パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

何故、前回は自ら比較を行わなかったのだろう

2024年09月14日 09時38分21秒 | 養鶏所騒動

最新の情報で、又聞きの面もあるので正確ではないかもしれないが
気になった事があったので、それを取り上げてみる

新城市の9月議会、予算決算委員会で(多分)補正予算案として
インター周辺部の整備事業に関わる費用 1億1662万円が提案された

インター周辺整備事業と言えば、例の裁判沙汰になっている養鶏場の近くのことだ
令和元年に養鶏場跡を購入し、今になってやっと工業団地として
総面積90000平米の計画が実施されるようで
これだけのんびりした計画となれば、そもそも養鶏場を購入する時は
のちの計画などはあまり考慮に入れてなかったと思われても仕方ない

養鶏場跡、国土交通省の残土処理の土地を足しても工場用には面積が足りないので
26000平米の土地を新たに購入する計画らしい
それに要する金額が1億1662万円で、この金額がどのように算出され
それが妥当なものかが気になるところだ

補正予算は用地開発課で必要な金額を概算し、それを議案として提出した
必要な金額の計算方法は、すでに不動産鑑定を行われていて
その不動産鑑定の企業は例のところかと意地悪く想像したが
市役所に行って聞いてみると、まだ不動産鑑定はなされていないとのこと
必要な金額の計算は用地開発課の話によれば、近くの取引事例を参考にして
算出したとのことだ
すると、ちょいと高止まりしている養鶏場の取引も参考にしたのかと気になってしまう
養鶏所を含むかどうかはわからないが、いずれにせよとにかく近くの取引事例を
参考にして必要金額の概算を出したそうだ

この話を聞いて少し不思議な気がした
というのは養鶏場の土地を購入する時は、今回のように市で(用地開発課)で
近くの取引事例から必要金額を算出したのではなく
不動産鑑定委託事業者にいきなり希望売却価格を伝えて
それを元に不動産鑑定料の(参考)見積もり提出させ
その上で売却希望価格を用地購入費用として計上して、合わせたものが
補正予算として提出されたのだ

養鶏場の時は市は近隣の取引事例の比較を行わなかった
比較を行ったのは委託された不動産鑑定業者だ
ところが今度は、市が近隣の取引事例を参考にしてアバウトな数字を予算計上した

養鶏所の時は、市はやればできる(?)近隣の取引事例の参考を
なぜ自ら行わなかったのだろう
言い訳ででてきそうなのは、その時は適切な取引事例がなかったが
現在は、養鶏所も国土交通省の例もあるので、用地開発課でも算出できた
こんなところだろうか

不動産鑑定は近隣の取引事例を参考にして算出されるが
近隣の取引事例を参考にするには、一般的に不動産鑑定業者が利用する
一般公開されていない閉じた手続きだけではなく
他にもいろんな方法で取引事例を知ることができるようだ 
その中には、国交省の不動産情報ライブラリというものがあって
ここでも不動産の取引価格、地価公示等の価格情報を知ることができ
それによれば、養鶏場の取引価格は著しく高価であることが目立つ

つまりは、専門家の言い分だけを信じることなく、自分たち(市)も努力して
比較をしようと思えば、それをすることができる

行政は自らの正当性を確保するために手続きを大事にする
もしかしたら、本質的な内容の部分より手続きのほうが重要視されているのかもしれない
(本質部分の良し悪し判断は個人差が多いので、手続き重視となるようだ)

でも、手続き論の正当性は素人にはわかりにくい
ちゃんとやってるように見えても、別の手段があって、そちらからの視点では
不満を覚える結果となることがでてくる
ところが、その大半は市民が理解するにはあまりにも面倒なので
一般的には行政のすることを信じることにしている

