2013年5月30日、当時の東京都知事猪瀬直樹はロシア・サンクトペテルブルクで開催された国際会議「スポーツアコード」で2020年東京オリンピック開催に向けた招致プレゼンテーションを行っている。
猪瀬都知事「もし皆さまが東京で何かをなくしたなら、ほぼ確実にそれは戻ってきます。例え現金であっても」 (MSN産経)
東京は安心・安全の都市で、日本人は正直で親切だとアピールした。
そして東京都は五輪開催への準備基金として45億ドル(約4520億円)を既に用意しており、財政基盤が整っていると説明した。
つまりカネに関しては大丈夫だと請け合った。
約4カ月後の2013年9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開催のIOC(国際オリンピック委員会)総会で最終プレゼンテーションが行われた。
自身のプレゼンテーションを終えた猪瀬直樹が次のプレゼンテーター滝川クリステルを紹介。
猪瀬都知事「滝川クリステルさんが、皆様にもっとお伝えします。彼女はフランス語で話します」
そして滝川クリステルは次の言葉から入っていく。
滝川クリステル「東京は皆様を、ユニークにお迎えします。
日本語ではそれを『おもてなし』という一語で表現できます。それは、見返りを求めないホスピタリティ(思い遣り・心からのおもてなし)の精神、それは先祖代々受け継がれながら、日本の超現代的な文化にも深く根付いています。
『おもてなし』という言葉は、なぜ日本人が互いに助け合い、お迎えするお客様のことを大切にするかを示しています。ひとつ簡単な例をご紹介しましょう。
もし皆様が東京で何かを失くしたならば、ほぼ確実にそれは戻ってきます。例え現金でも。実際に昨年、現金3,000万ドル以上が、落し物として、東京の警察署に届けられました」(同huffingtonpost)――
日本人には「先祖代々受け継がれ」た「見返りを求めないホスピタリティ(思い遣り・心からのおもてなし)の精神」が根付いていて、それが日本人の「おもてなし」の心となって現れている。
その一例が例えおカネを落としても、ほぼ確実に戻ってくる日本人の正直な心に宿している。
と言うことは、2013年に遺失し戻ってきた現金3,000万ドル以上はほぼ遺失した金額に相当することになる。それ程にも日本人は正直である。
2013年5月30日にサンクトペテルブルクで猪瀬直樹が喋った日本人の正直な精神を滝川クリステルは2013年9月7日のブエノスアイレスで、日本人の「おもてなし」の心で色付けしてほぼ同じことを喋った。
いわば日本人の正直な精神をウリの一つとした2020年五輪東京決定でもあった。
《平成27年中遺失物取扱状況》(警視庁2016年3月31日)よると、現金の遺失届は約80億4千3百万円に対して拾得届は34億2千4百万、約43%の遺失現金届け率であったことは深く触れまい。
兎に角、2020年オリンピック・パラリンピック東京開催に向けて活動した東京オリンピック招致委員会関係者は日本人の正直な精神をウリの一つとした。その精神を体現して行動する責任を負ったことになる。
5月11日(2016年)、イギリスのガーディアン紙が2020年東京オリンピックの招致委員会側から国際オリンピック委員会(IOC)委員側に130万ユーロ(約1億6100万円)が渡っていたと報じたことを日本のマスコミが伝えた。
シンガポールの秘密口座を通してIOC委員で国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏に渡ったとされる。
「NHK NEWS WEB」記事は、〈ディアク前会長は、東京への五輪招致が決定した2013年9月にはIOC=国際オリンピック委員会の委員を務めていて、開催地の決定に影響力を行使できる立場にあったとみられます。〉と書いている。
開催地はIOC委員による投票で決定するのだから、ラミン・ディアクは1票を投じることのできる立場にあり、その影響力を駆使して他の委員の投票を誘導し得る立場にもあった。
菅義偉(5月13日閣議後記者会見)「フランスの検察当局から発表があったので、関係省庁との連携を図りつつ、政府として事実関係の把握にさらに努めていくと同時に、改めて、東京都、JOC=日本オリンピック委員会に対し事実関係をきちんと確認していきたい」
遠藤利明オリンピック・パラリンピック担当相「東京都の招致活動は、各都市の中でいちばんフェアな活動をしているという評価をいただいたと自負しており、そういうことはないだろうと思っている。
これまでも今回と同様の報道は何回かあり、東京都やJOCに確認したが、『そのような事実はない』ということだった。スポーツ庁が改めて確認するので、それを見守っていきたい」(NHK NEWS WEB)
舛添要一(5月12日宇都宮市内で)「我々が調べた限り、その事実はない。お金を払ったということはないと(担当から)聞いている」(時事ドットコム)
「そのような事実」はあるはずはない。東京招致に日本人の正直な精神をウリの一つとしたのである。その精神を自らが体現しないければ、正直であることの大切さを説きながら、自身は陰でウソをつきまくっている人間同然となってしまう。
ところが「そのような事実」はあった。2001年から日本オリンピック委員会(JOC)の会長を努め、招致委員会で理事長を務めた竹田恒和が5月13日、東京都内で送金の事実を認めた。
竹田恒和「業務に対するコンサルタント料で問題があるとは思っていない。招致活動はフェアに行ってきたと確信している」(47NEWS)
単なるコンサルタント料に過ぎないと言っている。では、なぜ遠藤利明オリンピック・パラリンピック担当相が「東京都やJOCに確認したが、『そのような事実はない』」と否定し、隠したのだろう。
何ら後ろ暗いところのない、あるいは疚しさ一つない正規のコンサルタント料としての支払い行為なら、「招致活動の一環として支払いました」と言えば済むし、日本人の正直な精神をウリの一つとすることで負うことになったその精神を体現する責任果たすことにもなる。
だが、そうだとは言うことができなかった。名目がいくらコンサルタント料だとしても、最終的には各国IOC委員に東京への投票を呼びかけることを目的とした活動資金である以上、それがどのように使われるかは日本の招致委員会が自ら乗り出して活動するなら把握できるが、他人任せの把握できない場所で1億6千万円ものカネを注ぎ込むとなったら、少なくとも1票を買うためのカネとならない保証はないことを予想しなければならなかったはずだからだ。
結果的にカネが買収としての役目を果たしたかどうかは分からない。例え果たさなかったとしても、招致委員会はカネで東京への1票を買う意図は全然なかったと胸を張って堂々と言う資格はないことになる。
東京招致実現のために日本人の正直な精神をウリの一つとしながら、自らがその精神を体現することができずに裏切ったのである。