まあ、アベノミクスであろうと何であろうと、安倍晋三の経済政策がトリクルダウン式利益配分を構造としていることは既に誰かが言っているだろうし、私自身も2006年5月2日の当ブログ記事――《小泉政治に見るトリクルダウン‐『ニッポン情報解読』by手代木恕之》で、安倍内閣は政治の舞台にまだ姿を表していなかったが、〈同じ穴のムジナに位置する小泉政治の後継者であったなら、格差は引き続いて拡大方向に向かうことになるだろうから〉と書いたとおりに安倍晋三は第1次内閣の経済政策ではトリクルダウン式利益配分の小泉政治の後継者であった。当然、小泉純一郎の格差拡大政治を受け継いでもいた。
トリクルダウン(trickle down)とはご承知のように「(水滴が)したたる, ぽたぽた落ちる」という意味で、上を税制やその他の政策で優遇、富ませることによって、その富の恩恵が下層に向かって滴り落ちていく利益再配分の形を取るが、上が富の恩恵をすべて吐き出すわけではないし、より下の階層も同じで、受けた恩恵を自らのところに少しでも多く滞留させようとする結果、各階層毎に先細りする形で順次滴り落ちていくことになり、最下層にとっては雀の涙程の富の恩恵――利益配分ということもある。
但し人間社会に於ける収入という利益獲得は否応もなしにトリクルダウン式利益配分の構造によって成り立っている。会社(=企業)が利益を上げ、その中から被雇用者に給与として利益配分する給与体系を基本としている以上、上がより多く手にし、下がより少なく手にするトリクルダウン式利益配分になるのは宿命と言うことができる。
当然、そこには経済格差が生じる。経済格差によって、社会は上層・中間層・下層という階層社会を形成することになる。このような階層構造そのものがトリクルダウン式利益配分そのものになっていることを象徴している。
経済格差は避けられない社会的構図だとしても、トリクルダウン式利益配分が偏り過ぎないように監視し、偏り過ぎた場合は是正するのが政治の役目であろう。
2008年9月のリーマンショック以前の02年2月から07年10月まで続いた「戦後最長景気」と重なった小泉時代(2001年4月26日~2006年9月26日)と第1次安倍時代(2006年9月26日~2007年9月26日)は大手企業が軒並み戦後最高益を得たが、利益の多くを内部留保にまわして一般労働者に賃金として目に見える形で還元せず、その結果個人消費が低迷、多くの国民に実感なき景気と受け止められるに至る、滴り落ちるどころか、水源(=大企業等の社会の上層)は満々とした水を湛えていたが、断水状態の最悪のトリクルダウン式利益配分の政治を実現させた。
結果が経済格差・収入格差・都市と地方の格差等々の格差拡大社会を政治の答とした。
この反省からだろう、安倍晋三は盛んに賃金の上昇を言うが、根のところでトリクルダウン式利益配分の経済政策を政治体質としていることは企業優先の政策を次々を打ち出していることからも証明できるはずである。
果たしてかつての偏り過ぎを是正できるかどうかにかかっている。
安倍晋三がこのたび打ち出した復興特別法人税の1年前倒し撤廃方針も、先ずは企業に足枷となっている法人税上乗せの「復興特別法人税」を取り外すことで企業という上を富ませて、その利益の恩恵を下層に向けて滴らせようとするトリクルダウン式利益配分を構造とした政策配慮であるはずだ。
このことは訪問先のニューヨークで9月24日夜(日本時間25日朝)記者団に語った発言そのものが証明している。
《首相 復興特別法人税撤廃の必要性強調》(NHK NEWS WEB/2013年9月25日 9時25分)
記事は、〈「復興特別法人税」を1年前倒しして撤廃する方針について、「国民に均等に恩恵が行き渡るという観点で捉えることが大事だ」と述べ、経済成長の好循環につなげるため撤廃が必要だと強調しました。〉と解説した上で、全体の発言を取り上げている。
安倍晋三「企業の活力を維持することによって、必ず賃金に反映され、消費の増大につながり、また企業の収益が増え、賃金に回っていく。こういう循環に入ることにより、広く国民に景気回復の恩恵が行き渡るようにすべきだ。その観点から法人税をどう考えるか考えるべきで、法人対個人ということでなく、国民全体の収入を上げるためにはどうしたらいいかを考える必要がある」――
解説では「国民に均等に恩恵が行き渡るという観点で」と発言したことになっているが、全体の発言では、「広く国民に景気回復の恩恵が行き渡るようにすべきだ。その観点から」となっていて、解説での「均等に」が抜けていて、その代わりに「広く」と発言したことになっている。
「均等に」と「広く」では大きな違いがある。既に書いたように人間社会に於ける収入という利益獲得が否応もなしにトリクルダウン式利益配分の構造によって成り立っている以上、「国民に均等に恩恵が行き渡る」ことは不可能だし、あり得ないことだからだ。
