明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



達磨大師、慧可断臂図で第ニ祖慧可禅師は作ったが、創作によるので別にすると、頭部だけを含め、臨済義玄、蘭渓道隆、無学祖元、一休宗純。まさか一休より古い方が増えるとは思わなかったが。こう並べてみると、坐禅を一度もしたことないのに、と改めて思ってしまうが、立派な人間を作るのが、必ずしも立派な人間ではない訳である。 鎌倉五山の『建長寺』の開山、蘭渓道隆師は、建長寺のホームページのトップに載っている木像ではなく肖像画を立体化したが、肖像画は御多分に洩れず斜め45度向いているので、七百数十年の間に、立体化を試みた人がいなかったとすれば、こんな感じだったろう、という珍しい物を見ていることになる。 建長寺は創建時、つまり蘭渓道隆開山当時の建造物は災害その他で残っていない。残っているのは国宝である鐘とお手植えとされる天然記念物の柏槇(ビャクシン)の巨樹だけである。鐘も良いけれど、七百数十年育ったビャクシンを背景に立たせたい、と考えている。このぐらいのモチーフになると、誰も当時を知らな過ぎて、過去の再現ではむしろつまらない。現在のビャクシンの樹の前に立つ肖像画バージョンの蘭渓道隆師。これが最初に私の頭に浮かんだイメージであり、養老孟司氏のいう〝人間は浮かんだ物を作るように出来ている”という仕組みに、今回も従ったことになる。

蘭渓道隆

 



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