698~699)

 「寓話」(寓喩)、「物象乃至人物と抽象観念との、邪魔な二重露出」というキーワードに注目すべきである。
 これは、決して村上春樹氏の小説に対する批判ではない!
 当時、彼はまだ作家としてデビューしていないからである。
 この批判は、私見では、自作である「鏡子の家」に対して向けられたものであり、いわば「自己批判」である。
 なぜなら、「鏡子の家」においては、登場人物をはじめとする「物象乃至人物」について「寓話」(寓喩:アレゴリー)が多用されており、「物象乃至人物と抽象観念との、邪魔な二重露出」が出現しているからである。
 
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傑作の救済(1)

2024年10月12日 06時30分00秒 | Weblog
 ヴェルディの「椿姫」について、これが傑作であることについては疑いがないけれども、他方でそれなりに欠点があることを、いろいろと指摘してきた(傑作の欠点(1)傑作の欠点(10))。
 だが、今さらヴェルディが復活して新しい「椿姫」を作ってくれるわけではないし、欠点を指摘するだけというのも余り生産的とは思われないので、逆の発想で何か出来ないかを考えてみた。
 例えば、これまで「失敗作」と言われてきた芸術作品の長所を見つけ、実は傑作であることを発見すること、つまり「傑作の救済」は出来ないものだろうか?
 ここで真っ先に思い浮かぶのは、ラフマニノフの「交響曲第1番」である。
 発表直後に散々に酷評され、ラフマニノフは、「神経衰弱ならびに完全な自信喪失となり、3年間ほとんど作曲ができない状態に陥った」という(ラフマニノフ)。
 「・・・(BBCの)楽員はみんな『いい曲だねぇ』と言ってくれて、・・・・・・初演のときにひどいことを言った人たちが、もしもそこまで言わなくて、ある程度でもあの曲の価値を認めてあげていたら、もっとこの曲の生い立ちは変わってきたと思うし、日本のオーケストラでも、・・・『へぇ~、結構いい曲じゃん』と言ってくれる人も多いので、・・・」(3分26秒付近~5分10秒付近)
ということである。
 私も、初めて聴いたときは、「良い曲」という印象を受けた。
 そこで、今度は日本の芸術作品に目を転じてみるとしよう。
 但し、私は日本の作曲家に詳しくないので、小説のジャンルで考えてみたい。
 日本の小説家が書いたもので、「失敗作」という評価がほぼ固定している小説としては、三島由紀夫の「鏡子の家」が挙げられる。
 私も、たぶん高校3年か大学1年ころに読んだのだが、最初はテーマを捉えることが出来ず、長い割には随分退屈な小説だという印象を抱いた。
 だが、10年以上たってみると、一挙にではないものの、徐々に徐々に、この小説が実は傑作と呼ぶにふさわしい作品であることに気付くようになった。
 もっとも、初読ですぐこのことに気付かなかったのは無理もないことで、私見では、当時の一般読者や文芸評論家を責めることは出来ないと思う。
 というのも、この作品のテーマは、作品それ自体からは絶対に把握出来ないものであり、この小説だけを読んでいても、何のことかさっぱり分からないからである。
 この種の作品については、当該作品以外の小説や評論などを手掛かりにすること、いわゆる「外部参照」が必須ということになる。
 
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