パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

新学期スタート

2025年04月10日 09時03分07秒 | ダイアリー

新学期が始まった
月木の校門までのお勤めも今日が初日
たった二人が卒業していなくなっただけで随分寂しい気分だ

あと数年すれば小学生はもっと減る
(今年の一年生は一学級)
そして楽しいおしゃべりもできなくなる
自分の住む地区はまだ家が建つなどしてまだ良いが
田舎のほうは深刻な問題だろう
子どもの姿が見えない寂しさはリアリティをもって想像できる

今朝は2年になったばかりのIちゃんがいつものように袖の中に
手を突っ込んできた
あったかい、、と喜んでいたと思うと直ぐに
あつい!と袖から手を抜いた

相変わらずブラジルにルーツを持つ3人は
日本語の会話の中に入ってこれない(こない)
でも、5年になったAちゃんは同級生の女の子に
何やら話しかけて指示をしている

仲間うちだけで話している二人の男の子も
学校から帰って来たとき「おかえり!」
と声をかけると手を振って応える
週2回でも、交流には役立っているものだと
こういう時に実感する

月曜日と木曜日の子どもたちとの校門までのウォーキングのお陰で
曜日感覚とか生活のメリハリとかが生まれている
ほんと、子どもたちのためというより自分のためだな!
とつくづく思う




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レコードの値段と感動の大きさの関係は無関係なのだろうか

2025年03月28日 09時30分48秒 | ダイアリー

久しぶりに豊橋で中古レコードを購入した
2枚で1000円
購入したのはバレンボイム指揮のサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲と
カラヤン指揮のバルトークの弦チェレが収録されたもの

珍しい曲どころか一度も聴いたことがないのが、サン=サーンスヴァイオリン協奏曲
それに名前だけは聞いたことがある「画家マチス」

「画家マチス」はフルトヴェングラーにナチスが演奏禁止を命じたが
(ヒンデミットがユダヤ人なので)それに逆らった曲として記憶に残っている
音楽自体に禁止されるようなものを含んだものだったのか気になるところだ
おそらく曲の出来不出来とか訴える力のほうが気になると思う
つまりは人種的な属性などは関係ないと思う
(音楽的にユダヤ的というのがよくわからないし)

サン=サーンスの楽曲もコンサートのプログラムで見たこともない
レコード・CDでも見かけたことはなかった
1000円なら、これらがハズレということになっても、まあ良いか!
といった気楽な気分で、悩まずに手にした

中古レコードはクラシックだけでなく
Jpop ジャズ、ロックなどの中から選べるようになっていた
その中で一番安いのがクラシック分野だ
需要と供給の関係でそうなっているのだろうが
ジャズの分野は2000円の数字がついたものが結構あった

聴く人の少ないおかげでクラシック分野が安く手にすることができるのは
個人的には有り難い
でも、そうした作品の聴く人に与える感動の大きさと値段の乖離は
少し考えてしまう
本でも「全体主義の起源」とか「ディスタンクシオン」
「ガラス玉演戯」とか「大衆の反逆」とか「嘔吐」などは
個人的には人は読むべき作品として重要視するが(読後感の重さがすごい)
これらを買い取りに出したら市場価値としてはあまりない!
と判断されそうだ
社会には需要と供給だけでない価値判断が必要だと思うが
そのところが最近の社会における不満だ

自分は他人の本棚とかレコード在庫を見て
この人はこういう人なんだ!と想像できる気がするが(間違っていたとしても)
果たして人は今自分の部屋に散らばっているそれらを見て
どういう人物かを想像することができるだろうか?




