goo blog サービス終了のお知らせ 

パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

我々も楽しい充実の瞬間

2008年09月30日 21時29分09秒 | Weblog
「さっきちゃんとできたから、今できないのは悔しいよね!」
先日の少年サッカーの練習でのこと

1.2年生はまず走ること、きちんと蹴ること、
やんちゃな男の子にするのを一番の目的にしているけれど
この中の一つ、きちんと蹴るための練習方法として
野球で言うトスバッティングみたいな
ちょこっとボールを前に投げてそれを蹴るボレーキックをさせている

足の甲の部分にタイミングよく当てることを覚えてもらうためだが
これがなかなか難しい子供もいるようで
運動神経のいい子は何ら問題なくこなしていくのだけれど
できない子は本当に苦労している

その子たちの大半は、まずちょうどいいくらいにボールを前に投げられない
次に落ちてくるボールを蹴ることに夢中になりすぎて(力が入りすぎて)
膝が高くあがりボールを膝に当てたりしている
またノーバウンドでキックできない子は2.3回落ちてバウンドしたボールを
蹴るようにしているが、彼もそんな中の一人だった

ところがちょうど自分が見ていたとき
本当にいいタイミングでボンと足の甲に当てて
強いキックができた
「そう!それでいい!」
その時の彼の顔はびっくりしたような、できた!と
初めて納得したような様子だった

「今、気持ちよかったでしょう。それでいいからもう一回できるかな!
 今の感じ覚えておきなよ」

それからは顔つきが違った
次も先ほどに引き続きよいキックができたのだが
3回目をねらうとこれがもうできない
そんなのが2週間ほど前の話

それが先週は、やっぱりうまくできない方が多いけれど
チラホラとよいキックができるようになっている

そして先日
練習始めは上手くいかなく彼も悔しそうだったが
それでもしっかりできた!感触は記憶の中にあるので
それを求めて一生懸命練習している
そこで出た言葉が冒頭の言葉だ

「何回かちゃんとできているから悔しいよね!
 頑張ろう、上手くいかないから練習するのだから
 失敗は気にしなくていいよ。頑張れ!」
彼は大きくうなずくと必死にボールを蹴り続ける

大人のように一回一回考えながらというわけにはいかず
闇雲に練習しているが、それでもきちんと当たる回数が増えてきた

つまり軸足に体重をのせてバランスをとって
落ちてくるボールをしっかり待って強く蹴る
そんな当たり前のことが本当に身に付きつつある

そうなると、今までできなかったことができるようになった時の
子供の進歩には目を見張る
ゲームになっても彼は今までとは違ってどこか積極的
そこで物事はよい方に転がり、彼は試合においても
存在感のあるプレーを展開し、そのことを自分自身でも感じて
つまり「自分は上手くなった」という感じを自覚して
思い切りサッカーを楽しんだようだった

実は、このようなこと目の前にすることが
我々の一番の充実した瞬間だ(少なくとも自分は)
子供たちもお世辞ではなく本当に上手くなっている実感を持ち
われわれも、そんな子供たちのうれしそうな顔を見る
それは例えようもなく幸せな気分にさせられ
病み付きになってしまう(もうなっている)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

親の職業と子供の職業

2008年09月29日 21時56分23秒 | Weblog
18分の11
先日の内閣閣僚の2世議員の割合

ちなみのネットで2世議員の割合を調べてみると
 ●自民党は244議席中126議席(51.6%)
 ●民主党は176議席中 48議席(27.3%)
 ●公明党は 34議席中  3議席( 8.8%)
 ●共産党は  9議席中  2議席(22.2%)
 ●社民党は  6議席中  0議席( 0.0%)
 ●無所属の会 1議席中  1議席(100.0%)
 ●無所属は  9議席中  5議席(55.6%)
  「2世3世議員データバンク」より

閣僚だけでなく議員そのものに2世3世が多いのがわかる
多くの庶民の思いは
「そんな人たちに普通の人、庶民の感情が理解できるのか」
「ぬくぬくと育った人たちにわかるはずがない!」
そんなところだ
今回の麻生さん、お金持ちなのは彼の責任ではないが
あれだけの資産を見れば庶民のひがみも含めて
もろ手を挙げて支持とはいかないのも無理はない

