マスコミが伝えたところによると、シリアで行方不明になっているフリージャーナリスト安田純平(42)さんらしきヒゲぼうぼうの人物が「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」と三段に書いた、胸を十分に隠すことのできる大きな紙を身体の前に掲げ持った画像が5月29日夜、ネット上に公開された。
「これが最後のチャンスです」は赤文字で書いてあって、「安田純平」は一回り大きな字で記している。文字全体の文飾を当方。
安田純平さんは昨年2015年6月に取材でシリア国内に入ったあと行方が分からなくなっていた。ほぼ1年が経過する。
政府の対応を5月30日付「NHK NEWS WEB」記事から見てみる。
5月30日午前の官房長官の記者会見。
菅義偉「政府としては、邦人の安全確保は、最も重要な責務であるという認識のもとに、さまざまな情報網を駆使して、全力で対応に努めている。本人かどうかについては、画像の分析に努めているところだ。ただ、これ以上は、事案の性質上、お答えは控えたい」
「邦人の安全確保は政府の最も重要な責務」だとしている。
この言葉をウソにしないためには如何なる手段を使っても、邦人の解放(=最終的な安全確保)を最終目的としなければならない。
いわば安田さん解放に最大限努力することを宣言したことになる。
記者「政府は安田さんを拘束しているとされる国際テロ組織アルカイダ系の武装組織『ヌスラ戦線』と接触しているのか」(下線は解説文を会話体に直す)
菅義偉「そうしたことも含めて、事案の性質上、答えることは控えたい」
5月30日午前10時半頃、外務省で記者団の質問に対して。
岸田文雄「画像は安田さん本人と思われるが、それ以上は控えたい。引き続き画像の分析を続けている。日本人の安全確保は政府の重大な責務であるという認識のもとに、様々な情報を駆使して全力で取り組んでいる」
「日本人の安全確保は政府の重大な責務」だと菅義偉と同じことを言っている。
当然、岸田文雄にしても同じ政府の一員として安田さん解放に最大限努力することを宣言した。その努力達成のために「様々な情報を駆使して全力で取り組んでいる」と言うことなのだろう。
但しこういった安田さんの解放(=最終的な安全確保)に向けた最大限の努力は安田さんが昨年2015年6月に行方が分からなくなってから始めていなければ邦人の安全確保に課せられた政府の最も重要な責務を怠っていたことになる。
当然、この1年間最大限の努力を払い続けてきたことになる。
ご存知のようにネット上の公開は今回が初めてではなく、今年の3月16日に動画が公開されていて、2度目である。
3月16日の動画では安田さんは用意された文章を読み上げる形で次のように話している。「asahi.com」/2016年3月17日09時58分)
〈こんにちは。私はジュンペイ・ヤスダです。そして今日は3月16日、私の誕生日です。
彼らに自由に話しても良いと言われ、メッセージを送ることができます。
私は妻、父、母、きょうだいを愛しています。いつもあなたたちのことを考えています。あなたを抱きしめたい、あなたと話がしたい。しかしもうできない。私が言えることは、どうか体に気をつけてください。
42年間の私の人生は、おおむね良かったです。特にこの8年間は幸せでした。
私は、私の国に対して言わなくてはならないことがあります。
どこであれ暗い部屋に座り、痛みに苦しんでいても、そこには誰もいない。答える者も、反応する者もいない。目に見えないし、存在しない。気にかける者もいない。〉――
「私は、私の国に対して言わなくてはならないことがあります」と言って、「どこであれ暗い部屋に座り、痛みに苦しんでいても、そこには誰もいない。答える者も、反応する者もいない。目に見えないし、存在しない。気にかける者もいない」と自分が置かれている状況を伝えている。
実際にそういった状況に置かれているかどうかは分からないが、「私の国に対して言わなくてはならないことがあります」と前置きしている以上、少なくともそういった状況を伝えることで暗に解放を求めていたことになる。
いくら「彼らに自由に話しても良いと言われ」たとしても、過激派が動画を流すには流すなりの目的がある。過激派の目的を巧みに隠した彼らの意思を言葉に反映させていると見なければならない。
