パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ドクターイエローは見たけれど

2025年01月22日 09時21分03秒 | 徒然なるままに

見ると幸運が訪れると言われるドクターイエローが役目を終える
確か、京都駅で写真を撮ったはず!と思い出してライブラリーから探してみると
これがあった(2017年 2月8日だった)

写真好きの知人は、走っているドクターイエローを撮影し
それを拡大したものを地区の文化祭に出品している
どうやって走るドクターイエローを撮影できるのか尋ねたところ
彼らは何らの方法で走る時間を知っているらしい
何でもその道に凝る人は情報通になるようだ

ところでこの日、自分は何をしに京都に出かけたのか?
と記憶をたどるため、その日に撮影した写真をパラパラを見てみると
訪れたのは伏見稲荷、東福寺、清水寺、そこから三年坂を通って石塀小路だった
修学旅行コースみたいだが東福寺が少しマニアックかもしれない
東福寺に行ったのは作庭家 重森三玲の庭を見たかったからで
東西南北にそれぞれ異なったテイストで作られており
2回目のその時は前に見たときよりもすんなりと良いな!と感じたのだった

「花より団子!」は確かに動かしがたい事実で京都での楽しみは食べ物もある
ただし、金額がのすものはあっさりパスで、にしん蕎麦とかお雑煮とか
その程度の金額で済むものしか手を出さない

この時は、今はもう無くなってしまった錦小路の「杵つき餅や」でいただいたのが
白味噌仕立てのお雑煮と安倍川餅のセット
お雑煮は鰹節の香りとか出汁が効いていてとても美味しかった
でもひとつだけでな満腹にならないので、安倍川餅のセットにした

昔はよく歩いたものだと、今は思う(この時以上に歩くことが多かった)
最近は京都に出かけても、1.2箇所いけばそれで充分となっている
その代わり知識が増えた分、一つ一つを楽しむことができるようになっている

昨年は「光る君へ」で京都の年だったが、一度も行かなかった
今年は行けるようになるかな(気分的にも)

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おもしろ英語(?)

2025年01月08日 09時17分43秒 | 徒然なるままに

最近のJpopは英語表記のものが多い
流行に疎い自分は、その英語が曲名なのかグループ名なのか
迷うことも珍しくない
差別化を求めるなら英語一辺倒ではなく
時には漢字を使ったほうが目立ちそうな気がするが
試みる人は今のところいないようだ

都知事の小池さんはやたらとカタカナのフレーズを使いたがるが
同じ意味ならばむしろ漢字とか、わかりやすい日本語を使ったほうが
知的に見えるような気もする
でもこの批判(?)は清少納言が漢文の素養があると自慢気味だったところを
紫式部がちょいと批判的に日記に残した感情と似ているのかもしれない

ところで自分らの英語の授業は中学一年からだった
その頃、話題になったお遊びはこんなものだった
まずはハムレットのなかの有名なセリフを示す
「To be, or not to be, that is the question」
この意味を尋ねたあと、次の文章の意味を尋ねる
「To be to be ten made to be」
「生きること、十であることは生きることを作った」
これではほとんど意味をなさない
答えは「飛べ 飛べ 天まで飛べ」をローマ字で書いただけだったのだ
なーんだ、と上手く騙されたことを思い出した

そう言えば嘘か本当かわからないが、面白い表現にこんなのがあった
「Nature calls me」
直訳は自然が呼んでいるだが意味はわからない
自慢げにわかっている人が解説する
これは「おしっこに行きたいという意味の英語表現なんだよ」
「そうかな?」と思いながらも壮大なものが自分を呼んでいる
というのは、なかなか印象的で今も覚えている

今日は1月8日 
こうしたのどかな話題で一年が推移すれば良いのだが
どことなく世界は混乱の度を増しているかのよう
願うことは一つ「良い年でありますように!」




 

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想像力

2024年12月19日 10時15分10秒 | 徒然なるままに

FBの「光る君へ」グループに参加している
と言っても、見るだけになっているが、それでも十分面白い
メンバーは女性が多いようなので投稿には男には気づきにくいところもある