ということで「なんでかな?」と考えてみることは
いろんな気付きにつながるし、ボケ防止にもなるので
これからもいろんなことに疑問を持つことにしよう


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支出に疑義が生じる不適切な事態が生じたこと

2024年09月04日 15時19分31秒 | 養鶏所騒動

何事も「ああ言えば、こう言う」というのが現実のようだ
理屈は遠いところから関係ないところまで用いて
それぞれが言葉の戦いにおける勝利を目指す

最近は(行政)裁判はどちらが正しいか!を問うものではなく
どちらの言い分がより説得力があるか白黒つけるだけのように思えている
なにかの本で、民事裁判は明らかに損失を受けている人々がいるのだから
その人達の損失をできる限りカバーするように対処すべきとの記述を見た
それがどの本だったのか忘れてしまったが、その内容に納得できたことは覚えている

その最終的な判断を下す人々(裁判官)は、人間社会で頻繁に行われていることを
どの程度実感として身についているのだろう
事業の発注者と委託業者はどのくらいの濃い話をするのか
最終的な依頼者の意図や希望などは、契約書には書かれていないが
記録に残らない会話の中で充分になされているのは
こうした仕事をいくつか経験した人にとっては当たり前のことのようだ
それを彼らは社会でよくあることとして知恵となっているのだろうか

どちらが正しいか正しくないかだけの論点ではなく
違和感を覚えることを素直に評価した裁判例がかつてあった

それは新城市庁舎の建設予定地外移転補修費についての裁判で
この時は裁判長の提案によって最終判決に至らない方法が取られたが
その内容は

1. 本件移転補償に際し、損失補償基準要綱の要件を満たすか否かに関する調査に必ずしも十分とは言えない点があり、
支出に疑義が生じる不適切な事態が生じたことを重く受け止め、遺憾の意を表する

2.略(個人情報に関すること)

3.略(個人情報に関すること)

4.被告(新城市)は今後損失補償の事務等に関し、関係法令等への適合性に疑念を持たれないよう、
 適正に処理すべく一層努めるものとする

大事なのは一番上の「支出に疑義が生じる不適切な事態が生じた」というところ
この疑義は今回の養鶏所に関する案件でも同様ではないだろうか

不動産鑑定が国家資格を有する人によってなされたとしても
それだけで、きちんとなされたと信じるのは信じがたい
そこには2つの大きな見落としがあるように思える
一つは、不動産鑑定をする前に、不動産鑑定をするに至った理由であるその土地の
希望売却価格を委託業者に伝えてあり、その価格は不動産鑑定になんら影響がなかった
とするところ
もう一つは、不動産鑑定業者が選択した比較する土地が地元新城市が1点
他の3点は豊川市だったが、不動産鑑定時を実施する時点では適切な比較地は
それしかなかったとするところ

でも本当にそうなのだろうか?
本当にもっと適切な比較場所は存在したのではなかっただろうか
不動産鑑定について、希望売却価格を伝えられたことは何らかのメッセージと
感じることはなかったのだろうか

これらの疑問は、ちゃんと行われたとの一言で片付けられている
だが、そこで思い出すのが、上記の「支出に疑義が生じる不適切な事態が生じた」
と裁判所が認めた先の裁判の言葉
少なくとも「無邪気に不動産鑑定がちゃんと行われた」と信じるに至らない
いろんな出来事がある

地元の人々の素直な声は、あの辺りの土地はそんなに高くない
というのが大半で、あの価格での売買は疑問を覚えても仕方ないとするものだった
やはり「支出に疑義を生じる不適切な事態が生じた」というのが現実だと思うのだが、、



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委託業者はせざるを得ないのだろうか

2024年09月01日 10時10分48秒 | 養鶏所騒動

少し面倒臭い話

先日の中日新聞にはこのような記事が掲載されていた

この記事は、豊橋市が日本総合研究所に委託した新アリーナの市場調査は
実際には7月20日にずれ込んだが、なんと完成日は期限通りの6月20日の日付で
公文書として記載されていたことを問題視した内容だ

これと似た事件が新城市でもある
市のホームページにはこう書かれている

令和2年度作手総合支所地域課が発注した道路未登記物件調査業務において、
当時同課に所属していた職員3人が、同業務が完了した事実がないのにもかかわらず、
虚偽の検査調書を作成し(公文書偽造)、これを行使したものです

