パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ユーロ2008 決勝

2008年06月30日 22時44分51秒 | Weblog
気張って早起きしてみたものの
決勝戦は結果が全てだから
慎重な試合運びで残念ながらスペクタクルなサッカー
というわけにはいかなかったようだ

最初からドイツはコンパクトにして
スペースを与えないようにして
さらに常に縦のパスを出させないようにしていた
いつもならそれでもかわして
ポンポンとつないでいくスペインも
硬くなっていたせいもあったが
単発に終わってイマイチ盛り上がりに欠ける展開に
なってしまった

こうした時、力を発揮するのは
才能とかセンスというしかないものを持っている者
F・トーレスの速さ あれは守りも仕方ないだろう
回り込んでやられた前に良いスルーパスを
出させてしまった時点で
ドイツはミスをしたというべきか

だがドイツは本当に点を取られても
コツコツとひたむきにやるチームだ
日本のように瞬間的に熱くなって
急に動きが活性化する、なんてことはないが
自分の与えられた仕事を本当にまじめに取り組む
だがこの傾向も以前のドイツと比べると
多少薄れてきたかもしれない
昔は本当にしぶとかった
(勿論今でも充分しぶといが)

結局後半はドイツは攻め手がなかった
スペインの攻撃力、キープ力に時間を割かれ
次第にリズムを失っていったせいだ

こうしてみてみるとサッカーに身長の高さは
あるに越したことはないが
小さくても充分出来ることがわかる
だが日本人と比べると横幅が違う
小さくてもがっちりしている
日本人は骨が細いから仕方ないではなくて
アイマール、ラウル、メッシなどを手本に
生き延びる方法をそれぞれが手にしなければだめだ

Jリーグができて飛躍的に強くなった日本だが
ここにきてまたヨーロッパと差が広がってきた
ように感じてしまうのは
悲観的過ぎるかな

それにしてもテレビ放送がVOWVOWが独占で
たまにTBSというのは
すでにスカパーでお金を使っている身としては
ちとツライ
(もっと見たいものもあったのに)
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困ったものだ!

2008年06月29日 10時35分18秒 | Weblog
「面白かった。しかし、困った!」が 
広瀬 隆著 「持丸長者」幕末、維新編(ダイヤモンド社刊)

何に困ったかと言えば、出てくる人の名前とその素性
そして閨閥がなかなか覚えられないこと

結局、通して感じたのは
みんなどこかで繋がっている
という当たり前の事実

浅井長政、源頼朝、武田信玄、清和天皇などなど
よくもまあ調べ上げたと言うべきか
しかし、全部が全部この出身からの理屈で進められるのも
若干疑問は残らないでもないが、、、

確かに今までの歴史は政権の立場から書かれていた
江戸時代から明治など典型的だが
広瀬氏の言う様に、経済の立場から
そして庶民の立場からのものも重要視すべきだろう

勝てば官軍
この勝ったもの勝ち、みたいな
少し軽蔑の意味が含まれる言葉
これはその時代を生きた人たちの正直な感想で
明治政府の成り立ちやその運営が
教科書に書かれている程清潔であったり
理想に燃えていたものではないことを示す

つまりドサクサにまぎれて結構あくどいことを
(中央政府の情報をつかんで)
やって、バレなかったり運がよかったものが成功している

後になって、成功の秘訣はひたむきに努力した様に残されているが
今の政治の有り様を見ていると
正しい人間が真っ当に努力したというより
上昇志向の強い人間がいろんな手を使って
強引にその地位を手にした
と考える方がリアリティーがある

食品偽装、粉飾決算、人材派遣での人件費カット
それら法律に触れる様なことを
平気でできる人間が残念ながら一時的にしろ
その社会を動かす立場にいることができる

まじめだけでは、実はどの時代もトップまでは行けない
「水清ければ魚住まず」
悪事を行う様な人は、ある意味バイタリティーに
あふれているということなのだろう

年を重ねてくると物事はなかなか理想通りには行かず
神の見えざる手が調和を、、、等とは
容易に信じがたいが
それでも、基本的には普通の人が普通に努力して
普通に暮らしていける様になればと思うのだが
金という魔物に取り付かれてしまうと
そんなにお気楽には考えられのかもしれない
困ったものだ
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ユーロ2008 準決勝

