◆複雑な巡視船への改造と乗員訓練が理由
NHK報道等によれば、昨年末より報じられた除籍護衛艦の海上保安庁巡視船への転用が断念された、とのこと。
海上保安庁は、尖閣諸島警備の長期化に伴い、大型巡視船の実任務と補給に整備という運用計画の循環体系が大きく限界に近づき、他方巡視船を増勢するにも二年以上の建造期間を要することから、暫定的な代替案として、海上自衛隊が除籍した護衛艦の巡視船転用を模索してきました。
一方、海上保安庁の巡視船は大型船舶が警備救難任務を行っているのに対し、海上自衛隊の護衛艦は戦闘を念頭に計画されているため、一か所二か所を破壊されても全体の機能を喪失しないよう、機能を分散し複合化しているため、操舵一つとっても必要な人員などが全く異なります。
そして、長距離巡航を念頭に置く巡視船と戦術機動を念頭に置く護衛艦とで機関方式の要求性能の違い、このほか、船体への防御の思想などにも巡視船と護衛艦には根本的な違いがあるため、護衛艦を巡視船へ転用するには、必要な改造に数カ月以上を要し、乗員の訓練も数カ月以上を要するものでした。
この実情は、一人前の護衛艦乗員を養成する期間の長さを考えれば想像できます。他方、海上自衛隊から海上保安庁へ出向できれば多少この問題を解決できるのですが、除籍艦の乗員は新造艦へ異動しますし、海上自衛隊も定員が十分確保されていないため、捻出すれば護衛艦の稼働率に影響が出てしまうため出来ません。
そして、護衛艦並の巡視船を、中古護衛艦の取得という形で導入した場合、整備補給をどうするのか、という点が、海上保安庁の根本的な問題として残ります。海上保安庁は海上自衛隊の基地にあるような整備補給施設や造修設備を有していません。このまま単に艦船だけ導入しても、整備補給の関係上海上自衛隊の基地を離れることが出来なくなり、この点も解決策がありませんでした。
この場合、海上自衛隊退職者で護衛艦乗り組み経験者を海上保安官として雇用する方法、海上保安官を海上自衛隊の各術科学校へ入校させ護衛艦の運用に関する技術習得を行う方法、護衛艦を海上保安庁でも運用可能な巡視船に準じた機関や船内構造へ改修する方法、などが考えられるところ。
しかし、退職者だけで護衛艦一隻分を集め短期間で教育する事は不可能、海上保安官を海上自衛隊へ出向させ訓練を行う場合でも数年を要する、護衛艦を完全な巡視船へ改造する場合は根本から構造が異なるため新造と同程度の費用と時間を要するため、どれも現実とは言えないでしょう。
元々は巡視船を建造する時間として必要な二年程度の期間を補うために提案された手法なのですから、その対処方法に数年を要するようでは、その間に巡視船を建造すればよい、という事になり、護衛艦を無理に巡視船へ改造する意味はありません、こうした実情が冷静に判断されたところと考えます。
個人的には、どうしても、という方法ならば考えられるものはあります。例えば海上自衛隊の交通船などは巡視船と同程度の運用能力と整備機能を以て実施できますので、老朽交通船を譲渡して巡視艇の枠を空け、その巡視艇が巡視船の任務を補う事で大型巡視船の運用能力を補う、ということです。
ただ、海上保安庁の警備取締船数は海上法執行機関としては数も大きさも世界最大で、加えて日本の造船能力を考えるならば、代替船は色々とありますので、正攻法で巡視船を建造し、必要な数を揃える、という手段の方が、遠回りに見えて実は最短の手段なのかもしれません。
なお、この提案は昨年の衆院選以前に現与党で当時の野党から提案された手法でもあり、実のところ真面目に検討する以前に、という問題なのではないかな、という水準の内容と思っていたのですが、真剣に検討した、ということには少々驚きました。他方、除籍護衛艦は標的艦転用、もしくは解体となるようです。
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)