パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

「ないものがあった件」について

2024年05月17日 09時42分36秒 | 養鶏所騒動

「嘘つき!」
思わずでてしまった言葉
視線の先には若い市の職員がいた

あまり取り柄のない自分だが、寝付きとか睡眠は同居人からも羨ましがられる
その自分が昨日は夜中に目が覚めてからなかなか二度寝ができなかった
原因は昨日の出来事のせいだ

2月程前のこと、新城市が約5億の金額で購入することになった土地の
引き渡し前のチェック(更地の状況、産業廃棄物の確認)に関する
全ての書類を情報開示で求めたことがあった

ところが期限内に手にした書類はA4用紙4枚のみ
これだけの金額の取引なのに確認の写真が一枚もない
用地開発課の人物も何故写真がないのだろう?
とのつぶやきもあったが、とにかく写真はないとのことだった

ところが数日前、更地の確認の写真は裁判の証拠品として提出されたのだった
それまではない!とされていた写真で
当然出てきたのは都合の良い写真だ(きれいに更地化されている)

そもそも現地確認の書類の情報開示を求めたのは
市議会議員が同様な現地確認をした時に、本来ならあるはずのない異物が
あちこちに見られたという声を数人から聞いていたからで
その実態を知るためだった

ないと言っていたものがあった
これはどういうことかと昨日会った時に思わず
「嘘つき!」と声にでてしまったのだった
彼は言い訳を始める
「情報開示の時はなかった
 でも庁内でよく調べたら担当課以外の職員の個人のカメラの中にあった
    だからあの時点ではなかったばかりではなく、制度的には所轄の課にはなかったということ」

素人には凄い言い訳に思えてしまう
情報開示の時なくてその後見つかったなら、その連絡があっても良いと思う
でも彼らは間違ったことはしていないと断言する

だが少し考えるとおかしなことに気がつく
担当する課の職員は現地の写真を撮らなかった(だから写真はなかったとする)
だが、現地に同行した関係ない課の職員は写真を撮った
普通なら、5億近い買い物なら、慎重にことを進めるのが当然で
自己を守るためにも担当課のスタッフは写真を撮るのは当たり前の行動のように思える
その証拠に関係のない課の人物でさえ気になって現地写真を撮っている
しかし担当課の人物は何故か写真を撮らなかった

この数日後、市議会議員の視察チェックがあり
彼らから更地の状況に対して苦情がなされている

一番責任があって慎重に行動すべきところに確認のための写真がなくて
単なる同行した人物のカメラには写真がある
の経緯には違和感を覚えるひとは多いと思われる

そしてこうした違和感は、この案件は異様に多い
不動産鑑定の比較した地区が、何故か新城市が一箇所、豊川市が三箇所
不動産鑑定料の見積もりは、不動産鑑定をしてから出ないとわからないという理由から
市には見積もりは提出していないが、市と委託契約をするときには
何らかの数字的な提示が必要で、それは市から不動産鑑定会社に売却希望価格を伝える
ことによって参考見積もりが出されたとしている
そのあらかじめ知ることになった売却希望価格は不動産鑑定に影響を与えていないか
これは大いに疑問だ
違和感はその他にも火事が発生して鶏舎や鶏糞が燃えてしまった(?)こともある
つまりはこうしたことが多すぎるように思えてしまう

市は委託業者と現実の世界ではしっかり打ち合わせをするようだ
それがはっきりしたのが先日の中日新聞の記事
そこでは豊橋市の市職員が無邪気にも
「今回のような報告書で業務委託業先に修正や削除を指示することは一般的にある」
との発言をしている
これは豊橋市だけでなく新城市も、おそらく他の地区でも同様と思われる

つまりは、市の意向を受け入れた結果を提出する傾向があるということだ
だが、それを証明するのはとても難しい

ところで市の窓口で「写真はない」と口頭で聞いただけで納得してではダメだそうだ
こういうときは「不在」と書かれた文書をもらうようにしないと
後々の例えば裁判のようなときに証拠にはならないそうだ

これは一つ賢くなったが、本来なら知らずに生きていけることなのに
と思ってしまう

それにしても、、、、

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やはり存在した現場の写真

2024年04月29日 10時04分45秒 | 養鶏所騒動

連休中にふさわしくない話

取り柄のない自分だが少し自慢できるのは寝付きの良いこと
特に電車に乗ればすぐに寝ることができる
ところが昨晩はそうはならなかった
ずっと頭に引っかかっていることがあったからだ
多くの人には関係ないことだが、それを自身の備忘録として残すことにした

