菅首相、党代表再任と首相在任期間に拘ったなら、何もできない

2010-08-03 09:45:31 | Weblog

 昨8月2日より衆議院予算委員会が開催、菅内閣に対して各政策や政治課題、あるいは政治問題を取り上げた質問が開始された。各マスコミはそれを“論戦”と表現している。“論戦”とは読んで字の如く、論じ戦う。

 だが、受けて立つ菅首相はひたすら野党の協力を願う低姿勢で臨み、論じ戦うエネルギーの放出とまでいかなかったようだ。

 衆参多数派が異なる「ねじれ国会」を前に法案審議が始まる前から警戒ばかりが先に立って用心に用心を重ねる過度の慎重な対応に陥っているとしたら、ただでさえ備えているとは思えない指導力も、参院選敗北で失った求心力も益々ジリ貧状態で萎えしぼんでいくように思える。

 例え9月の代表選で再任されたとしても、この歓迎せざる状況は続く。と言うよりも、追っかけてくる。自民党最後の政権麻生元首相のように任期満了直前まで政権を引っ張っていくか、破れかぶれになって解散に打って出るか、いずれにしても民主党の未来は明るくは映らない。

 この迷路を避ける唯一の道は参議院与野党逆転状況は少なくとも今後3年間はどう逃れようもないのだから、いつ退陣を迫られる状況が訪れるかもしれない、そのときを前以て覚悟し、その瞬間に備えて日々有終の美を飾る心がけでいることではないだろうか。

 有終の美とは私自身には無縁の“美”だが、最後が立派であれば果たすことができる姿勢を言うのではなく、自身を貫いてやり遂げる姿勢の最後の輝きに対する評価のはずだから、政治家に対する評価基準として最近頻繁に取り上げられている“ブレない姿勢”を貫くことであろう。

 だが、菅首相は参院選敗北を受けた途端に守りの姿勢に入ったばかりか、既に延命策を取りつつある。

 先ずは官僚主導から政治主導転換の中枢機関と位置づけ、鳴り物入りで設置した首相直属の「国家戦略室」を「局」に格上げする「政治主導確立法案」に関して、参院選で敗北するや、与野党逆転した参議院通過は覚束ないと早々に成立を断念し、首相直属の首相に対する助言機関に格下げした方向転換は、いくら鳩山前首相が設置した機関であっても、看板の政治主導は民主党・内閣共通のスローガンである以上、口ではそうではないと言い繕っても、参院選敗北を契機とした方向転換であることから政治主導断念の“ブレた姿勢”と受け取られる危険性が多分にある。

 「政治主導」のスローガンが多くの国民の賛同を得て、政権交代に役立ったことを考えると、「政治主導」の姿勢に些かでもブレた印象を与えること自体は極力避けなければならないはずだ。

 ところが8月1日の「NHK日曜討論」で出席していた枝野民衆党幹事長が法案成立への努力に言及する右往左往を辿っている。《枝野氏 戦略局格上げに努力の余地》NHK/10年8月1日 13時45分)

 江田みんなの党幹事長「戦略局を総理大臣直属の機関とし、政治任用のスタッフを増やすように修正するのであれば、法案に賛成したい」

 枝野「国家戦略局の法案が今の政治状況で通りにくいだろうという前提の中、別のやり方で当面やっていこうということでやっているが、みんなの党の協力で、具体的に前に進むならば、国会で十分に議論の余地があると思っている」――

 だが、菅首相が枝野発言の次の日の8月2日衆議院予算委員会で次のように言っている。《衆院予算委詳報》時事ドットコム//2010/08/02-21:46)

 谷垣氏 政治主導の目玉の国家戦略局は断念か。

 首相 (現行の国家戦略室の)格下げのように報道されているのは、わたしの意図と全く違う。役所別の情報だけでなく、首相直属のシンクタンクとして政策提言する存在があった方がいい。

 正しい措置だと主張している。にも関わらず、前の日に枝野幹事長は法案成立に向けた国会での議論に前向きの発言をした。悪く勘繰ると、与野党協力しなければならない手前、むげに断るわけにもいかず、江田みんなの党幹事長の提案に口を合わせたのか?