「均等に」は、全体に対する働きかけと結果の全体への波及を意味しなければならないが、「広く」は働きかけの結果は広い範囲を示すものの、決して全体を結果としない。
当然、前者は妥当性を欠くことになり、後者は妥当性を維持し得ることになる。
【均等】「二つ以上のものの間に、差が全くなく等しいこと。また、そのさま。平等」(『大辞林』三省堂)
差のない利益配分など存在しない。
他の記事ではどのように発言を取り上げているか調べてみた。《安倍首相、企業減税に意欲…NYで記者団に》(YOMIURI ONLINE/2013年9月25日(水)14時7分)
安倍晋三「広く国民全般に景気回復の利益が均てんしていく(平等に広がる)、その観点から法人税をどう考えるか。『法人』対『個人』でなく、国民全体の収入を上げるにはどうすればいいか、議論を冷静にしていく」――
安倍晋三が「均てん」などといった難しい言葉遣いをしないのに記事が使うはずはないから、安倍晋三自身が使った言葉であろう。
私自身も知らない言葉だから、辞書を調べてみた。
【均てん】=均霑「等しく利益に潤うこと」(『大辞林』三省堂)
「NHK NEWS WEB」記事は、「均てん」を理解しやすいように「均等」と意訳したのだろう。安倍晋三にしても一般人には耳慣れていないと思われる難しい言い回しをせずに、「均等」という分かりやすい言葉を使うべきだと思うが、そこは功名心が強くて、言葉でも有能な政治家だと思わせたいばっかりについつい難しい言葉を使うことになったに違いない。
だから、「地球儀を俯瞰するように戦略的外交」などといった、聞こえはいいが、訳の分からないことを言うことができる。実際にやっていることはただ単に取り立てて関係悪化を招いている利害不一致の課題を抱えていない国々を回ってタテマエ上の利害一致を謳った上で相互に可能な国益を交換し合うことを以って外交だとする、誰もができることをしているに過ぎない。
復興特別法人税1年前倒し撤廃方針に関わる安倍発言に戻るが、「均てん」と言おうが、「均等」と言おうが、社会のトリクルダウン式利益配分の現実に則さない、そのことを全く理解していない平等性を置いた発言は、当然、ウソを言っていることになる。
難しい言葉を使えば、立派なことを言っていることになるとは限らない。
復興特別法人税1年前倒し撤廃により「企業の活力を維持することによって、必ず賃金に反映され、消費の増大につながり、また企業の収益が増え、賃金に回っていく」と例の如くにアベノミクスの好循環を謳っているが、決して平等な利益配分の好循環ではなく、あるいは偏り過ぎを極力排除したトリクルダウン式利益配分の好循環ではないのは、安倍晋三が産業界に要請した賃上げ要請が、大企業が260兆円もの内部留保を掲げながら、基本給の引き上げではなく、より人件費の負担の少ないボーナス等の一時金で応えている状況が、それも多くない企業であることが証明している。
この大企業を筆頭とした以下の企業の内部留保志向はバブル崩壊やリーマン・ショック、ヨロッパの金融危機、その他を経験して、万が一突然襲ってくるかもしれない似たような経済災害・金融災害に対する備えやその他国際競争力維持等から発してある種のトラウマとなっているもので、備えに対する強迫性を内に含んでいるはずだ。
そうでなければ、一方で内部留保を増やし、その一方で人件費を抑制できる非正規社員の年々の増加といった状況は出てくるはずはない。貧しい若者の僅かな給与から削ってまでして、内部留保に回すことはしないはずだ。強迫性があってこそ、できる。
例え政府が従業員の給与やボーナスなどを5%以上増やした場合、増額分の10%をその事業年度の法人税額から差し引き軽減する「所得拡大促進税制」を来年4月からの消費税増税に備えて改正、「5%以上」を「3%以上」に緩和したとしても、あるいは1年前倒し撤廃して浮いた復興特別法人税を賃金に回す何らかの政策を講じたとしても、企業の内部留保志向は基本のところで変わるまい。
政府の企業優遇政策がどのようなものであっても、襲ってきた場合のバブル崩壊とかリーマン・ショック並みの経済災害・金融災害は優遇政策の効力を一瞬にして失わせるだろうからである。
安倍晋三はアベノミクスに於ける利益配分を「好循環」という表現でいいこと尽くめのように言っているが、資本主義社会に於いて、特にグローバル社会となった今日に於いて、「均てん」といった平等・均等な利益配分は存在しないし、アベノミクスが企業利益優先のトリクルダウン式利益配分を本質としている以上、安倍晋三の約束に反して「好循環」がいいこと尽くめでないことを覚悟しなければならない。
最悪、小泉・安倍第1次時代の再来となる、断水状態のトリクルダウン式利益配分とならない保証もない。