それは養鶏所に関する以下の不思議なこと
令和2年に新城市は合計4億8000万円ほどの金額である土地を購入した
その土地は養鶏場だったが、きれいに更地にして引き渡されることになっていた
ところが、家屋解体とか鶏糞処理の最中にに出火してしまった
そのためかどうかはわからないが少し遅れて更地にされて
市に引き渡されることになった

金額が金額なので、市は引き渡しに関して十分なチェックをするものとした
その一つとして担当職員の検査だけでなく市議会議員の現場チェックも行われることになった
その時市議会議員の数人から出たのは、きれいに更地になっているはずとされているのに
コンクリート片や鉄筋が地上に残っているのが見えたという指摘だった
「これでは更地とは言えない」といった議員もいたそうだ

この話を知っていたので、市に対して点検に関する情報開示請求をしてみた
担当職員に対する任命書、確認書、その他チェックに関する全ての書類を
提出してもらうようにした
2週間の期間の少し前、電話があってそれらを取りに行く事になった
そこで手にすることができたのは、たったA4で4枚の書類だけだった
任命書、印鑑がいくつも押された確認書、回議書など写真は一切なかった
不思議に思えたので「写真は?」聞いてみると「なかった」
と窓口の担当者は答えた
担当者は「何故ないのだろう?」と首を傾げたがとにかく「ない」とのことだった

違和感を覚えたので、こうした点検作業には写真を撮るとかのマニュアルはないのか?
と聞いてみると「特にない」とのことだった
この問は後日別の市職員に尋ねたところ、マニュアルはなくて担当職員の自己判断で
行うと答えた
だがその職員は「自分なら多分写真を撮る」と正直に答えていた

金額が5億円近くのものに対して検査の実態がわからないようなA4の書類だけ
というのはとても信じられないが、「ない」と言われればそれ以上追求はできない

そこで今度は余計なものが見られたとする議員がチェックしたときの現場の写真とか
感想などは記録として残っているかを情報開示で求めてみた
するとその時の写真はあったが、議会事務局は議員が視察したという事実を
確認するための写真はあったが現地の状態を写したものはなかった
つまり写っていたのは議員の写真だけだった

議会事務局とすればそれは仕方ないと思い直すこととして
議員の感想が書かれたものはないかと尋ねると
書類には意見交換があったと書かれてはいたが、その具体的な内容はわからないものだった

つまり現地の確認作業の具体的な内容はさっぱり記録になっていないということだ

ところが普通の人があるはずと想像した「現場の写真」はやはり存在していた
それは全く別の経路からで、それは市はきちんとチェックしていたことを証明する
ためとして表に出されることになった(現時点でこの写真はまだ見ていない)

自分が聞いた時は「現場の写真はない」
ところが今になって「ある」としている
そしてその写真の作成日は8月9日作成となっている
議員が余分なものを発見した検査の日は8月12日
つまり、常識的に考えると8月9日に作成した写真には
こうした余分なモノが写っているはずと思われる
だが、市のチェックはきちんと行われていることを証明するための写真に
余分なモノが写っている可能性はない(見ていないのでわからないが)

ここで色々と考えてしまった
裁判というものは、原告・被告が証拠に基づいて準備書面をしたためる
その上での論争、戦いになるのだが、この証拠を手にすることが
「ない」(今回のようにあったとしても)の一言で手にすることができないとすれば
それはそもそも正当性を争うことができるのだろうか?

都合の悪い書類(証拠)はない!として決して表に出ないとするならば
裁判は最初からハンディキャップマッチだ
こうしたことがあるために行政訴訟は原告側の勝ちが少ないとしたら
原告は裁判の上でなく、その前の証拠集めでも戦わなければならなくなる
そしてその方法は一体存在するのだろうか?

