田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

奇跡の高校 札幌新陽高校の実像

2018-12-21 15:31:15 | 講演・講義・フォーラム等

 新陽高校の若き荒井優校長は力むこともなく、いやむしろ淡々と自校の実像を語った。その意欲的な実践の裏には、荒井氏の豊かな体験、そして確かな考え方があった。僅か3年にして廃校の危機に遭遇した高校を奇跡的に回復、そして躍進を続ける新陽高校の真の姿を見た思いだった。 

 12月17日(月)午後、かでる2・7の研修室において、北海道教育委員会が主催する「子ども・地域生活習慣向上プロジェクト事業全道フォーラム」が開催され、先にレポした「人権教育指導者研修会」同様、門外漢ではあったが一市民として参加した。

 そのフォーラムの基調講演に登壇したのが札幌新陽高校々長の荒井優氏だった。

 荒井氏は「社会教育を取り入れたら学校教育が変わった~新陽高校の改革の事例から~」と題して120分にわたって講演された。

           

       ※ 荒井氏は写真のようなラフな格好で登壇した。併設する保育園の職員のユニフォームだということだ。

 まず新陽高校のことを「奇跡の高校」と称したのは、どうやら朝日新聞らしいのだ。朝日新聞は新陽高校の実践を3回シリーズで紹介している。その新聞記事をウェブ上で見つけることができたので、その新聞記事を紹介するのでお読みいただきたい。

           

           ※ 少し文字がつぶれて読みづらいが、ぜひ一度目を通してください。

          

                     

 この新聞記事をお読みいただくと、新陽高校が取り組んでいる改革のおおよそがお判りいただけると思う。

 その改革をリードするのが荒井優氏である。その荒井氏の履歴が大変興味深い。

 まず、荒井氏は新陽高校の創設者である荒井龍雄氏の孫であり、衆議院議員の荒井聰氏の息子だということである。荒井氏が新陽高校の校長として招かれたのは、理事長を務める父親の聰氏からの要請に応えたということだ。というのも、当時の新陽高校は定員を大きく割り、校長が毎年のように変わり学校閉鎖も寸前といった状況だったという。

 父親からの要請を受けた優氏はなかなか特異な経歴の持ち主である。まず学生時代(早稲田大学)の2年次に1年間休学して「YOSAKOIソーラン祭り」の第5回目の実行委員長を務めた経験があるという。そこで彼は一つのことを成し遂げる醍醐味のようなものを感得したのではないだろうか。そして大学卒業後は、ソフトバンクに入社して、社長室に配属され孫正義氏のもとで薫陶を受けたという。そうした中、東日本大震災が起こり、孫氏より東日本の復興に関わるよう指示されると、(公財)東日本大震災復興支援財団を起ち上げ、そこの専務理事に自ら就任し、東日本地域の復興に携わるようになったそうだ。           

 荒井氏はこの復興支援財団に関わるようになったことで、これまで交流のあった人たちとはまったく違った分野の人たちとの知己を得ることとなる。例えば、公民館学で著名なジャック天野こと天野和彦氏(福島大特任教授)、水俣市で地元学を提唱する吉本哲郎氏、NPO教育支援協会代表理事の吉田博彦氏、等々…。それまで付き合いのあったビジネスパーソンとは一味も二味も違う方々と出会いによって、教育への可能性を感じ始めたという。

 そうしたタイミングでの父親からの校長就任要請だったそうだ。前出の吉本哲郎氏に新陽高校々長に転身することを報告した時、吉本氏から「あきらめろ! 覚悟しろ! 本物を作れ!」という言葉をいただいたという。

  2016年2月1日、荒井氏は若干40歳で札幌新陽高校の校長に就任した。就任時は定員280名のところ155名しか入学しなかった新入生が2017年4月には322名の新入生が入学するまでにV字回復したという。

 荒井氏はその秘策について隠すことなく能弁に語った。早口ではあるが、けっして聞き取りにくい声ではなく、ほとばしる思いを語りたくて早口となったようにも思えた。荒井氏が取り組まれている数々の改革をここに再現するには私の手に余る。興味にある方はウェブ上に多くのレポートが紹介されているのでそちらを参照いただきたい。

          

