パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

LサイズとMサイズ

2019年05月30日 09時07分24秒 | 徒然なるままに

腹部は計測しなくても見た目でわかるメダボ
体重も標準体重からオーバーしてる
だから購入する服は当然Lサイズとなっている

ところが、その半袖服がクリーニングして縮んでいなくてもどうも窮屈だ
胸のあたりがパンパンで、ボタンが左右に引っ張られ気味
少しばかり動作も制限されるような気がしないでもない

でも5年前、ドイツで急遽購入した半袖カッターシャツのラベルはMサイズだが
胸のあたりも余裕があってぴったりサイズの感じ
自分の体型は日本ではLサイズでもドイツではMサイズなのだ
(これは40年ほど前にドイツで長袖のカッターシャツを購入した時も感じたこと
 この服はやたらと袖が長くて持ち余し気味になった)

名古屋グランパスの監督をしたベンゲルさんは、日本人は同じ身長でもヨーロッパ人と体重が
平均して2.3キロ(だったかな)少ないので、フィジカル面でハンディがある
と話していたことがあったが、大いに納得する
(以前、偶然手に入れたゲルト・ミューラーのユニホーム、
 それを着てみると胸のあたりはブカブカだったのを思い出す)

実際のところ、電車で乗り合わせる向こうの人たちは、こちらが貧相に見えるほど
がっしりしている(デブと言うよりは)
これは日本に帰ってきて空港で日本人を目にするとその違いが際立つ
体格差だけでなく、椅子等の大きさも随分違うようだ
新幹線の座席の大きさはドイツの電車よりもだいぶ小さいような印象

向こうで自分たちよりも当たり前のように大きい人をみて改めて感じたのは
サッカー選手の岡崎や香川、長谷部はこんな大きな男たちと戦っているのか、、大変だな、、
という思い
観念的にはフィジカル面の差がある連中と戦っているのはわかっていても
いざ、別世界のような一回り大きな人たちを見ると、、その現実に驚く
そしてメッシは日本人と大差ない体格であれだけの成績を収めているのが
とんでもないことだ、、と呆れてしまう

話は服のサイズに戻って、M.L.LLの区分けはメーカーによって違うのだろうか
ユニクロはLでは間に合わないので、その上のサイズを購入することにしているが
他のところはLでなんとか間に合いそうな様子(そのうちダメになるかも)

最近は食べる量はそんなに多くなくても体型はあまり変わらない
基本代謝量が減っているのだろうか
何にせよ、もう少しダイエットしなきゃいけないのは事実だ
ドイツではMサイズだとしても、、、

 

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昔も今も、静かにできないのは何故か

2019年05月29日 08時40分14秒 | あれこれ考えること

今でも覚えている小学生時代のことがある
月に一度、ある学年より上の学級委員が集まって会議が行われた
一番上の学年になってその会議の議長の役割をしたときのこと
確か「今月の標語」みたいなものを決める時だったか、それに似たようなテーマの時
会議の部屋がざわついた
メンバー同士が勝手におしゃべりをしているのだと思い込んで
議長の権限で「静かにしてください」と声をかけた

それで静になると思いきや、この少しばかりイラツイた命令(?)は
ほとんど効果がなく、その後何度も繰り返さなければならなくなった
「何故、暫くの間静かにしていることができないのだろう?簡単なことなのに」
覚えているのはこのように感じたことで、いつまで経っても不思議だとの思いは消えなかった

この言っても聞いてくれないとか、静かにしたとしても一瞬だけですぐに自分たちの
したいことを優先してしまう事態を、今になって再び経験することになった
少し前からお手伝いしている外国出身の小学生の勉強の手伝いは、この現象との戦いのようだ
一時間の勉強タイムに集中できない子がいる
宿題やドリルなどをするのを見ているが、途中で横や前にいる仲間に話しかける
漢字を一行書くだけとか計算を数個するだけで、もう気が散らばってしまう

ここで困るのはこの子達のこうした行動が、少し異常なことなのか
それとも割合あることなのかわからないこと
常識的には集中できないことを叱るのが普通なのだが、そこでつい思い出したのが
冒頭の小学時代の記憶
彼らは何故、静かに集中できなかったんだろう、、、
そもそもそれはそもそも無理なことなのか、
それとも厳しくすれば効果があるものだろうか、、、

月木の朝のあいさつ推進運動で小学校の校門まで近所の子らの付き添いの間
5年生の我が家にかくれんぼの遊びに来た子に、現在の学校の授業の様子を聞いてみた
すると最近はなくなったが授業中隣の席のことおしゃべりをしてる子がいる
とか男の子は少し騒がしいとか、、、でも授業ができないほどではないとのこと
「なんでそんなこと聞くの?」
確かに彼女らにとっては変な質問に思えただろう

やはり相対的には集中できない状態は少しばかり普通ではなさそうな印象
では何故集中できないか
大人からすれば、自分のためにしてるんだよ、というところだが
勉強の内容もよく理解できていないとすると、、わけのわからないことを延々と
しなければならないのは、辛いだろうな、、ということは想像できる