 そうと解釈しないことには菅首相の予算委員会での発言が肯定不可能となる。何しろ菅首相本人が決定した組織変更である。

 但しいくら本人が正しい措置だと信じていたとしても、国家戦略室が法律のバックアップのない「室」のままで、国会を通して法律のバックアップのある「局」に格上げしなければ、提言を受けた政策が法律のバックアップを受けた政治主導程には政治主導を発揮する保証を失うはずだ。

 多分、そのマイナス状況を本人の指導力が補って有り余る政治主導を発揮するのだろうが、例え参議院が与野党逆転状況に陥っていて法案成立が危ぶまれたとしても、やるだけはやってみるという強い姿勢、“ブレない姿勢”を貫くべきではなかったろうか。

 例え結果が思い通りではなくても、“ブレない姿勢”を貫くことでそこに指導力が自ずと現れる。少なくとも“ブレた姿勢”からは指導力は見い出すことはできない。

 このことを逆説すると、ごく当然のことだが、指導力がないからこそ、“ブレた姿勢”が現れる。

 消費税に関しても、散々ギリシャの財政破綻を持ち出して、「財政が破綻したときには、多くの人の生活が破綻し、多くの社会保障が多くの面で破綻する」とさも日本がギリシャのようにすぐにでも財政破綻するかのような威しを用いて消費税増税の必要性を訴えながら、参院選を敗北すると、7月30日の首相官邸記者会見で、「財政の再建という課題は、どなたが政権を担当されるにしても、今の日本に於いては避けて通れない課題だと思っております。ただ、消費税という形で私が申し上げたことが、唐突に受け止められたと反省をしているわけです。ですから、何か代表選でそのこと自体を約束にするといったようなそういう扱いをすることは考えておりません」と、代表選での自身の政策提示に加えないことを明らかにしている。

 さらに6月17日のマニフェスト記者会見で、「今年度内、2010年度内にそのあるべき税収やあるいは逆進性対策を含む、この消費費税に関する改革案を取りまとめていきたい、今年度中のとりまとめを目指していきたいと考えております」と取り纏めの時期を「今年度内、2010年度内」と明言しておきながら、昨日の衆議院予算委員会では、「党の方で議論を頂く。いつまでに結論を出すという期限を切ることは改めたい」(《首相、自民に審議協力要請 初の予算委、谷垣氏と論戦》asahi.com/2010年8月2日23時41分)と、党に丸投げ、期限も撤回の“ブレた姿勢”を物の見事に演じているが、この姿勢に指導力を見て取ることができるだろうか。

 このことばかりではない。「財政の再建という課題は、どなたが政権を担当されるにしても、今の日本に於いては避けて通れない課題だ」としながら、このことと代表選に自身の政策として消費税増税策を掲げないこととしたことが相矛盾していることに気づいてすらいない。

 《【予算委論戦】精彩欠く首相、野党の攻勢にタジタジ 涙目になる場面も》MSN産経/2010.8.2 22:58 )

 谷垣総裁「首相は消費税について参院選で言ったのに9月の民主党代表選では言わない。言葉が軽いのではないか」

 菅首相「財政再建では一歩も引くつもりはない」

 6月17日のマニフェスト記者会見で次のように発言したことを記憶喪失の海に沈めてしまったらしい。

 菅首相「強い財政、強い社会保障をつくる、こういう道筋に持っていくために、消費税について、これまでも議論を長くタブー視する傾向が、政治の社会でありましたが、ここでは思い切ってですね、このマニフェスト、今申し上げたような形で、書かせていただいたところであります」――

 強い財政、強い社会保障をつくる道筋として消費税増税は欠かせないコースだと自ら政策設計した。にも関わらず、消費税増税というコースを欠いて、「財政の再建という課題は、どなたが政権を担当されるにしても、今の日本に於いては避けて通れない課題だ」と言う。しかも政策設計期限を、「いつまでに結論を出すという期限を切ることは改めたい」と設けないことにした。

