8月3日日曜日のフジテレビ「新報道2001」は「北朝鮮との拉致問題交渉の行方について」のコーナーを設けて、拉致問題の常連、東京基督教大学教授で、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」会長の西岡力や台湾出身日本国籍の評論家金美齢、その他が出演して議論していた。
金美齢も拉致問題では常連の一人と言うことができる。「たかじんのそこまで言って委員会」ではレギュラーでパネラーを務めている。金美齢が右であろうと左であろうと、評論家として知識豊富で適切な判断能力を有しているということである。
適切な判断能力者は独断と偏見とは無縁でなければならない。その点、金美齢は保証付きである。何様めいた口の利き方もしない。その金美齢が番組で「正義」を語った。非常に心強く思わせる「正義」論である。多くの人に知って貰いたいと思って、と言っても、我がブログの読者は少数者だから、多くというわけにはいかないが、一人でも多くと思って、金美齢の正義論をここで取り上げてみることにした。
番組は拉致問題のコーナーの最初に首都圏500人対象の「拉致調査 北朝鮮を信用できるか」を質問とした「新報道2001」世論調査の結果を示してる。
「いいえ」93.0%
「はい」6.4%
「その他分からない」0.6%
調査対象の500人の93%が拉致問題は素直には解決に向かわないと見ていることになる。
金美齢の発言で、「日本のハードルを高くしている」と言っている個所は少し前に西岡力が北朝鮮側の情報として、北朝鮮当局が日本側が拉致被害者一括返還のカードを出したことをハードルを上げてきたと受け止めていて、そのための対応で時間がかかっているのではないのかと推測発言していたことを指している。
吉田恵アナ「日本政府のこれまでの対応を見て、どうですか」
金美齢「私はね、6カ国協議をやってましたでしょ、散々。そのときからずっとね、あれは時間のムダだとずっと言ってたんですよ。要するに、要するに向こうは時間稼ぎをやっている。6カ国それぞれが思惑が違う中でね、延々とやってましたでしょ。
アタシその時代からね、あれ脱退しろと。やめなさいってずっと言ってきたんですよ。ここへ来て、まあ、日朝で直接話をするということ。
実はね、特別調査委員会始まる前にね、アタシ、最近ちょっと、プライベートなことで古屋大臣に何回かお会いしたんですよ。で、その始まる前にね、お会いしたときにね、ふっとね、何にも仰らないけども、ふっとね、あれ、これちょっと進展があるかもしれないという、そういう空気を感じたんですよ」
吉田恵アナ「具体的に何か仰ったんですか」
金美齢「具体的なことは言えません。だけどもね、何ていいますかね。具体的には仰ってはいないんですけども、ちょっと漏らした言葉はね、アタシにはね、あっ、これはちょっとね、これは拉致問題はね、ちょっとね、進展するかな、しかかってるかな、というふうに思ったんですよ。
で、数日前に会ったときに、要するに私がまた尋ねたんですよ。『どうなってるんですか』と。あれから日本のハードルを高くしているとか。
で、今の調査でね、大多数の人は信用できないと言っているわけでしょ。これはもうアタシは今までのプロセスで、兎に角時間稼ぎ、時間稼ぎ、騙されて、騙されてということがあるから、当然、誰も信用できないっていう思いは持ちますよね。
でも、その中で交渉しなくっちゃならないとしたら、交渉する側はどうするかって言うことですよ。
だって、交渉事っていうのことはね、それはやっぱりカードをたくさん持った方が勝ちなんですよ」
吉田恵アナ「なる程――」
金美齢「相手(金正恩)はこれだけの人間(拉致被害者)を押さえているわけですから、それはね、もう、絶対的に強いカードなんですよ。でも、我々には正義があるわけ。
正義が我々の側にあるわけですよね。それをどうね、しかも、まあ、北朝鮮はね、まあ、壊れかけているわけですから、どうしても、まあ、人道的援助というキレイな言葉を使いたがるんですけども、それをどうね、我々は持っているカードを、何枚も何枚も持っているカードを、どう上手にプレーするかっていうことなんですよ。
でもね、今ね、(西岡力が)日本側がハードルを上げたというようなことを言ってますけど、胸突き八丁とか、そういうところに行ってるんじゃないかなっていう気がします」――
吉田恵アナは拉致問題に関しての「日本政府のこれまでの対応」について尋ねた。決して6カ国協議の是非について尋ねたわけではない。
だが、金美齢は「日本政府のこれまでの対応」の是非については一言も答えずに自身の6カ国協議脱退論を正論と位置づけて主張した。
6カ国協議が議題としている北朝鮮の核開発とミサイル開発に日本が一切関係していないわけではない。いわば日本は拉致問題だけを考えていれば済む立場にはない。もし日本が6カ国協議を脱退したら、他の5カ国からだけではなく、世界的に批判を受けることになるだろう。その批判をモノとはせずに無視して拉致問題の解決のみに集中し、進展に応じて制裁解除を行っていき、大きく解決したら北朝鮮に経済援助で以って応える。
北朝鮮の核やミサイル問題が解決しない中での日本の制裁解除・経済援助の独断専行は金正恩独裁体制維持・延命の側面的補強を意味する。このことは、日本の経済援助が北朝鮮国民の貧困からの救済に少しは役立つことはあっても、北朝鮮国民の人権抑圧の固定化に手を貸すことにもなる。