その意思とは安田さんが解放を求めていると思わせて、実は解放を求めさせている、一種の遠隔操作を構成しているはずだ。
でなければ、動画を流す意味もないし、彼らの目的も意思も安田さんを苦しめる以外ないことになる。安田さんを苦しめ、動画を流して、楽しんでいるとでも言うのだろうか。
安田さんに解放を求めさせる動画だとしたら、当然、対価を要求していることになる。だが、身代金について何も話していない。この矛盾は過激派が前以て日本政府に秘密裏に身代金の要求を行っていると見ると、自ずと解けてくる。
身代金要求を公にすると、過激派に身代金を支払わないことを申し合わせている2013年主要国(G8)首脳会議(英ロックアーン・サミット)の方針上、払いにくくする。身代金の受け渡しを秘密裏の取引とすることによって払いやすくする狙いがあるのかもしれない。
だが、2015年6月の行方不明から3月16日の時点まで、政府の最重要な責務の一つとしての安田さんの解放に向けた努力は途上にあって、未だ解放を実現できていない状況にあったことにある。そして同じ状況が今日まで続いている。
最初の動画公開の翌日の3月17日の午前の記者会見。
菅義偉「本事案については、これまでも安倍総理大臣の指示を受けて体制をしっかり整えて対応してきているが、今般の映像の公開を受けて、改めて、安倍総理大臣からは『引き続き、邦人の安全確保を最優先で対応するように』という指示があった。内閣危機管理監のもとで必要な体制をとり、さまざまな情報収集をして、対応に全力で取り組んでいく」
記者「映像に映っている男性は安田さん本人か」
菅義偉「人物は安田氏本人と思われるが、それ以上の答えは控えたい」
記者「政府や家族に身代金の要求があったのか。また、拘束している集団と接触はしているのか」
菅義偉「身代金の要求は承知していない。接触については事柄の性質上控えたい」
岸田文雄(5月17日午前の参議院外交防衛委員会)「政府は、現在、映像の分析や情報の収集を行っている。政府として邦人の安全確保は最大の責務であり、さまざまな情報網を駆使して全力で対応に努めている」(以上NHK NEWS WEB)
菅義偉が「これまでも安倍総理大臣の指示を受けて体制をしっかり整えて対応してきている」と言っていることは2015年6月に安田さんの行方不明が伝えられてから安倍晋三の「邦人の安全確保最優先の対応」の指示を受けて安田さんの解放に向けた最大限の努力を払っているということを意味しているはずだ。
だが、菅義偉は「身代金の要求は承知していない」と言っている。
では、過激派はどのような意思、どのような目的があって安田さんに解放を求めさせたのだろう。
考え得ることは秘密裏に身代金の要求があったが、2014年8月に「イスラム国」に拘束され湯川遥菜さんや2014年11月に同じく「イスラム国」に拘束された後藤健二さんに対して解放の条件として安倍政権に人質1人につき1億ドル、計2億ドル(約230億円)の身代金を要求したが、安倍晋三はG8首脳会議の方針をきっちりと守って2人を見殺しにしたように今回もテロリストとは身代金交渉はしない方針で臨んでいるためにあくまでも身代金については知らぬ存ぜぬを押し通すつもりでいるということである。
この疑問を解く鍵となる一つの記事がある。最初の動画が公開された3月16日の翌日の日付、2016年3月17日 21時07分付の発信の「NHK NEWS WEB」記事である。残念ながら既にネット上から削除されていて、アクセスできない。
NHKが動画をネット上に公開したシリアの反政府勢力の活動家を名乗るシリア人男性にインタビューした内容となっている。
男性は3月17日にトルコでNHKのインタビューに応じて、動画を自身のフェイスブックに投稿した理由を述べている。
安田さんを拘束しているとされるアルカイダ系の武装組織ヌスラ戦線と直接接触している仲介役の人物から映像を受け取り、公開するよう指示された。
シリア人男性「仲介役の人物が3か月前に会ったとき、安田さんは体調を崩していたということだが、映像が撮影された16日の時点では健康状態は良好だと聞いている。
(仲介役の人物から安田さんの解放に向けた交渉は行われていないと聞いているとしたうえで)仲介役の人物は、ヌスラ戦線の目的は安田さんが無事なことと、彼らが拘束していることを日本政府に伝えることだと話していた」