ところがよくよく考えてみると親の職業を継いでいるのは
議員だけではない

医者の子供は医者に
教師の子供は教師に
公務員の子供は公務員に
タレントの子供はタレントに
つまり親の職業が子供の職業を決めてしまっている現実があるようだ

残念ながらこれは職業だけでなく
就業する会社の規模なども、親の立場に
ずいぶん左右されていそうだ

かつてセレブの女性の定義は
1部上場の会社に就職できる立場にあること
なんてのがあったが
笑い話にならないくらいありそうな話しだ

逆にワーキングプアに陥ったら、もう抜け出せない
こうなると自由主義とは言うものの結構
階級は固定化しつつあるようだ

こんな風な社会にしたのは自分たちに責任がないとは
いえなくもないが
さてそれならば変えよう!としても
これがなかなか難しそうだ

しかし、とりあえずは国政を預かる職業の人には
そんなに簡単に跡継ぎをさせてはいけないだろう

そういえば2世3世議員が多いのと同様に
官僚出身の議員の劣らずに多い
政治的な運営の上では優れているかもしれないが
かれらも果たして庶民の気持ちを理解できるか
大いに疑問とするところだ

それにしても今回ほど庶民が選挙を
やりたがっている時はないのじゃないかな

かつては
自分ひとりの力なんて!
という言葉がよく聞かれたが
今回は自分らが社会を変えるという実感を
もてる初めての機会ではないだろうか

もっとも多くの人は変化を求めない!
というような結果に終わるかもしれないが
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

怒る資格

2008年09月26日 21時12分57秒 | Weblog
今でも思い出すと、つい笑えてくることがある
それは先日の少年サッカーの練習でのこと、
「ねえ、今日試合やる?」
こんな言葉がちらほら出てくると、もう集中が切れてきた証拠
それで彼らの大好きな試合にする訳なのだが
「あの子と一緒のチームになりたい」
このリクエストは自分が活躍する機会が多いとか
ボールタッチが多くなるとか関係なく
まず第一に勝負に勝ちそうかどうかが問題となっている

こちらも競わせて上手くするのが目的だから
そうは問屋が卸さない!
できるだけ力の均衡したチーム分けにする

それが先日、ちゃんと分けたつもりだったが
前半でかなりワンサイドになってしまった
そのハーフタイムの時、一人の子がべそをかいていた
「何々が~だから勝てない!ずるい」
先週は負け試合でべそをかいていた別の子は
その日は勝っていたのでご機嫌で
泣いている仲間の様子にびっくりした様子

「大丈夫!1点取れば流れが変わるから
 それまでがんばってみな!」
「いやだ!」
こちらは少し笑えてきてしまった
でも、こんな風に試合に夢中になって
頭がチンチンになっているのは、ある面とても幸せでいいことのように思える
それに悔しいのは一生懸命やっている証拠だろう
「君たちこんな風に負けず嫌いなのはいいことだよ
 上手くなるには思いっきり負けず嫌いになることだよ
 ストイコヴィッチだってものすごい負けず嫌いだったし
 (誰のことか分からない様子)
 むかし教えた子で、ものすごく点取り屋だった子も
 負けるのが大嫌いでよく練習試合で負けて泣いていたことがあったよ
 でも、この悔しいことは忘れちゃダメだよ
 今度は勝とうと思わなきゃ」
(しかし、1、2年ではわかるのは少しばかり無理かな)

そこで少しばかり話を変えた
試合をやっても頑張るのはいつも決まった子になりやすい
所謂、運動神経のいい子に偏りがちで
どのチームにも2.3人はゲームに参加しない子がいる
そうした子供たちが足を引っ張っているのも事実だが
こちらが、ちゃんとゲームに参加しなさい!といっても
なかなか他人事のよう
そこで
「試合に一生懸命やっていない子を怒ってもいいよ!」
と言ってみた

軽く言ってみただけなのだが、フトこれは案外いい方法かもしれないと思い
再度、今度はゲームに参加していなかった子に
「友達から怒られないようにいなきゃダメだよ
 一生懸命やっているから負けるのが悔しくて仕方ないから
 そこでサボって足を引っ張るようじゃ、~君がかわいそうだよ」
すると、単に「試合に集中しなさい」
といった普段の言葉より心なし効いた感じだ