単なる子どものわがままなのか、それとも画一的に強制されることへのささやかな反発なのか
こういうときは優しく言葉でわかるように伝えるのか
それとも大声で叱って半ば強制的でもやらせるべきなのか、、
正直、その答えはわからない

あの場所に来ているボランティの人たちは、一様に子どもたちが普通に生活できるような
知識・知恵を日本人の子どもたちと同様に持ってほしいと願っている
その人たちとの会話に出てくるのは現在の学校の授業のこと、教育にかける予算のこと、
そして親を含めた社会のこと
子どもたちのような弱い立場に社会の歪のしわ寄せが来る(気づかなかいうちに)

社会を知るということは、良くしようとすることは、こうした現場をよく知ることから始まる
と改めて認識する毎日

前回試しに、怒らない自分が大きな声で怒るというシーンを演じてみた
たまには必要かな  怒らない人が怒るほうが怖いと言われるし
(子どもたちが「教えて」とか「見て」と言ってくるのには弱いけど)





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違和感を覚えた大相撲の観客(彼らは一般人だったのか、、それとも)

2019年05月27日 08時49分47秒 | あれこれ考えること

時々自分でも少し変人の部類に入るかなと思うことがある
だが統計的には世の中にはある程度の確率でそうした人は存在する
これを踏まえて、昨日の出来事に少し違和感を覚えた

トランプさんの訪日についてメディアは安易に蜜月と表現しているが
あれが果たして蜜月状態なのだろうか
おもてなしとも違う下手に出るばかりの接待のように思えてならない
仮におもてなし、接待であるならば結果がそれなりのものでないと困る
全ては駆け引きと考える商売人のおしゃべりに果たして通じるのか

違和感を感じたのは接待づくしの光景ではなく大相撲の会場でのこと
最後の5番を残してトランプさんが会場に入ってきた
普段なら千秋楽は早めの進行なのだが、土俵を箒できれいにしている人も
ゆっくり丁寧に行ってもまだ時間を持て余し気味で、観客は待たされ感を
覚えて少しイライラしそうになっていた
明らかに特例として相撲を伸ばすスケジュール調整をしたなかで
空気を読まない人物とこちらが心配をしてしまう大男の登場となった

ところが違和感を覚えたというかびっくりしたのは観客の方の態度(様子)
まるでタレントさんを迎えるように騒ぎ、そしてスマホでほとんどの人が撮影している
そのザワザワした空気は勝負の場としての会場の雰囲気を全く別のものに変えたようだ
この観客のざわざわした様子はいつまでも立って撮影をしている姿としてテレビ画面に映された
これが普通なら「いつまでも立っているから土俵が見えないじゃないか!」と文句を言う人が
出てきても不思議ではないどころか、出てくるはずと思うのに、何故かいつまでもザワザワ感は続いた

観客は何を見に来たのだろう(相撲なのかトランプさんなのか)
何を写そうとしているのだろう(安倍さんかトランプさんか)
それを写して何故満足なのだろう(SNSで自慢げに投稿するのだろうか)
そこには世の中に何人かは存在する自分なりの価値観を持っている人
(みんなと同じことをすることを嫌う価値観の人)の姿は見られなかった

有名人が近くにいると言うだけで、これだけ大騒ぎするのはどうなんだろう
彼(トランプさん)のしていることを冷静に評価するば、無条件に拍手をもって迎えられるとは思えない
接待の場所として気分悪くさせない気遣いがあったとしても、せめて拍手をしないくらいのひとはいそうだ
ところが、あの騒ぎ様  
すべての人が自らの価値観・判断力を放棄して熱狂の中に取り込まれてしまったような様子
これは、少しばかり怖い
良い悪いの判断なしに、多くの人がそうしているからと追従する行動
これは将来何を引き起こすか、、、心配性は気になって仕方ない

ところがあの写真を撮り続けたひとたちが仮にある部類の人たちとしたならば
その行動は納得行くものかもしれない
トランプさんはマス席に行く前に一般人と握手をしたとNHKでも放送された
でもその一般人とはネットで話題になっているが、金美玲と櫻井よしこで
言わずとしれた安倍さんの応援団で歴史修正主義者の人
そしてあろうことか、トランプさんに握手すべき人を指さしている(安倍さんが?)ように見える

今回貴賓席ではなく升席にしたために、その周りの1000人ほどの席は政府が責任をもって買い占めたらしい
その席が空いた席として緩衝帯のようであればそれは問題はない
でも昨日は何処も彼処も詰まっていた
とすると、政府が手にした席は間違いなく誰かが座っている
誰が同様な手順でその席を手に入れたか、、また、セキュリティ安全上を考えるなら
どのような根拠でその席を譲渡することにしたのか、、
こうした疑問が湧いてくるが、あれらの席を安倍応援団の仲間内でシェアしていたとすると
昨日の行動の異様さは少し理解できる
彼らにとっては思い出の一シーンとなるわけだ