          ※ 熱が入った(?)荒井氏は後半上着を脱ぎ捨て、Tシャツ一枚で講演を続けた。

  荒井氏はけっして剛腕を発揮するようなタイプではなく、むしろソフトな語り口で爽やかな感じを周りに与えるような好漢といった感じである。お話をうかがっていて、札幌新陽高校はますます進化していくだろうとの予感を持たせてくれた。札幌から高校教育が変わっていくのでは、と思わせるほどのインパクトのあった講演だった。

 フォーラム自体はこの後、全道各地の市町村が子どもの生活習慣向上のためのさまざまな実践の事例発表があったが、私にとってこのフォーラムは荒井氏の講演がすべてだったように感ずるほど感銘をおぼえた基調講演だった。


ワンコインランチ紀行 32  レストラン アネラ 

2018-12-20 17:15:43 | ワンコインランチ紀行 

 ススキノの真ん中に位置するホテルに併設されたレストランである。ランチ時にススキノ界隈に出向くことなどなかなかない。キタラのコンサート前に立ち寄ることにしたのだが、お得感のあるランチになった。

                

            ※ レストラン「アネラ」が入るホテルネッツの全景です。トラックに邪魔されました。

 利用しているランチパスポートの場合、土・日・祝日には利用できない店が多い。ところがこの日利用した「レストラン アネラ」は土曜日の利用が可となっていた。この日(12月15日)は午後からキタラで行われる「札響の第九」の鑑賞に出かけることになっていたので、その途中に寄ることにした。

 レストラン アネラが入るホテルネッツは昨年7月に開業した新しいビジネスホテル系のホテルである。レストランも当然新しく清潔な感じのテーブルが並んでいた。

           

          ※ レストラン「アネラ」のエントランスです。

 私が入店したのは12時30分過ぎだったが、先客は3組しかいなくレストラン内はガランとして静かだった。やはりランチをススキノでという人は多くないのかもしれない。ただ、私が退店する頃には次々とランチパスポートを手にしたお客さんがたくさん入ってきた。

          

          ※ 「アネラ」の店内ですが、お客さんが写らないようにしたためガランとした印象です。

 このお店のパスポートランチは「週替わりオムライス」(通常価格850円)である。お店のスタッフからは「スープ、サラダ、コーヒーはセルフサービスになっています」と案内があった。スープはコンソメのみの一種、サラダはレタス、キャベツ、ニンジンスライス、スイートコーン、ミックスビーン、ポテトサラダなどが用意されていた。

          

          ※ セルフサービスですが、ご覧のようにサラダとスープが付きました。

 運ばれてきた今週のオムライスは「オムライス with ハンバーグ」だった。ライスにかかった半熟卵、デミグラスソース、そしてデミグラスソースの中に浮かんだハンバーグとなかなか美味しそうな印象です。肝心の味の方は、ライスのケチャップソースも、デミグラスソースも、私にはやや薄味かな?とも思われたが十分に美味しかった。

 それにしても、このオムライスに、スープ、サラダ、コーヒーが付いてワンコインとは十分にお得感のあるランチだった。

          

         ※ 写りは悪いですが、デミグラスソースの中にハンバーグが入っています。                    

 最近思うことがある。ランチパスポートを使ってのランチをしていると、たまあに使わずにランチをとったときに7~800円くらいの価格を聞くと「高いなぁ」と思ってしまう自分が怖い。気持ちがチープになってしまうことを警戒せねばならないなぁ…。

           

          ※ 食後にはしっかりコーヒーのサービスも…。

【レストラン アネラ データー】 
札幌市中央区南7条西4丁目2-1 ホテルネッツ札幌1F
電  話  011-206-8161
営業時間  モーニング 6:30~10:00
ランチ  10:30~15:00
(ランチパスポート可能時間10:30~14:00 除く日・祝日)
定休日   日曜・祝日 
座席数   48席(テーブル席、カウンター席)
駐車場   無

入店日  ‘18/12/15


吹いて奏でて楽しむ演奏会??