問題は、職員の公文書偽造だけでなく委託業者もこの偽造に少なからず協力をしている
ということで、実際には委託料の請求書等を市に送っており市は委託料を支払っている

この事件は関係した職員3人を市が刑事告発しているが、協力した委託業者には
市として何も責任を追求していないので、それはおかしいのではないか!と
市議会でも取り上げられた
だが業者に対する罰則みたいなものは、なされなかった

委託業者としての立場とかその後の付き合いを考えれば、職員の意向に従うしかないと
考えてしまうのは少し想像力を働かせればわからないではないが
見つかったならば責任は負うというのは、けじめみたいなものだろう

ところで手元にこんな書類がある


不動産鑑定の委託契約の一部だ
ここで注目すべきなのは業務納期の欄だ
平成31(2019)年5月24日となっているが
その隣に「その他」という項目があって四角の中にはチェックが入っている

この委託契約書だけを見れば何ら問題を感じないが、このような書類を数枚見ると
この書類が例外的であることがわかる
他の書類では業務納期の「その他」の前の四角にチェックが入っていることはほとんど無いのだ

普通は、期日のいつまでに不動産鑑定を行って欲しいと確認しあう欄だが
上記の場合だけ、その他にチェックが入っている
この「その他」は、現実には「速報値」とい名で(完成品に近い)数字を
市に連絡することになっていたのだ(市が依頼した?)
市はたった数日の後に届けられた、その完成品とほとんど違うことのない数字で
土地を市に売りたい業者と話し合いをしている

市は話し合いをするにしても、速報値などを用いずとも
数日後にはちゃんとした数字が算出されることがわかっているから
その時に先方と話し合えばいいのに、何故か急いで交渉をしている

それは何故なんだろう?
こうした疑問が起きるのは、性格がひねくれているからではなくて
ほとんどの人がこれを知れば思い浮かぶ疑問だと思う

あとひと月ちょっとで、面倒な出来事(裁判)の結論がでる
そこではこの疑問はスルーされているが
個人的にはここが引っかかって仕方ない

とにかく例外が多すぎる場合(今回の裁判件の市の対応には例外が多い)
何かあると考えるのが人間の知恵だと思う

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「ないものがあった件」について

2024年05月17日 09時42分36秒 | 養鶏所騒動

「嘘つき!」
思わずでてしまった言葉
視線の先には若い市の職員がいた

あまり取り柄のない自分だが、寝付きとか睡眠は同居人からも羨ましがられる
その自分が昨日は夜中に目が覚めてからなかなか二度寝ができなかった
原因は昨日の出来事のせいだ

2月程前のこと、新城市が約5億の金額で購入することになった土地の
引き渡し前のチェック(更地の状況、産業廃棄物の確認)に関する
全ての書類を情報開示で求めたことがあった

ところが期限内に手にした書類はA4用紙4枚のみ
これだけの金額の取引なのに確認の写真が一枚もない
用地開発課の人物も何故写真がないのだろう?
とのつぶやきもあったが、とにかく写真はないとのことだった

ところが数日前、更地の確認の写真は裁判の証拠品として提出されたのだった
それまではない!とされていた写真で
当然出てきたのは都合の良い写真だ(きれいに更地化されている)

そもそも現地確認の書類の情報開示を求めたのは
市議会議員が同様な現地確認をした時に、本来ならあるはずのない異物が
あちこちに見られたという声を数人から聞いていたからで
その実態を知るためだった

ないと言っていたものがあった
これはどういうことかと昨日会った時に思わず
「嘘つき!」と声にでてしまったのだった
彼は言い訳を始める
「情報開示の時はなかった
 でも庁内でよく調べたら担当課以外の職員の個人のカメラの中にあった
    だからあの時点ではなかったばかりではなく、制度的には所轄の課にはなかったということ」

