パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

暑い!

2011年06月30日 21時05分30秒 | Weblog

家の作りようは夏を旨とすべし

吉田兼好の徒然草の一説

冬は寒ければ何かを着て寒さをしのげばいい

ところが夏はいかんともしがたい

だから夏用に家は作るべき

というのだが

 

なんという暑い毎日

家が夏用に風通しが良くても

日差しを遮る工夫をしても

暑い

ひたすら暑い!

 

吉田兼好の時代とすっかり気候も変わっているのだろうけど

この気候は自滅的であるのも事実

地球温暖化というのではなく

自然がなく照り返しの多い環境

エアコンの熱風、、

 

話は変わるけれど節電が話題になっているけれど

ここ十数年は産業用の電気消費より

家庭用の電気消費の増加率が高い

 

家電メーカーが競って便利な商品を作ったせいなのだけれど

それが自分の首を絞めている現実は

人間のなす事の不完全さを物語る

 

ほんとに人間のすることは、どこかバランスが悪い

こちらが立てばあちらが立たず

陰と陽

 

人はもう少し謙虚でなくては!

万物の霊長

そんなふうに思っているのは人間だけかも

もっとバランスの良い何かがあるかもしれないのに

 

それにしても、暑い

まだ6月なのに

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全体像が見えない

2011年06月28日 19時22分55秒 | Weblog

保険の契約の書類もそうだけれど

何が書いてあるのか本当に分かりにくいのがお役所の書類

 

わからないのは誰が悪いのか?

わからない読解力のない人たちか

それとも、わかり易い文章を書こうとしない人たちか?

 

分かりにくいのは文書だけではなかった

お役所の成そうとしている事業も分かりにくい

というか、全体像がつかみにくい

 

でも辛抱強く読み取っていくと

呆れるというか、失望感というか、怒りが湧いてくるような事柄に出会う

 

まず予算がつけられた事業があるとする

その趣旨は文章的にはもっともだし、なるほど必要かも

と思えないことはない

 

ところが問題はそれから先

この事業をうまくやっていくためには

この事業についての広範な知識が必要であるし

そのためには知識の獲得のため、スキルアップのため

補助金を出して必要とする関係者の手助けを行う

 

この補助金は税金から出てくるものだから

補助金を受け取った人のチェックするためには何枚もの提出書類が必要となる

 

この書類が煩雑で分かりにくく

出されたものをチェックし整合性があれば

補助金は支払われるのだけれど

チェックは各書類間の整合性だけで

書類に書かれたことの有効性などの問題は無視される傾向にありそう

なぜなら、チェックする人の仕事は書類間の整合性のチェックであって

種類の是か非かは問題とならないから

と言うより、別のセクションの仕事は殆ど分かっていないから

 

つまり自分の仕事の全体における位置づけが分かっていない

 

話は戻って事業支援のスキルアップに関する補助金の場合

このスキルアップのためには、この人達がお手伝いしていただけますよ

と紹介される先は、、、

お役所の息のかかった団体、言い換えれば天下り先

何のことはない、補助金の使い先は天下り先に行くようになっている

 

もう少し現実的に考えると、補助金の付けられたこれらの事業でも

補助金の使い道はもっと有効な使い方があるはずなのだけれど

それは一般に人はごまかしとかズルをすると言う考えのもと

一般人が必要と考えるものに使われるのではなく

あまり役立たない~~のための~~を支援する~~人材の育成の、、、みたいな

有効性がさっぱり検証しにくいセミナーとか、相談コーナーに使われるように

向けられている

 

その相談先やセミナーを仕切るのがお役所の出先機関

なるほど官僚たちは自分たちの仕事先(天下り先)をこうしてつくっていくのか

 

まずは天下り先となる職場、団体を作って

法律的にそちらにお金が流れるような事業を

もっともらしい理由をつけて起こす

 

同時に全体像が見えるとまずい面もあるので

できるだけ他人は分かりにくい様に複雑化する

 

以上は極端な独断偏見に基づくものかもしれないが

それでもここ数週間で関わったお役所の仕事ぶりの全体像を把握しようとして

考えついた答えだ、、

 

ここまで来ると根は深い

一体この国はどうなっているんだろう

 

こうしたお役所の仕事ぶりを眺めると

目先の利益をひたすら求めている企業のほうが

よっぽどまともで健気な存在に思えてくる

 

結局、時間はかかっても国民一人ひとりが賢くなって

自分たちの代わりに誰かがうまくやってくれる

などという幻想をもたないようにするしかないのだろうか?