深読みした(想像した)感想を述べる人もいれば、歴史を解説してくれる人もいる
知らない人同士がこうした交流を持てるのも凄いものだ

ところで、このグループのお陰で「そうだったのか」
とスッキリしたことがあった
それは矢部さんが演じた乙丸の最終回のこと
彼は旅に出るまひろに同行すると訴えたが
彼には太宰府に出向いた時、口紅を手に入れてそれを贈った
愛しい女性がいたはずだ
彼女を残したまま、まひろについていくのは変だな
感じたのだったが、旅に出るシーンの前に乙丸は
仏像を掘っているシーンがあった
それは愛しい女性は亡くなてしまったことを暗示している
シーンだったのだ(この指摘がグループであった)
だから彼はまひろに同行することができたのだ

大したことではないが、こうしたドラマの理解は
知ることだけでなかなか面白い

もう一つ最終回で気に入ったシーンは
まひろの弟をすごく可愛がって育てたいとさん(信川清順)が
年齢を重ねて少しボケてきて、白髪も増えてきて「姫様、若様はどちらに」
と、もうこの世にはいない惟規の仕事の時間が迫ってきていること
が気になって聞いた時のこと
年齢のなせる技をこのように表現する方法があったのか
と感心すると同時に、このときにの家族の気配りがとても良かった
まひろは「そこよ」と父為時を指差し
為時は「今日は休みなのだ」と答える
この柔らかな娘と父の応対はとてもハートウォーミングなものだった

物語を筋だけで追うのではなく、想像力を駆使して自分なりに理解する
それでこそ物語の真の楽しみ方ではないだろうか
想像力こそが人を人としてあらしめる重要なポイントだ
と思えてならない

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音楽で大事なのはメロディ?事業家はそもそも目立ちたがりや?

2024年12月09日 09時42分29秒 | 徒然なるままに

心にうつりゆくよしなしごと、、など

昨日、とても安価で音楽を楽しむことのできる新城吹奏楽団
99回目の定期演奏会が文化会館で開催された
3部構成で、真ん中には小学校の頃、器楽合奏で演奏したスケーターズワルツがあった
自分はアコーディオン担当で、いろんな楽器が参加してきて生じる和音の
ふわっとした感じがとても気持ちよかったのを覚えている

次に演奏されたのはクラシックの音楽が散りばめられたフックト・オン・クラシックス
一曲の中にクラシックの音楽、その題名を尋ねるという試みがなされた

20の中16曲ぐらいはわかった
挙手したマイクが回ってきて、解答して正解だったので
お菓子と次回演奏会の優待券が入った袋をもらえた
(これで元はとった)

ところでその演奏を聞いていて浮かんだの以下のこと
音楽はメロディー、リズム、和音(和声)が三要素とされるが
その中でメロディは際立って大切だな、、と実感した
散りばめられた名曲は、それぞれ際立ったメロディだ
極端に言えばメロディーこそが音楽才能の発揮場所ではないか
と思ったりした

日本の有名な作曲家、武満徹は自身はメロディメーカーとして才能は
ないと思い込んでいたそうだ
確かに彼の作品は記憶に残るメロディはない
その代わり武満トーンと言われる厳しい寂しい音色は心に訴える

話は変わって、最近のポップス音楽
音楽自体よりもダンス等の演出がメインで、曲自体というかメロディは
ちょいと無理筋のモノが多いと思えてしまう
歌の部分だけ取り上げて聴くとその歌はちょいと幼稚な感じがしてしまう

伝説のバンド、ビートルズが今も尚輝きを保っているのは
おそらくメロディメーカーとしての作曲能力が抜群だったからと思われる
どんな駄作でもどこか音楽的なポール・マッカートニーの作品
どこか心の自然な発露と思えるジョン・レノンの作品
それらは武満徹やバーンスタインもその点での彼らの才能を認めている

アカペラで歌われた時、一本の旋律の持つ力がよくわかる
古い曲でも「影を慕いて」などは、メロディに込められた複雑な感情は
感じとれる
だが今の歌は、、、、

なんだかなあ、音楽そのものが大事にされていないようで
いつも不満を覚えてしまう(年寄りの戯言か?)