素人には凄い言い訳に思えてしまう
情報開示の時なくてその後見つかったなら、その連絡があっても良いと思う
でも彼らは間違ったことはしていないと断言する

だが少し考えるとおかしなことに気がつく
担当する課の職員は現地の写真を撮らなかった(だから写真はなかったとする)
だが、現地に同行した関係ない課の職員は写真を撮った
普通なら、5億近い買い物なら、慎重にことを進めるのが当然で
自己を守るためにも担当課のスタッフは写真を撮るのは当たり前の行動のように思える
その証拠に関係のない課の人物でさえ気になって現地写真を撮っている
しかし担当課の人物は何故か写真を撮らなかった

この数日後、市議会議員の視察チェックがあり
彼らから更地の状況に対して苦情がなされている

一番責任があって慎重に行動すべきところに確認のための写真がなくて
単なる同行した人物のカメラには写真がある
の経緯には違和感を覚えるひとは多いと思われる

そしてこうした違和感は、この案件は異様に多い
不動産鑑定の比較した地区が、何故か新城市が一箇所、豊川市が三箇所
不動産鑑定料の見積もりは、不動産鑑定をしてから出ないとわからないという理由から
市には見積もりは提出していないが、市と委託契約をするときには
何らかの数字的な提示が必要で、それは市から不動産鑑定会社に売却希望価格を伝える
ことによって参考見積もりが出されたとしている
そのあらかじめ知ることになった売却希望価格は不動産鑑定に影響を与えていないか
これは大いに疑問だ
違和感はその他にも火事が発生して鶏舎や鶏糞が燃えてしまった(?)こともある
つまりはこうしたことが多すぎるように思えてしまう

市は委託業者と現実の世界ではしっかり打ち合わせをするようだ
それがはっきりしたのが先日の中日新聞の記事
そこでは豊橋市の市職員が無邪気にも
「今回のような報告書で業務委託業先に修正や削除を指示することは一般的にある」
との発言をしている
これは豊橋市だけでなく新城市も、おそらく他の地区でも同様と思われる

つまりは、市の意向を受け入れた結果を提出する傾向があるということだ
だが、それを証明するのはとても難しい

ところで市の窓口で「写真はない」と口頭で聞いただけで納得してではダメだそうだ
こういうときは「不在」と書かれた文書をもらうようにしないと
後々の例えば裁判のようなときに証拠にはならないそうだ

これは一つ賢くなったが、本来なら知らずに生きていけることなのに
と思ってしまう

それにしても、、、、

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やはり存在した現場の写真

2024年04月29日 10時04分45秒 | 養鶏所騒動

連休中にふさわしくない話

取り柄のない自分だが少し自慢できるのは寝付きの良いこと
特に電車に乗ればすぐに寝ることができる
ところが昨晩はそうはならなかった
ずっと頭に引っかかっていることがあったからだ
多くの人には関係ないことだが、それを自身の備忘録として残すことにした

それは養鶏所に関する以下の不思議なこと
令和2年に新城市は合計4億8000万円ほどの金額である土地を購入した
その土地は養鶏場だったが、きれいに更地にして引き渡されることになっていた
ところが、家屋解体とか鶏糞処理の最中にに出火してしまった
そのためかどうかはわからないが少し遅れて更地にされて
市に引き渡されることになった

金額が金額なので、市は引き渡しに関して十分なチェックをするものとした
その一つとして担当職員の検査だけでなく市議会議員の現場チェックも行われることになった
その時市議会議員の数人から出たのは、きれいに更地になっているはずとされているのに
コンクリート片や鉄筋が地上に残っているのが見えたという指摘だった
「これでは更地とは言えない」といった議員もいたそうだ

この話を知っていたので、市に対して点検に関する情報開示請求をしてみた
担当職員に対する任命書、確認書、その他チェックに関する全ての書類を
提出してもらうようにした
2週間の期間の少し前、電話があってそれらを取りに行く事になった
そこで手にすることができたのは、たったA4で4枚の書類だけだった
任命書、印鑑がいくつも押された確認書、回議書など写真は一切なかった
不思議に思えたので「写真は?」聞いてみると「なかった」
と窓口の担当者は答えた
担当者は「何故ないのだろう?」と首を傾げたがとにかく「ない」とのことだった