 

しかし、それじゃ効率が悪すぎるし、、、

 

困ったものだ

 

 

 

 

 

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地ビールはどこに行った?

2011年06月24日 21時03分26秒 | Weblog

気温がある数字を越えるとアイスクリームやビールが売れるようになるという。

さもありなん!

今日はそんな日だった。

6月というのにとんでもない暑さ

帰りにはついついビールを求めて酒屋に向かってしまった

 

運転中、頭に浮かんだのは昨年時々飲んだ地ビール

酵母が生きていて、香りがフルーティー、深い味わい

それがキンキンに冷やして炭酸が効いて清涼飲料水みたいな

今のビールと比べてお気に入りだったのだが、、、

 

酒屋の冷蔵庫の中には

やっぱりというか、予想通りというか

そんなマイナーな商品は置かれていなかった

かろうじてあったのはベルギービール

 

地ビールはないのですか?

もうブームは去ってしまったので、、、

 

自分はブームだから飲んだんじゃなくて

その価値を認めたから飲んだのに

 

ブームがさったのは日本人特有の熱しやすく冷めやすい性格のせい?

味、キレが今の人に合わなかった?

価格設定が高すぎた?

 

でもなあ、価格はそのくらいかかってしまうかもしれないので

何時も飲むようにしなければいい

 

味だって、ドイツで飲んだビールはあんな感じだったのに、、

それを思うと今の人の味覚、好みは大丈夫かな

外食はやたら塩味が濃いし、脂っぽいし、、

 

とここまでブツブツ言ったが

せめてキリンでチルドビールを再発売してくれないかな

もっともコンビニは売上分析するから

直ぐに店頭からなくなってしまうだろうけれど

 

エチゴビール、銀河ビール

一体どこで売ってることやら

 

 

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レディ・ガガ

2011年06月23日 21時24分33秒 | Weblog

日本は安全と紹介したことで

救世主のように話題になっているレディ・ガガ

いい奴だ!と感謝を込めて思うけれど

残念ながらどんな音楽をやっているか全然知らない

(奇抜なファション、メイクでその存在は知っているけど)

 

そこでYoutubeで検索してみた

2.3見てみたが、音楽自体にたいして刺激は受けず

打ち込みの(?)リズムが力強く刻んでいたが

それもビジュアル無しで聴いたら果たして刺激的だったか?

 

もっともショウビジネスの世界

売れる要素は音楽性だけではないということだけれど

音楽はもうやることはやり切ってしまって

音楽だけでは新しい何かは創造され得ないのだろうか?

 

それとも依然として音楽は変化していて

ただ単に自分の感性が古くなって

新しいものについていけなくなっているだけなんだろうか?

 

でも、ホントはどっちでもいい

間違いないのは関心がないということ

 

ちょっと本音で聞いてみたい

レディ・ガガってラジオで聴いても凄い?

(自分はマドンナのほうが認めやすい)

 

同様に

マイケル・ジャクソン 映像なしで彼の音楽はすごい?

 

AKBって本当にいい?

 

いくらマーケティング的に参考になると言っても

どこかしら気持ちの悪さが残るのは何故なんだろう?

 

ま、どうでもいいことだけれど。

 

 

 

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バックグラウンドミュージック

2011年06月22日 20時05分59秒 | Weblog

家具のような音楽を!

と言ったのはサティー(だったかな?)