最近は、手続きを踏んでも怪しいことは起きうると思うようになってしまった
というか、手続きは単にアリバイ作りのような気さえしてしまう

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ミステリーを読んでいるかのよう

2024年04月05日 08時58分49秒 | 養鶏所騒動

あっけなく棄却された行政訴訟
失望とか怒りだけでなく、その判断自体に納得できない部分が多いので
先の段階に行くことにした

そのためには、その判断を下した理由を具体的に述べなければならない
弁護士が原告と相談しながら作成した理由書を読むと
変な言い方だがこれがとても面白い
それはまるでミステリーの謎解きのようだ
ここで詳しく紹介できないのが残念に思えるほどだ
(どの程度紹介していいかわからないので)

一般論で終始している相手側の主張を
一つ一つ例外的に進められていることを証拠とともに解釈を行い
先の判断が間違いだと訴えている

こちらは当然のことながらよく分かる
とてもスッキリして、こういうスッキリした進め方は
まるで補助金申請の文章のようにさえ思える

だが判定を下すのは自分等じゃない
制度は訴える機会を与えるまではなっているが
どうもそれ以上ではなさそうな印象

それにしても、時間のかかること
この時間経過で多くの人は、こうしたことがあることを忘れてしまっている
結果として、少人数で行われているクレームに過ぎない!
と感じさせないためには、どうしたら良いのだろう

備忘録のために、取り上げてみた


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無条件では信じられないこと

2024年02月25日 09時56分52秒 | 養鶏所騒動

ある年の2月15日、ある企業が市に土地の売却を申し出て
同じ年の7月15日には売却価格、約4億8000万円の
半額が支払われた

これだけ大きな金額、行政は手続きを踏んだと言われるが異様に速い
と思えるのは偏見のせいではないと思う

急いだと思われるまず第一の理由は、市にとっては購入の予算取りが
通常の定例会ではなく急遽臨時議会を開いて行われているからで
行政は臨時議会はこの案件のためではなくコロナ対策費用の使い方
についての案件のついでに提出したとしているが
なぜ6月議会まで待てなかったのだろうかの疑問が残る

不動産鑑定をする条件付きで可決された臨時議会の予算案は
6月には不動産鑑定が出ており、その価格で購入して良いか否かが
議会に諮られた

議員さんに配布された資料の中には不動産鑑定の書類もあったようで
(全議員がそれを持っているのではないかもしれない)
そこには、不動産鑑定の評価値を出すための比較対象とした土地が
新城市が1箇所、豊川市が3箇所となっていたことがわかった

そこに違和感を感じたことや、土地の面積等の間違いがあったために
もう少し良く検討してから議決したほうが良い!とする意見があったが
よくあるパターンでこの購入は市議会で可決された

そして土地購入は仮契約から本契約となり、本契約には
半額が直ぐに支払われることになっており、支払われた

5億円近くのお金が5ヶ月で一気に判断されたのは
もしかしたら、その価格以上に変なことかもしれない
と最近思うようになった

不動産鑑定は一社の随意契約で行われた
高額な委託料になると予想されたので、普通なら入札というシステムを
用いると思われたが、委託料は「公共事業に関わる不動産鑑定報酬基準」
に基づいて決められるので、どの企業が受注しても金額は同じなので
価格の競争入札にはなじまない、、との理由で信頼がおけるところに
依頼したことになっている
(これは表になっていて、不動産鑑定をした結果〇〇万円なら委託料は△△万円とわかるもの)

不動産鑑定はこうしたことから、どこでも随意契約なのかな?
と疑問を持ったので不動産鑑定の契約状況をネットで調べてみると、
そんなことはなく、カウンターと言われる入札で決められることは少なくなかった

市がお金を使う場合は議会の承認が必要で、不動産鑑定の委託料も
議決されなければならない
ところが、先の「公共事業に関わる不動産鑑定報酬基準」を用いるとすると
委託料は不動産鑑定を行った後にしかわからない
やってもいない不動産鑑定、表を使用するとしても、やってから分かる数字を
やる前にどうやって委託料を算出したのかと疑問を覚えると
行政は先方からの希望売却価格を伝えた、、としている

ここで一般的な取引を想像してみる
契約書は甲乙互いに同じものを持つが
現実は、その契約書に書かれていないニュアンス等も伝えられている
(今回の場合、訴えた側にこの手の仕事を生業としている方がいて
その方は、担当者と細かな打ち合わせをするのが通常としている)
つまりは肝心なことは書類ではなくて、記録に残らない会話で伝えられる
可能性があるということだ
(そしてこの意図を汲み取る能力こそが営業能力と言えるかもしれない
 現実が存在する)

