前編で石狩川が洪水に悩まされた歴史について触れたが、その支流である豊平川流域も洪水に悩まされた歴史があった。そして豊平川もまた捷水路工事によって現在のような姿になったことを知った。
石狩川流域がその昔幾多の洪水被害に遭ったと前編で触れたが、豊平川流域に広がる札幌市もまた何度も洪水の被害に泣かされた歴史があった。
市民カレッジ「石狩川とともに」の第三講は「札幌の治水」についてだった。
※ 今回前後編で使用した写真のうち、唯一自分で撮った写真です。石狩川と豊平川の合流地点です。向こう側の白く覆われているところが石狩川です。
札幌市は豊平川の扇状地に広がっているが、その下流域は低地で湿地帯であったために何度も洪水の被害に見舞われた。
そのため札幌市では新川をはじめとして、琴似新川、雁来新川などいつくもの流水路が造成されたそうである。そして豊平川自体も石狩川に流入する新水路が捷水路工事によって造成されていたことをこの講座を受講して初めて知ることができた。
以前の豊平川と石狩川の合流地点は、現在よりずっと江別側に寄ったところにあったということだ。
そう云われてみると、私が一年前に石狩川との合流地点から豊平川を遡ったときに「河畔がわりあいスッキリしているなぁ」と感じたのは、人工的に造成された川だったということなのだろうか?
※ 豊平川を写す代表的な光景といって良いでしょう。
意外なことを聴くことができた。
それは豊平川が急流で知られる木曽川や吉野川より上流と下流の高低差が大きく、大変な急流であるということだ。そのため豊平川は川底が流れによって削られる危険があるという。
豊平川を遡っているとき、川一面にコンクリートの造成物が置かれているところが何カ所か目に付いた。あの造成物は川底が削られるのを防ぐ「床止(とこどめ)」という装置だということを教えられた。
※ これも札幌市内を流れる豊平川を空撮した一枚です。
第4講では「未来」をテーマにお話を聴いたが、石狩川、豊平川とも治水対策が進み洪水の被害を受けることも少なくなった。そして石狩川流域は豊かな穀倉地帯になり、豊平川流域は多くの人口を受け入れ大都市へと変貌したが、けっして治水対策が完成したわけではない、と講師の鈴木氏は指摘した。
それは近年の天候の変化にあるという。
地球温暖化の影響も受け、雨の降り方などに変化が出てきていると言います。
そのために新たな対策が求められていると…。
※ 石狩川が日本海に注ぐ河口部分の図です。図の左側に茨戸川から日本海に注ぐ直線がありますが「石狩放水路」です。洪水の際に非常に役立ったそうです。
一方、次のようなことも指摘した。
洪水など自然災害に対しては、ハードの対策ばかりでなく「減災」という考え方も重要であると…。「減災」とは災害時において発生し得る被害を最小化するための取り組み(ダメージコントロール)である。それはハード面だけではなく、ソフト面において日常から災害を最小限に食い止めるための心構えであり、備えだろう。私もそのことが大切ではないかと思う。
※ 空撮で見る石狩川河口です。私は今年春この先端部分をぐるっと一周しました。
日本の高度成長期には莫大な予算を投下して、日本国中で国土改造が進められた。しかし、今は予算面からも、自然保護の面からも以前のようなことができる環境にはないと云えるのではないか。
今現在も国内的に見ると、自然災害での痛ましい事故は絶えないが「減災」の考え方を徹底することによってかなりのケースが未然に防げたのではないかとも思われる。
「減災」の考え方が地域社会の中により徹底されていくことを望みたいものだ。
4回にわたった今回の講座は、講師の鈴木英一氏にいわゆる役人臭さがなく、難しい内容を素人にも理解できる程度に噛み砕いて説明していただき、とても楽しく受講することができた。このような講座なら何度でも受講したい。
これで私は「道民カレッジ」の8単位を取得することができた。(ちなみに札幌学院大学のコミュニティカレッジでは10単位を取得した)
石狩川流域がその昔幾多の洪水被害に遭ったと前編で触れたが、豊平川流域に広がる札幌市もまた何度も洪水の被害に泣かされた歴史があった。
市民カレッジ「石狩川とともに」の第三講は「札幌の治水」についてだった。
※ 今回前後編で使用した写真のうち、唯一自分で撮った写真です。石狩川と豊平川の合流地点です。向こう側の白く覆われているところが石狩川です。
札幌市は豊平川の扇状地に広がっているが、その下流域は低地で湿地帯であったために何度も洪水の被害に見舞われた。
そのため札幌市では新川をはじめとして、琴似新川、雁来新川などいつくもの流水路が造成されたそうである。そして豊平川自体も石狩川に流入する新水路が捷水路工事によって造成されていたことをこの講座を受講して初めて知ることができた。
以前の豊平川と石狩川の合流地点は、現在よりずっと江別側に寄ったところにあったということだ。
そう云われてみると、私が一年前に石狩川との合流地点から豊平川を遡ったときに「河畔がわりあいスッキリしているなぁ」と感じたのは、人工的に造成された川だったということなのだろうか?
※ 豊平川を写す代表的な光景といって良いでしょう。
意外なことを聴くことができた。
それは豊平川が急流で知られる木曽川や吉野川より上流と下流の高低差が大きく、大変な急流であるということだ。そのため豊平川は川底が流れによって削られる危険があるという。
豊平川を遡っているとき、川一面にコンクリートの造成物が置かれているところが何カ所か目に付いた。あの造成物は川底が削られるのを防ぐ「床止(とこどめ)」という装置だということを教えられた。
※ これも札幌市内を流れる豊平川を空撮した一枚です。
第4講では「未来」をテーマにお話を聴いたが、石狩川、豊平川とも治水対策が進み洪水の被害を受けることも少なくなった。そして石狩川流域は豊かな穀倉地帯になり、豊平川流域は多くの人口を受け入れ大都市へと変貌したが、けっして治水対策が完成したわけではない、と講師の鈴木氏は指摘した。
それは近年の天候の変化にあるという。
地球温暖化の影響も受け、雨の降り方などに変化が出てきていると言います。
そのために新たな対策が求められていると…。
※ 石狩川が日本海に注ぐ河口部分の図です。図の左側に茨戸川から日本海に注ぐ直線がありますが「石狩放水路」です。洪水の際に非常に役立ったそうです。
一方、次のようなことも指摘した。
洪水など自然災害に対しては、ハードの対策ばかりでなく「減災」という考え方も重要であると…。「減災」とは災害時において発生し得る被害を最小化するための取り組み(ダメージコントロール)である。それはハード面だけではなく、ソフト面において日常から災害を最小限に食い止めるための心構えであり、備えだろう。私もそのことが大切ではないかと思う。
※ 空撮で見る石狩川河口です。私は今年春この先端部分をぐるっと一周しました。
日本の高度成長期には莫大な予算を投下して、日本国中で国土改造が進められた。しかし、今は予算面からも、自然保護の面からも以前のようなことができる環境にはないと云えるのではないか。
今現在も国内的に見ると、自然災害での痛ましい事故は絶えないが「減災」の考え方を徹底することによってかなりのケースが未然に防げたのではないかとも思われる。
「減災」の考え方が地域社会の中により徹底されていくことを望みたいものだ。
4回にわたった今回の講座は、講師の鈴木英一氏にいわゆる役人臭さがなく、難しい内容を素人にも理解できる程度に噛み砕いて説明していただき、とても楽しく受講することができた。このような講座なら何度でも受講したい。
これで私は「道民カレッジ」の8単位を取得することができた。(ちなみに札幌学院大学のコミュニティカレッジでは10単位を取得した)