どんな意味で使ったのか知らないけれど

現在は有線で様々なジャンルの音楽が

それこそオフィスや店舗で家具の類の扱いで流れている

 

真面目に聴かれることを前提としていない

聞き流し、ないよりあった方がいいくらいな扱いで

音楽が消費されている

 

そこにはバッハもモーツァルトもベートーヴェンもショパンも

同列に、ただチャンネルの決定権のある人が気分次第で、、、

 

だがこの聴き流すのを目的とされた音楽でも

その音楽を知っている人には案外聴き流すことは難しい

ついつい音楽の先を追ってしまい感情移入してしまう

 

軽快に流れて抵抗感のないモーツァルトの音楽でも

よく聞くと楽器間、フレーズの受け渡しや微妙な変化が

とても面白いし、バッハは綿密すぎてチョットしんどくなったり

ベートーヴェンは感情を鼓舞されるようで

ただ聴き流すことはできない

 

ということは、知らない音楽のほうが

バックグラウンドミュージックとしては向いている事になりそう

でも聴き流すだけの音楽なんて

ちょっと勿体無い

と思うのは余計なお世話か?

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神様はサイコロを振らない?

2011年06月20日 20時27分17秒 | Weblog

時々思うことがある

世の中は予定調和とか、あるべき姿にいつか落ち着くのではなく

単に生存競争の強いものが、いつの時代も勝ち残るのかもしれないと

アインシュタインが「神様はサイコロを振らない」といったが

物事は実は確率の世界で回っているのかもしれないと

 

そして残念ながらこの生存競争の強いパターンの人物は

決して道徳的な存在ではなさそうで

おそらく完璧さを求めるあまり発表を控えるよりは

闇雲に自己主張が多い傾向をもちそうだ

 

翻って人にとって必要なのは(特に日本人に)

もしかしたら自己主張なのかもしれない

 

どのみち人間のすることは全て完全ではないのだから

とにかく生産的であれば、行ったことが実績となる

実績の評価は誰かが親切に注目してくれる等ということは

めったにあることではない

だから日本人には少し恥ずかしい感覚を持ってしまうが

自己主張を継続するのも

今は、それはそれでいい事のように思わないでもない

 

それにしても「神様はサイコロは振らない?」

 

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モーツァルト、やっぱりいいなあ!

2011年06月15日 21時42分14秒 | 音楽

知っている人は知っている(当たり前)モーツァルトの美しい楽章の一つ

K364の第2楽章

モーツァルトイヤーのラ・フォル・ジュルネで生で聞いた時

ずっと続いて欲しいと思ってた、

でもモーツァルトは大事なことは、そっとしか言わない!

のか、悔しいくらい感情過多にならずに終わってしまう

それがまたいい!

K550の冒頭

昔オーディオショップにこの部分の自筆譜のファクシミリが額装して売られてた

(数量限定のコピーの何番目と印があった)

見た瞬間、あの有名なメロディではなく、伴奏の音型が聞こえたような気がして

すごくインスピレーションを刺激された

やはり自筆譜はなにか違う

音楽家が図書館に行って自筆譜を研究するのは分かる気がする

 

この額装された自筆譜、しばらく店に飾られていた

欲しいと思っても値段がやさしいなものではなかったので

結局縁がなかった

 

今なら買うかな?(大人買い)

 

人はお金を得る方法は、割合皆似ているが

使う方は千差万別だ

買う方に個性が現れる

 

コンサートに行く人、

一枚の紙っペラを高いお金を出して買う人

お酒を呑む人

ゴルフに勤しむ人

 

さて自分は?

最近行っていないなコンサート

なにか良さそうなのあるかな?

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やっぱり!

