明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



高僧の肖像画(頂相)を残すのが禅宗でも臨済宗の特徴であることを知らず、印象的な肖像を見てはこれも臨済宗か、と縁だと勘違いしていたことは何度も書いたが、中国から伝わった迫真の表現は感銘深いものがある。最新の蘭渓道隆は七百数十年前の人物で、重文の木像と国宝の肖像画が残されているが、顔が大分違う。さらに木像のエックス線像により、下に潜む表情も一味違う。 私は宗代の中国より本人が携えて来たといわれている斜め45度の肖像画が、より実像に近いと判断。立体化により、おそらくこんな顔だった、という誰も見たことのない蘭渓道隆師の正面の顔を私は見ていることになる。当然、鎌倉五山第一位、初の禅寺である『建長寺』のホームページに載る開山蘭渓道隆師の木像とは違う。 かつて松尾芭蕉の門弟達が師の肖像画を残しているのにかかわらす無視され、いい加減な老人像が乱造されているのを呪いながら門弟の残した物だけを参考に作った。それも画力の違いを考慮し、パーツを取捨選択した。そんなことを続けていると、参考資料としての写真には、残念ながら画質不足?を感じてしまう。写真で散々やってきたおかげで、陰影がなく、ディテールのないはずの画像を立体視出来るようになっだ。結果、写真の立体化は味気も醍醐味も感じられなくなってしまった。〝考えるな感じろ”で行けば、行くべき道が矢印付きで見える。



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