違和感を覚えたので、こうした点検作業には写真を撮るとかのマニュアルはないのか?
と聞いてみると「特にない」とのことだった
この問は後日別の市職員に尋ねたところ、マニュアルはなくて担当職員の自己判断で
行うと答えた
だがその職員は「自分なら多分写真を撮る」と正直に答えていた

金額が5億円近くのものに対して検査の実態がわからないようなA4の書類だけ
というのはとても信じられないが、「ない」と言われればそれ以上追求はできない

そこで今度は余計なものが見られたとする議員がチェックしたときの現場の写真とか
感想などは記録として残っているかを情報開示で求めてみた
するとその時の写真はあったが、議会事務局は議員が視察したという事実を
確認するための写真はあったが現地の状態を写したものはなかった
つまり写っていたのは議員の写真だけだった

議会事務局とすればそれは仕方ないと思い直すこととして
議員の感想が書かれたものはないかと尋ねると
書類には意見交換があったと書かれてはいたが、その具体的な内容はわからないものだった

つまり現地の確認作業の具体的な内容はさっぱり記録になっていないということだ

ところが普通の人があるはずと想像した「現場の写真」はやはり存在していた
それは全く別の経路からで、それは市はきちんとチェックしていたことを証明する
ためとして表に出されることになった(現時点でこの写真はまだ見ていない)

自分が聞いた時は「現場の写真はない」
ところが今になって「ある」としている
そしてその写真の作成日は8月9日作成となっている
議員が余分なものを発見した検査の日は8月12日
つまり、常識的に考えると8月9日に作成した写真には
こうした余分なモノが写っているはずと思われる
だが、市のチェックはきちんと行われていることを証明するための写真に
余分なモノが写っている可能性はない(見ていないのでわからないが)

ここで色々と考えてしまった
裁判というものは、原告・被告が証拠に基づいて準備書面をしたためる
その上での論争、戦いになるのだが、この証拠を手にすることが
「ない」(今回のようにあったとしても)の一言で手にすることができないとすれば
それはそもそも正当性を争うことができるのだろうか?

都合の悪い書類(証拠)はない!として決して表に出ないとするならば
裁判は最初からハンディキャップマッチだ
こうしたことがあるために行政訴訟は原告側の勝ちが少ないとしたら
原告は裁判の上でなく、その前の証拠集めでも戦わなければならなくなる
そしてその方法は一体存在するのだろうか?

最近は、手続きを踏んでも怪しいことは起きうると思うようになってしまった
というか、手続きは単にアリバイ作りのような気さえしてしまう

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ミステリーを読んでいるかのよう

2024年04月05日 08時58分49秒 | 養鶏所騒動

あっけなく棄却された行政訴訟
失望とか怒りだけでなく、その判断自体に納得できない部分が多いので
先の段階に行くことにした

そのためには、その判断を下した理由を具体的に述べなければならない
弁護士が原告と相談しながら作成した理由書を読むと
変な言い方だがこれがとても面白い
それはまるでミステリーの謎解きのようだ
ここで詳しく紹介できないのが残念に思えるほどだ
(どの程度紹介していいかわからないので)

一般論で終始している相手側の主張を
一つ一つ例外的に進められていることを証拠とともに解釈を行い
先の判断が間違いだと訴えている

こちらは当然のことながらよく分かる
とてもスッキリして、こういうスッキリした進め方は
まるで補助金申請の文章のようにさえ思える

だが判定を下すのは自分等じゃない
制度は訴える機会を与えるまではなっているが
どうもそれ以上ではなさそうな印象

それにしても、時間のかかること
この時間経過で多くの人は、こうしたことがあることを忘れてしまっている
結果として、少人数で行われているクレームに過ぎない!
と感じさせないためには、どうしたら良いのだろう