そして経済援助の多くは核開発やミサイル開発等に回されることになるだろう。
金美齢は日本が6カ国協議から脱退できるはずもないのに自身の脱退論を正論であるかのようにご披露に及んだ。この客観的にして的確な判断能力はさすがにテレビに出演を求められて自身の主張を全国に向けて発信する資格を与えられた者にふさわしい主張と言うことができる。
日本が6カ国協議をもし脱退したら、1933年の日本の国際連盟脱退に譬えられるかもしれない。
日本は6カ国協議という場で北朝鮮の核やミサイル問題の解決に向けた議論をしながら、それでも拉致問題を解決しなければならないという難しい状況に立たされた中で北朝鮮と拉致問題に関して交渉しなければならない制約を背負っている。
金美齢は古屋拉致担当相を会ったとき、相手は何も言わなかったが、拉致問題に進展があるかもしれいないという空気を感じた。金美齢には相手の雰囲気で言葉では何も言わずとも内心の思いを読み取る予知能力があるらしい。科学的根拠に基づいた発言が求められる評論家にしては珍しい存在ということになる。
そして再度古屋担当相に会ったとき、「どうなってるんですか」と拉致問題についてまた尋ねた。しかし北朝鮮当局が日本がハードルを高くしていると受け止めているとしている西岡力が披露した北朝鮮側の情報に触れたのみで、古屋担当相が何を言い、どう答えたのか、「進展があるかもしれないという、そういう空気を感じた」根拠は何か、どのような進展であったのか、それらの内容を一切明かさず仕舞いで、世論調査で93%が北朝鮮は信用できないという思いは持つのは当然だと、すらっと話題を変えている。
議論の起承転結という点からも、評論家の能力と言えるのか、些か疑問を感じないわけにはいかない。
金美齢は北朝鮮がいくら信用できなくても、「その中で交渉しなくっちゃならないとしたら、交渉する側はどうするかって言うことですよ。
だって、交渉事っていうのことはね、それはやっぱりカードをたくさん持った方が勝ちなんですよ」と言っているが、安部政権にしても失敗は許されないから、信用できないことは百も承知で、いくら信用できなくても、その中で交渉しなければならないのは当然の措置であって、言うまでもないことを金美齢は言ったに過ぎない。
要するに極くごく当たり前のことを得々として喋ったに過ぎない。
但し、「カードをたくさん持った方が勝ち」とは限らない。吉田恵アナは「なる程」と納得がいく言葉を漏らしたが、手持ちカードが少なくても、一枚のカードが逆転するケースもあるはずだ。
また、カード自体に意味があっても、使い方で意味を失う場合もある。重要なカードでも、出すときに出さなければ、いわば出すポイントを外したなら、その後の展開が同じであるとは限らない。
戦前の日本政府は国体維持(=天皇制維持)に拘る余り、無条件降伏というカードを出す時期を間違えて、二発の原爆とソ連参戦を招くことになった。その間、どれ程の多くの日本国民が犠牲になったことだろう。
確かに敗戦間際の日本は列強と比較して手持ちのカードが少なかっただろう。だが、カードの多い少ないに意味があるのではなく、何を優先させ、優先に応じたカードを事態の展開の中でいつ出すか、適切な時期を如何に想定するかが重要であるはずだ。
金美齢は「カードをたくさん持った方が勝ち」と言い、独裁体制を利用して多くの人間を押さえている金正恩のカードは「絶対的に強いカード」だと言いながら、「我々には正義がある」と言って、正義がカードに優るとする矛盾したことを平気で言ってのけている。
つまり、正義こそ絶対だというわけである。
正義が絶対であるなら、金美齢の言う「正義」は世界を救うことになるだろう。
金正恩にしたら、親子三代父子継承の独裁体制は絶対正義である。金日成も正義の存在であり、金正日も正義の存在であり、金正恩も、自身を正義の存在に位置づけているはずだ。
核開発もミサイル開発も、核実験もミサイル発射も、西欧世界がどう悪と位置づけようとも、北朝鮮の正義として行っている。
北朝鮮国民の中で貧困に苦しめられている層は独裁体制に正義を認めることはできなだろうが、独裁体制を正義ではないとする国民の正義は無力である。
オサマ・ビンラディンは自身のテロ行為を正義として行っていたはずで、西欧世界を悪と位置づけていた。
正義はそれぞれの価値観に応じる。自分たちの価値観をこそ正義としている以上、価値観の違いに応じて正義が数々存在することになり、対立する正義が出現することになる。対立した正義を相互に先鋭化させたとき、最悪戦争という形を取る。一つの正義を他の正義を押しのけて広めようとしたとき、そこに正義の対立が発生して、戦争による決着を待つこともある。
イスラエルの正義、パレスチナの正義。
相互に自分たちの正義を絶対とすることによって、それぞれの正義を相互に非絶対化へと導くことになる。
正義は世界を救うどころか、世界の混乱を生み出している。
だが、評論家として知識豊富で適切な判断能力を有している金美齢は「我々には正義がある」と、正義の絶対性を主張している。 この感覚は素晴らしい。
参考までに。
2014年6月30日Blog――《6月28日「新報道2001」出演の金美齢発言から社会・政治問題の提言者としていることの正当性を問う - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》