パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

書かれたスピードで読めばいい

2016年02月29日 08時45分29秒 | 

エピローグまでで、324ページ
現在156ページめくったところ(読んだとはいえない)
ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」(3)
 

読み始めて数日になるが、ページが進まない
「去年の冬、きみと別れ」「生還者」は
それぞれほとんど1日で読み終わったが 
この本は、一回トライするごとに数ページしか進まない

なにしろ集中力と想像力を要する
字面を眺めているだけでは空虚な言葉が並ぶだけ
残念ながら歴史(ボルシェビキ・スターリンなどの)を知らないので
イマイチわからないところが続く
しかし、一旦気合を入れて読むと、これは恐ろしく重大なことが
書かれていると実感する

これは現在の日本人の何人かが心して読むべきと感じる

ところで、速く読めないことにイライラを感じないこともないが
ハンナ・アーレントはこの本を書き上げるのにどのくらいの時間をかけたのか
と考えると、読むスピードよりは明らかに遅いに違いない

そうか、書き上げたスピードで、その思考をしっかり味わいながら
読んでいけばいいのだ

半端じゃない集中力を要求するが、今は最後まで読めそうな気がしている
いや読まなきゃいけないかな
読めたら自己満足と自分を褒めてあげたりして、、、
 

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凄い!うらやましい!

2016年02月28日 08時10分46秒 | 徒然なるままに

重力波を予想するアインシュタインの頭のなかを
うらやましいと思ったが 、偶然、その数式を見つけた

と言っても、何がなんだかわからない

そういえば有名なe=mc2 も根本的な意味がわからない
(この式から原子力発電や原爆が導き出されるようだが) 

うらやましいなら何とか理解できるように頑張ればいいじゃないか
それは正論だが、それなりの頭と訓練が必要になる
正直、これは自分の限界を超えている

ということで、すごいなと感心することしかできない
人間の抽象能力とは凄いものだとつくづく感じる

ところで、ある種の人間はこれほどのことを考えつくのだから
別の分野の人は、その得意とする分野でやはりとんでもないことを
考えるんだろうとは想像がつく

バッハの音楽の捧げものとかフーガの技法では
テーマを後ろからと前からを一緒に演奏して
和音も 流れも違和感のないものにするとか
ブルックナーの8番の交響曲では最終楽章のおしまいのところで
今まで出てきたそれぞれの楽章のテーマをいっぺんに鳴らしてみるとか
それから、百人一首にしてもある種の並べ方をすると
とても論理的な並べ方になっておりある意図が現れるとか

確かに天才といわれる特別の人たちが作り出し
みんながみんな理解したり味わうことができないかもしれないが
つくづく人間とは凄いものだと感じることはできる


人の力は可能性に満ちている
しかし、限界もある
というか現時点では敢えて取り組まないことが
知恵と感じることがある
(原子力は本当に人間の力でコントロールできるのか
   自然現象を人は完璧に予想・コントロールできるのか)

人間は凄いけどバベルの塔を作りつつあるのではないか
ふと、そんなふうに思ってしまう

それにしてもアインシュタインのあの式から
重力波を予想でき、どのような現象が現れるかを考え
それを検知する方法を考えること
本当に凄い、そしてうらやましい

日曜日の朝、お得意のどうでもいいい話題でした 

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最近あれこれ思うこと

2016年02月27日 08時19分27秒 | あれこれ考えること

最近、実感として考える様になったことは
自治体や企業は補助金とか交付金があるから
その事業を計画し、実行する
と言う考え方が間違いではないかということ

補助金は文字通り、補って助けるお金
まず何かしたいことがあって、自らお金を準備して
それでも足りないから(国とかいろんな組織が)幾らか応援してくれるというもの 

まずやりたいこと、お金があろうがなかろうが
やりたいことがある
そしてそれはどうしてもやらなければならない

しかし最近の自分が目にした計画を見ると
それがうまく機能していない
まずは何かを目的とした補助金がある
この補助金の使いみちは限定されているが、使いようによっては
有利な制度
だからなにかこの補助金を使える案を考えよう 
そして無理やりこの補助金の制度に合致した計画を作り上げる