 上記「asahi.com」記事が、〈首相は基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を2020年度までに達成するとの目標を民主、自民両党が掲げていることを挙げ、「どうやったら実現できるかを与野党で国会の場で議論し、一つの方向性が出てくればありがたい」と述べた。 〉と書いているが、財政再建に欠かすことができないとしていた消費税増税の政策設計の期限を設けないことは同時に基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化期限を設けないことにつながり、矛盾が生じる発言となることにも気づいていない。

 大体が消費税増税による税収を社会保障分野に回して、成長分野と看做している医療・介護等に投入、そこでの雇用増や消費拡大を通して経済成長を促すと言っていたのである。

 にも関わらず、政策設計が狂わない前提の元、「財政再建では一歩も引くつもりはない」と言って憚らない。

 どう弁解しようと参院選敗北は自分が撒いた種である。自分で刈り取るしかない。参議院の与野党逆転状況を今後3年間変えることは不可能である以上、既に触れたように、いつ退陣という事態が発生してもいいように“ブレない姿勢”の維持のみを図り、そのことを以ってして有終の美を飾る最後の手段とするしか、道は残されていないのではないだろうか。

 そのためには首相在任期間に拘ってはならない。拘ると、自己保身だけが働き、姿勢が否応もなしに小さくなる。“ブレない姿勢”だけを心がけ、そこに指導力が現れるのを期待するしかない。

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枝野民主党幹事長に見る自己責任回避の信用できない詭弁家の姿

2010-08-02 07:23:09 | Weblog

 昨8月1日の朝日テレビ「サンデー・フロントライン」に枝野民主党幹事長が出演していた。国会議員削減等の各政策について問われると、「丁寧に説明して」、「謙虚に対応」、「協力できることは」、「色んなご意見を踏まえて」、「柔軟に」等々、「ねじれ国会」を踏まえた協力姿勢を次々と惜しげもなく打ち出していた。

 参院選の敗因については、菅首相の消費税発言と枝野幹事長の選挙の結果が出ないうちの選挙選さ中にみんなの党との連携話を持ち出して、候補者の足を引っ張ったことも大きく影響したとされ、それについて反省しているとか、責任を感じているとかおっしゃっていたがとキャスターに問われると、次のようなことを言っていた。

 枝野「(みんなの党に連携を持ちかけたと)そう受け取られたことに対しては反省しています(あるいは「責任を感じています」)。言ったことは、例え民主党が過半数を取ろうと、過半数を割ろうと、どの党とも協力できる党とは協力して政権運営していくということを言ったのであって、過半数を割ることを予測した話ではなかった。協力できる党の一つの例としてみんなの党を挙げたのだが、あの当時みんな党が、みんなの党がと騒いでいて、さもみんなの党と連携すると言ったかのように取られた。そのように受け取られたことに対しては反省しています(あるいは「責任を感じています」)」――

 録画していない上に至って記憶力が生まれつき低出力なものだから正確には再現できないが、選挙結果がどうあれ、選挙後の政権運営の話をしたのであって、過半数を割ることを前提として連携話を打ち出したわけではないのだから、足を引っ張ったことにはならない、そう受け取られただけのことで、言ったことは間違っていないといったニュアンスのことを表情一つ変えずに堂々と言っていた。

 元々信用できない男だなと思っていたが、これ程平気で詭弁を弄するとは新発見であった。しかも責任回避を図っている。堂々と詭弁を弄して責任回避を図るには人間が卑怯、傲慢にできていなければ不可能であろう。

 野党が開催要求していた菅内閣の方針を質すための全閣僚出席の予算委員会を与党は強引に拒否、通常国会を6月16日に閉会、参院選を「6月24日公示・7月11日投開票」と決めたのは菅内閣発足でV字回復した支持率に信頼を置いて十分に選挙を戦えると踏んだからだろう。

 いわば過半数獲得、少なくとも現有議席維持を前提とした選挙戦突入だった。過半数割れなど、与党も野党も国民もマスコミも誰も考えていなかったし、予想もしていなかったはずだ。

