■マーケットガーデン作戦
マーケットガーデン作戦を描いた映画に併せた作戦の検証、今回が最終回です。年度内に纏められますね。
マーケットガーデン作戦について、過度に専門的な視点は省略しますが、ベルギーから69号線沿いにオランダ全域を奪還する、しかし最終到達線がドイツオランダ国境、ドイツ軍が最も兵力を集中させているジークフリート線の手前に設定しているのですよね、ここに進出されますとジークフリート線からの重戦車による逆襲が想定されます。大丈夫なのか。
作戦前提でオランダ領内にドイツ軍の大半は残っていない、という前提があるのですから、それならばジークフリート線まで後退したドイツ軍の増強は史実よりも大きく見積もる必要があった。そしてジークフリート線を越えてドイツ領内ルール工業地帯を占領する、次の作戦への視座に立てばジークフリート線突破は必要だ、すると大きな問題が生じます。
ジークフリート線は第30軍団の3個師団で突破できる可能性はあったのか、特に前進軸を69号線に限定しているという事は、ジークフリート線突破の補給路も69号線一本に頼る訳ですから、容易に遮断されます。また、事前情報として、オランダ領内にドイツ軍部隊はほぼ撤退を完了、との大前提があったのですから、内陸部ではなく沿岸を進めなかったか。
オランダ沿岸部には実際には当時ドイツ第15軍が居ました。第15軍は1944年6月のオーバーロード作戦、連合軍ノルマンディ上陸に際してフランス沿岸部に駐屯し大打撃から再編成中の部隊でしたが、マーケットガーデン作戦をオランダ内陸部ではなくオランダ沿岸部で実施するならば、非常に優勢な連合軍の艦砲射撃支援を受け得た位置関係にある。
戦略目標がオランダ領内のV2ミサイル基地破壊、その為のオランダ奪還ならば、沿岸をロッテルダムとアムステルダムに向かって前進する事で目的は達せますし、アムステルダム港湾施設はドイツ北部進攻への戦略補給拠点となり得る。そして支援作戦として、本作戦での69号線に沿って機甲部隊を進出させ、沿岸部と併せ第15軍を挟撃し得たでしょう。
オランダ沿岸部は、特に河口の扇状地に位置していますので機甲部隊の前進は簡単ではありませんが、第15軍にも同様の条件であり、特に扇状地の孤立地形に第82空挺師団と第101空挺師団を投入するならば、逆に空挺堡を護りやすい地形防御として利用できます。砲兵火力への脆弱性は残りますが、ここは艦砲の支援により対砲兵戦を展開し得るのです。
ロッテルダム沿岸へ大規模上陸作戦を行う事は、オーバーロード作戦での上陸用舟艇や沿岸用特殊重車輌を掃討損耗している為に不可能であったでしょう、オーバーロード作戦前年に検証的に実施されたディエップ上陸規模の作戦ならば展開し得た可能性がありますが、本格内陸進攻の能力はありません。ただ、戦艦等の損耗は無く、火力支援は出来得ました。
マーケットガーデン作戦は拙速であった、とはモントゴメリー大将が戦機熟した、と判断しての作戦立案で在った背景が説明されるのですが、前進軸として69号線に固執する必要はありませんでしたし、ドイツルール工業地帯侵攻を期すならば、ジークフリート線突破が不可欠となり、最終到達予定線を設定するには参加兵力が過小であると気付くはずです。
69号線、ジークフリート線攻略を考えるならば69号線一本では交通量が不足する、と痛感するでしょう。実際にはオランダ全域を奪還するならば、他の国道とロッテルダム港やアムステルダム港を使用できそうですが、過去、シェルブール港奪還の際に港湾を撤退前のドイツ軍が破壊し、一ヶ月以上使えないという可能性の再来も考慮する必要はありました。
浸透作戦へ転換する事は出来なかったか、要するに69号線に沿ってアルンヘムへ進撃する際に道路が狭すぎて最先鋒の近衛装甲師団を航続する歩兵師団が超越し戦闘加入出来ない状況で、例えば後続する第50歩兵師団を69号線に滞留させるのではなく、69号線から周辺部へ浸透し、ドイツ第15軍の側面を脅かす分断作戦に転換する事が出来たならばどうか。
マーケットガーデン作戦がアルンヘムのライン川手前1.8kmの距離で第30軍団の攻撃衝力が枯渇した背景には、常に第15軍が69号線へ攻撃を加え遅滞戦闘を強いた為でした、この為に陸路で結ばれている地域へも補給が滞る状況があったのですね。それならば69号線周辺部を制圧しない事は非常に不明瞭です。第30軍団の3個師団に限界があった訳だが。
連合軍がフランスへ投入した師団数は実数で44個師団、すると空挺師団を併せて一割強をマーケットガーデン作戦へ投入した構図です。逆に言うならば、第30軍団以外に投入し得る新戦力は明らかに残っています。追加投入は戦力の逐次投入であり悪手である事は否めませんが、浸透作戦に切り替えたならば逐次投入ではなく第二段作戦と云い得るでしょう。