この場合、自分の負担率が高い場合はまだしも
大半を補助金で賄うことができるとなると
自分ところが消化しなければ他の団体が使ってしまうから
との考えが働き、計画されたものが適切であるかどうかは
どこか後方に行ってしまう

何がいいたいか?
愛知県の新城市の計画(既に実施されたものもあるが)
若者議会のPR能力向上のための勉強会などに800万円
新東名バスの運行のための費用6000万円(これはまだ承認されていないが)
そして庁舎の建設のための合併特例債

確かに便利で有利なのだが、それ有りきで物事を進めると
後々困ることになりそうなのは 想像がつく

話は変わって、たまたま気になる記事を見つけた
「公立病院の建設費がなぜ民間の2倍になるのか」
と題された JBpressの投稿

これがとても興味深い
自分が解説するより直接読んでもらいほうがいいので
以下にリンク先を挙げておきます
※クリックで別ページで開きます

「公立病院の建設費がなぜ民間の2倍になるのか」

 

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ピカソ展

2016年02月26日 20時01分34秒 | 徒然なるままに

先日 愛知県美術館で開催中のピカソ展に出かけた
(バレンボイムのブルックナーの演奏会の日)

絵画やピカソが特別好きなわけでも関心があるわけでもないが
有名なので、覗いてみるだけ
気にいったのがあればラッキーくらいな気持ちだった

びっくりしたのは
子供の頃のデッサンが凄い
半端ない旨さ
でも一番記憶に残っているのは絵ではなくて
ピカソの子供の頃の写真
目がやたらとパッチリして賢そうというか、常人とどこか違う

ちょっと待てよ、誰かに似てるぞ
思い起こすと、モーツァルトの子供の頃の絵だ
モーツァルトも目が大きくて何を見ているのだろうか
と思わせる

天才は目の力が違う
単純にそんな風に感じる

ピカソは大人から子供になった
とか言われるようだけど
落書きみたいな絵でも何かピンと張り詰めた
何かが、見る者の緊張を要求する

支払った料金分楽しめたかどうかはわからない
多分楽しむには少しの訓練や 勉強が必要なんだろう

チケットはおまけで常設展が見られるようになっていた 
そこには、何故か無条件に好きな落書きみたいな絵があった
ミロの絵だ
この人、同じ落書きみたいでも緊張感を要求しない 
ほんと、子供みたいでホッとする

行くことはないと思うけど、バルセロナに行けたら
ガウディがメインではなくてミロ美術館に行ってみたいな 

 

 

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お茶の水博士はアトムをつくったか

2016年02月25日 09時01分49秒 | 徒然なるままに

手塚治虫の人気マンガ「鉄腕アトム」
このアトムの製作者は天馬博士だが、なんとなくお茶の水博士が
つくった印象を持っている

でもこのつくったと言う行為を振り返ってみると
ロボットはあまりにも多岐の技術の総合なので
いったい天馬博士はどの部分をつくったとしたのだろう

子供の頃は、天馬博士(お茶の水博士)が全部つくったと思っていた
しかし、今は、一人では何もできないことはわかっている
ロボット本体の計画、部品の収まり具合、デザイン?
大事なAI関連はそれこそ莫大な人の知恵が必要だし
そもそもパーツの製作自体もその元となる加工機械が必要で
この機械を作るにもとんでもなく多くの知恵を必要としている

iPhoneは誰がつくったか
ジョブズ?
大阪城は誰がつくったか
豊臣秀吉? 