そしてカッカしているほかの子供たちに
「味方を叱ってもいいんだよ、一生懸命やっていれば叱る資格があるよ」
しかし、これは気持ち的にはわかってもまだ遠慮があるようだった

それにしても、子供たちの夢中になり方は
うらやましい限りだ
自分らはもうこんなに物事にチンチンになることはないだろう

だから子供たちには今しか味わえない時間を、機会を、感情を
たっぷりと味あわせてあげたい

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

それにしても多すぎる

2008年09月24日 20時13分21秒 | Weblog
何の波乱もなく麻生総理の誕生と
内閣の顔ぶれが決まった

総   務 鳩山 邦夫
外   務 中曽根弘文
財務・金融 中川 昭一
防   衛 浜田 靖一
少子化   小渕 優子
消費者行政 野田 聖子

今回入閣した人たちだが、麻生太郎氏を始めとして
いわゆる2世とか身内と言われる人々だ
自分がわかっているだけがこれだから
もっと調べていけば、誰々さんの息子だった!
てなことが多くなってくるだろう

多すぎないだろうか?そんな話が!
彼らの実力のほどは自分らにはわからない
だが、これだけ2世さんみたいな方々が多いと
政治の舞台自体が特殊なもの
素人、部外者には打ち解けにくい雰囲気が
醸し出されているのでは!と余分な心配をしてしまう

地盤、看板、鞄
これが選挙に勝つ条件だと言われてきたが
そろそろこの地盤に類する、何々さんの子供だから
任せてみよう!というのは選挙民がやめるように
しなくてはいけないかもしれない

アメリカや欧州でも2世3世の政治家は存在するというが
そのパーセンテージは日本よりずっと低いのだそうだ

スポーツの世界では、何々さんの息子、娘でも
結果がはっきり出てダメなものはダメと判を押されるが
政治の世界は結果がはっきり出ないから
ぼんくらな2世さんでも何となくやっていけてしまう

決して2世3世を否定する訳ではないが
ここまで多いと功罪は悪い方が多くなってしまわないだろうか



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

黄金をつくる男

2008年09月23日 19時09分32秒 | Weblog
以前読んだ本で、圧倒的に面白かった印象があったので
自分にしては珍しく読み返そうとしたのが
「黄金をつくる男」 フリーマントル著 新潮文庫
ご存知スパイ小説 チャーリー・マフィンシリーズの
作者による国際経済小説だ

本当はもっと速く読み返そうと思ったのだが
あるはずの本が自分の棚に見つからない
そこで本屋に行って新たに購入しようとしても
もう並んでいない
チャーリー・マフィンシリーズは昔のものは依然として並んでいたが
自分の評価ではこのシリーズに勝るとも劣らない内容なのに
どうやら廃刊になったらしい

それが先日、廃刊本の販売会を近くの本屋でやっていて
そこでラッキーにも見つけて新刊時よりも80円高い680円で手に入れた

だいたいの内容は覚えていた
オランダの飛行場で、まだソ連だった頃のアエロフロート機が
事故を起こし、そこで南アフリカの刻印のある大量の金塊が
見つかった というのがイントロ

世界第2番目の金の産出国がなぜ秘密裏に
南アフリカから金を運ぼうとしたのか

そこからが南アフリカの多国籍企業の会長と副会長の
株の持ち分、地位をかけてのバトル
アメリカの財務長官の大統領の人気を支えるための
ドルを強くするためのよからぬ工夫
ソ連国内のの穀物の不作を全世界に隠すための必死な努力
周りに非協力的な国の多い南アフリカのエネルギー政策
投資で大損したサウジの大臣のなんとか損を回収したい欲望
それらにエンターテインメント的に
主人公南アフリカの多国籍企業の会長の恋愛関連がプロット的に
混ぜられて本当にスケール感のある展開

だが自分が年齢を重ねたせいもあるが
以前よりも違った印象を持った
以前は話の展開にひたすら追われて007を読む類いの
楽しみ方だったが、今回はフリーマントルの
どこか湿っぽい、単にお気楽に楽しむだけでは終わらない文体に
つまり会話を楽しむみたいなところがあった
もっともおまけな部分に属する奥さん、愛人とのエピソードは
多少男のご都合主義やら希望、夢的で
女の人から見ればちょっと甘過ぎ!
との批判は受けそうだ

それにしても、これだけの本
その当時も大して話題にならなかったがとても残念だ
自分的には傑作と思うのに!