もう一つ、心に浮かんだのは自己承認欲求の大き過ぎた
とされた折田楓さんのこと
兵庫県知事線でSNS部門を任されたと自身のNoteに書いて
それが盛ったとか、目立ちたがりやとの声があがっているが
事業を起こすとか物事を進めていく人物というのは
多少そうした傾向があるのではないか
(余所者、若者、馬鹿者に通じるかも)

例えばバンドでは目立ちたい人物はボーカルで、
その人がいろいろ引っ張っていくということはある
そしてそのパワーに大衆は惹かれていくことがあるように

彼女の提案した仕事
種まき、育成、収穫と分けて、それぞれの時期に行うことを設定する
スローガンを決めて、それに基づいて行う
これらはそれなりの頭と経験の持ち主の仕事だと思われる
そしてそれだからこそ、誇りたいと言う気持ちが芽生えたのではないか
ましてSNSで有効だったのは立花氏のYoutubeとされつつあったから
それに対抗してそうではないと言いたい気持ちはわからないではない

それにしても世界は分断化されているようだ
アメリカも韓国も、そして兵庫県民も、、
それらには共通の原因があるのだろうか
SNSがそれだと言われがちだが、それば伝わり方も問題で
もっと根本的な何かがあると思えて仕方ないのだが


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「やはり!」と「意外だ!」

2024年12月01日 09時16分07秒 | 徒然なるままに

なんとなく思っていることが「やはり!」となることも
その反対で「意外だ!」となることもある

「やはり!」ではスマホ、タブレット等で読んだものは頭に残りにくい
紙のほうが記憶に残るという実感
これは紙の辞書で調べたのと検索で調べたものの記憶の定着度を
ある試験で調べてみると、圧倒的に紙のほうが良かったという結果で
証明されている

反対に「意外だ!」というのには若者の読書時間だ
今の子どもは本を読む時間は少なくなっているだろう
と想像したが、豈図らんや、徐々に伸びているとのこと
どうやら小学校でよく行われている授業前の黙読タイムで
本を読むことに慣れてきたからと分析がなされている

少し前、若者の中で海外旅行に積極的に出かけるのは「日本では女の子」
と想像して、知人にもこの話をしたら同じような印象を持つと返事が来た
とりあえず「やはり!」と思ったのだが、実はこれは「日本人は」
ではないのかもしれない
というのは、新城の高校生がニューキャッスルアライアンス事業で
モンテネグロに出かけて現地の家庭に泊まり交流を深めるということがあったが
その後で今度はモンテネグロの若い子たちが新城にホームステイして
交流を深めるということがあった
この時、参加者10名の中、8人は女性、2名が男性だったとのこと

若い女の子が好奇心を持ってどこでも出かけてみる!
というのは日本だけでなく、海外でもそうなのかもしれない
だから安直に「日本ではやはり!」と決めつけるのは早計すぎるようだ
(国民性より男女差のほうが大きいのだろうか)

ところで海外旅行は男女差だけでなく、最近は以前と比べて出かけようとする意欲が
減退しているらしい(昨日のテレビ番組 池上解説でやっていた)
そこに少し不安を感じてしまう(なんだか覇気がないみたいで)

それにしても、いろんな面で思い込みによる独断を自ら修正するのは
なかなか難しいようだ(さて、いろんな面と想像したものは何か?)





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本棚を眺めてはニンマリしたりする

2024年11月16日 08時55分39秒 | 徒然なるままに

地図を開いて、登った山のコースをたどりながらニンマリするのは
自分だけでなく、他の人もそうなのではないだろうか
よく歩いたなあとか、こんな山よく登ったなあとか

例えば上高地から横尾を過ぎて槍沢へ、そこから槍ヶ岳へ
槍ヶ岳から西鎌尾根を下って双六岳をやり過ごして鏡平
そこから穂高温泉まで歩くコースは結構距離がある
今なら再度トライしようとする気にすらなれないだけに
昔はよくやったものだ、、と幾度も感慨にふける

本棚に並んだ分厚い読んだ本を眺めてニンマリするのは
これと似た感情かもしれない
消化不良であったとしても読んでいる最中はどこか興奮気味で
その時を十分に楽しんだ(苦しんだ)記憶は
どこか山との対峙と似ている(と思う)

困難な山ほど、昔はよくやったものだと思うと同様に
読んだ記憶のある難しそうな本を眺めると
よく読んだな、、と思う

山も本も、年令による気力・体力の低下でトライすれば
再度できるかもしれないことを、今はやってみようとする気になれないでいる
だからこそ、眺めてニンマリするしかない