 選挙に勝てると計算した過半数獲得、あるいは現有議席維持前提の選挙戦だったから、枝野幹事長の党執行部は小沢幹事長の「当選議員数2人以上選挙区・2人擁立」の戦術をそのままバトンタッチを受けた。

 この一連の民主党の戦術を裏返すと、選挙に負けると計算した過半数割れ前提の選挙戦突入ではなかったということである。勝利を予測していたから(現有議席維持でも鳩山前内閣の散々の支持率からすると勝利に入るはずだ。)、予算委員会開催を要求した野党各党に協力する必要を感じなかった。今後とも協力する必要性を頭に描いていなかったからできた予算委員会開催拒否であったろう。

 協力の必要性が待ち構えていたなら、誰が強硬な態度を取ることができただろうか。枝野が上記テレビ番組で言っていたように、「丁寧に説明して」、「謙虚に対応」、「協力できることは」、「色んなご意見を踏まえて」、「柔軟に」対応していたに違いない。現在のへりくだった低姿勢を見れば容易に想像がつく。

 だが、菅首相の6月17日の消費税発言以来、各社世論調査で揃って内閣支持率を下げていき、参院選序盤情勢、さらに中盤情勢の世論調査でも内閣支持率の一層の下落と共に予想獲得議席数でも、過半数獲得微妙から、過半数割れ、40議席台と下げていった。

 枝野幹事長のみんなの党連携発言は6月27日に行われた。《枝野氏の連携発言 波紋広がる》NHK/10年6月28日 4時27分)

 枝野「参議院選挙が終わったら、政策が一致したり、近い部分では、どの党とも協力できるところは協力できる。・・・・みんなの党とは、行政改革や公務員制度改革のかなりの部分で一致している。政策的な判断としては、いっしょにやっていただけると思う」

 テレビ朝日の番組で言っていたように、「例え民主党が過半数を取ろうと」とは言っていない。あるいはこれに近い言葉も使っていない。

 大体が、「いっしょにやっていただけると思う」は協力要請の発言であって、予算委員会開催を拒否した当時の民主党が自ら想定していた過半数獲得、あるいは現有議席維持が命じていた野党の協力を前提としない態度を変えるものであり、一般論から言っても、与野党の議席関係が逆転した状況下に必要となる、いわば過半数割れ前提の「「いっしょにやっていただけると思う」であり、「民主党が過半数を取ろうと、過半数を割ろうと」といった選挙結果に関係しない協力要請とは別次元の「いっしょにやっていただけると思う」であろう。

 枝野発言を伝え聞いたのだろう。

 みんなの党渡辺代表「民主党とどこが一致できるのか。公務員制度改革は、まるっきり別だ。郵政民営化も、われわれは完全民営化を主張している」

 野党は特に選挙中は野党を批判して自己存在を際立たせることを自らの役目としている。与党は野党から集中砲火を浴びる立場にある。与野党がそういった関係性にあることの合理的判断を下すこともできずにみんなの党の名前を挙げて、選挙が終わらないうちから、「いっしょにやっていただけると思う」と過半数割れ前提の協力要請をした。

 民主党内「みんなの党に限らず、政策ごとの連携を探るのは当然だ」

 執行部としたら、過半数割れが色濃くなった状況下ではスムーズな国会運営を見据える必要上、当然な肯定だろう。枝野幹事長と同一歩調を取った。だが、選挙中でありながら、過半数割れを前提とした発言を行うことの問題点を何ら考慮していないことに何ら変わりはない。

 国民新党下地幹事長「今は与党で過半数を超える議席を得ることを目指すべきで、選挙後の連携のあり方を模索する時期ではない」

 民主党参院幹部「参議院で与党が過半数を取れないことを前提にしている発言で許されない。みんなの党は、郵政改革法案に反対しており、国民新党との関係を損ねることにもなる」――