2018-12-19 16:50:33 | ステージ & エンターテイメント

 「吹いて奏でて楽しむ演奏会」というなんだかよく分からない演奏会だったが、スケジュールが空いていたことと、無料だということで覗いてみた。すると、名称どおりステージに登場した演奏者がいかにも楽しく演奏している姿がとても印象的だった。

                

 12月16日(日)午後、かでるホールにてHuite Kanadete Tanoshimu CONCERTというコンサートがあり、覗いてみることにした。「よく分からない」と書いたが、入場の時渡されたプログラム、あるいはコンサートの司会を担当した方の説明によると、「吹いて奏でて楽しむ演奏会」の代表者で指揮者の奈良真之介という方が、既存の吹奏楽団などに所属していない吹奏楽愛好者に声をかけて結成されたグループのようである。用意されたプログラムにはメンバーの所属が書かれていたが、高校生から大学生、そして社会人まで、それも札幌在住者ばかりでなく道内各地にも広がっていて、総勢55名というグループである。

          

          ※ 第一部は正装で彼らの本気をみせてくれた演奏でした。 

 そうした寄り集まりのグループだと多くを期待するのは無理だろうと思われた。ところが演奏を始めてみると、かなりの迫力で音が私の方へ押し寄せてきた。確かに細かなところではところどころでわずかな綻びも覗かせたが大きな問題は感じずに大いに楽しませてくれた。例によって演奏された曲目を紹介すると…、

 ◇ J.ヴァンデルロースト/アルセナール

 ◇ J.オリヴァドーティ/序曲「バラの謝肉祭」

    〈休 憩〉

 ◇ 吹いてBest Entertainment Parade!

 ◇ 真島俊夫編曲/宝島

 ◇ 筒井雅子/あなたへ~旅立ちに寄せるメッセージ

 ◇ 東海林修/ディスコ・キッド

 

 第2部(後半)は特にこのグループの特徴(?)である楽しさを前面に出したステージとなった。仮装をしたり、ダンスを交えたりと、会場も巻き込んで、何より彼ら自身が楽しんでいるように見えた。会場には楽器を持参していて、そうした人たちがステージに上がって一緒に合奏する場面もあった。

          

          ※ 第二部はカジュアルにTシャツで、写真は会場の方も飛び入りで演奏に加わった場面です。

 印象的だったのは、最後から二番目の「あなたへ」はそれぞれが楽器をおいての合唱だった。これはグループの特徴なのだと思われるが、それぞれの事情によって離合集散が多いという。今回の演奏会を最後にグループを離れる友のために歌った歌だったが、聴いていた私もウルッとくる瞬間だった。

          

          ※ 吹奏楽の演奏の中に挟まれた合唱を聴かされてウルッときた田舎オヤジでした。

 学生時代に熱中した吹奏楽を何らかの形で継続したいと思う気持ちは多くの人がもつ心情だろう。社会人の吹奏楽団に加入する者、仲間とグループ活動をする者、個人で活動する者、それぞれだと思うが、そうした思いを一つの形にしたのがこの「吹いて奏でて楽しむコンサート」の集いだと思われる。長く継続してほしいものである。


もはや慣例化した「札響の第九」& 忘年会

2018-12-18 16:55:23 | ステージ & エンターテイメント

 もはや壮大なるマンネリと揶揄されるかもしれない「札響の第九」に今年も行ってきました! クラシックに対して大して造詣があるわけでないオヤジたち3人(一人が都合で脱落した)は、ただただ「年末には第九で」という惹句に暗示にでもかけられたように今年もキタラに出向いたのだった。

                         

 今年の「札響の第九」は12月15日(土)と16日(土)の両日にわたって開演した。私たちはもはやたいして相談もなく15日のチケットを手配して、当日を迎えた。チケットはもちろん最低価格のP席(ステージ後方席)である。忘年会の店も忘れずに予約して…。 

 調べてみると、私たちの「札響の第九」詣では2009年から始まっている。それからずーっと皆勤なのだから、今年で10周年ということになる。午後2時、今年は大友直人の指揮モーツァルト/歌劇「皇帝ティートの慈悲」序曲が始まった。短い曲(8分)ではあったが、その中に抑揚があり、第九への期待感を膨らませてくれた。

           

           ※ 写真は全てウェブ上から拝借した。私たちは合唱団の後ろ最前列に陣取った。

 休憩時間に指揮者の大友直人のことで友人と盛り上がった。それは大友直人の男前ぶりについてという下世話な話である。上背がありスラっとした体形に、長髪の白髪が良く似合い、その長髪が指揮する度に優雅に揺れるのだ。私たちのP席はその大友氏の表情がよく見えるのである。まったく天は一人の男に二物も三物を与えて不公平である!きっと大友直人のおっかけファンなどもいるのではないかと思わされてしまった。                  