眺めてニンマリするだけでは情けないが
ニンマリするもののない人よりは良いかな(と思うことにしている)

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目覚めてから眠れない理由

2024年10月31日 09時20分26秒 | 徒然なるままに

昔のように爆睡はできない
一眠りして目が覚めて、仕方なくトイレにいく
それが自分に限らずこの年齢のパターンだと思うが、問題はその後のこと
すぐに眠れれば良いのだが、なかなか眠るわけにはいかない

ある時、ジムで知り合った屈託のないおばさん(年上)と睡眠の話になった
彼女は夜あまり眠れないので医者から処方された薬を飲んでいるそうだ
でも、それが効かない時があって、一眠りしたあと寝付けないという
ところが眠れない理由を聞いてちょっと笑ってしまった

「フランダンスの動作の順番を、どうだったかなと考えていたら、目が冴えてしまった」
彼女はフラダンスの教室に通っていて、年に一度位は発表会があるそうだ
間近に控えた発表会のダンスのことを考えていて、頭の中で復習していたら
気になって眠れなくなってしまったというのだ
そんなことで眠れないなんて、、考えなきゃ良いのに、、と思い
笑いながら同居人に伝えたら、やはり笑っていた

しかし、これは笑えることではないかもしれないと思い立った
自分は夜中に目が覚めた時、惰性のようにあることを考える
それは今直面しているボケ防止のこの作業(ブログ)のこと
どのネタにしようか?
冒頭の文はどうしようか?
ネタは自分よがりになっていないか?
流れに一貫性とか論理性はあるのか?
そんなことを考えていたら段々目が冴えてきてしまった

フト、これって、おばさんのフランダンスの順番を考えて
眠れないのと同じじゃないかと気がついたのだ

人様には全く関係のないことをあれこれ考えて眠れなくなる
人って、そんなものなんだな、、おもしろい生き物だな
生きているということは、いろいろ考えたり感じたりすることだな、、
そんなことを改めて思う

さて色々考えた末の今日の出来は、、、
(イマイチだな)



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身内の作った和歌

2024年10月07日 17時09分32秒 | 徒然なるままに

人(ひと)の親(おや)の心(こころ)は闇(やみ)にあらねども
子(こ)を思(おも)ふ道(みち)に惑(まど)ひぬるかな

現在読んでいる最中の「香子 紫式部物語」帚木蓬生著には、この和歌が度々でてくる
内容は現代語にしなくても何となく分かるし、共感を覚える
でもあまりにもよく出てくるので、ググってみたらこの作者は紫式部の曽祖父の藤原兼輔だった
検索先には、この歌に由来する表現(いわゆる「引き歌」)が、実に26回も登場しているとあった

和歌も知った人とか、その関係者が作ったものだとわかると、何となく興味が湧く
その視点で探していたら、「光る君へ」では、バランス感覚の悪い困った人物である
藤原伊周の息子の歌が百人一首にあることがわかった

今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで 言ふよしもがな

63番目の歌がそれで、意味は
今となっては、あなたへの想いをあきらめてしまおう、ということだけを、
人づてにではなく(あなたに直接逢って)言う方法があってほしいものだ。
(長岡京 小倉山荘 公式ブランドサイトから)

この人、親父さんと同じような人だったらしく
幼い頃に父親が失脚、さらに24~5歳の頃にこの歌に描かれた恋愛事件によって三条院の怒りを買い、
生涯不遇でした。従三位左京太夫となりましたが、『小右記』によれば、
法師隆範を使って花山院女王を殺させたり、敦明親王雑色長を凌辱したりと乱行の噂が絶えなかったようで
「悪三位」の呼称があります。
と、長岡京 小倉山荘 公式ブランドサイトの説明にある

あの親にして、この子ども!遺伝には逆らえないな、とも感じてしまう

ところで、「光る君へ」では33帖まで書き上げたことになったいた源氏物語
その先は「若菜」では光源氏がしっぺ返しを食らうような大変なストーリーになっていく

それからもっと後では、光源氏のDNAを持った若者と頭中将のDNAを持った若者の
性格の違い、思い切りの違いが際立つようになっている(浮舟に対する行動において)
あの時代に遺伝などという考え方があったかどうかは知らないが
それを書ききった紫式部はやはり凄いと思う