このときの不動産鑑定は通常では提出されない速報値というものが提出されて
それを元に先方の業者と協議している
(速報値ではなくちゃんとした結果が出てから協議すればいいのに
 これを急いでいないと言えるのだろうか)

今回の場合、無条件で信じられないことが2つある
一つは比較対照した土地が3箇所が豊川市だったことについて
鑑定時には比較できる場所はそれしかなかった、、ということ
そしてもう一つは、希望売却価格を聞いても
それは不動産鑑定に何ら影響を受けていないとすること
これらが額面通りには信じられない

それらを信じるべき理由が、これを行っているのは国家資格の持ち主で
公正に仕事を行うべき存在とされているというだけのことだ
(そんな理由が説得力を持つだろうか?)

だが難しいのは、この信じられないというのが
どうやれば妥当性のある疑問として他人に受け入れられるか?
という点

今回の場合は例外が多く、その一つ一つを注視していくと
段取りを踏んでいたとしても実態としての行為は限りなく異様
と思えることがあるので、それを指摘しても想像力の欠けた人には
伝わらないようだ

ということで、今回もまとまらない話
これは今までにも何回も繰り返している問題だが
なにか手はないか、、としつこく考え続けている



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ひねり出したが、、役立たないかも

2024年02月24日 08時51分19秒 | 養鶏所騒動

いろんな言葉を覚えていく
何か打開策はないか!(例の件)
と布団の中で考えていると、不意に知人が発した言葉を思い出した

それが「根抵当権」
事業をしている人や金融関係に携わる人には馴染のある言葉だが
一般人は聞いたことのない言葉だ
これが今関わっていることの参考になるかもしれないと思い
ネットで調べてみると、思いのほかいろんなのが出てくる

どうやら金融機関からお金を借りる際に使われる言葉のようで
事業者はある金額の範囲内で継続的にお金を借りられる制度のようだ
この金額の範囲内というのが極度額というもので
これは金融業が決める数字のようで、全てに当てはまる訳では無いが
不動産を担保に決めることが多いらしい
(事業の可能性なども加味することもあるとか)

ここで実際にあった例をあげる
ある企業の根抵当権は3億5000万円だった
書類には土地の地番等が書かれていたので、土地を担保に計算されている
とも想像できた
一般的に根抵当権の極度額は金融業が評価した担保額に1.2〜1.3をかけた数字らしい
つまり、根抵当権の極度額かける0.8くらいが評価額と想像されるらしい

3億5000万円✕0.8 は2億8000万円
金融業はこの土地の価値を2億8000万円と見ているということか
でも、この土地は不動産鑑定の結果4億8000万円で取引された
金融業は2億8000万円の価値としているものを4億8000万円で
取引しているのは変だな、、と思うし、地元の人の土地の相場感覚は
あの土地はそんなに高額であるはずがない!との声が出ている
(ということは不動産鑑定額がおかしいのでは?と想像できる)

しかし、この理屈は一方的であるのかもしれない
金融業の評価額は不動産鑑定の評価額とはそもそも違う目的で算出されているので
そんなに簡単に断言できるものではないらしい

ということで、思い浮かべた理屈はあえなく使えないかのようだ
使えない理屈をこうして取り上げたのは、
自分は兎に角いろんなことを考えようとしていると
自分自身の記録として残しておきたかったからだ

今でも何かいい方法はないものか!と考えてしまう
あれだけ例外が多くて、異様にスピード感を持って行われた土地の購入
どうもスッキリしない、、



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怒り

2024年02月06日 10時08分56秒 | 養鶏所騒動

じわじわと湧いてくる怒りが、悲しみを忘れさせようとしている
この怒りは自分を守るための生理的な作用なのだろうか

2月1日、例の養鶏場裁判についての判決がでた
この日判決される案件は3つあり、この案件は二番目だった
一番目は「棄却、朗読なし、裁判費用は原告持ち」
と一分もかからずに終わった
そして二番目は、、、

一番目と全く同じだった
朗読なしとは、判決文は事務局にあるのでコピーを貰ってください
という意味合い
棄却にしても、納得できることが書かれているか?と
判決文を貰いに行った

それなりに長い?コピーで、すぐに読んで理解できるものではなかった
後日、PDF化されたものをプリントして読むと
それは怒りを覚えるものだった
反面、このような結果になるなら、その判断基準はそのように考えたからと思っていた

