今午後2時15分くらいです。外は曇り、薄曇り、暗いです。気分も滅入ってしまいかねません。きのうの午後からも曇ってきて、夕方になって雨降りとなりました。きょうは雨降りという予報は出ていなかったように記憶していますが、私の記憶はあてにならないので・・・・。
例によって、3時間ごとの仙台の天気を見ていたら驚きました。きのうの気温よりも今日の方があったかいのです。なんかおかしい?なんて感じて素直に受け入れられません(どうでもいいことなのにね)。
最低気温はもう出ているのですが、きのうは11.7度できょうは14.3度ときょうの方が高いです。午前9時では15.2度と17.5度とやはりきょうの方が高いです。正午も16.9度と17.1度できょうの勝ち!です。
昨日は夕方から雨が降ったのと、このところ高い気温が続いているからでしょうか、今朝の散歩の時分流に流れが戻っていました。でも魚が入ってくるほどの水量ではないです、残念ながら。そうはいいながらも、水量が増えてくれてうれしいです。
そのうち紹介したいとは思うのですが、実際にできるかどうかは何とも言えないところが情けない次第ですがそこはご勘弁を。いつのまにか私の愛読書・愛読雑誌となってしまった「月刊日本」4月号です。憂国の士たちがとっても憂えています、日本の現状を。
その前に、きょうはこの前も取り上げた「はだしのゲン」です、これの短歌、朝日花壇から”ゲン”に関する短歌をご紹介します。よりによって広島市が平和教材からゲンを排除するなんて、岸田首相への忖度としか考えられません。
岸田になったので広島や長崎の位置づけや重みがよりいい方向に変わってくるか、と思った私がバカでした、愚か極まりなかったです。岸田は安倍以上に危険な人物だったとは・・・・。やはり人は見かけによらないということですね。宏池会出身だからと思ったのが大きな間違いでした。
高校時代ですか、野球をかじっていたのですかね、あれで!!!???WBCの野球の試合での始球式で投げましたよね。今ふとおもいだしました。野球をかじっていたいないに関わらず、いい大人が投げる球ですか!?あれが。まるで恥さらしではないですか。これが岸田何某の本質だったのですね。”普通”でさえ期待できないくらいひどいことをする男だということです。危険極まりない政治家です。
19日の朝日花壇から引用させていただきます。
『教材の「はだしのゲン」を差し替える広島なのに広島なのに』 観音寺市 篠原さん
『戦争を知らぬ世代の世となりて「はだしのゲン」の削除を憂う』 広島市 吉川さん
『休み時間短すぎると子ら読みき学級文庫の「はだしのゲン」を 観音寺市 篠原さん
ふたりの選者が篠原さんの短歌を選んでいました。
これは繰り返しになるかもしれませんが、朝日川柳からも引用させていただきます。
(2/18)『靴履かせはだしのゲンを追い立てる』 東京都 藤井さん
(2/21)『新しい戦前にゲン邪魔となり』 神奈川県 桑山さん
今手元に「はだしのゲン」の1975年5月12日発行(汐文社)の第1巻があります。第1巻は””青麦ゲン登場の巻””となっているのですね。カバーがついているのですが、表紙カバーの裏に著者の談が載っていますので紹介します。
『原爆を主題にした漫画を描くのはしんどいが、子どもらは、率直に何が真実かを見きわめてくれます。ですから肩を張るのではなく、リラックスしながら、子供が作品の中にはいっていけるようにと念じつつ描き続けました。その中から、ほんとうのものをつかんで、戦争とは、原爆とはをわかっていただければ本望です。』
また、翠楊社版のベストコミックス「はだしのゲン」苦闘編{戦後編Ⅰ 戦後編Ⅱ}昭和52年(1977)8月発行の作者の談です。
『この「苦闘編」の前半は以前「戦後編Ⅰ」として別途出版されたことがありますが、後半は書き下ろしも加えて初出版です。「ゲン続編」を希望するお便りを多くいただきながら中断していましたが、このたびようやく発表の場ができ喜んでいます。 「苦闘編」の続きにもとりかかっていますが、戦後の続発する大事件の中をゲンがどう生きぬいていくかを考えると、それを描くむずかしさに目のくらむ思いです。』