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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

【京都幕間旅情】伏見稲荷大社,穀倉地帯での戦争と火山の冬-古典文学が伝える日本史における飢餓飢饉の記録

2022-06-08 20:22:25 | 写真
■吾妻鏡と明月記の記述
 古典といいますと豪農令嬢ヒロインの京都アニメーションな作品を思い出されるかもしれません、しかし今回は氷菓ではなく冷夏の話題について。

 伏見稲荷大社に五穀豊穣を祈りたい背景には、前述の穀倉地帯でのウクライナ戦争と南洋のフンガトンガフアパイ火山大規模噴火とともに、我が国においても有数の穀倉地帯である三河平野は明治用水の取水施設破損の影響で稲作が出来ず、影響が見込まれるため。

 方丈記が過去の飢饉について記した事は示しましたが、飢餓難民を救う余力は無く燦々たる状況となった鴨川の河原には累々と飢餓の帰結が横たわり、御霊信仰からでしょう、僧侶が梵字を額に記してせめて仏縁を亡者と結ばせたという、非常に悲しい歴史があります。

 鴨長明の方丈記に過去の飢饉に関する記述がみられる事は前述しましたが、飢饉の歴史もまた数多ある事はその前に触れました、寛喜の飢饉が1230年から三年間にわたり日本国土を蹂躙しますが、こちらについては藤原定家が明月記に異常気象について記していました。

 藤原定家は初夏に本来は暑くなり避暑地への段取りを考える頃に特に感じるほどの寒い風が吹き、衣替えの後だというにも拘らず綿衣を取り出して、恰も秋のようだと記しています。そして七月には霜が降りた、と記しているのですね。完全な異常気象といえるもの。

 明月記に記された情勢は七月の霜という異常気象は京都だけでなく諸国でも生じている事が記され、八月の気象も冬の様になりまして九月には諸国の作付が凶作の徴候を示していると京都に伝わった為、藤原定家も急ぎ庭木を伐採し麦の種を撒いたとしるしていますが。

 吾妻鏡、同じ時代に記されました古典文学にお馴染みの文中には八月に大風が吹いたとありまして、台風被害があったのかと考えさせられます。そして吾妻鏡には旧暦の六月、つまり七月下旬にあたるのですが、美濃や武蔵でなんと雪が降ったと記されているのですね。

 寛喜の飢饉、冷夏により深刻な不作が予見され冬にも育つ麦が撒かれたのですが、今度は秋に暖冬の気配が来まして京都には諸国で撒かれた麦が早くも冬の内に結実しているとの知らせが届いた、こう明月記にあり、これには流石の藤原定家も事実かを疑ったという。

 暖冬は麦に異常成長を促しますが結実が早過ぎまともに麦粒が残らなかったといい、麦も不作となりました。暖冬とともに今度は暮れの頃に桜が咲き始めたという。もっともここ梅花の話がありませんのでこれは冬に咲く十月桜を異常開花と疑ったのかもしれませんが。

 異常気象に間違いが無いのは、今度は冬に蝉が鳴きはじめ夜には蟋蟀が啼くという要するに季節の逆転を示す異常が庶民を不安がらせたとされる、確かに今の視点でも冬に蝉が鳴いていれば地球温暖化ここに極まれりと駅前でデモが連日おこなわれるようなきがします。

 二年間の飢饉、何が起きたかといいますと冷夏の他方で筍が豊作であったことから山野で鼠が異常発生し穀物備蓄を襲い、二月には飢餓難民が押し寄せる事となります。ただ夏ごろには収容しきれず京都に流入した飢餓難民が大量に死亡し、地獄のようになりました。

 飢饉は翌年の秋に一旦落ち着いた冷夏とともに稲作が収穫に至りまして、それでも種籾の不足や水不足から耕作面積は半分程度に落ち込んでしまったとされます。厳しい表現ですが、前の夏に大量の餓死者が出た為に食糧需要が低下していたのですが、それでも飢饉は。

 霧島火山が火山爆発指数4、インドネシアのサマラス火山がこの頃に火山爆発指数6の巨大噴火を起こしていますので前駆火山活動を含め火山の冬として影響したのかもしれませんが、歴史には飢饉が記されています。再来しないよう、改めて手を合せたくなるのですね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【京都幕間旅情】伏見稲荷大社,五穀豊穣司る宇迦之御魂大神に手を合せ日本の飢餓の歴史を思い返す

2022-06-08 20:00:02 | 写真
■方丈記に記された飢饉
 ロシア軍ウクライナ侵攻は世界に穀物危機という危険な飢餓の懸念を現実のものとさせつつあります。

 伏見稲荷大社。京都市伏見区深草藪之内町に鎮座します稲荷山を御神体とする壮大社殿が広がります。宇迦之御魂大神を祀る社殿は豊穣を司り、創建は8世紀初頭の和銅年間、豊穣の豊かさ転じて商売繁盛祈念の社殿として京阪神筆頭に広く崇敬を集める神域です。

 宇迦之御魂大神に手を合せたいところは、ここのところ穀物不足という報道が、今は食品価格と資源価格高騰という段階ではありますが、先進国日本でこうした状況ですので、そのまま日本で忘れかけられた問題、飢饉、これが世界の広範囲に及ぶ懸念があるためです。

 飢饉、日本の歴史を振り返りますと幾度も飢饉が国土を蹂躙しています。1993年の冷夏による日本のコメ騒動は社会科の教科書でも眺めなければ思い出す事も無いのかもしれませんが、その直前の1991年フィリピンのピナトゥボ火山噴火が影響しているのでしょう。