 「参議院で与党が過半数を取れないことを前提にしている」と言っている。

 菅首相が消費税発言する前の選挙戦突入時は過半数獲得、あるいは現有議席維持を前提としていた。だから、野党の協力は必要ないと野党要求の通常国会での予算委員会開催を拒否、強引な参院選突入を図った。

 だが、菅首相の6月17日の消費税発言を境に状況が変化していった。読売新聞社が菅首相が消費税発言をした6月17日の翌18日から20日にかけて実施した「参院選第2回継続全国世論調査(電話方式)」による菅内閣支持率は前回59%に対して55%。不支持率は32%(同27%)。政党支持率では、民主35%(前回38%)、自民15%(前回17%)。

 民主、自民共に支持率を下げている、この世論の動向は票がみんなの党に流れていく序章だったのかもしれない。

 菅首相が消費税発言をした6月17日の翌々日の19日、20日実施の朝日新聞社の全国世論調査(電話)では、内閣支持率は6月12、13日実施の前回59%から今回50%。参院比例区投票先では、民主36%(前回43%)、自民17%(同14%)、みんな5%(同4%)となっている。

 ここでは自民党も比例区投票先で上げていて、民主党不利の状況を一層示している。

 さらに朝日新聞社が6月24、25の両日実施、翌6月26日報道の参院選序盤情勢の世論調査によると(《民主、過半数微妙 50議席台前半か 朝日新聞序盤調査》asahi.com/2010年6月26日5時4分)、

(1)民主は選挙区で伸び悩み、50議席台前半程度で、非改選62議席を合わせて単独過半数(122議
   席)はきわめて微妙

(2)自民は1人区では民主と互角の戦いをしており、40議席台をうかがう

(3)みんなの党は選挙区、比例区合わせて10議席ものぞめる状況

 このような世論動向下では与党が過半数を割る最悪の場合は想定できたとしても、「民主党が過半数取っても」と言える状況には全然なかった。当然過半数を割った場合の参院選後の政局運営の模索が必要となる。但しまだ選挙中であり、はっきりとした選挙結果が出ていないのだから、あくまでも水面下で行わなければならない。
 
 だが、そういった必要とされる状況判断を行うだけの判断能力もなく、朝日世論調査報道26日の翌6月27日の枝野幹事長は、「参議院選挙が終わったら、政策が一致したり、近い部分では、どの党とも協力できるところは協力できる。・・・・みんなの党とは、行政改革や公務員制度改革のかなりの部分で一致している。政策的な判断としては、いっしょにやっていただけると思う」と発言。

 状況を判断する能力を欠いていたとしても、この発言は当時の世論動向に符合させた発言であり、幹事長という党執行部の立場上からも符合の必要性に応じた発言でなければならない。当時の世論動向に符合した発言であることによって、発言内容に整合性が生じる。

 いわば当時の世論動向に符合しない、テレビ番組で発言した「例え民主党が過半数を取ろうと、過半数を割ろうと」云々の前者の「例え民主党が過半数を取ろうと」という仮定は全く以ってあり得なかったということである。

 詭弁を用いて自己責任を回避した。

 再び言う。堂々と詭弁を弄して責任回避を図るには人間が卑怯、傲慢にできていなければ不可能であろう。

 

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菅首相の最近の識者との会談を栄光浴から読み解く

2010-08-01 08:49:39 | Weblog

 記事題名を「読み解く」としたが、それ程大層なものではない。ちょっとした暇つぶしと言った程度。悪しからず。

 菅首相が参院選敗北後、首相の「知恵袋」とされる小野善康大阪大教授と会ったり、民間人初の駐中国大使に近く着任の伊藤忠商事元社長の丹羽宇一郎氏と会ったり、これは赴任に当たっての会談が主たる目的だろうが、小林良彰慶大教授、さらに宮台真司首都大学東京教授と会ったり、米倉経団連会長、さらに京セラの名誉会長で経営再建中の日本航空の会長も務める稲盛和夫と会ったり、次々と著名な識者と会談している。