最近異様なテレビメディアの報道が続く
本当にそんなことが報道する価値があるかどうか疑われるようなことが流され
もっと自分たちで調べ上げて報道すべきことが表には出てこない
最近、ある種の危機感に襲われて「全体主義の起源」3を読み返している
読んでいると最初の時には感じなかったリアルな恐怖感がどんどん襲ってくる

これが心配性の杞憂に終われば良いのだが、、、
でも不安が、、、



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感覚の違い

2019年05月26日 08時47分02秒 | 徒然なるままに

これからのニュースは「今年最高の暑さ」が頻繁に出てくるだろう
しかし今のところは暑いは暑いが湿度が低いので日陰に入ると
我慢出来ないほどではない
家の中も窓をあけっぱなしにすると乾いた風が入ってきて
それが熱風ではないので、エアコンの世話にならなくても済む

ところが、この風の感じ方が違うので困る
標準体重をオーバーしている自分は、涼しくて気持ち良い
となるのだが、我が家の偉い人は
涼しすぎる、、、と言う

それで窓は控えめに開けることになる
(それでも昨日の昼はフルオープンとなったが)
外からの風だけでなく、文明の利器を使わざるを得ない時も
その具合の調整が難しい

暑い、寒い、、、その感じ方の違いが、別の部屋で寝ることになる
というような調査があったとか、なかったとか
(感じ方の違いの前に体重を落とさねば、、、)


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全体主義の兆候かもしれない出来事

2019年05月24日 09時00分23秒 | あれこれ考えること

小難しい本は何度も読み返さないと理解出来ないが
読み返すと同様に必要なのは時間の経過と感じることがある
時間が経過することによって混乱した頭の中が少しづつ整理されて
肝心なところの理解がぼんやりと全体像を伴って理解できたような気になれる
(しかし情けないことに、自分の能力では随分低いところにその限界がある)

最近の世の中の出来ごとが気になって、以前読んだ「全体主義の起源」3を紐解こうとした
全部で3冊の「全体主義の起源」うちの最後の「全体主義の起源」3は
全体主義が具体的にどのように形成されていったか
社会の変化、人の心理的な部分、それを可能にした組織、そして運動について
実に詳細な資料を元に記されている

と言ってもあの長い難解な文章を読むのはしんどいので便利な解説本
(精読 アレント「全体主義の起源」牧野雅彦)を読んでみた
これがなかなか現在の日本の状況を連想させる部分があってなかなか興味深い
例えば、こんな文章が目についた

ここから容易に思い浮かべることができるのが厚労省の統計不正の出来事
どの国も、どの時代も少なからずやっていいることと呑気に構えるのは
少々お気楽すぎて、これらは兆候のひとつとして見ると、少しばかり不安となる

ところで、この画像の前のページに、これまた気になる引用があった

「途方もなく恐ろしい出来事に直面して彼らは自分の目や耳を信じることを拒否する。
ちょうど大衆が正常なリアリティに直面して自分の目や耳を信じないように。
なぜなら正常な世界には彼らの居場所は残されていないからである。
全体主義が虚構の世界、逆立ちした世界を実現するまで行くつくことができた理由は
外部の非全体主義の世界が(中略)希望的観測に耽ったり、本物の恐怖に直面して
リアリティから逃避するからである」

つまるところ、そんなことはありえないと現実に起きていることを直視したがらない
メンタリティが、危険な結果を招く可能性があるということ
「日本人がそんなことをするはずはないと直感で感じました」と述べたある右の女性の方が
いたが、これなどは典型的なパターン

現実を直視する、悲観的視野からも楽観的視野からも、自分たちの言い分も相手側の言い分も
それらをひっくるめて理解しようとしないと、戦後という言葉がそのうちに無くなってしまうことに
ならないか、少し心配



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少しばかり長い行政訴訟の覚書

2019年05月22日 15時47分17秒 | 庁舎用地外移転補償騒動

以下は愛知県の新城市の話題で、長らく続いた行政訴訟裁判のこと
文字量は6000文字近くとなるけれど、興味のある方はぜひ最後まで、、

スタートから2年以上の時間が経過した行政訴訟裁判は、裁判所から提案された「終局判決によらない解決案」を
原告・被告の両方ともが了承し、4月26日に開かれた臨時市議会において解決金の処理(原告に裁判費用の一部支払)
についての議決が可決して一段落した。

この行政訴訟裁判は、新庁舎建設用地外にある建物に移転補償費を支払ったのは、通常ならば認められないことであり、
これは税金の不当な支出に当たるので市民がこうむった損害費用を責任者(参考補助人・穂積市長)は市に支払うように求めたものだ。
その経緯は新聞でしか知らない人が大半と思われるし、後の公式文書では肝心なところを省かれて記録されそうな恐れもあるので、
多少なりとも事情を知っているものとして、歴史の一次資料として残すこととする