 ロシア軍ウクライナ侵攻による世界的な穀物不足は、しかしどのくらい深刻となるのでしょうか、忘れてはならないのがもう一つ、1648年のドイツ三十年戦争で、農民まで動員し総力戦を行った結果、秋になって誰も畑を耕していない事に気づき飢饉となっています。

 ドイツ三十年戦争ではドイツ人口が半減しているのですが、ウクライナもロシアも世界有数の穀倉地帯、ここに2021年のトンガにおけるトンガフンガフアパイ火山噴火が、短期間で異常な夕焼けが世界中で観測される程の火山性エアロゾルを成層圏に昇らせているのだ。

 穀倉地帯での戦争と大規模火山噴火、もう少し後者の方の影響を見極めてから開戦を考えて欲しかったものですが、開戦を決意した隣国の大統領が自国軍隊の弱さと隣国軍隊の精強な改編を見極められないのだから、歴史的な飢饉と戦争に火山の関係は見抜けない訳で。

 気象庁長期予報ではこの夏は例年よりも若干暑くなるとの予報が出ています、すると気候変動の影響もあるのでしょうが、火山の冬を皮肉にも温室効果ガスが緩和しているという事になるのか、それとも気象庁の長期予報は火山を正確に反映していないのか、気になる。

 五穀豊穣を司る伏見稲荷大社に平穏を祈りたいのは、日本の飢饉の歴史は生々しい様子まで古典文学に記されていまして、そもそもこうした歴史を再来させぬよう努力を重ねてきたものの、穀倉地帯での戦争と大規模火山噴火の重なりは如何とも不安を惹起させるため。

 天永の飢饉は西暦1111年、長承保延の飢饉が1134年から実に26年間、治承養和の飢饉が1180年から三年間、寛喜の飢饉が1230年から三年間、元徳の飢饉が1330年、応永の飢饉が1420年から翌年まで、寛正の飢饉が1459年から三年間、そしてそして、と続きます。

 方丈記。豊穣と方丈記は音韻が似ていますが、この鴨長明が著した古典文学には治承養和の飢饉について具体的な記述があるのですね。1180年から三年間という飢饉の期間には、平安朝末期の日本の統治機構が源平合戦の最中で機能不随となっていました時代でした。

 朝廷の飢饉対策は総力を挙げて祈祷を行いましたが、悲しい程に効果が在りません。日本史では祈祷は危機の際に執り行われますが、重ねて大法など寺社の法要は費用を要し、要するに増税を招く。この結果、農民の離散、土地を捨てて逃げる事例が数多あり、荒廃へ。

 鴨川などは、物乞いで生き残ろうとする膨大な飢餓難民流入となりましたが、当時の朝廷は後の鎌倉幕府や室町幕府のような救民政策は採られず、結果燦々たる情景がその河原に広がったという。古典文学には説話のように飢饉への備えの重要性をこう、説いています。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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北朝鮮弾道ミサイル演習-6月5日発射ミサイルは過去発射の短距離弾道弾と超大型ロケット弾か,防衛省発表

2022-06-08 07:00:36 | 防衛・安全保障
■臨時情報-北朝鮮ミサイル
 日曜日の朝に速報がありました北朝鮮ミサイル演習にはひやりとさせられたものですが、この程防衛省はそのミサイル演習の分析結果を公表しました。

 防衛省は北朝鮮が6月5日に発射した弾道ミサイルについて、過去に発射した短距離弾道弾や超大型ロケット砲と呼ばれる短距離弾道ミサイルと同型であるとの見方を示しました。超大型ロケット砲は北朝鮮ではKN-25シリーズなど600mmクラスのロケット弾と自走式発射装置を複数開発していて、これらを大口径操縦放射砲として北朝鮮は命名しています。

 KN-25ロケット弾は弾頭付近に小翼が確認されており、安定翼というよりは誘導型と考えられるものです、過去の実験では400km近く飛翔したものもあれば200km程度の射程に抑えられた実験があり、クラスター弾頭型や単一弾頭型など弾頭威力と推進薬の比重を変えた幾つかの派生型があると思われます。敢えて日本に届かないミサイルを選んだのか。

 岸防衛大臣は、今回のミサイル発射について、少なくとも三か所から極めて短時間に多数が発射された事は過去に例が無く容認できない、と発言した。一方、このミサイル発射に対して米韓はATACMS陸軍戦術ミサイルを8発発射し、所謂、対抗演習を実施しました。これは言い換えればKN-25とATACMSが南北で同程度装備と考えられているともいえる。

 ミサイルならばすべて禁止だ、という発想は行き過ぎのようにも思えまして、例えば過去には北朝鮮軍がシルクワーム地対艦ミサイル、第一世代の中国製地対艦ミサイルを発射した時代にも、当時は金正日政権時代でしたが、北朝鮮のミサイル実験として日本国内では報道も政治も否定的に報じた事がありました。すると北朝鮮はどこまで兵器を持てるのか。

 日本を射程に収める准中距離弾道弾以上の兵器となりますと、日本にも脅威が及びますが、今回試験されたもので超大型ロケット弾に当るものといえば、韓国もATACMS陸軍戦術ミサイルをアメリカから導入していますし、自衛隊のMLRSもATACMSさえ購入するならばそのまま射撃可能です、すると自衛の目的を超える水準ではないとも云えるのでは、と。

 自衛隊の導入計画があるスタンドオフミサイルは射程は1000kmに迫り、島嶼部防衛用極超音速滑空弾も射程は2000km前後となる想定、すると日本は保有できるが貴国は認めない、という不合理ではなく、弾道ミサイルの定義に含めるかが難しい大型ロケット弾などについては、国連制裁の定義に含まれるのか定義外か、そろそろ明確とするべきでしょう。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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