 これは「栄光浴」といった心理学的欲求が動機づけた活動ではないだろうかと、例の如く勘繰ったわけである。

 「栄光浴」とは改めて言葉の意味を『社会心理学小事典』(有斐閣)から書き写すと、〈basking in reflected glory(反射された栄光に浴する) 高い評価を受けている個人・集団と自己との結びつきを強調することによって自己評価や他者からの評価を高めようとする方略。これは特に一時的に自尊心が低下している場合に生じる傾向がある。〉 

 〈他者からの評価を高める〉とは、一般的にはこういった立派な人とも知り合いなんだと周囲の人間に思わせることで、知り合いの立派な人間と同等の評価を自身も受けようとすることなのだろうが、菅首相の場合は他者からの評価を高めるというよりも、自分自身が自己評価を高めることに重点を置いた「栄光浴」なのかも知れない。

 あるいは次々と著名な識者と会うことで、参院選敗北にも関わらず、精力的に動き回っている印象を与える狙いもあるのかもしれない。へこたれてなんかいない、その証拠がこれこれこのとおりの忙しさだ。識者と会って、今後の参考となる意見を交わしてねじれ国会に臨むべく満を持しているといったところを見せるために。

 尤も参院選敗北のショックから居ても立ってもいられない、誰かと会うか何かをするかして時間を潰さないことには身が持たないから、誰彼なしに人と会っているということもあるかもしれない。

 さらに勘繰ると、関係修復を願って自分から申し込んだ小沢前幹事長との会談が実現しない代償行為として、確実に会ってくれる著名な識者と次々会ったということもあるかもしれない。会ってくれる人間はいくらでもいるんだということを誇示して、小沢会談の未実現を無意味化する。

 「栄光浴」なる心理学的衝動が〈特に一時的に自尊心が低下している場合に生じる傾向がある。〉という特徴を抱えているところに菅首相の現在の心境と心境が促す行動に当てはまりはしないだろうか。

 菅首相は6月3日の鳩山前首相退陣を受けた代表選出馬記者会見でも、6月8日の首相就任記者会見でも、「普通のサラリーマンの息子」であることを強調していたが、裏を返すと、普通のサラリーマンの息子が総理大臣に上り詰めたことを誇示、自慢して、そこに一種の自己存在証明を置いていた。いわばたいした人間、たいした政治家ではないかと暗に誇っていた。

 実際はあくまでも自身の能力の問題で、大金持ちの息子だろうが、ホームレスの息子だろうが、妾・愛人の類の息子だろうが(韓国の金大中元大統領は自叙伝で自分が妾の子であることを告白しているそうだ。)、あるいはハーフの息子だろうが関係ないことだが、そこは合理的判断能力を欠いているから、サラリーマンの息子であることに自身の能力の根拠を置いていたのだろう。

 総理大臣という職業・身分に到達するにはかけ離れた(大体がかけ離れていると見ること自体が狂っている。)自身の職業的出自を誇りに誇っていた人間が選挙で大敗して、職業的出自が何の保証にもならないことに気づいて、自尊心が甚だしく傷つけられなかったことはあるまい。
 
 首相就任後、内閣支持率が一気にV字回復して自信を深めていたが、その自信を選挙大敗で打ち砕かれて、執行部人事では小沢前幹事長に対して、「少なくとも暫くは静かにしていただいたほうがいい」と遠ざけ、小沢グループ排除に動いていながら、大敗が状況を一変させ、小沢前幹事長に関係修復を図る会談を自ら申し込み、しかし相手からは応じない仕打ちを受けて、ただでさえ痛めつけられていた自尊心をなお痛めつけられただろうことは想像に難くない。

 要するに〈自尊心が低下〉〉状況にあった。そんな中での識者との相次ぐ会談である。

 勿論、何らかの助言を得たい目的もあったろう。その中に窮地を脱出する知恵が含まれていないかといった期待もあったに違いない。人生の窮地に立たされた者が占いに縋るように。
 
 《民主が有識者呼び敗因分析》MSN産経/2010.7.25 19:22)