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機械もの・電気もの故障が、バトンリレーのように続く

2025年03月25日 10時01分11秒 | ダイアリー

困ったものだ、、の声がつい出てしまう
去年から今年にかけて機械もの電気ものの故障が続く

昨年は車の水漏れとオートマの不調で出費が重なったと思いきや
時間を開けずに井戸水が使えなくなった(ポンプの一部が空気漏れしていた)
そして追い打ちのようにテレビが急にきれいに映らなくなったし
床暖のリモコンに肝心にはいつもなら見える炎の印が見えなくなった
(これは業者の人が触ってなにかしてとりあえず元通りになった)

車は10年くらい
井戸は17年 床暖も17年
テレビも約10年
そろそろ何か不具合が出てくる頃だ
床暖の修理に来た人は、今のところは大丈夫かもしれませんが
長い事使っているので、次に故障したらもう部品もないし
新しくしないとダメかも知れませんとの忠告

そうだな、みんな長いこと使っているから
そろそろ出てきても無理はないなあ、、と同居人と話していたら
今朝、エコキュートにつながっているお風呂のリモコンにエラーメッセージが出た

いつもは見もしない取説を引っ張り出して
そこに書かれていた相談センターに電話する
これは思いのほか早くつながって、声に従って色々やってみると
エラーメッセージを消すことが出来た
しかし、今度エラーメッセージが出たら、そろそろ寿命なので
全部取り替えしなければならないかもしれませんとのこと

いつも同居人と話すのは、そろそろいろんな機械・電化製品は
御主人様に付き合って、いろんなガタが来るね、、という情けない話

仕方ない
みんないろいろ疲れてくる
体も腰の調子は良くならないし、記憶力、気力も年相応になりつつある
機械だって同じことだ、、と思うしかない

それにしても、まるでバトンリレーのように次々と不具合が出てくるのは
仕方ないと覚悟しているものの、気持ちが沈む
つくづく若い!とか、新しいことは良いものだと思わされる


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ビンゴゲーム

2025年03月23日 09時27分32秒 | ダイアリー

市内のあちこちで春祭りの花火の音が聞こえる
平井神社の祭礼でもいろんな催しが計画されている
その一つがすぐ近くの商店の駐車場で昨日行われたビンゴ大会
会場に来た人はもれなくビンゴカードがもらえて
ハラハラ・ドキドキを体験できるようになっている

子どもたちは前に陣取って数字が出るたびに大声をあげるが
それに劣らず老人たちも楽しそうに見える(孫と一緒に来ている)

子どもたちとは別に、数字が出るたびに大きな声が聞こえる集団があった
それはK製作所に勤務する外国人たちで
以前は中国人が多かったが、今はフィリピン人が多いとか
ベトナム人が多いとか、時の変化の応じて国籍は違っているようだ

以前のこと、家の近くで出勤に向かう外国人に聞いたことがあった
「日本の生活は楽しいですか?」
答えは
「楽しいです」
これですごくホッとした記憶がある

彼女たちは日本の生活を結構楽しんでいるかもしれない
と思える様子は別のところで見たことがある
それはK製作所の社長の自宅(近く)で外国人が集まって
バーベキューをしていた光景で、笑い声が聞こえたり
モノを食べる時の幸福感、高揚感は遠くからも感じられた

昨日はビンゴ大会にも社長が付き添い(?)で来ていたのだろうか
楽しんだもの勝ちのビンゴ大会で、一番楽しんでいたのは
実は彼らだったかもしれなかった

このビンゴ大会は早くビンゴした人が一番良い景品をもらえるとは限らない
ビンゴを達成した人はくじ引きをする権利が与えられるだけで
そのくじによって景品が決定する
そのせいか早いうちにビンゴした人は
くじで一番多い景品が当たることが多かった

くじは確率の問題だが、昨日は外国人の当たる確率は高かった
ビンゴになる度に歓声がして、くじを引いて何かもらえると
それを上に掲げて仲間にアピールする
仲間は拍手したり声をあげたり、思わず溢れ出る感情の爆発が見られた

よかったなあ
このように笑って、幸せとか思い出になることを体験できること
そしてその様子を見ることは、見てる方もなんだか嬉しい

子どもが無邪気に喜んでいるのも幸せな気分になれるが
見知らぬ国に来て、今を楽しめていることを見られるのは
とても幸せな気持ちになれる

人は人をけなして優越感に浸るより
人が喜んでいるのを見るほうが何倍も幸せな気持ちになれると思う
少なくとも、昨日の自分はそうだった

ところで自分のビンゴカードは3箇所がリーチ状態のままで
景品が終了してしまったので、卵6個の参加賞となった
(卵が残り少なくなっていたので、ちょうど良かった)

