安倍晋三は9月20日(2013年)、首相官邸で開催の政府と経済界、労働界三者出席の第1回「政労使会議」で次の3点の指摘を受けて、最後に纏めの発言している。
先ず3点の指摘。
「我が国企業が厳しいグローバル競争の下で勝ち抜くための環境を整備することの重要性」
「企業の収益拡大が、時間を置かずに賃金の上昇や雇用の拡大につながることの重要性 」
「非正規雇用や女性をはじめとする多様な働き方の重要性」
安倍晋三「本日は、大変お忙しい中ご出席をいただき、また貴重なご意見をいただいたことに感謝を申し上げたいと思います。
次元の異なる経済政策によって、経済がマイナスからプラスに反転する動きが出ております。デフレ脱却、また経済のダイナミズムを取り戻す方向に向かっているのは事実であります。この動きを、企業収益、そして賃金・雇用の拡大を伴う経済の好循環につなげられるかどうか、ここがまさに勝負どころなんだろうと思います。
(中略)
政府としても、好循環実現に向けて思い切った対応を検討してまいります。産業界、労働界の皆様におかれてもぜひ大胆に取り組んでいただきますようよろしくお願いを申し上げます」――
目指すは「企業収益・賃金上昇・雇用の拡大の好循環」であり、アベノミクスの核心、成否のカギだから、産業界、労働界はぜひ応えて貰いたいと言っている。
安倍晋三と甘利経済再生担当相等々が狙っている法人税の実効税率引き下げにしても、企業基礎体力強化→企業収益→賃金上昇→雇用拡大の好循環のレールに乗せる目的からだという。
安倍晋三が実体経済が動かないうちから産業界に賃上げ要請を行ったのは賃金が下降傾向にある中でアベノミクス効果による円安によって輸入生活物資が値上がりし始めて、一般消費者の生活を圧迫するのは目に見えて明らかになってきたからだろう。
2013年2月1日の参議院本会議代表質問で市田共産党書記局長と安倍晋三との遣り取りがこのことを証明している。
市田共産党書記局長「政府としての賃上げ目標を掲げ、中小企業への手立てを講じるなどして、最低賃金の大幅アップなどを実行すべきだ」
安倍晋三「経済の再生を通じて雇用や所得の拡大に全力で取り組んでいる。賃金などの労働条件は各企業の労使関係で決定されるものだが、成長戦略で企業の収益を向上させ、雇用の拡大や賃金の上昇をもたらす好循環を生み出していく」(NHK NEWS WEB)
2月1日の時点では、「賃金などの労働条件は各企業の労使関係で決定される」と従来からの賃金決定方式を主張し、政府介入を否定する文脈で、賃金上昇をアベノミクスによる好循環に託している。
いわばアベノミクスが実体経済を動かし、実体経済が賃金上昇を促していくというルートを選択していたのである。
ところが、舌の根が乾かないうちにと言うか、4日後の2月5日(2013年)になって、政府は経済財政諮問会議を開き、安倍晋三は出席の経済界民間議員に対して賃上げ要請をしている。
安倍晋三「業績が改善している企業には、報酬の引き上げを通じて所得の増加につなげるようお願いする」(毎日jp)
「業績が改善している」と言っても、大胆な金融緩和策による円安と株高を受けた資産向上であって、実体経済が企業収益に資する目に見える形で実質的に動き出していたわけではない。
2013年2月の時点でガソリンは11週連続して値上がりし、政府買い付けの小麦粉の製粉会社への売り渡し価格も4月から10%程度値上がりする予定となっていたし、輸入エネルギーの値上げによる光熱費の高騰も囁かれ始めるといった生活状況の中で、2014年の消費税増税を控えて、消費者が生活の不安を訴え出したことと、小泉内閣とそれを引き継いだ安倍第1次内閣で「戦後最長景気」を迎えて各企業は軒並み戦後最高益の恩恵を受けていながら、企業利益を賃金アップという形で再分配することを怠ったために個人消費は伸びず、格差拡大という果実のみを成果としたことの批判を受け始めたことが、実体経済が動くまで待てずに政府介入の賃上げ要請ということになったはずだ。
特に2014年4月の消費税増税を控えて、その影響による個人消費の冷え込みを緩和するには何よりも賃金上昇が条件となることから、実体経済が動くまで賃金上昇を待っていたなら、逆にアベノミクスを阻害しかねない恐れを抱くようになったといった事情も抱えていたに違いない。
安倍晋三は2月5日の経済財政諮問会議開催から7日後の2月12日、経済同友会・経団連・日本商工会議所の経済3団体のトップとの「意見交換会」で自身もそうすべきだとしていた従来からの賃金決定方式を捨てて、直接賃上げ要請を行うに至っている。
安倍晋三「業績が改善している企業は報酬の引き上げなどの取り組みをして頂きたい」
「意見交換会」終了後、記者たちに。
米倉経団連会長「業績が良くなれば一時金や賞与に反映される」(47NEWS)
米倉会長は実体経済が動くことを条件とすることを表明、政府要請を条件としない立場を示しているが、ベースアップといった恒久的な賃上げではなく、「一時金や賞与」という限定的形式の賃金上昇としている。
このこと自体が既に安倍晋三のアベノミクスが謳う好循環が経済界にとって業績回復への賭けの確信的根拠となり得ていないということを意味しているはずだ。
安倍晋三や甘利はその後も折に触れて経済界に賃上げ要請を行っているが、経済界は芳しい反応を見せていない。安倍晋三側から言うと、アベノミクスという偉大な政策を糧に経済界に対して企業業績回復への賭けの確信的根拠を与えるに至っていないということになる。
このことは各関係機関が企業調査を通して賃上げの条件を尋ねているが、殆どが実体経済の動向を条件としていることに現れている。
もし確信的根拠となり得ていたなら、実体経済が動くのを待たずに先ず賃金を上げて、賃金上昇を誘因として個人消費を伸ばすことを策し、個人消費がモノの売れ行きを改善・促進して企業業績を回復させていく、賃金上昇を出発点とした後発的時間差の循環への賭けに出るはずだ。
最新の企業調査の一つを見てみる。《ロイター企業調査:消費増税時の賃上げは業績次第、ベア回避8割超》(ロイター/2013年 09月 20日 07:09)
ロイター短観と同時に同じ対象企業に実施したロイター企業調査である。調査期間(8月30日~9月13日)調査対象400社。回答社数260社程度。
「2014年4月消費税3%増税に対応して賃金引き上げを検討している企業」
「賃金引き上げ検討」――13%
「現状維持」――48%
「業績回復次第」――37%
貴社の賃金交渉に於ける基本的な考え方は次のどれですか」(1つだけ)――(250社回答)
「消費税分はベア引き上げ、それ以外はボーナス等対応」――8%
「なるべく多くの部分をベア引き上げで対応」――8%
「ボーナスなど一時金」60%
「賃上げは全く念頭にない」――24%
安倍晋三が法人税の実効税率引き下げだ、設備投資減税だと企業に利益となる減税を打ち出していながら、回答250社のうち、「なるべく多くの部分をベア引き上げで対応」の8%、20社のみがアベノミクスを企業業績回復への賭けの確信的根拠としているに過ぎないということになる。
かくも信用されていない安倍晋三のアベノミクスとなっている。