この歳になっても不眠症になったことはない、私だが、昨夜は昼の間にコタツで昼寝をしたせいか、昨夜めずらしく眠れなかったので、起き出して自分が昔書いた本を取り出して読んでみた。
最近、同じことを書こうとしていることとかもあるのだが、我ながら昔もけっこう面白いことを書いていたのではないかという気がした。
残念ながら私にはなかなかテクスト風の本は書けないので、いつもエッセイ風の文章のあつまりではあるのだが。
部分的には昔とりあつかったテーマを最近またまた重複して2度3度と取り上げる傾向にあるのはしかたがない。
昨夜読み返した文章の一つに「五捨五入」という文章があった。短いエッセイで、日本の小学校の算数では「四捨五入」というけれど、数値計算を連続して行うような時には「四捨五入」よりも「五捨五入」のほうがいいのではないかという、私が大学で応用数学の授業で学んだ占部教授の意見を述べたものである。
そして、これを私が大学を定年退職を記念して出版した『数学散歩』(国土社)の5番目のエッセイかに収録した。ところがこの本を定年退職の記念パーティー来てくれた数少ない卒業生の一人から、その直後にメールをもらった。
それは、アメリカの工業規格では実は四捨五入ではなく五捨五入が実際に採用されているということであった。彼は神戸にある、S社の教育担当の社員にその当時なっていたが、アメリカからの注文仕様では五捨五入が使われており、注文を受けた技術者はこれがなぜだか理解できず、「アメリカは遅れている」と教育担当のK君にクレームを述べたのだという。
それで K 君は応対に困って「カスタマーの要求だから従ってください」としか言えなかったという。彼は私の本を読んで、五捨五入の方が計算誤差が少ないために精度が上がるのだ、とようやく悟った。それで自社の技術者にようやく納得させる自信ができたと書いていた。
いや、これには私のほうがびっくりしてしまった。「アメリカでの工業規格が五捨五入を採用している」とは私は知らなかった。
ひょっとしたら、アメリカ留学の経験もある占部教授はそのことも講義中に話したのかもしれないが、私の知る限りではそういうことは聞かなかったような気がする。
単にアカデミックな話と思っていた五捨五入が、実はアカデミックな話ではなく、アメリカの工業規格では標準として採用されていたのである。
学問もここまで行かなくては本物ではあるまい。
(2021.8.17付記)
最近このブログを読んでくれた方がおられたので、付記する。この五捨五入のエッセイは「数学・物理通信」11巻3号で読むことができる。インターネットで検索してみてください。すぐに名古屋大学の谷村先生のサイトにすべての「数学・物理通信」のバックナンバーがあります。