「こんなことで運を使い果たさないほうが良いよ」
とお酒大好きなスタッフが声をかけてきたが
それでも特賞を手にしたかったな、、
と思うのは、良い人ばかりでいられない人の常

※ところで、外国人の労働者に幸せな時間を提供できている体格の良いK製作所の社長
  人として良い人だと思うし、その思いは彼ら外国人にも通じるだろうなと思う
 





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今日は小学校の卒業式

2025年03月19日 09時18分56秒 | ダイアリー

今日は小学校の卒業式
近所には二人の6年生がいる(男の子と女の子)
二人ともあまり喋らないが、月曜日、木曜日の校門までの
おしゃべりしながらの付き添いは
有り難いボランティアとして認識しているようだ

子どもたちは寂しいだろうなと想像する
先日、女の子が「あと〇〇日しかない」
「想像するともう涙が出そうになる」
「泣かないつもりだけど、泣いてしまうかも」
そんなことを口にしていた
(何十年前の自分たちの小学校の卒業式は、クラスの殆どが大泣きだった)

小学生と同じように先生(担任の)も悲しいだろうなと思う
6年の担任になると、いつもこの辛い思いをしなければならなくなる
わかっていても、情が移った子らと別れは悲しいだろう
まして、卒業生の涙なんかを見せつけられると
感極まるということは容易に想像できる
担任の評価は実は泣いてくれる生徒の数ではないか!とも思う


もう30年前にもなるが、小学生のサッカーコーチをしていた時
年度末には納会が行われたのだが、その年の6年生は個性的な子が多かった
(今でも名前とポジションを思い出すことができる)
この年は雨が全然ふらずに練習グランドも固くて、思うような練習も出来なかった
しかも、愛知国体があったので、普段では無いような愛知県全体の市町村から
選抜されたサッカーの大会があり、それに合わせて練習をしたので
例年よりは接する機会が多かった(普段は週一の練習だが)

納会で卒業する一人ひとりに声を掛ける時、なんだか感極まってしまった
もうこの子らと楽しい時間を過ごすことが出来ないなんて、、
永遠の別れではないけれど、感情がコントロールできなくなりそうだった
そして子どもたちから
「小学校の生活より、サッカーの時間のほうが印象に残っている」
と声が出た時には、平静でいられない気がした

今は教師になっているこの時のキャプテンとは、現在も付き合いがある
そして彼は相変わらず尊敬の念をもって接してくれる
いくら大人になっても、先生になっても、自分の中では〇〇ちゃんのイメージ抜けない
同じように彼の頭の中は〇〇コーチの印象が残っているかもしれない
もっとも大人になって、深い話も交わすことができるようになった今は
面白いおっちゃんと思っているかもしれないが

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悪夢?

2025年03月10日 09時16分17秒 | ダイアリー

スマホを紛失した夢を見た
ポケットに入れておいたはずなのに、さばくっても手応えがない
そんなはずは、、、と何度も繰り返すが全く見当たらない

そもそも自分がどこにいるのかわからない
困ったぞ、、と少し冷静になろうとした
最後に見たのは、、、どこかに落としたのか?
家に帰れば「探す」アプリでどのあたりにあるのかがわかるはず
と思い直したが、まだ少しパニクっている

どこにいるかわからないので、自分がいる位置を確認しようとしたが
スマホが手元にないことに改めて気づく
困ったな、、と適当に歩く
どうやらどこかの駅に向かっているようだ

ちょっと待てよ、これは夢かもしれないぞ!
不意にそんな気がした
そしてしばらくするとこれは夢に違いない、きっとそうだ
と思えるようになって、夢の中でもホッとした気分になれた

夢は将来の何かを暗示しているというより
数日の間に脳に記憶された些細なことが突然現れるかのようだ
確かに、昨日はスマホの話を同居人とした
「スマホで電話しようとしても、連絡先に保存してある番号を
 調べようとしても、それを何度やっても上手く行かない夢をよく見る」
こんな話をしたのだった

