北大路機関

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歴史地震再来と日本安全保障戦略② 沖縄トラフ・八重山地震が南西諸島と中国沿岸に大打撃

2013-06-06 23:52:47 | 防災・災害派遣

◆沖縄へ津波被害と中国へ長周期振動被害

 南西諸島、北大路機関で連載する南西諸島の防衛に関する特集でも、我が国安全保障上特に関心を向けなければならない地域の筆頭にあります。

Eimg_0835 この海の向こうには巨大な怪物が潜んでいる、そしてやがてこの海岸へ殺到するだろう、その時には最初の24時間が全てを決めるだろう、いちばん長い日になる。ロンメル将軍がドーバー海峡を睨むノルマンディ海岸要塞を前にイギリスを元帥杖で指示し、部下に訓示、映画“史上最大の作戦”の一幕です。本日は6月6日、ノルマンディ上陸記念日です。ただ、この一言を我が国が海を眺めつつ考えた場合、どうしても考えるのは周期的に発生し、人命と財産を奪う大津波、津波という怪物を想定せざるを得ないでしょう。

Img_0885 この南西諸島、沖縄県は大きな地震が無い、という印象があるようですが、実は我が国最大規模の津波記録が残されているのは、1771年4月24日の八重山地震で、推定マグニチュード7.4、琉球大学理学部や公益法人地震調査研究センターの研究ではマグニチュード最大8.5という規模の地震が大津波を引き起こし、明和大津波と呼ばれるこの津波は85mという東日本大震災の際に比較される貞観三陸地震の津波よりも高い海抜までの遡上が記録されました。

Eimg_2345 実は八重山地震が再来しますと、南西諸島の軍事的緊張が高まる大きな要素となる可能性があります、津波で沖縄が、長周期振動で中国沿岸部が大被害を受けるため、この地域に日米中の部隊が集中し、緊張へ繋がるためです。このあたり、黒石耀先生や横山信義先生、大石英司先生かラリーボンド先生がシュミュレーション小説化するのではないか、と考えつつ、先を打とうと資料を集めて北大路機関でブログ小説にでも、と思っていたところ、3.11で中断し、今に至る、というもの。

Img_4010 地震は沖縄でも比較的高い頻度で発生しています。沖縄では2010年2月27日にマグニチュード7.7の沖縄本島近海地震が発生し、糸満市で震度五弱、負傷者2名と若干の津波を観測し、1998年5月4日にも石垣島南方沖地震としてマグニチュード7.7の地震が発生、太平洋側の沖合にて発生したため最大震度3でしたが、こちらも僅かではあるものの津波が観測されており、南西諸島は地震が来ない、という認識は、将来的に、神戸は地震が少ない、という常識が破綻したあの1995年1月17日以前の認識のように振り返る事の無いようにしたいもの。

Eimg_3307 津波、八重山地震の津波は下地島では、島の最高標高に帯岩という高さ12.5mの津波岩、津波岩とは海底の変動により剥ぎ取られた地形の一部が津波により押し上げられる岩石のことですが、打ち上げられています。下地島の最高標高は21.6m、現在の研究では85mという数字はやや行き過ぎでゃな以下、という疑問うも付けられているようで、30m程度、という説も出されている一方、下地島で最も海抜の高い場所に津波岩が到達した、という事は全島津波に呑みこまれたことを意味します。

Eimg_0037 ただ、地震津波ではなく、海底地滑りによる局地的な大波であると考えられ、所謂山体崩壊に伴う大波と考えられています。これは1792年5月21日の雲仙普賢岳山体崩壊により有明海げ流れ込んだ際の大波、島原大変肥後迷惑として知られる事象と共通点があり、熊本市で22.5mの海抜まで遡上した津波は、地震津波以外の津波事例でした。山体崩壊による津波は563年に山岳国スイスでジュネーヴが津波に襲われましたが、これも山体崩壊の岩屑雪崩がレマン湖に押し入ったためでした。これらは被害が局地化する性質のもの。

