’89年に登場した「The 90s ACCORD」こと、4代目アコード。
だが、リトラクラブルライトで斬新なイメージだった3代目と較べると、なにかイメージ的にはコンサバティヴな印象が否めなく、個人的にはあまりココロ魅かれなかった。
しかし、’91年にアメリカからの逆輸入の形で日本で発売された、「U.S. ACCORD WAGON」。
これは、なにかハイセンスなイメージを持っており、一味違うクルマであった。
’89年に登場した初代レガシィ・ツーリングワゴンのヒットにより、ステーションワゴンがブームとなっていた当時の時代背景もあったかもしれない。
このアコードも、セダンよりもワゴンの方が、圧倒的に魅力的に見えた。
ダブルフォールディングでフラットになり、使いやすそうな荷室。
荷物の客室内への飛び出しを防ぐ「カーゴネット」や、荷室のプライバシーを守る「トノカバー」。
スタイルを引き締めるとともに、ルーフ上にモノを積むのに活用できそうな「ルーフレール」。
そして、「薄型電動スモークドガラス・サンルーフ」も標準装備。
このクルマを持つことで、なにか新しい生活が始まりそうな、そんな期待をさせてくれた。
オーディオがカセットなのは、まぁ、時代である。
運転席のみだったが、「SRSエアバッグ」が標準装備だったのも、’90年代初めとしては、先進的。
また、「サイド・ドアビーム」や「4輪ディスクブレーキ」「ハイマウントストップランプ」、「リア・3点式シートベルト」等で、その安全性を謳う。
その反面、ABSが付いていなかったのは、残念な部分。
ABSは、ホンダが’82年のプレリュードで先鞭を切った、重要なセイフティアイテムだったのだが・・・
2.2リッター16バルブエンジンは、ネット値で140PSを発揮。
ATは4速に過ぎないが、当時としては標準的である。
「1速ホールドの1レンジ」「2速ホールドの2レンジ」に加え、「D3」「D4」レンジを手動で切り替えれば、2ペダルMT的な使い方も、ひょっとしたら、出来たのかもしれない。
また、脚周りは、ホンダお得意の「4輪ダブルウィッシュボーン」で、サスペンションストロークをたっぷり取ってあったという。
インテリアも、当時の国産他車の演歌調というかキャバレー調とは異なり、シックでハイセンスな仕上がりだった。
左コラム一体型の「リアワイパー&ウォッシャースイッチ」や、「タイマー付リアデフロスター」は、日常の使い勝手に大きく寄与。
スイッチ操作でドアのロック・アンロックができる「キーレスエントリーシステム」も、21世紀の現在ではあたりまえだが、’90年代ではまだ珍しかった。
グレードは「2.2i」のみの、モノグレード。
ボディカラーは、手持ちのカタログでは「ボルドーレッド・パール」「チャコールグラニッド・メタリック」「コバルトブルー・パール」の3色しか確認できなかった。
その中で、外装色「コバルトブルー・パール」のインテリアカラーである「アイボリー」は、温かみがあって、実に私好みである。
そのボディサイズは全長4725mm×全幅1725mm×全高1440mmで、車両重量1430kg。
10モード燃費は、9.1km/Lだった。
ちなみに、’05年式BPレガシィ2.0i(4AT)のスペックは、全長4680mm×全幅1730mm×全高1470mmで、車両重量1360kg。
10・15モード燃費は、14.0km/Lである。
かなり近いサイズの両車だが、FFのアコードよりもAWDのBPレガシィの方が70kg軽く、計測方法が若干違うとはいえ、燃費も、良い。
この辺が、20世紀から21世紀にかけての、技術の進歩と言えるのかもしれない。
アメリカ産まれの帰国子女、アコードワゴン。
あの当時のステーションワゴンブームを担ったのは、レガシィだけではなく、このアコードの存在も大きかったと思う。
今も大好きな、クルマである。