           

         ※ 指揮者の大友氏は当年60歳らしいが、この写真は少し前の写真か?髪がもう少し白かった。

 そんな下世話な話で時間をつぶしているとメインのベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調op.125「合唱付き」が始まった。クラシックを聴く耳がいっこうに進歩しない私には、第九については過去に全てを語りつくした感があるので今回はパスすることにする。ただ、今年はP席最前列で聴いたからだろうか?合唱団の迫力がいつにも増して感じられた。そういえば、数年前から合唱団の構成が札響合唱団、札幌放送合唱団に加わって札幌大谷大学芸術学部音楽家合唱団が加わったことにより、ベテランと若手がほどよくミックスされ迫力が一段と増したのではないかと思われた。もちろん札幌交響楽団の方も熱の入った演奏を披露してくれた。 

                 

            ※ この写真も少し前のものと思われるが、このダンディーぶりである。        

 と、迫力ある演奏を堪能した私たちはこれまたまるでルーティーンを描くようにススキノの居酒屋へ直行した。例年は4人だったのだが、今年は一人かけて3人とやや寂しかったが、今年を振り返りながら杯を重ねたのだった。

 あゝ、今年も暮れてゆく…


北海道立近代美術館コンサート Ⅰ

2018-12-17 17:38:05 | ステージ & エンターテイメント

 久しぶりの近代美術館でのコンサートだった。札幌市内を中心に活躍する若手音楽家のトリオによるコンサートだったが、若さゆえの挑戦的な選曲だったのだろうか?私にはちょっと難しく感じてしまったが、他の方にはどう感じたのだろうか?

           

       ※ 開演中の写真はNGとのことで、開演前の様子です。以前と椅子の配置を変えて多数が聴けるようになった。

 12月15日(土)午前、近代美術館のロビーで今年最初のコンサートが開催された。近代美術館のコンサートは、(公財)北海道銀行文化財団が北海道の若き芸術家たちを支援するコンサートということで、年明けにももう一度開催されることになっている。

 この日は札幌市内で活躍する演奏家13名で結成する「ランス室内楽団」の中の3人がトリオを組んで(トリオ・デ・ランス)演奏を披露してくれた。

 演奏を披露してくれたのは、按田佳央理さん(フルート)、福井遥香さん(クラリネット)、大塚茜さん(ピアノ)という構成だった。

           

   ※ フルートの按田佳央理さん   ※ クラリネットの福井遥香さん     ※ ピアノの大塚茜さん

     以上の3枚の写真はウェブ上から拝借しました。

 コンサートは「万華鏡 ~色彩豊かなフランス音楽~」と題して、私にとってはほとんど馴染みのないフランスクラシックだった。ちなみに曲目を記すと…

 ◇ C.ドビュッシー/子供の領分より第6曲「ゴリウォークのケークウォーク」

 ◇ C.ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲

 ◇ G.フォーレ/ドリー 作品56

 ◇ G.コネッソン/テクノ=パレード

 

 演奏者の履歴を拝見すると、按田さん、福井さんの二人は、教育大岩見沢校の芸術課程・音楽コースを卒業後、パリ・エコール音楽院を修了している。お二人はきっとフランス音楽に深く傾倒されていると推察できる。としたらこの選曲も納得である。でも正直言って私には難しかった…。 

 救いはアンコールにおいて、この季節らしくクリスマスメドレーを披露してくれたことだ。

 それにしても今回のような不特定多数の聴衆を前にしたときには、挑戦的(?)な曲とともに、易しいクラシック入門的な曲も挟んでくれたらなぁ…、と思うのは過ぎたる望みなのかなぁ…。


北大CATS公開講座⑦ 旅先に求めるホンモノとは?