廃刊になって残念に思うもう一つの作品は
「白い国籍のスパイ」
後味がよくて、途中の料理のレシピも楽しくて
とても廃刊の運命になるようには思えないのに、、、
これもアマゾンかなんかで中古本で手に入れるしか方法はなさそうだが
新刊でどっかで発売しないかな
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ナン、ライス(短粒米、長粒米)

2008年09月22日 21時12分26秒 | Weblog
最近は地方都市にも、インドやネパールの人が調理をしている
カレー屋さんが多くなった
それも単に辛さを競うだけの悪趣味なものから進歩して
カレー以外の料理も目にすることができるようになった

さてカレーと言えば今までは、ナンを頼んでいたが
やっぱり日本人、最近はライスでいただくことが多くなった

このライス、先日いったカレー屋さんは日本の短粒米とは違う
長粒米のライスだった
最初は貧相な米粒に少しばかりがっかりしたが
この長粒米のライス、カレーと合わせて食べると
なかなかいける!

米が甘いとかうまみがある、というのではないが
確かにカレーをかけるとパサパサしているのが
よりカレーの味を引き立てているように感じられた

なるほど、ものには組み合わせがあるものだ
中村屋のカレーみたいにライスに魚沼コシを使って
これぞ日本のカレーというのもいいが
カロリーがないみたいなやせっぽっちのお米のカレーも
よい組み合わせみたいだ

やっぱり長年にわたって伝わってきた食べ物の組み合わせは
それなりのものがある
そして日本にいて日本の基準だけで善し悪しを判断しては
食べ物の世界を小さくしてしまいそうだ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

CDの音、良くする方法はあるのだろうか

2008年09月20日 16時23分22秒 | Weblog
比べてしまうとやっぱり不満が残るCDの音
CDを聞いた後レコードを聴くと
なんと音の詰まっていることか
そして声の自然で伸びやかなことか

レコードを聴いた後CDを聴くと
薄っぺらな、まるでデジタルズームしたような音
静寂はよいとしてもこれではなあ、、、

この問題はCDプレーヤーを
もっといいものにすれば解決するのだろうか
それとも、そもそも根本的なところの問題でどうにもならないのだろうか

比較するからいけない?
こんなもの!とあきらめることが一番の方法かもしれないが
困ったものだ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

その時代の音楽としてモーツァルト、ビートルズを聞いた人たち

2008年09月19日 21時07分30秒 | Weblog
CDの音はつまらないと言って、しばらく買わなかったが
流石に60枚で6000円ちょっとの猛烈な安さに負けて
バロックの全集をHMVで購入してしまった

これはまだしっかり聞いていないが
安かろう悪かろう!とは思えないような演奏者の顔ぶれだ

クイケンとかコレギウム・アウレウムとかレオンハルトとかで
1枚でもよいのがあったらそれで元は取れそうな感じで
それに曲のレパートリーも様々
というか、今まで自分のレパートリーになかった曲がたくさん入っていて
知らなかった曲が聞ける楽しみもあって購入することにした

今日通勤時間に、まずはよく聞く機会のあるバッハはパスして
あまり知らないラモーとテレマンのCDを聞くことにした

なるほどバロックはこんなだろう
角張ってゴツゴツして、繰り返しが多いようなパターン化して
過度に感情的でなくて、聞き流すにはよいかもしれない
しかしだ、
やっぱり少し自分にとっては退屈かもしれない
そんな風に思うとやたらモーツァルトが聞きたくなった
いやあらためてモーツァルトのすごさを再確認したような気がする

モーツァルトは生き生きとして自由で、古典主義といいながら
どこに行くのかわからないようなところがある
そして、とても感情をうまく表現しているようで
(まるでおしゃべりのよう)
本当にすごい!