備忘録のために、取り上げてみた


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無条件では信じられないこと

2024年02月25日 09時56分52秒 | 養鶏所騒動

ある年の2月15日、ある企業が市に土地の売却を申し出て
同じ年の7月15日には売却価格、約4億8000万円の
半額が支払われた

これだけ大きな金額、行政は手続きを踏んだと言われるが異様に速い
と思えるのは偏見のせいではないと思う

急いだと思われるまず第一の理由は、市にとっては購入の予算取りが
通常の定例会ではなく急遽臨時議会を開いて行われているからで
行政は臨時議会はこの案件のためではなくコロナ対策費用の使い方
についての案件のついでに提出したとしているが
なぜ6月議会まで待てなかったのだろうかの疑問が残る

不動産鑑定をする条件付きで可決された臨時議会の予算案は
6月には不動産鑑定が出ており、その価格で購入して良いか否かが
議会に諮られた

議員さんに配布された資料の中には不動産鑑定の書類もあったようで
(全議員がそれを持っているのではないかもしれない)
そこには、不動産鑑定の評価値を出すための比較対象とした土地が
新城市が1箇所、豊川市が3箇所となっていたことがわかった

そこに違和感を感じたことや、土地の面積等の間違いがあったために
もう少し良く検討してから議決したほうが良い!とする意見があったが
よくあるパターンでこの購入は市議会で可決された

そして土地購入は仮契約から本契約となり、本契約には
半額が直ぐに支払われることになっており、支払われた

5億円近くのお金が5ヶ月で一気に判断されたのは
もしかしたら、その価格以上に変なことかもしれない
と最近思うようになった

不動産鑑定は一社の随意契約で行われた
高額な委託料になると予想されたので、普通なら入札というシステムを
用いると思われたが、委託料は「公共事業に関わる不動産鑑定報酬基準」
に基づいて決められるので、どの企業が受注しても金額は同じなので
価格の競争入札にはなじまない、、との理由で信頼がおけるところに
依頼したことになっている
(これは表になっていて、不動産鑑定をした結果〇〇万円なら委託料は△△万円とわかるもの)

不動産鑑定はこうしたことから、どこでも随意契約なのかな?
と疑問を持ったので不動産鑑定の契約状況をネットで調べてみると、
そんなことはなく、カウンターと言われる入札で決められることは少なくなかった

市がお金を使う場合は議会の承認が必要で、不動産鑑定の委託料も
議決されなければならない
ところが、先の「公共事業に関わる不動産鑑定報酬基準」を用いるとすると
委託料は不動産鑑定を行った後にしかわからない
やってもいない不動産鑑定、表を使用するとしても、やってから分かる数字を
やる前にどうやって委託料を算出したのかと疑問を覚えると
行政は先方からの希望売却価格を伝えた、、としている

ここで一般的な取引を想像してみる
契約書は甲乙互いに同じものを持つが
現実は、その契約書に書かれていないニュアンス等も伝えられている
(今回の場合、訴えた側にこの手の仕事を生業としている方がいて
その方は、担当者と細かな打ち合わせをするのが通常としている)
つまりは肝心なことは書類ではなくて、記録に残らない会話で伝えられる
可能性があるということだ
(そしてこの意図を汲み取る能力こそが営業能力と言えるかもしれない
 現実が存在する)

このときの不動産鑑定は通常では提出されない速報値というものが提出されて
それを元に先方の業者と協議している
(速報値ではなくちゃんとした結果が出てから協議すればいいのに
 これを急いでいないと言えるのだろうか)

今回の場合、無条件で信じられないことが2つある
一つは比較対照した土地が3箇所が豊川市だったことについて
鑑定時には比較できる場所はそれしかなかった、、ということ
そしてもう一つは、希望売却価格を聞いても
それは不動産鑑定に何ら影響を受けていないとすること
これらが額面通りには信じられない

それらを信じるべき理由が、これを行っているのは国家資格の持ち主で
公正に仕事を行うべき存在とされているというだけのことだ
(そんな理由が説得力を持つだろうか?)