2018-12-16 15:49:14 | 大学公開講座

 講師は言う。人々が旅先に求めるものは、世界遺産の寺院や国宝の仏像などを見に行く旅は“本物”を求めて出かける。しかし、「ホンモノのディズニーランドに行きたい!」と言ったときの“ホンモノ”とは、いったい何だろうか?その“ホンモノ”とは何かを考える講座だった。

 12月13日(木)夜、第7回目の北大CATS公開講座を受講した。7回目(最終回)の講座は「『ホンモノ』に出合う旅」と題して高等研究センターのセンター長である西山徳明教授が講師を務められた。

                   

                 ※ 講師を務められた西山センター長です。

 西山氏の問いを私は次のように解釈した。ディズニーランドは、日本のみならず世界中の人々を虜にし、旅行先として大きな集客力を示している。しかし、ディズニ―ランドは、W.Disneyというアニメーション作家が創作した世界を具現化したものであり、創りものの世界である。W.Disneyはより“ホンモノ”の世界を創り上げようとしたのが、ディズニーランドではなかったのか?そのディズニーの考えた“ホンモノ”とは何かを考えましょう、という問いだと受け止めた。 

 西山氏は次のような逸話を紹介してくれた。世界で最初のディズニーランドはロサンゼルス郊外のアナハイムに建設された。しかし、建設用地が事前に漏れたことで周辺には観光客目当てのけばけばしい建物(ホテルや物販店)が乱立して視覚的にディズニ―ランドの売りである「夢の国」の構想がぶち壊されたそうだ。

 それに懲りたW.Disneyはフロリダに極秘裏に広大な土地を取得して、業者の乱入を阻止して、従業員用の宿舎や関連施設などを網羅してディズニ―ワールドを実現させたそうだ。それはまるで周辺一帯をディズニーの統治国家のような様相を呈しているという。このディズニ―ワールドが完成した時にW.Disneyはすでに他界していたらしいが、これこそが彼の描いた“ホンモノ”のディズニ―ランドではないか、と西山氏は話された。

         

         ※ フロリダに展開するディズニーワールドです。さまざまな施設が広大な敷地に展開しています。

 続いて西山氏は、ハワイに造られた「ポリネシア文化センター(PPC)」の事例を紹介してくれた。PPCはハワイ諸島をはじめとするフィジー、タヒチ、サモア、トンガ、ニュー時ランドといったポリネシアの島々に伝わる伝統文化、風習などを伝える施設(公園)なのだが、この施設がハワイを訪れた観光客を捉えて離さないということだ。PPCの詳しい説明は避けるが、ここで西山氏は「モデルカルチャー」という言葉を私たちに紹介してくれた。「モデルカルチャー」とは、本物ではないが典型的な形で伝統文化、風習などを提示すること、とでもいうことができるだろうか?

               

            ※ ポリネシア文化センターの一部です。ポリネシアの風習、文化を体験できます。

 こうした事例から、誤解を恐れずに言えば、人々を魅了するテーマパークなどを建設する場合には訪れる人が“ホンモノ”と見紛うくらいな緻密さと徹底さを追求することが人々を満足させるということだろうか?バブルの時代に日本中を席巻したかのようなテーマパークはいずれもがその点において中途半端だったと言えるのかもしれない。 

 西山氏はさらに北海道に現存する「北海道開拓の村」についても言及された。「北海道開拓の村」がテーマパーク的施設か否かについては論のあるところかもしれないが、人々が体験し学ぶという点においてはPPCとの類似点が見られる施設である。(「北海道開拓の村」は本物を移築・展示している点ではモデルカルチャーとは一線を画す施設とも言える)

                 

                ※ 北海道開拓の村の全体像です。

 ところが「北海道開拓の村」の現状は人々にとって魅力ある施設となっているかと問われると「?」を付けざるを得ないのが現状である。その点について、ディズニーランドやPPCから学ぶ点が多々あるのではないだろうか、と西山氏は言いたかったのだと解釈した。 

 それほど頻繁に「旅」に出かける自分ではないが、「旅」への憧れは人一倍もっている自分である。今回のCATC(北大観光学高等研究センター)の7回シリーズの講座は(1回欠席してしまったが)どの講座も心楽しく拝聴することができた。


小樽総合博物館に行ってきました!

2018-12-15 19:00:58 | 「めだかの学校」関連

 小樽市総合博物館は旧手宮鉄道に関する鉄道機関車、施設などが充実している博物館である。冬季ということもあり、屋外の展示物はそのほとんどがブルーシートで覆われてはいたが、博物館を訪れた目的は果たすことができた。

           

          ※ 小樽市総合博物館の前面です。エントランスにクロフォードの銅像が建っています。

 9日(日)に続いて、13日(木)に小樽市を午前中から訪れ、目的の「小樽市総合博物館」に行ってきた。その目的とは?