つまり、不動産鑑定の依頼の仕方を始めとする例外の多い作業に疑義を感じているのだが
行政が不動産鑑定業者に、先方の買い取り希望価格を伝えているとしても
そうして出された数字は問題ないとしていた
「新城市は、〇〇不動産に対し△△養鶏場の売却希望価格を伝えているが、
不動産鑑定士は、不動産鑑定評価等を業とする専門家として公認された資格者であり
良心に従い誠実に不動産鑑定業務等を行うとともに
不動産鑑定士の信用を傷つけるような行為をしてはならないとされているから
売却希望価格が本件鑑定に影響を与えたことはない」

見方によっては入札価格を伝えているように思えるようなことでも
有資格者だから正当にやってる、、と判断しているわけだ

この鑑定業務には例外が多かった
それは不動産鑑定士の責任ではなく、行政の依頼に問題があったかもしれない
不動産鑑定の速報値を出すように依頼したのは行政の方
何故、そんな依頼をしたのだろう、、

こんな抽象的な信じる根拠で判断されたら
裁判は永久に行政に勝つことができないと思う

仮にそれが現実であったとしても
それで諦めたり追認するだけで良いのか?は別問題

今回は社会の構造(権力構造)の一端を覗いた気分
少なくとも、人は知らないところで何かされている、、
との知恵を持つべきだと思う

以上は、こちらサイドの視点からなので異論もあるだろう
だが、久しぶりに怒りで眠れなかったのは事実

PS  この話を一般の何も知らない方に話をすると
大半の人が「出来レース」と判断をする
それが裁判ではこのような一般の感じ方は無視されてしまう現実
今回は裁判自体ではなく、何か他の力学が働いているような気もした
(考え過ぎ?)







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関心のないことは忘れやすい

2024年01月23日 09時21分40秒 | 養鶏所騒動

人の記憶はどのくらい持続するものだろうか
2021年9月9日 地元の中日新聞にこんな記事が載った

ここで、時々取り上げている話題だ
この裁判は2年ちょっと経過して近々判決が下される

先日、ジムでよく会う話しやすい人に
「もうじき裁判の判決が出る」と伝えたところ
「何の裁判?」の答えが返ってきた

そこで、ざっくりと内容と経過を伝えたところ、お叱りを受けた
「そんなに一生懸命やっていたって、誰も知っていないじゃん
 もっと、周知させなきゃダメだよ」(痛いところをつかれた)
「でもね、チラシは折り込めないし、、」
「それならポスティングするとか、努力しなきゃ」
確かに言われる通りだ、努力不足だったかもしれない

そこで反省して、今更ながら中学時代の友達にこれを伝えると
どんな感想を持つか聞きに行った
出てきたのは「何の裁判?」の言葉だった
彼は上にあげた新聞記事を見逃すタイプではないと思うが
見ていたとしても、忘れているようだった

この話はできる限り公平に正確に説明しようとすると時間がかかる
つまりは面倒くさい話だ
時々一対一で人に説明したことがあったが
聞いている人の表情は飽き飽きしていると思われることが少なくなかった
自分らはいろんなことを知っているが、それを一気に聞かされる方とすれば
頭が混乱しそうなのはわかる
それでも少しは関心を持ってもらえれば良いのだが現実は怒りさえ持ってもらえない

と言って何もしないでいても意味はないので、先の日曜日の午後行われたA議員の議会報告会で
「少し時間を割いて裁判の話をしてよいか?」
と聞いたところ了解を得たので、話をしてみた
報告会に来た人ので裁判の話を知っているのが2.3名
あとは初めて聞く人ばかりだ
(初めて聞く人はどんな感想を持つか興味があった)
話すことによって個人的にはストレス解消になったが
それが効果的だったかどうかはわからない
(でも多くの人が知るようになったことは大きいと思う)

このように、面倒くさいことに関心を持ってもらうのはとても難しい
自分たちの主張の正当性だけを訴えると、頭ごなし的なニュアンスがあるので
それを嫌う人もいるのは分からないでもない
だが、不自然な段取りによる理不尽な出費には自分は自然に怒りが湧き出てしまうが
この怒りはみんながみんな同じように持つわけではないことも歴然とした事実