そして記事は、〈ヌスラ戦線が映像を撮影した理由は、日本政府と交渉したいためだと説明しました。〉と解説している。
シリア人男性は〈仲介役の人物はシリアの武装勢力に拘束された人を解放するための交渉の仲介を請け負っているシリア人のグループのメンバーだと明かした〉という。
要するにヌスラ戦線は安田さん拘束を日本政府に伝えて日本政府と交渉するために動画を公開した。
だとすると、交渉は、日本政府にその気があればの話だが、動画公開の3月16日以降と言うことになり、〈仲介役の人物から安田さんの解放に向けた交渉は行われていないと聞いている〉とする、3月16日以前の話となる交渉は矛盾することになる。
武装組織ヌスラ戦線が秘密裏に日本政府に安田さんの拘束を伝え、その解放の条件に身代金要求をしたが、日本政府から何の反応もないために〈安田さんの解放に向けた交渉は行われていない〉との説明があったとする方が遥かに辻褄が取れる。
例え過激派が交渉開始の日時を3月16日以降と定めていたとしても、それが拘束した日本人の解放を取引する交渉という性格を持つのは当然のことだから、何らかのカネの取引がそこに介在したとしても極く自然な解放交渉であろう。
過激派を相手にカネの取引が介在しない解放交渉など存在するだろうか。
一見、話し合いに応じて人質を無条件に解放することがあっても、そこに何らかの利益がなければ、拘束したこと自体の意味を失う。
NHKが動画公開のシリア人男性と接触しているのである。当然、日本政府にしても事情を知っているシリア人男性と接触してもいいはずだが、政府の情報からは接触の事実は全然見えてこない。
5月29日夜の画像公開後も、NHKは3月17日にトルコでインタビューしたシリア人男性に対して今回は電話取材しているが、「asahi.com」/2016年5月30日11時34分)も取材していて、こちらの方がシリア人男性の発言をより詳しく、より具体的に伝えている。
発言は画像の公開を依頼した交渉仲介者からの伝言の形を取っている。
シリア人男性「6月28日でヌスラ戦線が安田さんの身柄を拘束して半年になる。身代金1千万ドル(約11億円)を要求したが、日本政府や関係者が交渉に動かないので、期限を切ることにした。身代金支払いに1カ月の猶予を与える(と言われた)」
記事は〈日本側が応じなければ、過激派組織「イスラム国」(IS)と人質を交換するため安田さんを引き渡すだろう、とも述べたという。実際にヌスラ戦線が安田さんを拘束しているのかどうかは不明で、別の組織が名前を利用している可能性もある。〉と解説しているが、「イスラム国」に渡すとは、交渉に応じなければ、即死刑だ、それでいいのかと最後通告の威しを持たせたつもりなのだろう。
例え別の組織が名前を利用しているにしても、この記事ではっきりしたことは安田純平さんが2015年6月に行方不明となってからそう遠くない時点で日本政府に安田さんの解放の条件に身代金を要求したが、日本政府は一切応じていないということである。
NHKと朝日新聞が(他のマスコミも接触しているのかもしれない)動画公開のシリア人男性と接触していながら、日本政府が発信する情報からシリア人男性と接触した事実が全然見えてこないのは、交渉に応じていないのだから、当たり前のことであった。
安倍晋三はどうもヌスラ戦線に対して身代金交渉には一切応じずに拘束された安田純平さんを湯川遥菜さん、後藤健二さんと同様に見殺しにするつもりらしい。
一旦イスラム過激派集団に邦人が拘束された場合、その解放交渉に身代金の要求が表に現れようと現れまいと、いつまで経っても解放されなければ、また人質の邦人が最終的に殺されようとも、その双方の事実共に安倍政権が身代金要求交渉に応じる意志のないことを示していたゆえの結末と見なければならない。
それはそれでいいが、そのことを正当とする説明を国民に示すべきだ。示しもせずに「邦人の安全確保は、最も重要な責務」だとか、「邦人の安全確保」とは人命第一を意味するのだから、湯川さん、後藤さんの拘束事件時も安倍晋三は「人命第一」を言い続けてきているが、これらの言葉を口にしながら逆の行動を取るのは国民に対する虚偽行為そのものとなる。
国民に対して二重の態度を取る政権は信用できない。