明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



AIが写真のコンテストでグランプリを取ったが、意外だが、思ったより危機感はないようである。 先日も書いたが、ちょっとした好奇心で、どれだけ実写に見えるか一度やってみよう、と古今亭志ん生が火焔太鼓を配達途中で飲んでしまった甚平さんに見立てた。ところが見る人はキョトンとして〝この人は私が作った、と言い張っているが、この写真の一体どこの何を作ったというのか?”という顔である。このままでは禿げた爺さんを連れて来てデカい太鼓を担がせて、ただ撮った人になってしまう。このぐらいの人形を作って、こうした、ということになる。実に野暮臭いことである。それで満足した。 これからの写真家は、これはAIでなく、私が撮ったんです。とあの時の私のようなハメに陥らないだろうか? 私はまことを写すという意味の写真に抗い続け、外側にレンズを向けず、眉間に当てる念写が理想とも言い続け、光と影の芸術と言われる写真から陰影を取り除き、すでに写真的リアルからは足を洗っている。



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