先日の議会報告会での帰り道、以前議員さんだった方が
「◯◯さん、オンブズマンと名乗って行動したほうが良いよ」
とアドバイスがあった
少し考えたほうが良いかもしれない

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速報値は何故伝えられたか

2023年12月15日 10時47分44秒 | 養鶏所騒動

地元新城の話(養鶏場騒動のカテゴリーで扱っている内容、関心のある方はそちらもどうぞ)

いろいろ例外の多い高価格での養鶏場買い取り問題
一般には注目されていないが、例外的な1つに不動産鑑定企業からの
速報値の報告がある

普通不動産鑑定を依頼する場合、行政と委託業者は委託内容の明細に
ついての書類を交わす
その中には、成果物の納品日時とか支払いの期日とか
二次下請は不可とか、そうしたことも書かれている

この書類の納品日時を記入する欄には普通は納品日の日付だけが書かれているが
養鶏場に関する書類には納品期日の他に「その他」と書かれた四角のチェエック項目に
レ点が打たれている
比較のために取り寄せた他の不動産鑑定の書類をみると、養鶏場以外の不動産鑑定依頼書には
ここにチェックの印はなされておらず、単に納品日時だけが書かれている
しかし、養鶏場の場合だけには「その他」という項目にチェックが入っている
どうやら「その他」というのが速報値のことと想像される

この速報値というのが発注してから数日後の5月9日に出ている
(発注は4月26日で、この年は4月27日から5月6日まで
 10連休があったにも関わらず))
ところで養鶏場以外の不動産鑑定についての案件について調べてみると
不動産鑑定に要した時間は30日程度であることがわかった
そして養鶏場では出てきた参考見積もりではなく
本当の見積もりもちゃんと出ていることも明らかになった

不動産鑑定にかかった時間が極めて短いということ
普通は出されない速報値が出ていること
そしてそんなに短い間に出された速報値と
最終的に納品された成果物の土地評価額はほとんど同じだったということ
(短い時間に不動産鑑定はできないはず)
こうした奇妙なことが行われている

わからないのは速報値を知る必要性がどこにあるのだろうか?
という点だ
短い時間で当てにならない速報値を知ってだれが得するとか便利なのだろう?

この速報値は何らかの意味を持っていると想像される
結果的に最終結果と大差ないことから、このあたりの数字で良いと
判断するために使われたのではないか、、というのが想像される
そしてこの速報値は養鶏場からの買い取り希望価格とも大差ない数字だ

ところで買い取り価格が高くなったのは糞尿の処分費用を面倒見るためと想像されるが
それは買取価格の半分を契約時(6月)に支払っていることからも想像できる
(行政が言い出した土地買上げでもこんなに早く支払う例はないのでは)

ということで、疑われる行為を明らかに行っていると思われるが
ちょいと行政の人が可哀想なのは、この案件のトラブルを起こした人(市長・職員)は
既に退職したり、選挙に出なかったりして市役所にはいない
お役人は人事異動があってその部署に移動した人は、
好むと好まざると関係なく以前と継続的な考えをたもたなければならない

公務員は仕事上の上司の命令を聞かなければならない
というのが法律にあるようだが、それでも違和感を持った職員は
内部告発でもしてくれないかなと思うこの頃


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裁判官の判断は、業界の現実的な仕事ぶりをどの程度考慮するのだろう

2023年12月01日 10時19分41秒 | 養鶏所騒動

地元新城の話題(少しばかりしつこいが例の養鶏場の話)

市が元養鶏場の土地を高価で買い上げたことに対する住民訴訟は
約2年を費やし原告・被告双方が準備書面をやり取りした後
先月の29日結審した
判決は来年の2月1日、13時10分の予定だ

やたらと例外の多かった市の手続きは、この話を伝えたほとんどの人は
出来レースでかなり怪しいと感じるようだ
(伝え方は多少、原告側に偏った話し方かもしれないが)

そこで気になるのは、客観的な判断を下すとされる裁判官という人々は
どのような判断をしがちなのか?という点だ

一般論として土地の不動産鑑定をする場合、クライアントと委託業者は
事前に綿密に話し合うのが業界の通例で
国家資格の不動産鑑定としても、クライアントの要望を無視して
何が何でも公平中立に行いクライアントに不利な数字をだすことはない
のが現実の世界のようだ