でも本当のところは歴史上に名前も残らない技術者や職人がつくった
というのが本当のところ
商品としてのiPhoneを完成させたのはジョブズだし
大阪城をつくるように命令したのは豊臣秀吉だけれど
子どもたちのクイズみたいに、大阪城をつくったのは
大工さんたち!という方が正解なんじゃないか
と思ったりする

現在の生活、それは本当に多くの名前を知らない人たちのおかげ
なのだということを、つくづく感じる

いつもの、どうでもいい話でした
 

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「びっくりぽん」とは

2016年02月24日 20時13分47秒 | 徒然なるままに

最近、よく使われる「びっくりぽん」
なんとなくニュアンスはわかるが、それがどういう意味か
どうしてみんなが使うかわからなかった

調べてみるとNHKの連続テレビ小説「あさが来た」のヒロイン 
あさの口癖なのだそうだ
この評判の番組を見ていないから全然わからなかった

以前「じぇじぇじぇ」 が流行った時も何のことかわからなかった

ほんと自慢じゃないが、こうした流行語を知らないことに
今は少しも焦りも感じない
少しづつ偏屈になりつつあるのかもしれないけど
もうあれにもこれにも関心を持つということはしなくても
いいかなと思ったりする

今までは消化不良でもいろんなことを覚えたり
関心をもったりすべきと考えたが、今は関心を絞って
少しばかりオタクでもより深く知りたいと思うようになった

正直なところ、自分の関心はとても変
自分が大切にしている本などは、きっと誰も関心がないだろうな
と言っても気にしていないが、、、 

 

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男が好むブルックナー

2016年02月23日 18時09分03秒 | 音楽

中日新聞の夕刊にこんな記事が載っていた

大好きなブルックナーのこと
このブルックナーを好きなのは男が多いということについて松木武彦氏が書いている

これは巷でもよく言われることだし、現実に演奏会場でもその傾向は際立つらしい
でも何故か確信を持って、ここが問題なのだが、絶対に間違いなくブルックナーの音楽は
男にしかわからないと思ってしまう

と言っても、先日は女性指揮者のシモーネ・ヤングの初稿による8番の演奏が
気に入った、とここのブログでもアップしているのだから
少しばかり矛盾しているかも知れないが

それでちょっと考えてみると、ブルックナーの曲でも全部が全部男向きではなくて
先回も挙げたがピアノ曲の「思い出」とか「秋の夕べの静かな想い」などは
ロマンティックというか感傷的で女の人にも受けるかもしれないという気がする
現実にこの曲のCDを残しているのは 女性ピアニストの白神典子さん

でもこれらの曲の時代のブルックナーはブルックナーになっていない
本当の個性、彼らしさが出ていない
器用な、センスの有る、音楽的な才能のある若者(?)の曲になっている 
(ブルックナーにも若い時代があったのだ)

ゴッホがいろんな変遷の後ゴッホになったように
ブルックナーはブルックナーになったのはもっと後のこと
後期になるとどこか他人に理解してもらおうというような
気がなくなっているような気がする
それがために弟子たちがいろんなおせっかいをして師匠の音楽の
理解を促すために後から見れば結果的に 余計なことをしたみたいだが

しかし、正確な説明はどうもできない
ただ間違いなく男しかわからないだろうな!
と言う思いは消すことが出来ない 

大好きな8番の第3楽章 陶酔して恍惚となる瞬間のあるこの曲
はたして女の人がこれを美しいと思うかと考えると
(別にそんな想像はしなくても良いのだけれど)
なにか違うような気がしてならない

9番の神秘的な響きの深遠な世界も
女の人は 敢えて聴こうという気が起きないのではないか

突き詰めると、男にとってはとても大事なことだが
女にとってはどうでもいいどころか、関心のないものになっているのではないか

そういえば、これも思い込みなのだがベートーヴェンの32番のピアノソナタも
男向きの音楽のような気がする
後期のピアノソナタは全体的にその傾向があって、30番や31番は少しは
女の人も受け入れるかもしれないかもしれないが
32番の2楽章の世界はやっぱり男の世界のような印象を持ってしまう