 裁判の流れが変わった2つの出来事

◯裁判長が替わったこと
◯証人尋問が行われ、その市側の証言が聞くに耐えられないことだったこと

この2つが行政訴訟裁判の行方を大きく左右した
裁判は客観的な視野と精緻な議論・検証によって行われるものだとイメージしていたが、実際にその現場を見てみると案外そうではなく、
良いも悪いも人間依存のかたちで成り立っており、第三者とか客観的という前提となるものが少しばかり疑わしいかもしれないと感じてしまった。
「正義というものは神の言葉」と無条件に受け入れない(日本のような国)社会では、選ばれた裁判官により定まったステップを踏んだ上の判断を
真実とか正義とする社会構造なのだと改めて認識した。
それ故に、裁判は真実の追求というよりは、言語を用いた戦いのような印象を持つに至った。

裁判途中で裁判長が人事異動で替わった。
人が替わるだけでこれほどまで裁判所の雰囲気が変わるのかと、個人の勝手な印象・思い込みではなく、その場にいた傍聴人も多く同様な印象を受けたようだ。
前の裁判長は良く言えば真面目で、争いごと(市民が訴える裁判などは)は肯定的に捉えられないようなタイプとの評判のあった人。(判決もその傾向が多いとか)
何回か行われた準備書面によるやり取りも、そんな表情でしなくてもいいのにと思われる進め方で、早い段階で裁判終結、判決となりそうな雰囲気が無いではなかった。
ところが、裁判長が替わると、引き継ぎは行われているのだろうが改めて論点整理が行われることになった。
その時の論点整理の段階で重要視されたのが、前の裁判長の時はさほど評価されていなかったが、原告側は大事なポイントとしていた証拠(コンサルタント会社からの報告書)の扱い。
この証拠(甲9号証)の存在は原告側が裁判に打って出た大きなきっかけとなるものだ。
甲9号証とは、用地外の移転補償費の支払いは妥当なものとするコンサルタント会社が、その4ヶ月前には全く反対の報告を市にしていたという文書のことだ。
これは怪文書ではなく被告の市もその存在を認めている。
この甲9号証については、証人尋問でも時間をかけて追求された。
この部分は別のところで詳しく紹介するが、このとき被告側の証言を聞いた裁判官の呆れるような表情はすべてを物語っているようだった。
最後に裁判官は市側の証人に「今でもあなたは自分の判断が間違っていないと思いますか?」と尋ねた。
それは「市はありえない進め方をしている」という印象を裁判官が持ったということと誰しもが想像できた。
事実、この証人尋問から流れは変わった

論点は何だったのか

準備書面を何回か交換している間に、原告・被告の言い分が拡散しないように論点整理が行われるようになった
その整理された論点においてそれぞれが自説を補う証拠や資料を準備する
そこで被告側が訴えてきたのは、そもそもこの行政裁判は請求期限が過ぎており無効という点、
そして、支払いは市長決裁の印があるものの、手続き上は市に決裁基準があり必ずしも市長自身に責任があるわけではないという点
一方原告側は、9号証の証拠に見られように、該当する離れの物件には「人は住んでおらず」生活が一体化するためとして支払いを了解した判断は
そもそも契約自体に問題があり、市は不当な損害を被り、この進め方は時効案件に該当しない談合的な要素があるものではないか、、、というもの。
各陣営はそれぞれの解釈・主張を正当化するための資料や、過去の例からの理屈を絞りだした

裁判の手続きについて

今回の裁判で問題となったひとつに時効の問題があるが、その前に行政裁判を起こすには、住民監査請求というステップを踏まなければならないことになっている
訴訟は住民監査請求の結論が出てから一月以内に行わなければいけないとなっており、後に開かれる裁判はこの住民監査請求の結論を無視できない
(今回の裁判もここが問題となったが)
ところで裁判の前段階の住民監査請求にも細かなルールがある
住民監査請求とは、納税者である市民が執行機関または職員による財務会計上の違法、不当な行為、不作為によって損失をこうむることを防止するために認められた権利で、
この段階で請求側の訴えが通れば問題がないが、そうでない場合は住民裁判とつながる。
この住民監査請求のルールが今回の裁判をややこしくしたのだが、住民監査請求は行為があってから(支払いがされてから)一年以内に起こさなければいけないことになっている。
行為があってからの一年以内の規定はというのは、過去を遡ってあれこれ調べることによる行政の仕事が滞らないための措置らしい。
今回の場合、情報開示請求で奇妙な支払いと思われる案件を発見し、いろいろ調べるうちに(開示資料は海苔弁状態)納得できない部分が多くあり
甲9号証の証拠もあり、住民監査請求を起こしたのだが、実は問題となる対象物件(長屋)は2つに別れており、移転報償費の支払いは違うタイミングで行われていた。
この2つに別れているうちの、片方は支払いが済んでから一年以上経過し、片方は住民監査請求時には一年以内だった。
裁判の前に行われた住民監査請求は、それゆえに片方は時効になっており、そもそもの請求が却下、片方は住民が訴えたことは、そのような解釈は当たらないとされた。