たしかにバロックやハイドンの古典主義あたりから
モーツァルトが突然現れたらそれは驚きだろう
われわれは既にロマン派どころか現代音楽まで知っていて
歴史の中のモーツァルトと認識できるが
同時代の人たちにとっては今までの音楽よりずっと密度の濃い
モーツァルトの音楽は画期的だったろう

それはビートルズと同時代の連中が
ラバーソウル、リボルバー、ホワイトアルバム、サージェントペパー
アビーロード、レット イット ビーを
毎回驚きの目で経験したのと似ているかもしれない

つまり評価の定まった歴史物として味わうのではなく
今作られたばかりの現代音楽として
さまざまな新しい試みに満ちた音楽をリアルタイムに
よいとか悪いとかを体験したのだ
(アビーロードのメドレーなんて
その当時聞いた印象は本当に強烈だった)

話は元に戻って
人間性の面でははっきりわからないモーツァルトも
音楽の面では本当に同時代の人にとっては刺激的だったのだろう

しかし、人間はすぐ慣れるというかすぐ飽きる
かわいそうなモーツァルト!

時代が変わるということは、
前の時代の何かを乗り越えることではなく
ただ単に好みや気分が変化したにすぎないかもしれない
モーツァルトの音楽は後の時代のものよりも劣っている訳ではないし
むしろある面での完成度は高いかもしれない

そんなことを言えば、音楽に限らず絵画も小説類もそうかもしれない
つまり様々な人間の営みは、進歩というよりは変化にすぎない(かもしれない)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

それも奇跡の一つ?

2008年09月18日 21時51分58秒 | Weblog
昨日、たまたま見たテレビ番組で
動物好きの夫婦が、捨てられたり、怪我をした動物を
大事に保護して、野生に帰すべきものは頃合いを見計らって帰していて
そんなとき動物たちは何回か振り返って
まるでお礼を言っているような、感謝してるような
そぶりを見せたりするので、とても自分たちにとっても
感動的な経験をさせてもらっている
そんな内容のことをオンエアされていた

こうしたことは以前新聞の投書でも多少ニュアンスは違うが載っていた
それは確か中学生くらいの女の子の話だった
彼女の家で飼っていた犬が
病気になって、どうにも助からない状態になってしまったのだが
それでも彼女は誠心誠意必死に看病した(つもりだったらしい)
残念ながらその犬は看病のかいもなく逝ってしまったが
数日後彼女の夢の中にその犬が現れて
「ありがとう」
とお礼を言いにきたのだそうだ
それは単に夢の中でのことではあるけれど
彼女にとっては間違いなく愛犬がお礼を言いにきたと
確信したのだそうだ

これらの話は確かに当人たちの単なる都合の良い錯覚かもしれない
しかし、そんな風に思えるということはなんとすばらしいことだろう
そして、そんな風に思えるような錯覚を与えられただけでも
それはまさに奇跡と言っていいのではないだろうか

世の中には証明できるとか、
できないだけでは判断できない事柄が存在する
正確な判断というよりは思い込みに近いが、
それでも強い力を持った感情が受け入れる事実の方が
当人たちにとって意味あるものになる

それにしても彼らに、そのタイミングで
その深い経験を味あわせることは、
やはり小さな奇跡と言っていいのではないだろうか?




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今さらだけれど

2008年09月17日 22時03分26秒 | Weblog
自民党の総裁選
先の休日には大都市で演説会があったが
衆議院の選挙ならわからないでもないが
何故投票権のない一般の人の前で行うのだろう
自民党の総裁イコール首相になるから
その人たちの考え方を知っておくのは無駄のないこと
というのは模範的な答え
本当はブームの仕掛け以外の何者でもないのでは?

マスコミもみんな右に倣えで
同じような伝え方をしている
ニュースは大事なものより人が面白がるものを
伝えることが最近特に多いようだが
このことが面白おかしいと思わないにしても
やはり根本的なところで違和感を感じざるを得ない

話題づくりに負けてはならじと民主党も
国民新党との合併の話をちらつかせているが
政策論争というよりは情報戦のようだ

それにしても麻生さんでほぼ決まりのような総裁選
失言癖とやたら敵の多いこの人で
本当に大丈夫?

といって代わる人材もいないようだし、、、
(もっともこのことは日本だけでなく
アメリカもフランスもイギリスも
同じみたいで世界的にリーダー不足はトレンドになっている?)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする