明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



長く続けてきてペース配分には自信があったのだか、よる年波か着地点がずれる。昨日できてたはずが明後日になったりする。北斎の画室に使おうと考えていた施設がコロナで閉館、大ネタと考えていた作品が一つ消えた。これで余裕ができてしまった。こんなことは初めてだ、と思っていたら搬入の前日から徹夜である。休憩するつもりが目をつぶっていた。明らかに私の一部が私を裏切り熟睡しようとしていた。塗り残しも散見する。 それはともかく会場で作品を眺めると、新作が一番だな、と思えるのは何よりである。ただ目が慣れていないので新鮮に見えてる可能性はなくはないが。最初期の陶製の黒人人形の持つギターは勿論、弦は張っていないし、サウンドホールさえない有様で、それでも40年近く変化を続けてきたが、こんなに時間がかかると知っていたらやる訳がない。続けて来られたのは、新作が一番いいと思い込めたせいだろう。昨日より今日が良い、世界がどうあろうと、目の前のものが昨日より良いと思い込めたことが何よりであった。おかげで続けられた。初期の黒人シリーズが良かった、合成などせず、手持ちで撮影していた作家シリーズが良かった、という意見もいただくが、作者とすれば最新作が一番と思えなくなったらお終いである。そういう意味でいえば、様々ご意見はあろうが、只今ふげん社には、毛細血管が匍匐前進するよう変化してきた、私の人生上の最突端が展示されているはずである。会期はさらに延長の予定である。









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