Eimg_4171 しかし、八重山地震の津波被害は半端な規模ではありません、防災システム研究所資料では、石垣市宮良村で85.4m、石垣市白保村で60.0m、石垣市大浜村で44.2m、という記録です。一方で、多々良島で18m、宮古島では10mと同じ八重山諸島でも開きがある一方、死者12000名、このうち直撃を受けた八重山での死者は9400名、生存者は18607名で、住民の三割が死亡したことになります。そして、その後、疫病や飢饉を防げず、八重山諸島は明治初期に地震発生以前雄三分の一の人口まで衰退していた、とのこと。

Img_8407 地震の揺れは、石垣島で震度4前後、宮古島では震度3前後、沖縄本島でも震度3前後とされており、被害の大半は津波によるものです。そして、津波被害は局地的なもの、とされているのですが、江戸に近い房総半島でも津波による被害が同時期に報告されており、遠隔地津波となったことを考えさせられます。加えて、遠距離を経ても震度が減退しないことは、東日本大震災で経験されたような長周期振動が考えられ、この点もこの歴史地震が再来した際の被害を考えなければならない一要素と言えるでしょう。

Eimg_4416 南西諸島ではほかにも津波を伴う地震が報告されており、地層や珊瑚礁の破損などを調べる限り、数百年周期ではあるのですが、確実に発生しており、1911年6月15日には喜界島地震が鹿児島県島嶼部を襲い、マグニチュード8.0の地震は最大5mの津波を喜界島や奄美大島など近隣の島嶼部へ到達させ、12名が犠牲となっています。名瀬測候所の計測では震度6、那覇測候所の計測で震度5、震源が浅い割には広域に大きな揺れが伝播しました。

Eimg_7577 この地震は沖縄トラフとの関連性が考えられ、周期性のある海溝型地震とされています。これを示すように、珊瑚礁などの調査では過去も周期的に発生しているものの、一定以上の地震よりは中規模な津波を伴うものが連続する中で、八重山地震や喜界島地震などが発生しており、特に八重山地震では被害の記録は多く残っている己の、海底地滑りが起きた明確な海域が今なお調査中であり、もう一つの視点に海溝地震の可能性も指摘される中、周期性に関する研究は今日でも専門家の間で続いています。

Eimg_9350 対策について、具体的には、長周期振動に強い中層建築物を一定規模で建築し、加えて津波避難施設を高台に設定、海底地震への緊急地震速報システムの充実と共に、この地域でも大津波が生じた事例がある、という防災教育の徹底、台風に備えた防風用の石垣に対しての耐震診断を行う、そして離島であるため、ヘリコプターと艦船による救援体制の構築を行うこととともに、防災施設や防災訓練への関心度が非常に低く、防災を生活文化まで根付かせるという取組が対策として考えられるところでしょう。

Eimg_2500 さて、八重山地震型の海溝型地震が発生した場合、まず、沖縄本島の防衛に当たる那覇基地は滑走路が海抜4mの場所にあります。参考までに米軍の嘉手納基地は海抜44m、普天間基地は海抜75mです。海底地滑りによる津波の場合、指向性があることが八重山地震の被害記録より読み取れますが、場合によっては那覇基地を含めた防衛上の施設や台湾北部、中国沿岸部にも津波が到達することは想定できるもの。このほか、湾口が狭い場所を選び、津波にも比較的強い佐世保基地や呉基地を別として、中国沿岸部の海軍基地で外洋に面している施設は被害を受ける可能性がある。

Eimg_7481 この点について、南西方面航空混成団司令部は12m高台にあり、しかも主要施設は航空攻撃を想定し、人工山へ地下化されています。問題となるのは航空機が置かれているエプロン地区で、可能であれば強化シェルター、航空攻撃や弾道ミサイル攻撃からも防護できるシェルターへ第83航空隊のF-15を格納し、津波からの維持を考えねばなりません。また、司令部の置かれている丘陵地帯下へ、防水隔壁とともに地下ハンガーを構築することも津波対策の一手段といえるかもしれません。