パットンならば、どうこの作戦の臨んだか。若干横道にそれますが、マーケットガーデン作戦を振り返りますと、オープニングに写真でのみ登場する連合軍南部軍のパットン第3軍の存在を考えさせられます。第3軍は横紙破りの大胆な戦術をち密な計算に基づき強行します。69号線沿いに浸透作戦を展開させ沿岸部の支隊と協同、第15軍を分断殲滅するか。
バルジの戦い、個の映画の直後が舞台で、1944年12月にドイツ軍が行ったアルデンヌ地方での冬季攻勢、映画“パットン大戦車軍団”にも描かれています、“遠すぎた橋”で戦い再編中の第101空挺師団がアイゼンハワー大将の機転でバストーニュを確保するのですがドイツ軍に包囲される。この救出に転用されたのはザールブリュッケン近郊に展開中だったパットン第3軍団でした。
パットンはアイゼンハワーの展開所要時間への問いに48時間、と即答しました。ザールブリュッケンからバストーニュまで160kmありますので、マーケットガーデン作戦の100kmよりも長く、準備時間は遥かに短いのですが、作戦受領の可能性を想定した時点から、隷下部隊に可能な能力を冷静に計算した上で48時間という数字を導き出し、達成しています。
バストーニュ包囲は第1SS装甲師団、第9SS装甲師団、第12SS装甲師団が加わる非常に懸念すべき規模でした、言い換えればバストーニュに立てこもる第101空挺師団は街道上の緊要を押えており、バルジの戦いへ参加するドイツ軍44個師団の主要補給路へ側面から脅威を与えていた事の証左ですが、第3軍は第101師団が瓦解する前に合流できたかたち。
第3軍は主要街道と共に利用できる側道全てを利用し、峻険な地形を選定し機動しています。この背景には“都市と森林は兵を呑む”として避けるべき地形を逆説的に不期遭遇以外の遭遇戦を回避、少数部隊との遭遇は撃破し得る規模の部隊で浸透にちかい接近経路の選定を行った事で為し得た。ではマーケットガーデン作戦、思い切った戦術をとれるパットンが指揮したらば、と戦術研究の観点から、考えてしまいますね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
マーケットガーデン作戦を描いた映画に併せた作戦の検証、今回が最終回です。年度内に纏められますね。
マーケットガーデン作戦について、過度に専門的な視点は省略しますが、ベルギーから69号線沿いにオランダ全域を奪還する、しかし最終到達線がドイツオランダ国境、ドイツ軍が最も兵力を集中させているジークフリート線の手前に設定しているのですよね、ここに進出されますとジークフリート線からの重戦車による逆襲が想定されます。大丈夫なのか。
作戦前提でオランダ領内にドイツ軍の大半は残っていない、という前提があるのですから、それならばジークフリート線まで後退したドイツ軍の増強は史実よりも大きく見積もる必要があった。そしてジークフリート線を越えてドイツ領内ルール工業地帯を占領する、次の作戦への視座に立てばジークフリート線突破は必要だ、すると大きな問題が生じます。
ジークフリート線は第30軍団の3個師団で突破できる可能性はあったのか、特に前進軸を69号線に限定しているという事は、ジークフリート線突破の補給路も69号線一本に頼る訳ですから、容易に遮断されます。また、事前情報として、オランダ領内にドイツ軍部隊はほぼ撤退を完了、との大前提があったのですから、内陸部ではなく沿岸を進めなかったか。
オランダ沿岸部には実際には当時ドイツ第15軍が居ました。第15軍は1944年6月のオーバーロード作戦、連合軍ノルマンディ上陸に際してフランス沿岸部に駐屯し大打撃から再編成中の部隊でしたが、マーケットガーデン作戦をオランダ内陸部ではなくオランダ沿岸部で実施するならば、非常に優勢な連合軍の艦砲射撃支援を受け得た位置関係にある。
戦略目標がオランダ領内のV2ミサイル基地破壊、その為のオランダ奪還ならば、沿岸をロッテルダムとアムステルダムに向かって前進する事で目的は達せますし、アムステルダム港湾施設はドイツ北部進攻への戦略補給拠点となり得る。そして支援作戦として、本作戦での69号線に沿って機甲部隊を進出させ、沿岸部と併せ第15軍を挟撃し得たでしょう。
オランダ沿岸部は、特に河口の扇状地に位置していますので機甲部隊の前進は簡単ではありませんが、第15軍にも同様の条件であり、特に扇状地の孤立地形に第82空挺師団と第101空挺師団を投入するならば、逆に空挺堡を護りやすい地形防御として利用できます。砲兵火力への脆弱性は残りますが、ここは艦砲の支援により対砲兵戦を展開し得るのです。