2011年06月14日 22時53分03秒 | Weblog

ツイッターできくちゆみ氏が疑問をつぶやくように

確かにニュースの見出しとしては普通じゃないのが

原発についてのNHKのニュース

電力全体の3割を供給してきた国内の原子力発電所について、今後どうすべきだと思うか尋ねたところ、
▽「増やすべきだ」が1%、▽「現状を維持すべきだ」 が27%だったのに対し、
▽「減らすべきだ」が47%、▽「すべて廃止すべきだ」が18%で、
「減らすべきだ」と答えた人は、先月に比べて4ポイント増え て半数近くに上りました。

 

この結果を受けてのタイトルが「世論調査”原発縮小”半数近くに

減らすべき、廃止すべきで合わせて65%で

半数近くにどころじゃない

 

ところでもっと問題は、質問の前にどうやら

電力全体の3割を供給してきた国内の原子力発電所について、

の前文がありそうなこと

 

やっぱりだ、単純に原発をどうするかの問ではない

大袈裟な言い方をすれば少し脅して、さあどうしますか?

と聞いているようなもの

 

なんだかな、これで世界の世論調査機関と日本の世論調査の結果に

差が出るのが分かる気がする

こうした統計は本当に気をつけないと良いように洗脳されてしまう

 

前からブツブツ言っているように

世論調査は結果だけでなく質問全部を公にしてほしい

そこに変な意図が混じっていないか確認するために

 

ここまでくると少し偏見が混じっているのを否定はしないが

それでも最近のメディアはチョットどうなんだろう、、、

 


 

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パスポート

2011年06月13日 20時10分16秒 | Weblog

確か先月でパスポートが切れた

10年間、結局一度も海外に出かけることはなかった

使ったことと言えば日韓ワールドカップのチケットが当たって

引換に行く時に身元確認に使っただけ

取得したときは一度くらいはどこかへ行くだろう

と思ったのだけれど、、、

 

そこで少し現実的に決心しようと考えてみた

 

もう一度ドイツに行こう

今度はベルリンをもう少し見て、出来ることならバイロイト音楽祭も聴いて

サッカーのブンデスリーガも見てみたい

 

そうだなドイツ以外の国もいい

ウィーンは京都みたいでなんか落ちつくし

チェコは穴場みたいだし

イタリアはウフィツィ美術館にも行きたいし

ノルウェーのフィヨルドも魅力的だし

イギリスの湖水地方もよさそう

スペインはミロとガウディのバルセロナ

 

行きたいところは結局まだまだふんだんにある

(と言っても関心はヨーロッパだが)

行きたいところがいっぱいあって行けないほうが

行きたいところがなくって行く気にならないより

いいかな!

 

体力のあるうちに行ってみたいと思うけれど

さて

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話す人の人格を抜きに、文章だけで判断はできない(かも)

2011年06月11日 13時09分52秒 | Weblog

聞いていると、なるほどいいこと言っているな!

と思えても、何故だか素直に聞けないことがある

 

話す人の滲み出る人格のようなものを

こちら側が受け入れられない時がそうだ

そしてその人格への勝手な判断は

第一印象に基づく

 

問題なのはこの第一印象が正確かどうか、という点

もっともどんなに冷静を装っても感情と理性の戦いは

感情が勝利をおさめるので

第一印象が間違っていたとしてもどう仕様も無いが、、、

(理性的に感情に逆らって判断すると後悔することが何故か多い)

 

結局、人は類は友を呼ぶの言われ通り

自分に合う人間としか最終的には深く付き合わない

 

話は飛ぶけれど、つくづく感じるのは公にされた記述された文章、記録されたものは

記述した人の雰囲気、人格を表すものではない可能性があるから

それだけでその人を信用したりしてはマズそうだということ!

無条件に文献至上主義になってはいけないということ

 

例えば、ミスターの発言は

書かれた文字にすると結構変な発言だが

話を聞いている段では何ら違和感がないことが多い

つまりは発言者の人格の把握が文献を読み解く上で必要なこととなる

 

さて政治の問題、小沢さんの話、

もしかしたらいいことを言っているかもしれない

しかし、ここで最初の問題に行き着く

どうもなあ、滲み出る人格が、、、

 

もっとも此の様に判断するのは自分で

他人はそうでない判断をするので

自分が正しいとは思わないが、、

 

でも大半人々の無意識の判断は、(洗脳されているという意見もでそうだが)

大きく間違わないのではないか

という淡い期待もある

願わくばそれらの判断が良いものでありますように

 

 

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