業界のこうような姿を裁判官は知っていた上で判断を下すのか
それとも提出された準備書面の一般論だけで判断するのだろうか

今回の場合も、手続きはそれなりの一般論としての方法をとっていたとしても
その実際の内容についてはかなり不自然だ
土地評価のための参考にした場所は、4つのうち3箇所が市内ではなく
隣町の豊川市が選ばれている
それも一箇所は、養鶏所のある田舎とは異なる街なかになっている

不動産鑑定は田舎の分は割り引くという地区補正をしているから
正当性は保たれている
また豊川市が3箇所選ばれたのは不動産鑑定をしたときは
参考にできる取引事例はそれしかなかった、、と被告側は答えている

だがその当時、本当に参考にできる場所はそれしかなかったか?
不動産鑑定業者がそう主張しているだけで、ホントかどうかはわからない

また不動産鑑定は随意契約で行われたのだが、その委託料は
不動産鑑定をした結果の数字で決まる方法をとっていて
見積もりは「不動産鑑定をまだしていないので見積もりは出せない」
というものの、市の手続き上では少なくとも見積もりに相当するもの
(参考見積もり)が必要となっている

そこで行われたのが、鑑定業者に養鶏場からの希望買取価格を伝えて
それを鑑定結果とみなして委託料の「参考見積もり」を提出させるようにしている
だが、希望買取価格を伝えてしまったことの心理的な影響が
不動産鑑定にどんな影響を与えたのか?
は不安視されるが、被告は鑑定業者は真面目に公平中立に行っていると答えるだけだ

ここで裁判官という人々の解釈の仕方というのがとても気になる
原告側からすれば各種の状況から限りなく怪しいと想像される判断と
被告側の準備書面という形でちゃんとやっていると言い切っている内容と
どちらに重きをおいて判断を下すのだろう

話は飛ぶが今朝の新聞に裁判の話題が載っていた
「生活保護減額に賠償命令」とのタイトルで
生活保護の基準額を下げたのは生活保護法に違反とする内容だ
国が生活保護の基準額を下がるきっかけとなったのは
物価が低下したからでそれを反映したものとしているが
その物価の下がったものは高価なテレビ・パソコンなどの
生活保護世帯とはあまり縁のないものの価格低下を反映しているとして
それが一般的な消費実態とかけ離れている、、との説明文があった

この記事が目に入ったのは、まさにこの高価な商品の値下がりをもって
物価全体の値下がりがあったとする判断が、まるで養鶏場の不動産鑑定が
高止まりしている実態とそっくりと思えたからだ

そしてこの記事の中でもう一つ気になったのは「裁量権」という言葉で
どうやらこの言葉はかなりのキーワードとなりうるもののようだ
行政訴訟においては原告被告のどちらの言い分に正当性があるか否か
以外に、行政の下したその判断は裁量権の範囲を超えているか否か?
が判断に大きな影響をあたえる概念のようだ

つまり常識的には高いと思われる土地を購入することになったとしても
何かをクリアするためには(糞尿の匂い、ハエの大量発生などの)
このくらいの高い金額での購入は仕方ないとするかどうかという点だ

だが裁量権といえども大幅に高いものを認めるわけには行かず
一般的な目安は3倍位が判断の分かれ目になっているらしい
(新城市の例では養鶏場は、隣の土地を国が買い上げた価格の
 3倍を超えている価格での購入となっている)

ということで、裁判官のという人々は庶民的な価値観とか
正義感をもって判断に当たるのか?
それとも、それなりの準備書面と手続きさえあれば裁量権を
大幅に認めてしまうのか?少し心配を覚えてしまったということ

さて、どんな結果になることやら

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本当のことは口にしないに違いない

2023年11月03日 10時25分09秒 | 養鶏所騒動

ローカルの裁判絡みの面倒くさい話

手にした不動産鑑定の結果を記した書類(コピー)の最初のページには
「本件鑑定評価に当たっては、自己又は関係人の利害の有無その他いかなる理由に
かかわらず、公正妥当な態度を保持し、専門職業家としての良心に従い、誠実に不動
産の鑑定評価を行った」と記されている
残念ながら、これは全ての不動産鑑定の書類に書かれているものか
それともこの書類だけなのか素人はわからない