 7月〈25日、公邸に小林良彰慶応大教授(政治学)と宮台真司首都大学東京教授(社会学)を招き、参院選での民主党大敗の原因分析を聞いた。〉――

 名目は「敗因分析」である。

 小林慶大教授(消費税発言)「議論の出し方に、もう少し工夫があったのではないか」

 宮台首都大学東京教授「国民の強い関心がどこにあるのかを適切に把握できなかった場合に敗北しがち」

 そして、〈「国民の支持をより多く獲得できるようなメッセージの作り方」について持論を述べたという。〉

《首相 政権運営への意欲伝える》NHK/10年7月28日 5時9分)

 菅首相は7月27日夜、京セラの名誉会長で経営再建中の日本航空の会長も務める稲盛和夫氏と会談。

 稲盛会長「菅総理大臣には、『日本のためによいことなのか悪いことなのか』という基準で、大所高所に立った判断を行ってほしい。とにかく頑張ろう」

 菅首相「国民が夢と希望を持てるような政権運営を行いたい。そのために一生懸命頑張っていきたい」

 〈稲盛会長は民主党の有力な支援者で、小沢前幹事長や前原国土交通大臣とも親交があることで知られており、菅総理大臣としては、稲盛会長の理解と協力を取り付けることで、みずからの政権運営への求心力を高めたいというねらいがあるものとみられます。〉――

 両会談とも、実際の会話の中身は知りようがない。すべて会談後に記者に語った言葉である。

 参院選挙の結果、大敗の事実はもはや覆しようがない。それを会談という形で識者から「敗因分析」して貰う。どれ程当面の役に立つのだろうか。最重要、喫緊の課題はねじれ国会という最悪の不利な状況下、如何に政権運営していくかにあるはずだ。

 今後の役に立てるなら、何人かの識者に異なる視点から研究の形で敗因を分析して貰って、論文に仕上げて提供を受け、それを参考材料として作成者と敗因について質疑応答する方が遥かに役立つはずだ。

 だが、左程役に立つとは思えない会談の形にした。

 稲盛会長との会談は稲盛会長の〈理解と協力を取り付けることで、自らの政権運営への求心力を高めたいというねらいがあるものとみられ〉るということだが、その理解と協力がねじれ国会運営に果してどれ程の求心力となって働くというのだろうか。

 要するに会談の殆んどはセレモニー的意味合いを持っていたはずだ。社会的に著名な識者と会うことが先ずは第一の目的だった。
 
 あれ程誇っていた「サラリーマンの息子」であることが政権運営の能力証明に何ら役に立たず、自尊心がいたく傷つけられ、低下状況にあった。社会的に著名な識者と会うことで、低下した自尊心を修復し、正常心を回復した上に「サラリーマンの息子」を誇った頃の自信タップりを取り戻す手段にしたいと少なくとも期待していたはずだ。

 民主党支持の、積極的支持だけではなく、消極的支持であっても、会うことを快く引き受けてくれた識者なら、儀礼上からも励ましの言葉をかける。励ましを受けることが、自分自身がまだ見捨てられていないことの評価となる。見捨てた者に誰が励ましの言葉をかけるだろうか。

 一般国民の世論調査での菅首相の評価は菅首相を見捨てている者が上回っている。「次期首相にふさわしい人物」の世論調査でも渡辺喜美みんなの党代表に僅かながらであっても抜かれ、支持しない理由が「政策に期待が持てないから」とか、「実行力がないから」と能力否定の散々な評価となっていて、とても励ましの評価とはなっていない。

 識者と会うことで励ましを受け、それを自身がまだ見捨てられていない評価とすることで、他者からは失いつつある自己評価を自ら高めようとした。そんじょそこらの人間の励まし、評価ではない。社会的地位と社会的名声を獲得した著名な識者の確かな力を持った励ましであり、当然自己の評価とし得る。確かな人間からの励ましという評価を得ることで、それを自身の評価とする「栄光浴」の心理的動機が無意識下に働いた会談ではなかったろうか。

 そのために菅首相は著名な識者の追っかけと化す一時的な症状を呈したとも言える。

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