2008年06月27日 21時59分47秒 | Weblog
やっぱりスポーツ中継は生に限る
多少眠くても先の読めない緊張感は変えがたい

ユーロ2008準決勝 第2戦
スペイン対ロシア
リーグ戦で当たっているものの、その時とは勢いが違う
と競り合いになると思っていたが
相性のせいか、それとも大事なところでもろい
今までのスペインらしくないせいか
スペインの圧勝だった

そもそもゲームの入り方からして
キックオフ直後のチェイシング
イメージの中のスペインとは違う
だがすぐに一瞬ロシアのペースになったかな
と思ったのもわずかの時間だけ
徐々に余裕を持ってパスを回し
プレスを外し
抜群の個人個人のキープ力で
ボールを前に前にと運び
ロシアのやる気を削いでいったようだ

フトこの戦い何かに似てると思い出したのが
ジダンが全盛期の頃のフランス
このチームも上手くパスを回し
プレスを外し
チャンスがあればサイドから猛スピードで上がってきて
手がつけられなかったが
なんだかよく似た印象だ
ただスペインのほうが少しばかり野性味があるが

それにしてもチームプレーというものの
結局個人個人の力は馬鹿に出来ない
技術力に差のあるスペインが
ロシアを圧倒したのは今から思えば当然の結果か

イ二エスタ、ラモス、プジョル、トーレス、シャビ、セナ
カシージャス、セスク
本当にみんな上手いし強いし早いし、よく走る
(なんだか日本代表が何年もかかっても
追いつけないような気がしてきた)

この際あと1試合純粋にゲームを楽しむことにしよう
リアリストのドイツ どこまで頑張れるか?
南欧系のポカの多い(?)スペインは好調をキープできるか?

得点差があるときはスペイン
接戦になったらドイツの目もありそうな気がするがどうだろう
ただ、サッカーの将来のためには
スペインが勝ったほうが良いと思うが、、、

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ユーロ2008とW杯予選

2008年06月23日 22時10分42秒 | Weblog
さすがに今朝の早起きは
今になって猛烈な睡魔となって襲ってきた
晩御飯の後30分くらいはウトウトしていたようだ

それにしてもイタリア
Pk戦でスペインの負けてしまったが
恐るべき守備力だ
前々から知っているものの、
それでもあきれてしまうほどの堅さだ

人数がやたら多く見えたりするが
(かけているせいもあるが)
それより本能的に体がついていくシュートコースを消したり
フェイントについていく能力
守るだけでなくボールをとる能力
それらはある面惚れ惚れするくらいだった
ただ、それがいいかどうかは別として
確かに守りの文化はイタリアにはあるのだと感じる

さすがのスペインも途中から打つ手なし
みたいなことになってきていた
少しばかりリズムが一本調子になってきたせいもあるかな
当たり前のことだがイタリアもスペインも
基本的な技術、そして1対1の激しさ
これらは昨日夜見た日本代表とかなり違う
そう、これらの試合を見ていた時は
日本は何十年かかっても追いつけないのじゃないか?
と絶望感を感じたほどだ

たしかにオシム監督の言うように走力が違う
走る距離は日本と同じくらいかもしれないが
日本はまだ無駄走りが多い(それも必要な場合もあるが)
つまりあまり考えて走っていないから

そしてパスのスピードが違う

それからスピードアップが日本は出来ていない
日本ではDF、MFからはほとんどが泊まった場所からの
パスからスタートするが
ヨーロッパの連中はMFからドリブルで突っ込んでいって
人をひきつけ、かわしパスコースを作っていく
まるでヨーロッパはバトンタッチでリレーしているのに
日本はいつも号令でスタートしているみたいに
その都度その都度スタートしている