この言葉が気になったのは、新城市が買い上げた養鶏場の不動産鑑定は
この言葉通りに作業を行われたのか疑問を覚えているからだ

令和元年に買い上げられることになった養鶏所は、いくつかの違和感があった
●買上げの金額が地元の住民の肌感覚と比べて異様に高い
●養鶏所のすぐ隣の土地を国が買い上げることになったが
   その価格は、養鶏場の価格の8分の1だった
●不動産鑑定は取引事例をもとに算出されたが、4箇所のうち3箇所が市外の豊川市だった
●不動産鑑定業者は随意契約によるものだった
●不動産鑑定業務の委託料は「公共事業に係る不動産鑑定報酬基準」によって決定される
   としているが、不動産鑑定の作業が行われていない時点では随意契約の金額を
 決めようがないので、養鶏業者の希望買取価格を伝えてその額を報酬基準の表に
 当てはめて算出している
●その希望買取価格は不動産鑑定に影響を与えていないか
●不動産鑑定の地目は、登記されているものと異なるものだった
  (不動産鑑定は現況で行われるものとされる!がその根拠だが
     山林・農地が雑種地とされたのはある種の意図を感じる)

地方自治体が土地等を買い上げる場合は、税金を使うのでなるべく安くすることが求められるが
異様に安い場合は先方にも迷惑をかけることになるので、程々の数字で収まるようにするらしい
安すぎてもいけないし、高すぎてもいかない
その根拠となるものが有資格者の不動産鑑定士による数字だ

だが、不動産鑑定の数字は現実には不動産鑑定士によって大きく違ってくるようだ
一般的に不動産鑑定を行う場合は目的があって行われるが
それは時には安めの数字がほしいとか、高めの数字がほしい、、
といった生臭い話で、顧客と不動産鑑定士との打ち合わせでその辺りが十分に
検討され、その方法論(例えば地目の変更)が選べられるようだ

つまりは、職業としての不動産鑑定業者はクライアントの意向を読み
それを具体的な形にすることが求められる
(忖度と言うより洞察力が求められるのかもしれない)

新城市では、あるとき急に養鶏場の買い上げ希望の話が出てから
あれよあれよという間に進められていった

行政はその正しさを確保するためには手続きが守られていることが必要とされる
今回の場合は、高すぎない安すぎない正当な買上げ価格を求めるために
国家資格を有する不動産鑑定士に依頼したとしている

ところが、この不動産鑑定の実態が本当に冒頭のカッコで囲まれた宣言のように
 行われたのかは大いに疑問だ
話を聞けば大半の人が「なぜ豊川?」と違和感を声にする取引事例の場所は
業者は「取引事例が少なく、あの時点ではこれしかなかった」と答えている
だがこれが本当のことか、もっと適切な取引事例の場所があったのかはわからない
これしかなかった、、という業者の説明を信じるしか手はないのだろうか

そして、希望買取価格を知ってしまった不動産鑑定業者の心理的に
その数字からスタートしないで公正妥当なものを求められるのだろうか
行動経済学ではアンカリングという言葉で、最初に提示された数字が
その後の判断に影響を与えるとされている
それほど難しい話でなくても、不動産鑑定業者は鑑定した結果が高いほど
自らの取り分の委託料は高くなるので、それを無視しても安い数字を出すものだろうか

いくつかの例外が重なると怪しいことが多いのは世の中の常で
そう考えるのは人間として身につけた経験と知恵だが
(この話は本当に例外が多かった)
現実に当事者に聞けば、答えは間違いなく冒頭のカッコの中のように行った
と答えるに違いない

行政裁判の原告と被告は、嘘を言っても虚偽証言として罰せられないらしい
人間はこのような場合は嘘をつくことが多く
いちいちそれらの証言がホントか嘘かを調べていると時間ばかりかかってしまうので
「嘘を言うものだ」を前提に進めるらしい(知らんけど)

だが、自分が説明すると市民の多くが状況判断から怪しいとされることも
当事者はちゃんと行っていると答える場合
裁判官という人々はいったいどんな判断をするのだろう

裁判官は自分らが話した市民と同様な気持ちになるのだろうか?
あの時点では取引事例はそこしかなかった
希望買取価格は聞いていたが、それに影響されることはない
この2つの言い分を裁判官という人々は、どう解釈するんだろう

現在進行中の裁判は11月29日に結審をすることになっている
本当のことを言わない!と心に決めているとしたら
人はそれに対抗するにはどうしたら良いのだろう






 
 

コメント
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