行為(支払い)があってから一年以内に住民監査請求というのが厳しすぎるので、その事実を知り得てから早いうちに!
との救助もあるようだったが、今回の裁判は、被告側の準備書面で原告側は何度かの情報開示請求で、
支払い等の事実が行われていたのは知っていたはずだ、、、との論法で攻めてきた。

この被告側の準備書面というのは、裁判というのはそうなのだろうが本当によく調べている
何月何日に誰がこのような資料を請求し、そこから推察されることは、原告はいろいろ知っていたのではないか、
だから時効に該当するということを事細かに突いてくる。
ここで住民監査請求は行為があってから一年以内にしなければならないということは、普通の市民は知らないことなのだが、
それは知らないほうが悪い!一言で片付けられてしまうようだ。(市民はいろいろ知っていないと損をするということ)

論点整理の内容は少し変わってきた

時効と市長の決済責任がないことが当初の被告の主張だったが、裁判を重ねるに従って整理された論点が変化してきた。
その移転保証費の支払いは、意図的な(悪意のある)支出だったのか、それとも意図的ではないにしても過失があったのかどうか、このように変化してきたと記憶している。
裁判は法廷上だけでなく、裁判官がそれぞれの弁護士を呼んで打ち合わせをすることがある。
原告側の弁護士が裁判官に呼ばれ、そこで要した時間はいつも10分ほどで、話された内容はその度に弁護士から原告に説明が行われた。

10分ほどで終了した原告側への裁判官からの呼び出しと比較して、被告のそれは異常に長い時間を要するものだった。
何が話されたかを知る由も無いが、話し合いを終えた被告の弁護士は神妙な顔つきをしていたそうだ(原告側弁護士の話)
いつのタイミングだったかは記憶していないが、裁判長の「市長の職務怠慢」とのつぶやきとか感想みたいなものがチラッと出たことがあった
この時点で、業務上の決済規定の責任のありなしの議論は横において置かれるようになったと思われる。

証人尋問が行われる

2018年7月18日、原告側から一人、被告側からは移転補償業務に携わった人物がふたり(一人は現役の市職員、もうひとりは退職した人物)が証人台に立った
市長はこの日都合がつかず、8月1日に行われた
問題となったのは、コンサルタント会社が提出した「移転補償に値せず」の報告(甲9号証)が「移転補償に該当する」となった経緯で
原告側はその対象物件には前々から人は住んでおらず(要介護5で既に老人ホームに入所)生活が母屋と一体化するためとの解釈は無効であり
コンサルタント会社の意見を変えた過程は極めて疑わしいとしている
この部分の被告側の証言は呆れるもので、証人は該当物件の持ち主に聞き取りを行ったが、それは相手側の話を鵜呑みにするだけで
なんの検証もせずにその家には人が住んでいるとコンサルタント会社に伝え、報告が替わるきっかけを作った
具体的には、証人(職員)は該当人物から聞き取りをして、家には人が住んでいないのは知っていた
彼らは、「怪我をしてどこかの病院に入っている」との話を聞いて、いつか帰ってくる希望があるので、人が住んでいるとの解釈をした
どこの病院で、どの程度の怪我なのか等も該当人物には聞いていなかった

この人が住んでいるとの解釈は、この聞き取りだけの判断ではなく、証拠として提出された家屋の内部の写真からも生活感が感じられると証言したが
この写真を見た人の多くは、どこに生活感があるだろうと感じるほど雑然としたものだった
まして該当人物の母親の住む場所として、その様子が常識的にふさわしいか、大いに疑問を感じるものだ
このあやふやな人が住んでいて(いつか帰ってきてほしい)という判断で、市が大金の支出を進める経過が明らかにされるに連れて
こんな進め方で新城市の行政は大丈夫かと思ったものだが、この時、裁判官や裁判長は驚きとか呆れたという表情を見せた。

終結判決によらない解決案を提案される

とてもわかり易く言えば今回の行政訴訟は、原告の1勝1敗だったようだ。
原告側の非は、2つに別れた物件の片方には請求期限の時効に該当すること
被告側の非は、移転補償決定の決め方に疑いを払拭できないということ
裁判所から出された終結判決によらない解決の文章には「本件に関する一切の事情を勘案し」の言葉が使われているが、このことを差しているものと想像する。
その解決案には補助参加人(穂積市長)は解決金として125万円を市に支払う。
そのうちの25万円を原告側の裁判費用の一部として支払う、の文言が最初からあった。
お互いの事情からこれを受け入れるほうが良さそうだ、ということになったが
ここから先は文章の内容について双方が意見を出しあうことになった