 先日のブログでも触れたが、私が学ぶ「めだかの学校」では来年度の学びの企画作業が現在進行中である。会員で分担して、一年間の企画を練っているところだ。

 私は今年に引き続き、「さっぽろの古を訪ねて」第二弾を担当したいと申し出たところ承認を得られたので、会員のS氏とタッグを組んで企画に入った。

 その結果、私たちとしては来年度のテーマを「お雇い外国人の事績を訪ねて」として、北海道(札幌)開拓に果たしたお雇い外国人の事績を追うことにテーマを設定した。

           

        ※ 北海道の最初の鉄路を拓くために尽力したクロフォードの像が望遠鏡と共に建てられていました。

 そのお雇い外国人の一人で、空知・幌内⇔小樽・手宮間全線90キロの鉄道を開通させるために尽力したアメリカ人鉄道技師のJ.U.クロフォードに着目した。この国内で2番目の鉄路の敷設にあたっては、特に小樽⇔札幌間の海岸線の断崖に鉄路を敷設するのに多大な困難があったという。そのクロフォードがアメリカより取り寄せた機関車を保存しているのが小樽市総合博物館である。博物館の前庭にはクロフォードの全身立像の碑も立てられている。私たちはその小樽市総合博物館を訪れてクロフォードについて学びたいと考えた。 

 そこで博物館を事前に訪れ、クロフォードの事績についてレクチャーしてはいただけないかどうかを尋ねたいと思い、訪れたのだった。

 結果、博物館には博物館ボランティアの方々がいて、その方が展示物(鉄道関連)についての説明をしてくれるとのことだった。これで一安心…。ただ、ボランティアの方がどれだけクロフォードについてレクチャーしていただけるのか、その点にやや不安が残るため、今後その点について詰めていかねばならないと思っている。

           

          ※ 博物館内に展示されていたアメリカから輸入した機関車「しづか号」です。

 その後は、博物館の展示を一通り見て回ったが、建物内部の展示では開通当時の機関車「しづか号」が客車と共に展示されていたほか、鉄道展示室が充実しており見応えがあった。

 屋外の展示は、冬季ということで機関車などはブルーシートで覆われていた。夏季にはそれらも全て見ることができるほか、構内をアイアンホース号という当時の機関車で走る客車に乗車できるアトラクションも用意されているということだった。

          

          ※ 「北海道鉄道開通起源」碑が博物館の構内に立てられていました。

 「さっぽろの古を訪ねて」Ⅱは、全6回シリーズである。その他のお雇い外国人についても現在、鋭意企画中である。全貌が明らかになった時点でまたレポすることにしたい。


北海道・北東北の縄文遺跡群の価値

2018-12-14 17:05:30 | 北海道・北東北縄文遺跡群関連

 「北海道・北東北の縄文遺跡群」は世界遺産(文化遺産)の登録を目ざしている。門外漢にはいま一つその価値が理解できないでいるのだが、登録に向けて活動する関係者のお一人からお話を聞いた。

             

             ※ 北海道・北東北縄文遺産群を代表する遺跡「三内丸山遺跡」です。          

 12月12日(水)午後、かでる2・7において「ほっかいどう学」かでる講座の第10回講座が開催された。(今年度の最終講座である)最終回の今回は、「北海道・北東北の縄文遺跡群~世界遺産登録をめざして~」と題して北海道埋蔵物文化財センターの理事長で、札幌国際大学教授である越田賢一郎氏が講師を務められた。

               

               ※ 講師を務められた越田賢一郎札幌国際大学教授です。 

 「北海道・北東北の縄文遺跡群」北海道青森県岩手県秋田県の1道3県の縄文遺跡群で構成され、関係道県の関係者らによって早くから世界遺産登録(文化遺産)をめざしていた。ところが、これまで国内での暫定リストには掲載されてはいるものの、5年連続してユネスコへの推薦を見送られてきている。今年度も審議の対象にはなったものの、自然遺産候補だった奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島に先を越されてしまったことは記憶に新しいところである。

             