だが難しいのは、この信じられないというのが
どうやれば妥当性のある疑問として他人に受け入れられるか?
という点

今回の場合は例外が多く、その一つ一つを注視していくと
段取りを踏んでいたとしても実態としての行為は限りなく異様
と思えることがあるので、それを指摘しても想像力の欠けた人には
伝わらないようだ

ということで、今回もまとまらない話
これは今までにも何回も繰り返している問題だが
なにか手はないか、、としつこく考え続けている



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ひねり出したが、、役立たないかも

2024年02月24日 08時51分19秒 | 養鶏所騒動

いろんな言葉を覚えていく
何か打開策はないか!(例の件)
と布団の中で考えていると、不意に知人が発した言葉を思い出した

それが「根抵当権」
事業をしている人や金融関係に携わる人には馴染のある言葉だが
一般人は聞いたことのない言葉だ
これが今関わっていることの参考になるかもしれないと思い
ネットで調べてみると、思いのほかいろんなのが出てくる

どうやら金融機関からお金を借りる際に使われる言葉のようで
事業者はある金額の範囲内で継続的にお金を借りられる制度のようだ
この金額の範囲内というのが極度額というもので
これは金融業が決める数字のようで、全てに当てはまる訳では無いが
不動産を担保に決めることが多いらしい
(事業の可能性なども加味することもあるとか)

ここで実際にあった例をあげる
ある企業の根抵当権は3億5000万円だった
書類には土地の地番等が書かれていたので、土地を担保に計算されている
とも想像できた
一般的に根抵当権の極度額は金融業が評価した担保額に1.2〜1.3をかけた数字らしい
つまり、根抵当権の極度額かける0.8くらいが評価額と想像されるらしい

3億5000万円✕0.8 は2億8000万円
金融業はこの土地の価値を2億8000万円と見ているということか
でも、この土地は不動産鑑定の結果4億8000万円で取引された
金融業は2億8000万円の価値としているものを4億8000万円で
取引しているのは変だな、、と思うし、地元の人の土地の相場感覚は
あの土地はそんなに高額であるはずがない!との声が出ている
(ということは不動産鑑定額がおかしいのでは?と想像できる)

しかし、この理屈は一方的であるのかもしれない
金融業の評価額は不動産鑑定の評価額とはそもそも違う目的で算出されているので
そんなに簡単に断言できるものではないらしい

ということで、思い浮かべた理屈はあえなく使えないかのようだ
使えない理屈をこうして取り上げたのは、
自分は兎に角いろんなことを考えようとしていると
自分自身の記録として残しておきたかったからだ

今でも何かいい方法はないものか!と考えてしまう
あれだけ例外が多くて、異様にスピード感を持って行われた土地の購入
どうもスッキリしない、、



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怒り

2024年02月06日 10時08分56秒 | 養鶏所騒動

じわじわと湧いてくる怒りが、悲しみを忘れさせようとしている
この怒りは自分を守るための生理的な作用なのだろうか

2月1日、例の養鶏場裁判についての判決がでた
この日判決される案件は3つあり、この案件は二番目だった
一番目は「棄却、朗読なし、裁判費用は原告持ち」
と一分もかからずに終わった
そして二番目は、、、

一番目と全く同じだった
朗読なしとは、判決文は事務局にあるのでコピーを貰ってください
という意味合い
棄却にしても、納得できることが書かれているか?と
判決文を貰いに行った

それなりに長い?コピーで、すぐに読んで理解できるものではなかった
後日、PDF化されたものをプリントして読むと
それは怒りを覚えるものだった
反面、このような結果になるなら、その判断基準はそのように考えたからと思っていた

つまり、不動産鑑定の依頼の仕方を始めとする例外の多い作業に疑義を感じているのだが
行政が不動産鑑定業者に、先方の買い取り希望価格を伝えているとしても
そうして出された数字は問題ないとしていた
「新城市は、〇〇不動産に対し△△養鶏場の売却希望価格を伝えているが、
不動産鑑定士は、不動産鑑定評価等を業とする専門家として公認された資格者であり
良心に従い誠実に不動産鑑定業務等を行うとともに
不動産鑑定士の信用を傷つけるような行為をしてはならないとされているから
売却希望価格が本件鑑定に影響を与えたことはない」