譲れなかった点と譲った点

解決金については双方とも問題はなく受け入れた
問題となったのはそれ以外の点で、原告側は文章の中にこのような事態が起きたことへの補助参加人(穂積市長)の謝罪を入れることを望んだ。
しかしそれは素直に受け入れられず、被告側からは謝罪の言葉の削除が求められたが最終的には「遺憾の意を表す」との表現になった
(遺憾の意を表するという行為はその後の市議会ではされなかった、また新聞への裁判解決の発表資料の中には何故かこの言葉は抜けていた)

もう一つ、もめたところが「補助参加人に第三者の利益を図る意図があったとは認められないものの」以下の文章で、
補助参加人(穂積市長)は移転補償の人物との関わりはなかったとしているが、原告側は「現時点では」の言葉を入れるように望んだ。
今はわからないが、ずっと調べていけばなにか出てくるかもしれないとのニュアンスを込める意味だ。
実際のところ法廷での証言では原告と補助参加人の証言は、同じことを尋ねられて全く違う答えをしている。片や該当人物とは知己の間柄である、片や全然知らない間柄である
だが裁判はこの相反する証言は本筋に関係ないものとして重要視されず、その後論点として浮かぶことはなかった。
(原告側の弁護士が敢えてそのことを追求しなかったのは経験からくる勝負勘からだそうだ)
結局、これについては裁判でお互いが意見を出し合った時点では疑わしいとの結論には至らなかったので、裁判所からの文章が妥当なものと(残念ながら)原告は納得した

あと一つ、解決案の文案の双方のやり取りで割と重要なことがあった
それは被告側から「これをもって移転補償費用についての騒動は全て終了し、以後この件についてはお互いに口にしない」
というような内容のことが書き込まれるよう要望があった。
だが、これは原告側が受け入れられないことだった
なぜなら時効が一年とするのは市民が住民監査請求をした際に適用されるもので、請求者が市民ではなく議会が請求する場合は時効までの期限が5年まで延長されるのだ。
裁判所からの勧告文の最初の部分にはこのような文章がある。
「本件移転補償に際し、損失補償基準要綱の要件を満たすか否かに関する調査に必ずしも十分とは言えない点があり、支出に疑義が生じる不適切な事態が生じた」
とあるが、この微妙な部分の調査を議会がその気になればまだ調査が可能で、市がこうむった損害を挽回できるチャンスがあるというのだ
しかし現実の市議会での(市長との)力関係ではこれは非現実的だが、理屈の上ではまだ追求ができるとする点は、おいそれと手放すことはしたくない

このように原告・被告の一字一句のやり取りは、裁判の結論とは別になかなか興味深いものだった
一つの言葉から推察される何かを想像すること、それは慣れを要するが、よく考えてみれば、そのような意味が込められているのかと納得するものだ。

だがこれらの言葉のひとつひとつの選択は、本質とは違うところの意地の張り合いみたいなものが感じられたのも事実。
その意地の張り合いで、裁判所から勧告を受けてから解決に至るまでは少しばかり時間を要した

こうして長かった裁判は一段落した

ところで終結判決によらない、解決案の主な内容は

1. 本件移転補償に際し、損失補償基準要綱の要件を満たすか否かに関する調査に必ずしも十分とは言えない点があり、
支出に疑義が生じる不適切な事態が生じたことを重く受け止め、遺憾の意を表する

2.補助参加人(穂積市長)は市に125万円の解決金を支払う

3.被告(新城市)は原告らの裁判費用の一部として25万円を支払う

4.被告(新城市)は今後損失補償の事務等に関し、関係法令等への適合性に疑念を持たれないよう、適正に処理すべく一層努めるものとする

 

との内容である。

 

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いろんな色、いろんな形

2019年05月19日 15時44分31秒 | 徒然なるままに

近所の草取りは感心するほど真面目に取り組む同居人
少しばかり出不精になっているので、昨日、前々から候補にあがっていた蒲郡の竹島水族館にでかけた
最初は気が進まなくても、いざ行ってみると驚くことやら発見があってなかなか面白い
入り口すぐのクラゲの水槽

ふわふわ浮いてまるでUFOのようで幻想的
クラゲを漢字で海月と書くのは納得できる
この水槽でつかみは十分
この後も思い切り力の入った手書きのPOPが饒舌に語りかけてくる
大きな水族館ではないがとても楽しめる

最近魚類は食べる対象にだけになっているが、こうして眺めてみるとその形、色、生き様が
いろいろあってとても面白い
つくづく生き物はいろんな可能性を残しながら健気に生きているものだと思い知らされる
と同時に、地球上の万物の霊長として我が物顔に生きている人間は、本当にこのままで良いものなのか
と、少し反省する気持ちになる

一旦出かけると外出の一気に抵抗感はなくなって、今日は新城市の八名のバラ園の出かけた
昨年に続いての二回目

魚に劣らず、バラも植物もいろんな形、いろんな色をしている
バラは虫が付きやすいと言われる
気づかないところで小さな虫も必死に生きようとしているんだろう
このように昨日今日は少しばかり生命の不思議さ、愛おしさを感じることになった