そしてその後でこんな話もした
「夢はいつも電車に乗り遅れそうな状況が多い」
おそらくこれだからこそ、夢では駅のあたりを歩いていたのだろう

フロイトは夢判断を科学的に行おうとしたが
彼の本を読んだ時には、少々こじつけっぽいな!と思ったことは覚えている
覚えているのはそうした印象だけ

人の脳に刻まれる記憶とか情報は
個人が望むものではないらしいところが深い、、と思ったりする




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昔読んだ漫画

2025年02月15日 09時48分56秒 | ダイアリー

歳を重ねると短期の記憶はますます怪しくなっていく
人の名前は覚えられないし、出来事が二三日前だったのか
それとも一月以上前だったのかがわからず
後で調べて自分の印象との違いに驚く

代わりに不意に思い出すのが昔の記憶
今朝は突然、鉄人28号に登場するロボットで
自分がかっこいいな!と思ったのはオックスだったと頭に浮かんだ

このことは覚えていたが、オックスがどんな格好をしていたかはわからない
そこで便利な検索機能を使ってみた
黒いロボットで、鉄人よりもロボットロボットしていなくてスマートな感じ
(悪人風だが)
名前はブラックオックスが正しいらしく、フィギュアでも人気があるようだ
なんだか記憶の中とは違うが、これだったのかと確認できてホッとする

昔のことを思い出したので、ついでに浮かぶに任せてみると
昔見た漫画のことを思い出した(少年マガジン、サンデー、冒険王、ぼくら)
鉄人28号の他に、時代の前後はわからないが「丸出だめ夫」「ホラ吹きドンドン」
「おそ松くん」「伊賀の影丸」「紫電改のタカ」「巨人の星」「あしたのジョー」
「俺は直角」などがぱっと浮かんだ

自分は長男で上と下に女に囲まれていたので、子供の頃は少女マンガもついでに見た
「マーガレット」「少女フレンド」「りぼん」がそれで
「リボンの騎士」楳図かずおの「へび女」などがあるが
その中でタイトルだけは覚えているのが「学生たちの道」(西谷祥子)

学生たちが青春を謳歌する舞台がヨーロッパの街で、その風景や雰囲気が
想像力豊かだった子供の頃には憧れにつながっていたかのようだ
そしてその街はずっとドイツの「ハイデルベルク」に違いないと思い込んでいたが
調べてみると「主人公がウィーン出身」「舞台はスイス」だった

ハイデルベルクはフルトヴェングラーのお墓があるし
ウィーンは大好きなモーツァルト、ベートーヴェン、ブルックナーゆかりの都市で
いずれの都市も自分にとっては特別な都市で
子どもの頃からこれらの都市に行きたいと思っていたのかもしれない

それにしても昔の漫画は、結構真面目な教養小説的な内容のものが多かった気がする
最近の漫画は見ていないのでわからないが、それに該当するのもは
やはりたくさんあるのだろうか?
吸収力の高い若い人には、ためになりそうな漫画に触れることは大切だと思う

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昨日は体調不良

2025年02月13日 08時32分58秒 | ダイアリー

昨日は体調を崩して半日ほど寝込むことになってしまった
予定していた同居人との恒例の行事は中止、別の日を当てることになった
季節が変わるこの頃は、昨日のようにフワフワとめまいがすることがある
寝れば治ると自己判断して、とにかく寝ることにした

昼間寝ると夜眠れないということは、昨晩に関してはなかった
9時半から朝の6時近くまで、一旦目は覚めたが
何かを考えながら眠れた気分で起床した

最近、病院で知り合いに会うことが多い
みんな歳のだから互いに気をつけようと声を掛け合う

さて、めまいの原因は何かを想像すると、思い当たることがないことはない
だから昨日はブルーライトの発行物を手にすることは極力セーブした

病気になるとつくづく健康第一を実感する
人の体だけでなく、社会も健康第一だと強く思う




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虫歯

2025年01月17日 08時55分36秒 | ダイアリー

数日前から下の奥歯が変だ
普段は何ともないが、何か食べる時になってそこに触れると
「痛い!」と感じるようになってる
以前もそうしたことがあって、放ったらかしにしていたら
そのうちに痛みは感じなくなった
その経験があったので今回もそのままにしていた