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モーツァルトとクレヨンしんちゃん

2024年09月27日 08時44分48秒 | 徒然なるままに

覚えているのは、おかしなことばかりというのはよくあることだ
先日の中村哲さんのイベント「医師中村哲の仕事・働くということ」の上映会のあとの
カメラマンとジャーナリストの対談で覚えている変なことは、こんなこと

中村哲さんが馬に乗って地域の診療に出かけたときイヤホンをつけていた
聴いていたのはモーツァルトの音楽だった!と対談の一人が口にした
たったそれだけで、対談全体に意味あることとは思えなかったが
自分は一気に中村哲さんにシンパシーを覚えた
彼もモーツァルトを聴いたときに感じるあの感覚を楽しんでいるのか?
と、どこか仲間のような気がしたのだった

もう一つ覚えている変なことは、対談者のカメラマンが中村哲さんの
部屋に出かけた際に見かけた本棚のこと
医学書、土木関係の本は必要な類で想像がつくが、その他に
「クレヨンしんちゃん」の漫画が10冊くらい並んでいたというのだ

クレヨンしんちゃんは馴染みがなくて共にする感覚を覚えることができなかったが
漫画を楽しむという感覚はわかる
北杜夫も漫画をずっと読んでいたようだったし
自分もいい歳になっても立ち読みで少年漫画を見ていた

人には当たり前だがいろんな側面がある
そういう側面がたくさんある人のほうが、面白いように感じてしまう
人への理解は、実はそうした些細なことから始まるのかもしれない

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「古典の日」と「葵の上」を連想した

2024年09月23日 09時29分20秒 | 徒然なるままに

「そういえば、このあたりに若紫の姫君はいらっしゃるのでは?」
と藤原公任が紫式部に語りかけたことが
寛弘5年11月1日の紫式部日記に書かれている
この記述が源氏物語が読まれていることを示す歴史上最初の記録で
それにちなんで、この日を「古典の日」となったようだ

このセリフは昨日の「光る君へ」で使われていた
脚本家は、この有名なセリフを使うチャンスを虎視眈々と狙っていたに違いない
ついに出たか!が第一印象だった

脚本家はドラマにいろんな仕掛けを入れ込んでいる
ここでそう来たか、、と、解読しながらドラマを見るのは
源氏物語をとりあえず読んだことのある人は、より楽しめるに違いない

昨日、そう来たかと感じたもう一つは、彰子の出産シーンで
安産を願う多くの僧侶の読経のなか、生霊が乗り移ったと思われる
女が奇声を発し、狂ったような行動をしていた
別の場所では藤原伊周が呪詛を執念深く行っていた場面

源氏物語の出産のときの生霊のエピソードと言えば
葵の上が光源氏の息子を生む時のそれがまず頭に浮かぶ
六条の御息所が賀茂祭の車争いの屈辱と葵の上の出産を恨んで生霊となって
葵の上を苦しめるシーンで、シチュエーションはそっくりだ
物語では葵の上は子ども(夕霧)を産んで死んでしまう

このシーンは昔も印象に残るものだったようで、能の「葵の上」は
生霊が登場し、横川の祈祷師と戦うストーリーとなっている
能では子どもを産む葵の上は舞台に登場せず
そのかわりに葵の上を想像させる衣装が舞台に置かれているだけだ
生霊は祈祷師に負けて最後は引っ込んでいくが、源氏物語は予定調和では終わらない

ドラマであのように生霊を可視化したのは
源氏物語を読んだことのある人へのサービス精神の現れではないか!と思う
つまりは、あのシーンはほとんどの人が葵の上のエピソードを連想する
それを楽しんでください、、とのメッセージだ

ところで新城市は江戸時代から能が庶民の間でも演じられ
少し前には「薪能」が文化会館で行われた
能の演目は今年の大河ドラマに合わせて「葵の上」だった

それにしても、思いのほか興味深い今年の大河ドラマ
昨日、久しぶりにお茶した彼は
「平安時代のことなのに、こんなにハマるとは思わなかった」
と「光る君へ」を評価していた
視聴率はどうか知らないが、少なくとも自分は高評価している


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