             ※ 北海道・北東北縄文遺産群の構成遺産(青色)を示す図です。

  越田氏が「北海道・北東北の縄文遺跡群」の最も大きな価値として強調したのは歴史的におよそ10,000年前からの遺跡を対象としている点を強調された。というのも、現在世界登録されている1,092件のほとんどが紀元前、あるいは紀元後の2~3,000年前後のものがほとんどである(文化遺産を指す)のに対して、そのずーっと以前からの人間の営みを対象としていることに意義があるとされた。 

 北海道・北東北においては、氷河期から温暖期に移行したことに伴い、人類の居住が可能となったことからおよそ10,000年前ごろから住み着いたとされる遺跡が次々と発見されたことによって、北の地においても縄文文化が花開いたことに意義を見出そうとしているということのようだ。

              

              ※ 構成遺産の一つ函館市の大船遺跡です。

 講義はその後、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を構成している一つ一つの遺跡について説明をいただいた。それらはきっと考古学に関係する研究者、または考古学ファンにとってはたまらないものだと思われるが、私のような門外漢にはいま一つその重要性が理解できないままお聞きしていたことも事実だった。

              

             ※ 構成遺産の一つ伊達市の北黄金貝塚です。

 さて、「北海道・北東北の縄文遺跡群」がなぜ関係者の熱意にもかかわらず6年も続けて推薦が見送られてきたのだろうか?それは国内の審査において、日本国内には縄文遺跡が約9万個所もある中から、「なぜ4道県のみの縄文遺跡が対象となるのか」についての十分な理解が得られていないところが大きな理由の一つのようである。そのような疑問に対して、関係者からは当然説明もされているであろうが、なお一層の理解を求める努力が必要ということのようだ。

 さらに高いハードルとなるのが、前記したように現在登録されている世界遺産が1,092件と、世界的に飽和状態になっていることがある。そのため、ユネスコでは各国の推薦数を年間一つに制限することになり、登録にも慎重になってきたことがあるようだ。

 「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録のためには高いハードルが待ち受けているが、ぜひそのハードルを乗り越えて登録される日が一日も早いことを祈りたい。

 


新しい血が活性化を促す?

2018-12-13 15:45:33 | その他

 「新しい血が活性化を促す」とはよく聞く言葉である。過日そのことを実感する場に出合った。私たちが恒例的に学びを続ける「めだかの学校」の過日の例会に3人のニューフェイスが体験入学したのだが、その3人が…。 

 私たちシニアの生涯学習グループ「めだかの学校」は毎月2回、学習テーマを設定して定期的な学びを続けている。(12月だけは年末ということもあり月1回となっている)

 先日12月10日(月)、今年最後の講座を開催した。この回は「自らの身体を知る」をテーマに、看護師経験のある会員のK女史が講師となって「血糖」「脂質」について学んだ。講座はK女史の適切な指導もあり、私も今後は今まで以上に血液検査の際の「血糖」と「脂質」の数値には気をつけようと思った。

                

 この講座に新しい顔が3人加わったのだ。3人が加わったわけは、会員の中のM氏が前日に地域のシニアの方々の某忘年会に出席していて、「めだかの学校」のことを紹介したらしいのだ。すると、3人が興味を持って試験的に「一度覗いてみよう」ということになったらしい。3人はK女史の指導、そしてそこに学ぶ私たちに関心を抱いたようだ。

 

 しかし、私が「新しい血が活性化を促す」ことを実感したのは、その場面ではなかった。

 私たち「めだかの学校」は会員間の親睦を図る意味から月に一度「給食会」と称する飲み会を実施している。その会にも彼らは参加してくれたのだ。

 ここで彼らのパワーが炸裂した!彼らは70代後半から80代の方だと思われるが、それぞれが多くの体験をされ、また地域でも大いに活躍している方々ばかりのようだった。

 お酒の勢いも手伝ったとは思うが、少しも遠慮することなく私たちの話の輪に加わってきてくれたのだ。それが単に加わるというのではない。もう話の中心にいるかのような勢いだった。特に女性お二人のパワーは全開だった。

                

 彼らが加わったことで「給食会」の雰囲気がガラリと変わった。良い意味で会は賑やかで、一層楽しい会となった。

 まだ彼らが「めだかの学校」に入会したと決まったわけではない。彼らにはそれぞれにホームグラウンドがあり、そこでの活動との兼ね合いを計りながら入会を検討してくれるとのことだった。