食事は右側の歯で噛むようにして、少しづつ食べている様子を見て
同居人は「歯医者に行けば!」と半ば強制的なトーンで言う

実のところ右の歯で噛んでも、左側にいかないようにしているので
咀嚼は不完全で塊が大きいまま飲み込んでいる
そうすると少し心配なのが、胃腸に負担が多くなってしまいそうということ
それで食後は胃腸薬を飲んで対応している

でも本質的な解決法ではないから、やはり歯医者にいかないと物事は解決しない
歯医者に行くことに気が進まないのは、あの音が怖いというのではない
その理由はただ一つ、混んでいて待つのが面倒くさいからだ

人間の体はたった一箇所が悪いだけで、他の部分も負荷が多くなって
悪くなるということが珍しくない

仕方ない、、歯医者に行くことにするか!
とネットで歯医者の診療時間を見る
予約なしだからしばらく待つことになるが
読みかけの「赤松小三郎 もう一つの明治維新」が終盤になっているから
それで十分時間つぶしができるだろう

ということで、本日の大きな行事は歯医者に行くこと
なんか、情けないが仕方ない

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知らないことは、呆れるほど多い

2025年01月16日 10時36分11秒 | ダイアリー

現在、東三河で話題になっているのが豊橋の新アリーナ建設のゴタゴタ
隣町で気になっているが詳しいことはわからない
だが先日ある会合で高校時代の同級生に50数年振りに会い
ラインの友だち登録をしていろんな情報交換をすることになった

出会った会合は、狭山事件に関する勉強会で
そこでは人権が蔑ろにされた実態が事細かく教えられ
今後、傍観者であった自分たちも何をすべきかを問われるものとなった
(勉強会後には市議会議員に声を掛けるアクションを起こした)

勉強会で人権問題に取り組んでいた同級生にあったのだが
彼は数年来問題となっていた新アリーナ建設に関しても関わっていて
ラインでしばしば市長戦後の市議会等の経過とか情報を送ってくれた

地元紙にも行く末が不透明なこの問題を連日伝えているが
さて物事の本質は何か?と今更ながら調べてみると
実は何も知っていなかったことに気づいた

物事をハコモノ行政の是非と単純化するのは好みではないので
もう少し新聞記事などを読み見直して全体像を理解しようとした
わからなかったことの一つは、事業計画の運営に関する事柄で
日本総合研究所の市場調ではPFI BTO方式では赤字予想 
BTOコンセッション方式では黒字となっていたのだが
不思議なことに最終報告書では赤字のPFIBTO方式のみが記されていた

これは3月の中置新聞に記事として紹介されていたが
2つの方法を調査したのに、なぜ黒字の方の予想を報告書に書かなかったのか
とは誰もが思うが、情けないことに自分がわからなかったのは
事業の方法「PFI BTO」「BTOコンセッション」の内容が全く知らなかったことだ
知らないということは理解できていないことなのだが
昨日、同級生から電話があって約1時間にわたって
それらの説明を受けた

それでやっと、この問題の全体像がおぼろげながらわかってきたような気がした
でも一気に多くの情報を得たので少し混乱気味で問題が脳に定着するまでには
もう少し時間が必要な気もする

それにしても、知らないことは本当に多い
知らないことを知るということはちょいと面倒なことだ
豊橋市民の間でもこの問題に精通している人は
ややこしい問題だけにそれほど多くないと思われる

問題は何も知らない人も含めて民意というものが形成されるという事実
民意は無関心の人の存在によって保たれるというのが
ハンナ・アーレントの全体主義の起源にあった一文

みんなが賢くなれば良いのだが、現実的にはそれは無理と思われる
そこで賢い人たちにしっかり考えてもらっていろいろ決めてもらう方法を思いつくが
人は賢くて公平で正義感があってというのはなかなか難しい

こんなふうに考えると落ち込みそうになるが
まずは、できることからやっていくしかないと
自分に気合をいれてみる

※気になった新聞記事はこれ↓


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