ロッテルダム沿岸へ大規模上陸作戦を行う事は、オーバーロード作戦での上陸用舟艇や沿岸用特殊重車輌を掃討損耗している為に不可能であったでしょう、オーバーロード作戦前年に検証的に実施されたディエップ上陸規模の作戦ならば展開し得た可能性がありますが、本格内陸進攻の能力はありません。ただ、戦艦等の損耗は無く、火力支援は出来得ました。
マーケットガーデン作戦は拙速であった、とはモントゴメリー大将が戦機熟した、と判断しての作戦立案で在った背景が説明されるのですが、前進軸として69号線に固執する必要はありませんでしたし、ドイツルール工業地帯侵攻を期すならば、ジークフリート線突破が不可欠となり、最終到達予定線を設定するには参加兵力が過小であると気付くはずです。
69号線、ジークフリート線攻略を考えるならば69号線一本では交通量が不足する、と痛感するでしょう。実際にはオランダ全域を奪還するならば、他の国道とロッテルダム港やアムステルダム港を使用できそうですが、過去、シェルブール港奪還の際に港湾を撤退前のドイツ軍が破壊し、一ヶ月以上使えないという可能性の再来も考慮する必要はありました。
浸透作戦へ転換する事は出来なかったか、要するに69号線に沿ってアルンヘムへ進撃する際に道路が狭すぎて最先鋒の近衛装甲師団を航続する歩兵師団が超越し戦闘加入出来ない状況で、例えば後続する第50歩兵師団を69号線に滞留させるのではなく、69号線から周辺部へ浸透し、ドイツ第15軍の側面を脅かす分断作戦に転換する事が出来たならばどうか。
マーケットガーデン作戦がアルンヘムのライン川手前1.8kmの距離で第30軍団の攻撃衝力が枯渇した背景には、常に第15軍が69号線へ攻撃を加え遅滞戦闘を強いた為でした、この為に陸路で結ばれている地域へも補給が滞る状況があったのですね。それならば69号線周辺部を制圧しない事は非常に不明瞭です。第30軍団の3個師団に限界があった訳だが。
連合軍がフランスへ投入した師団数は実数で44個師団、すると空挺師団を併せて一割強をマーケットガーデン作戦へ投入した構図です。逆に言うならば、第30軍団以外に投入し得る新戦力は明らかに残っています。追加投入は戦力の逐次投入であり悪手である事は否めませんが、浸透作戦に切り替えたならば逐次投入ではなく第二段作戦と云い得るでしょう。
パットンならば、どうこの作戦の臨んだか。若干横道にそれますが、マーケットガーデン作戦を振り返りますと、オープニングに写真でのみ登場する連合軍南部軍のパットン第3軍の存在を考えさせられます。第3軍は横紙破りの大胆な戦術をち密な計算に基づき強行します。69号線沿いに浸透作戦を展開させ沿岸部の支隊と協同、第15軍を分断殲滅するか。
バルジの戦い、個の映画の直後が舞台で、1944年12月にドイツ軍が行ったアルデンヌ地方での冬季攻勢、映画“パットン大戦車軍団”にも描かれています、“遠すぎた橋”で戦い再編中の第101空挺師団がアイゼンハワー大将の機転でバストーニュを確保するのですがドイツ軍に包囲される。この救出に転用されたのはザールブリュッケン近郊に展開中だったパットン第3軍団でした。
パットンはアイゼンハワーの展開所要時間への問いに48時間、と即答しました。ザールブリュッケンからバストーニュまで160kmありますので、マーケットガーデン作戦の100kmよりも長く、準備時間は遥かに短いのですが、作戦受領の可能性を想定した時点から、隷下部隊に可能な能力を冷静に計算した上で48時間という数字を導き出し、達成しています。
バストーニュ包囲は第1SS装甲師団、第9SS装甲師団、第12SS装甲師団が加わる非常に懸念すべき規模でした、言い換えればバストーニュに立てこもる第101空挺師団は街道上の緊要を押えており、バルジの戦いへ参加するドイツ軍44個師団の主要補給路へ側面から脅威を与えていた事の証左ですが、第3軍は第101師団が瓦解する前に合流できたかたち。
第3軍は主要街道と共に利用できる側道全てを利用し、峻険な地形を選定し機動しています。この背景には“都市と森林は兵を呑む”として避けるべき地形を逆説的に不期遭遇以外の遭遇戦を回避、少数部隊との遭遇は撃破し得る規模の部隊で浸透にちかい接近経路の選定を行った事で為し得た。ではマーケットガーデン作戦、思い切った戦術をとれるパットンが指揮したらば、と戦術研究の観点から、考えてしまいますね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)