サイドアタッカーがドリブル突破は当たり前
しかし中央でもそこそこのドリブル突破の能力は必要だろう
それは必ずしもシュートのための突破でなくてもよくて
中田英のようにボールを前に運ぶドリブルでもいい

そのためには日本人はもう少し体を頑丈にしなくてはならない
今更骨の太さは変えられないのなら
せめてボディーバランスをよくするとか
あたりに強い体の使い方を身に付けるべきのような気がする

そして出来れば司令塔という言葉が死語になるような
個々が柔軟な発想による積極的な
スピードにあふれたプレーが正確に出来るように
なればいいのだが

実際このままでは最終予選は大いに不安
日本のレベルは底辺は上がっているが
代表レベルは下がっているような気がしてならない
それが杞憂に終わってもらえればいいのだが
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アヴァンギャルドを体験

2008年06月21日 19時25分26秒 | Weblog
店の存在を知ったのが二日程前
今日の予定はその時に決まってしまった
とにかくアヴァンギャルドという
凄いスピーカーを設置した喫茶店が
(価格がなんでもセット1800万円という途方もないもの)
浜松にあるとかで、何はさておき行ってみることにした

店は「トゥルネ ラ パージュ」と言って浜松駅の近く
このスピーカーを設置する為に作ったと言う(?)店内は
2階分の高さの天井で、壁も反響のよさそうな素材で
本当は大きなアヴァンギャルドが慎ましく鎮座していた

さて関心はその価格ではなくその音!
噂や評判では低音が凄いらしいとかで
そのつもりで耳をすますと、なるほど余裕のある
深々とした低音が確認できた

残念ながらかかっていた曲があまりにもイージーリスニング風の曲で
音だけを聞くにはいいのだけれど、すぐに飽いてしまってしびれを切らしていると
リクエスト用紙 というメモ用紙が目に入り
早速頼んでみることにした
最初はキース・ジャレットのソロコンサート(ブレーメン、ローザンヌ)を
希望したのだけれど所有していないということなので
同じくキース・ジャレット・トリオの「スタンダード1」から
God Bless The Childをできればレコードの方でとお願いした
(これらの曲は自宅にもあるので聴き比べができるからお願いしたのだが)

曲を聴き知っているだけに、さっきより集中できたが
まず最初に気づいたのがドラムスの音
あれっ!こんなに表に出ていたっけ!と思うくらい
全面に出てきていて全ての楽器がクリアだった
しかし後で知ったことなのだが、
教えてもらうまでCDのアルバムを聴いていると思っていた
つまりレコードというよりCDっぽい音だった
楽器の音というよりは、デジタルで音量を拡大した様な

で、家に帰って自宅のシステムで
同じ曲を聴いてみたのは言うまでもない
するとドラムスはあんなにはっきり表には出てこない
だがピアノの音、ベースの音はこちらの方が艶っぽい
(負け惜しみかな?)
それに音楽に集中して聞ける感じとか
演奏者が徐々に載ってくる感じが
より感じられる様な気がした

そこでスピーカー以外のシステムをみると
プリアンプ:Accuphase C-2800
パワーアンプ: Accuphase A-60
TEAC ESOTERICのユニバーサルプレーヤUX-1( SACD,CD,DVD-Audio,VIDEO)
アナログプレーヤーは英国AvidのAcutus

自宅がスピーカーは
タンノイ スターリング
プリメインアンプがWoodham2.0 300B
フォノイコライザーがEAR 834P
アナログプレーヤーがトーレンス TD126
CDプレーヤーがMusical Fidelity A3.2

価格帯は随分と違うし部屋の環境も段違いだ
だが何となく自宅の方が暖かい感じがしたのは
アンプが真空管だったからかもしれない

そんなことだから人の家のことながら、
あのアヴァンギャルドのスピーカー
真空管アンプでならしたら
いったいどんな音がするんだろうと気になって仕方ない

ところで今自分が気になっている(つまり欲しい)オーディオ商品は
ノッティンガムのアナログプレーヤー
EARのAcuteというCDプレーヤー
しかし、自分にご褒美できる状態ではないのが辛いところだ
(そもそも、そんな時が来るのか疑問だが)


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エレキギターでハンマークラヴィーアを!