でもこれも自ら否定するようにユーラ・ギュラーの演奏する32番が
ものすごいって言っているのだから、我ながら筋が通っていない

ブルックナーの音楽が男向きなのと同じように
ドストエフスキーの小説も男向きのような気がする
カラマーゾフの兄弟の大審問官なんて、
女のひとにはどうでも良いようなエピソードなのかもしれない

ところでクラシックの3Bというのは
バッハ・ベートーヴェンそれにもう一いて
その一人にブラームスを挙げる人と、ブルックナーを挙げる人がいるが
自分は圧倒的にブルックナー

田舎のおっちゃんみたいな容貌で、いつまでも自信無げで
でも結局は自分の世界を作り上げた音楽バカ
好きだな

ところで、東京の人はいいな!
バレンボイムのブルックナーチクルスで珍しい曲を聴けたのだから
自分も2番、5番、生で聴いてみたいな
いつか名古屋でやってくれないかな


 

 

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法律は、なんのためにあるのか?

2016年02月21日 07時52分30秒 | Weblog

法に則って、、、
法の上では、、、
幸か不幸か、最近やたらとこの手の言葉を
聞く事が多くなっている 

でもそこで感じることは、法は自分たちを何も守ってくれない
と言う思い

法の上では、何何してはいけないことになっている
ところがそれを破った場合には罰則があるかというと
罰則についての法律はない
だからなし崩しに法律は守られない状況が起きる
上の例は、最近体験した例

ある法律は数字を決めているとする
その数字が出現した理由はあるのだが、いつの間にか
数字が独り歩きして、いつの間にか
この数字さえクリアできればなんでも良いような
運用テクニックになってしまう
法律は面倒なので詳しいことは知らないから
言われたことを信じるしかないし多岐に渡っているので
余程の専門家しかわからない

はたしてそれで世の中が本当に回っていくのか
と思うが、今のところしょうがないのだろうか

人格者ぶる気はないけど、最近暗黙の了解みたいな
みんな当然すべきだよね!といった社会の規範が
緩んでいるような気がする

以前、知り合いの店で周年祭の時に
たこ焼き食べ放題、コーラ飲み放題とチラシに入れたら
客でない人が友達数人と連れ立ってコーラの栓を
ボコボコ空けてオーナーが閉口した光景を見たが 
飲み放題というイベントも常識ハズレなことをしない
といいう前提があってのこと
ちゃんと書いてなかったから悪いのか

なんだかな、
なんでこんなことになっているんだろう 

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重力波

2016年02月19日 21時24分43秒 | 徒然なるままに

うらやましいことがある
アインシュタインの一般相対性理論から予想され
先日初めて観測されたという重力波に関すること

何がうらやましいかといえば
なんで抽象的な数式から、重力波という現実のものが
あるはずと予想できたのかということ
これを想像できる頭がうらやましい

このノーベル賞を狙えそうな人たちの頭は
本当にいろんな仮説を立ち上げては思考実験したりして
ストレスも多いだろうが、実は面白くてたまらない!
のではと思ったりする

大学入試の試験を新聞で見たりすると
現役時代に自分もここまではいかなくても
結構面倒な問題を解いていたのか
と思うと、とても信じられない
ホント、今は駄目だな

今日は(今日も)どうで良い話でした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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読み終えることができるかもしれない(全体主義の起源3)

2016年02月18日 17時25分46秒 | 

無謀にも、とうとう買ってしまった

難解、字がびっちり詰まっている、値段が高い
でも手にしてしまった
順番通りではなく、これから読んでもいいと言われた(3)

先日までの一気読みのミステリーとは手応えが全然違う
ちょっとでも気を抜くと全然わからないことになっていく
しかし、緊張感や想像力が働いている間は(残念ながらほんの短い時間だが)
なんと凄い本だ
ということをつくづく感じる 
なんかワクワクする
この経験、何かに似てると思ったらドストエフスキーの
「カラマーゾフの兄弟」を思い出した 
あの濃厚な時間、集中を要求する世界に似ている

もしかしたら最後まで読めるかもしれない
今はそんな気がしている
でも時間がかかるだろうな、、

 

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