Eimg_9071 ただ、看過できないのは、中国大陸への地震被害です。前述の通り、八重山地震は長周期振動を伴う可能性が高いことが、上記被害から推測されます。この場合、中国沿岸部の人口676万が暮らす福州市や人口2433万の上海市へ、長周期振動が震度3から震度4で到達する事となり、高層建築物で長周期振動への耐震構造での対策を行っていない建物は倒壊する可能性があり、高層建築物が殆ど無かった18世紀の八重山地震は別として、近年の中国には、特に沿岸部に超高層建築物が多い。

Img_6653 長周期振動は、ゆっくりとした揺れ。東日本大震災はマグニチュード9という巨大地震であったため、遠距離を隔てた首都東京へかなり強い揺れが到達しましたが、震源から距離があったため、ゆっくりとした揺れとなり、超高層ビルが撓るように揺れ、その様子は映像でも記録されています。知人友人の話で名古屋や豊橋に浜松周辺でも、船酔いのような気持ち悪い揺れを感じさせた、とのことですが、八重山地震の再来で想定される中国沿岸部での揺れは震度3から震度4の長周期振動は、このあたりのもの。

Bimg_2046_1 イージス艦と東京スカイツリー。長周期振動はゆっくりと揺れるため、高層建築物が建物地震に揺れを蓄積してしまい、撓るように揺れ、建物地震の自重で左右に捻じれます。そして弾性限界を超える場合、自重で横に応力が働き、倒壊してしまうのです。我が国ではスカイツリーをはじめ長周期振動を念頭に東海地震や首都直下地震への対策が建築物へ施され、法令もあるためこの地域では大きな倒壊などの被害はありませんでしたが、果たして中国ではどうなのでしょうか。

Gimg_1292 大阪港と護衛艦いせ、日本は過去の地震から建物と市街地そのものの防災を想定して建築してきました。一棟が倒壊すれば隣のビルに押しかかります。幸い、超高層ビルが地震で倒壊した事例は世界でも今のところありませんが、超高層ビルが密集し過ぎている場合、耐震強度が長周期振動に耐える水準のものであっても、ビル同士が捻じれて接触する可能性があり、建物内の備品や機材の固定が充分でない場合には、建築物自体の重量が設計重量以上となってしまうこともあり、これも危険を高めます。

Img_6595 中国では、長沙市で建設が開始される世界最高の838mというスカイシティビルが、マグニチュード9での倒壊を免れる耐震構造を期しての設計を掲げ、地震への関心が高まりつつあるようですが、長周期振動へ対応する高層ビルの建築がどの程度念頭に置かれているかは未知数です。また、2011年3月11日の東日本大震災の長周期振動は2500km離れた上海まで到達したという記録もあるため、震源から400kmから500km程度と遙かに近い八重山諸島での地震は実際の被害に直結することが想定せざるを得ません。

Eimg_4659 この点で、安全保障上圧力がかかる南西諸島地域を震源とする地震が発生し、我が国には津波被害が、そして圧力をかける中国では、我が国が行っている耐震建築物という対策の欠如により大きな被害が生じるもので、当然、この地域へ自己完結能力と動員力を有する政府機構、つまり自衛隊や人民解放軍が大部隊を救援へ展開させることとなり、これにより意図せざる状況が発生することを如何に回避するか、という視点からも、即ち防災と防衛を併せて、考えなければならない、ということ。

Eimg_4126 加えて、地質調査を名目に八重山諸島近海へ中国側が対潜情報の捜索にも用いる海洋観測艦を多数派遣する口実や、準備期間を設けられるのであれば軍事的混乱に乗じた台湾海峡有事へ発展することも一応、想定しなければなりません。防災と防衛の一本化、とは、こうした可能性を排除し、特に防災へ、人命救難へ特化できる防衛体制も構築することにもなります。歴史地震とは、近年の万全な観測体制が構築される以前の地震であり、昨今に発生したもので貼りません。しかし、地層や植物層、堆積物や地形に、更に近世のものでは伝承や古書にその手がかりを多く残しているものであり、決してフィクションではありません。こうしたうえで、八重山地震のリスクをどう考えるか、一つの課題ではあるといえるでしょう。

北大路機関:はるな

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コメント (6)
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