2008年06月20日 21時12分34秒 | Weblog
またもや通勤時のNHKFMを聞いていた時のこと
今朝はベートーヴェンのピアノソナタ29.30.31.32番を
オンエアしていたが、その29番
「ハンマークラヴィーア」の第4楽章を聞いて急に、
これをエレキギターでロック風に編曲したら面白いだろうな!
などと思った
この半端じゃないエネルギッシュな音楽は
多少美味しいとこだけの編曲にしても
演奏者も絡み合いが面白くて楽しいのじゃないのかな

寺内タケシが「運命」をやった様に
エマーソン レイクパーマー(?)が「展覧会の絵」をやった様に
クラシックという扱いではなく
単に面白そうな素材として取り組んでもらえたら
「ジュピター」に負けないくらい楽しめそうに思えるのだが、、、
(ちょっと曲が渋すぎるかな?)
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困難もある種の刺激?

2008年06月19日 21時03分03秒 | Weblog
人は刺激に慣れてしまって、
次第により強い刺激を求める様になる
映画などではカーアクション、爆破シーン、官能的なシーンなど
これでもかというくらいの刺激のオンパレードで
ご親切に、見ているものにわかりやすく与えてくれる

同じ様にはなかなか考え難いが
ドストエフスキーを読み続けるということは
ある意味同じことなのではないだろうか?
つまり、より強い刺激を求める、と言う点で

「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」など
ドストエフスキーに一旦ハマったら
(その濃厚な感情世界、苦悩に満ちた世界など)
簡単に読めてしまうミステリーなどは
刺激が物足りなくなってしまう

全神経を集中して、なんとか理解しようとして
取り組む本から得られる手応えはある種の快感であり
だからこそ、更に困難な類いの本を求める様になる
若い頃に読んだ長編、哲学書はその類いだ

しかし、最近より強い刺激を求める傾向が
映画の様な安易な方向の面だけ報道され
頑張って難しいものに取り組んでいる
見栄っ張りな学生や若者たちの姿を
あまり伝えていない様な気がしてならない
それはもう今はいなくなってしまった人種なのか?

巨大なもの、困難なもの、そんなものを理解したいとか
味わいたいという感覚は今の人にもあると思うのだが、、、
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困るのは本部、経営者?

2008年06月18日 21時18分04秒 | Weblog
昨日ラジオで
埼玉県の二十四時間営業のコンビニ店などに
深夜・未明帯の営業自粛を要請することへの
賛成、反対の簡易アンケートが行われた

結果は80%が自粛に賛成
圧倒的な差だった

そもそもこんなことを言い出したのは
二酸化炭素の削減を目指すためだったが
一般の人はそのことより
24時間営業の無駄を感じているからではないのか
(働く人にとっても)
そして多少の不便は我慢できると判断したからではないのか

確かに深夜働く人々にとっては
開いていないのは困る事態かもしれない
だがそれは始めから開いていないとなれば
手の打ち方がある
昔はみんなそうやっていたし
そのほうが良いのではと思ったに違いない(?)

実はいろんな理由をつけて
一番我慢の出来ないのは
本部、とかいわゆる経営者の連中だろう
机上の理屈で現場を知らない可能性のある彼らは
販売機会のロスが何よりも怖いのだろう

しかし、もういいのではないのかな
もっと働き手も世界も持続可能な
スタイルに切り替える時ではないのな
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落書き

2008年06月16日 22時08分27秒 | Weblog
大が小を飲み込む時代だなあ!
と、やりきれない思いを持ちながら
同時に馬鹿なことを考えたり
思い出したりすることがある

最近急に思い出して頭から離れないのが
20年位前に上高地だったか
徳沢のトイレに書かれてあった落書き

「トイレとは思考し、空想するところである」

落書きはいけないことと思いつつも
なるほど!と感心し今に至っている

今にして思えば落書きにも
余裕があった時代というべきだろうか?
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子供たちはいつも現在の感情で生きている?