やっぱり時には外の空気を吸って、いろんなことを感じるようにしなければいけないのだろう
(でないと、ボケてしまいそう)


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11月は、、、どうしよう、、

2019年05月19日 11時34分27秒 | Weblog

困ったな、、11月は出費が重なりそう
22日には京都太秦の広隆寺へ行って聖徳太子像が黄櫨染御袍を着用するのを見て
ついでに紅葉狩りをしようと頭の中で計画している

それがネットを見ると名古屋にウィーンフィルとベルリン・フィルが来るのがわかった
しかもそのプログラムがどちらとも大好きなブルックナーの8番
指揮はウィーンフィルのほうがティーレマン、ベルリン・フィルのほうががメータ
同じプログラムでオーケストラの違いも、演奏の違いも比較できる

実はティーレマンは、Youtubeで見るとどんくさくて好みじゃないが
実演は素晴らしいという評判で、ウィーンフィルとの組み合わせがちょいと気になる
メータは実はブルックナーの8番をはじめて実演で聴いた指揮者で(イスラエル・フィルだったと記憶しているが)
その時は、一楽章の静かな弦の囁きが聴こえる中、
金管がまるで宇宙空間の中でやり取りしてるようなイメージを喚起したのを覚えている

困るのはこのチケットが半端じゃなく高いこと
2つとも名古屋に来るのはありがたいが、このチケット料金はなんとかならないものか
ベルリン・フィルの一番安い席が18000円、高いものは43000円
ウィーンフィルの方は一番安いのが13000円で高いものが39000円
そしてこの安い価格帯のチケットは枚数が少なくてすぐに無くなってしまう

実は11月はまだ魅力的なコンサートがもう一つある
それは京都交響楽団の定期演奏会の名古屋公園
フォーレとモーツァルトのレクイエムで合唱はスェーデン放送合唱団

オーケストラは若いときから時々聴きに行っていた
音楽は聴ければいいや、、ということで、いつも座席は求めやすいものばかりだった
有名な指揮者、アバド、クライーバー、ショルティ、ラトル、ブロムシュテット、ゲルギエフ
マズア、バーンスタイン、チェリビダッケ、ヴァントなどを体験できたが、
一つだけ有名どころを逃しているのがある
それはベルリン・フィルオーケストラ、それとカラヤンだ
カラヤンに対する興味が薄れていたこともあるが、それ以上にチケット料金が高いので手が出なかった
カラヤンは価格を上げることよってブランド価値を上げたと言うような噂もあって
それに対する反発心もあって意地になって聴こうとしなかった
しかし、今の年齢になるとベルリン・フィルを聞き逃すのはもったいない、、とも思えてくる

ということで、どうしよう、、11月は、、
でも半分くらいは腹を決めてるのだけれど、、、
仕方ない、いるときはいるものだ、、、

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雅・直線・石

2019年05月18日 08時29分00秒 | 徒然なるままに

京都が好きだ
年に何回か出かけて、そのたびにホッとするとか懐かしい感じを覚える
好き勝手に歩くのが好きなので利用することはないが
おすすめツアーのコースに「雅コース」「侘び寂びコーズ」がある
振り返って見ると自分が好きなのは「雅」の方なのだと気づく
お寺さんも凛とした緊張感にあふれる禅寺や思索的なお庭さんよりも
趣味の良い調度やしつらえのお寺さんのほうがに惹かれるし
このセンスは一朝一夕には真似できないな、、とも感じたりする

お寺さんは仁和寺とか大覚寺のほうが、妙心寺や銀閣、建仁寺よりも好きだ
回廊はそこで暮らしていた人々の見た景色を今見るようで、いつもワクワクする
そこで、フト気づいたことがある
京都の自分が良いと感じるものは直線でできている
先日訪れた御所の閑院宮邸跡などは、外から眺めたときのスッキリした形は
横の直線が際立って単純にきれいだなと思う

京都でよく見られる格子も直線だし、行ったことはまだないが桂離宮も
どこか直線が印象に残りそう(写真で見たものは)
そんなことをつらつらと思っていると、今度は京都は石に対する技術とか
センスも際立っているのではないか、、と思えてきた
小さな塔頭寺院に入っていくときの石でできた通路は、きっちりと敷き詰められて
つい写真を撮りたくなってしまうけれど、ヨーロッパの石畳とは違うが
どこか石の創造物に対する感覚は似ているような気がしてしまう
大きなお寺さんの石の建造物(階段とか)も気になって
一体この重たいものをどのように運び、加工し、設置したのかと
素朴な疑問が湧いてくる
日本の文化は木造だけではなく、石も同様にそれなりの文化も職人さんの技術もありそう
鴨川の堰も、随分昔の時点でできているような、、、

ということで興味の尽きない京都
次に足を運ぶのは、今の時点で決まっているのは11月22日
この日は太秦の広隆寺の聖徳太子像が一般公開され(いつもは非公開)
大嘗祭で着用した黄櫨染御袍を着服することになっている