見方によっては入札価格を伝えているように思えるようなことでも
有資格者だから正当にやってる、、と判断しているわけだ

この鑑定業務には例外が多かった
それは不動産鑑定士の責任ではなく、行政の依頼に問題があったかもしれない
不動産鑑定の速報値を出すように依頼したのは行政の方
何故、そんな依頼をしたのだろう、、

こんな抽象的な信じる根拠で判断されたら
裁判は永久に行政に勝つことができないと思う

仮にそれが現実であったとしても
それで諦めたり追認するだけで良いのか?は別問題

今回は社会の構造(権力構造)の一端を覗いた気分
少なくとも、人は知らないところで何かされている、、
との知恵を持つべきだと思う

以上は、こちらサイドの視点からなので異論もあるだろう
だが、久しぶりに怒りで眠れなかったのは事実

PS  この話を一般の何も知らない方に話をすると
大半の人が「出来レース」と判断をする
それが裁判ではこのような一般の感じ方は無視されてしまう現実
今回は裁判自体ではなく、何か他の力学が働いているような気もした
(考え過ぎ?)







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関心のないことは忘れやすい

2024年01月23日 09時21分40秒 | 養鶏所騒動

人の記憶はどのくらい持続するものだろうか
2021年9月9日 地元の中日新聞にこんな記事が載った

ここで、時々取り上げている話題だ
この裁判は2年ちょっと経過して近々判決が下される

先日、ジムでよく会う話しやすい人に
「もうじき裁判の判決が出る」と伝えたところ
「何の裁判?」の答えが返ってきた

そこで、ざっくりと内容と経過を伝えたところ、お叱りを受けた
「そんなに一生懸命やっていたって、誰も知っていないじゃん
 もっと、周知させなきゃダメだよ」(痛いところをつかれた)
「でもね、チラシは折り込めないし、、」
「それならポスティングするとか、努力しなきゃ」
確かに言われる通りだ、努力不足だったかもしれない

そこで反省して、今更ながら中学時代の友達にこれを伝えると
どんな感想を持つか聞きに行った
出てきたのは「何の裁判?」の言葉だった
彼は上にあげた新聞記事を見逃すタイプではないと思うが
見ていたとしても、忘れているようだった

この話はできる限り公平に正確に説明しようとすると時間がかかる
つまりは面倒くさい話だ
時々一対一で人に説明したことがあったが
聞いている人の表情は飽き飽きしていると思われることが少なくなかった
自分らはいろんなことを知っているが、それを一気に聞かされる方とすれば
頭が混乱しそうなのはわかる
それでも少しは関心を持ってもらえれば良いのだが現実は怒りさえ持ってもらえない

と言って何もしないでいても意味はないので、先の日曜日の午後行われたA議員の議会報告会で
「少し時間を割いて裁判の話をしてよいか?」
と聞いたところ了解を得たので、話をしてみた
報告会に来た人ので裁判の話を知っているのが2.3名
あとは初めて聞く人ばかりだ
(初めて聞く人はどんな感想を持つか興味があった)
話すことによって個人的にはストレス解消になったが
それが効果的だったかどうかはわからない
(でも多くの人が知るようになったことは大きいと思う)

このように、面倒くさいことに関心を持ってもらうのはとても難しい
自分たちの主張の正当性だけを訴えると、頭ごなし的なニュアンスがあるので
それを嫌う人もいるのは分からないでもない
だが、不自然な段取りによる理不尽な出費には自分は自然に怒りが湧き出てしまうが
この怒りはみんながみんな同じように持つわけではないことも歴然とした事実

先日の議会報告会での帰り道、以前議員さんだった方が
「◯◯さん、オンブズマンと名乗って行動したほうが良いよ」
とアドバイスがあった
少し考えたほうが良いかもしれない

コメント
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