2008年06月15日 20時42分18秒 | Weblog
4月スタート時は4人だった1年生が
徐々に増えて今日で14人
そして去年からの2年生、6人が
自分の少年サッカーの担当分

流石に練習が終わった後には
怒鳴りっぱなしで喉が痛くなるのは仕方ないが
それにしてもこの学年の子供たちには
驚かされることしきりだ

まずは本当によく簡単に喧嘩する
順番が抜かれたり、ボールを取り合ったり
ちょっと手が当たったくらいで怒りだしたり
それでひどい時には殴り合ったり
蹴り合ったりに発展したりする
(さすがに2年生はもうしないが)

だが、びっくりするのはその後のこと
さっきまで殴り合っていた様な子たちが
もうじゃれ合っている
身体をベタベタくっつけて
それこそまた何かの拍子に喧嘩になってしまいそうな格好で!
どうも大人の感覚では彼らを判断できないようだ

ただ言えるのは彼らは大人よりはるかに
感情の世界を生きている様に思えること
それもいつも現在形の形で!

子供たちにも記憶があるのだろうが
それよりも優先順位はいつも現時点のこと
どうやらそんな様子だ

だからいつも感じるような
前回までの練習をすっかり忘れている不思議さは
これで納得できる
もっとも何回かやっているうちに思い出してくれるが!

頭の記憶より身体の記憶になるまで
繰り返しするしかないのだろうが
子供たちの集中は1時間くらいしか続かない

「ねえ、試合今日やる?」
こんな言葉が出てきたらもう集中が切れてきた証拠
様子を見ながら
「さあ、今から試合!」
となるのだが、皆がみんなゲームに夢中になれる訳ではない

後ろの方でぼんやりとゲームを見ているだけならいいのだが
時には(流石に最近はなくなったが)地面に絵を描いて遊んでいる子や
ゴールの前でじっと守っている子など様々だ

彼らが積極的にゲームに参加しないのは
2.3人の活発な男の子のプレーに圧倒されて
自分の居場所を見つけられないのかもしれないので
自分はなるべくボールのタッチ数が多い様に
小人数に分けてゲームさせているが
それでもまだまだ勝ちたい!
という欲が少ないと見えて相変わらずマイペースで
自分の時間を過ごしている

この時期、まだまだ大人たちが我慢の時かもしれない
大人は言葉で言えばわかると思っているが
実感としては、「言葉は通じない!」だ
確かにわかってくれている子もいるが
大半は言葉だけが子供たちの頭の上を過ぎていく感じしかしない

それでも、なんだかこちらの熱気みたいなものは
感じてくれているように思えるのは希望的な見方かな?

自分も小学1年の記憶はほとんどない
だから彼らも大人になった時には、この記憶は
ずっとサッカーを続けていった子を除いて
忘れ去られるだろう
しかし、彼らに覚えていてほしいと思うのは
「確かに自分たちに必死になって向かってきた大人たちがいた」
という実感

それさえ肌で感じる様になりさえすれば
秋葉原の事件の様なことは起きない
と楽観的すぎるかもしれないが
思いたいのも事実だ

思えば、感情だけで生きているような黄金の時
そんな時代を思い切り味あわせてあげたい!
嬉しいこと、悲しいこと、悔しいこと、辛いこと
土の触感、擦り傷の痛さ、体中から溢れ出る汗
そしてなんだか楽しかったという感じ

子供たちの練習後の火照った汗の出た顔
疲れているが満足感の滲んだ顔は
反応がストレートなだけ
我々の日常の生活の味気なさストレスを
すっかりと解消してくれる

やっぱり子供たちに遊んでもらっているのかもしれない?


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