 彼らがもし入会してくれれば、飲み会のみならず、「めだかの学校」自体の活動や学びにもきっと良い影響を及ぼしてくれるものと思うのだが…。


小樽観光ガイドツアー

2018-12-12 16:49:40 | 札幌(圏)探訪

 歴史的建造物が林立する小樽市だが、改めてガイドの案内で巡ってみると往時の小樽の栄華の様子がより理解できたような気がした。また、運河や銀行などの歴史的建造物が残った理由も伺うことができ興味深いガイドツアーだった。

           

          ※ 寒い中、屋外で行われた「小樽観光ガイドツアー」の開会式です。

 12月9日(日)午後、小樽市商工会議所青年部が主催する小樽観光プロジェクト「小樽観光ガイドツアー」があることを新聞で知り、申し込んだところ参加を許されたので参加した。

 「なにを物好きに、わざわざ小樽まで…」といぶかる向きもあるかもしれないが、実は私が所属する「めだかの学校」の来年の野外講座の一環として小樽市をその対象として予定していることもあり、その事前踏査の意味もあったのだ。 

 集合場所の小樽市の観光案内所ともなっている「小樽運河プラザ(旧小樽倉庫)」に集まった参加者は100名弱だったと主催者から教えていただいた。その参加者を8つのグループに分け、そのグループに「おたる案内人ボランティアの会」の公認ガイドが一人ずつ付けられた。私たちGグルーブには阿部という50代の若いガイドが担当者となった。

           

          ※ 私たちのグループのガイドを務めた阿部氏が小樽運河について説明しています。

 案内されたコースは、小樽運河、そして「北のウォール街」とも呼ばれた旧銀行群の建物を次々と案内された。さらには、隆盛を誇った小樽経済界を支えた商社や商店の建造物も狭い地域にぎっしりと詰めるように遺されているのを案内していただいた。

 その数があまりにも多いので、ここではその一部のみ写真で報告することにしたい。

           

        ※ 往時の姿を残す焦点の建物です。屋根の端に載っているのは、「鯱」ならぬ「シャケホコ」だそうです。

          

          ※ 旧三菱銀行小樽支店です。現在は小樽運河ターミナルとなっています。

          

          ※ 旧第一銀行小樽支店の建物です。

               

              ※ 旧北海道銀行本店です。現在の北海道銀行とは関係ないとのことです。

               

               ※ 旧安田銀行小樽支店です。道路の拡幅工事のため移動(曳家)したそうです。

          

          ※ 旧四十七銀行小樽支店です。4本の柱に特徴のある建物です。

 それにしてもこの日(9日)はとても寒かった。この冬一番の冷え込みだったようで、私は万全の冬仕様で参加したつもりだったが、それでも体の芯から冷えるような思いだった。

 その寒さに対して、主催者はホッカイロを提供してくれ、さらには案内のコース途上に休憩ポイントを設定し、そこでは温かいコーヒーと肉まんじゅうを提供してくれるおもてなしをしてくれた。

          

       ※ 中華レストランが入る店内もレトロ調です。(休憩地点でコーヒーと肉まんをいただきました)

 私たちのガイドを務めた阿部氏は小樽の歴史を深く学んでいらっしゃる方のようで、とても懇切丁寧で小樽市の歴史を詳しく説明してくれた。

 その中でも印象的だったのは「小樽運河」の栄枯盛衰のストーリーである。運河がなぜできたのか、運河としての使命を終えた後、なぜ遺ったのか、等々とても興味深いものだった。

 また、運河と共に、旧銀行群がたくさん遺った理由にもある偶然が作用したというお話も興味深いお話だった。

           

          ※ この建物は大正時代に建築されたもので、現在も創設者が商いをしています。

 私はガイドツアーを終えた後、来たる来年6月の私たち「めだかの学校」の学習にあたってガイドをお願いできないかを関係者にお伺いしたところ、快諾を得ることができた。現在、来年の「めだかの学校」の野外講座の一環として、小樽市総合博物館で学習することを構想しているが、その後に小樽市の「歴史的建造物」をガイド付きのツアーを付加する方向で検討したいと思っている。近く再び現地踏査を実施する予定でいる。

 それにしても寒かったぁ~。