最近は京都に行く場所がマニアックになって、行ったあとで知り合いにその話をしても
あまり通じないことが多い
でも、詳しくなるということは、そういうことなのだろう

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葵祭を見に行った

2019年05月16日 08時57分58秒 | 旅・旅行

昨日の朝、起床前に青空文庫で源氏物語の「葵」をタブレット端末で部分的に読んだ
与謝野晶子による現代語訳で、源氏物型絵巻にも扱われている賀茂祭での
六条御息所の車が酒に酔った連中に壊されて、屈辱的な思いをする部分だが
この部分が思いの外あっさりと書かれているのに少し驚きを感じた
そのあとの生霊の活躍する部分は一回読んだだけでも印象に残っているが
この賀茂祭の部分はあまり劇的な感じはしない
でも当時の人達は、車の破壊という事件は十分に劇的な印象を持ったのかもしれない
というようなことを、つらつらと感じながら西へ行く電車に乗った

天気は雨の心配はなく、晴れ男をまたもや実感することになった
目的地は京都
最近は新幹線が京都が近くなるに連れて「帰ってきた」という感覚になる
この感覚は数年前ウィーンについた時も「帰ってた」という懐かしい感覚を覚えたものだった
京都の見どころはたくさんありすぎるが、昨日は何と行っても葵祭を見逃す訳にはいかない
早速地下鉄烏丸線で丸太町まで
列車はいつもより混んでいて多くの人は丸太町で下車する
1番出口は混んでいるので2番出口を利用するようにとのアナウンスがある

15日の葵祭は御所から下鴨神社、それから上賀茂神社へと500人ほどの人が平安時代の装束で
列をなして歩く「路頭の儀」が行われる
下鴨神社で見物する人が多いようだが、今回はあとのことを考えて御所で見ることにした
最初は立ったまま見物するつもりだったが、連休中の右膝をひねって痛めて回復がイマイチだったので
当日券を手に入れて座ってみることにした

葵祭は一昨年、上賀茂神社で競馬足汰式(くらべうまあしぞろえしき)を見ている
これは後に行われる賀茂競馬の前段階の行事で、実力・コンディション等から
2頭の組み合わせを決めるために行われる
馬が疾走するシーンはなかなか迫力があって面白かった
(あんな足が外れそうな鐙で乗馬しているとは、、)

平安時代の装束をした人がただ列をなして歩くだけ
そんなものが面白いか、、、と以前は思っていたが、「源氏物語」を読んだおかげで
この祭りが案外面白いかもしれないと思うようになった
物語の中では見物人が賑わっているようなことが書かれているし、祭りにつきものの酔っぱらいも
登場して、その時代の人たちが何を楽しんだかを実感してみたい気になった

座席ブロックは一番隅っこで、アナウンスはよく聞こえたが、列の人物・衣装等の紹介とのタイムラグがある
そのアナウンスに聞き慣れた言葉が時々耳に入る
検非違使・随身・命婦・内侍・斎王、、、源氏物語に時々出てくる言葉だ
今までなら耳の近くを通り過ぎる風のようにさっと消えてしまっかもしれないが
昨日は妙に実感を伴って耳に入っていった

せっかく行ったのだから写真撮影をと思うのは当然だが、写真を撮ろうとすると
行列を感じることが疎かになってしまいそう
そこで、写真は記憶の中に写すことにして、行列を見ることを優先した
わずかにスマホで撮影したのが定番の斎王

斎王役の人はじっと座って動かずにいなければならない
名誉な役割かもしれないが、大変だな、、と下々のものは思ってしまう
同様に大変そうだなと思ったのが、何か箱のようなものを抱いて歩いている役の人
重そうな傘を支えている人、何かを担いでいる人、、
とりあえず下鴨神社までそのままの格好で行かなければならない
見る方は歩いているのを見るだけだが、歩く方は案外大変だと少し同情してしまう

歩く速度は思いの外速い
馬が歩く速さと合わせなければならないのか、眼の前をササッと通り過ぎていく
足元を見ると草履姿の人が多い
ゴロゴロした石をモロに足裏に感じそうで、これもまたなれない身にはしんどそうだな
と同情してしまう

アナウンスの青海波(せいがいは)という言葉が耳に入った
源氏物語で時々でてきた言葉だが、読んでいるときは具体的なイメージは全然できなかったが
突然青海波模様というものがこれに違いないと頭に浮かんだ
そのイメージと行列で見たものが一緒だったのが少し不思議だったが
青海波という模様はどうも定番のパターンらしい

それにしても衣装のきれいなこと、品の良いこと
これは今でいうファッションショーみたいなものとして当時の人は楽しんだのだろうか

ということで、いろいろ感じることの多かった歩くのを見るだけの葵祭
その後の御所近くをブラブラした
御所に西には菅原道真の生まれた場所とか和気清麻呂にちなんだ神社とか、
そうしたものがあまりにも当たり前のようにそこに鎮座しているのが
なにか不思議な感じ



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