話題の映画『最後の忠臣蔵』を観た。
http://wwws.warnerbros.co.jp/chushingura/main.html
役所広司、佐藤浩市という配役もさることながら、杉田成道監督が興味を抱かせる。
美しい画面だった。
風景に重なって人の心の美しさを映し出されていた、などという陳腐な表現が思い浮かぶ。
曽根崎心中の浄瑠璃が挿入されていく流れだが、自分に素養があればもっと深い感じ方ができるかもしれないと、微妙にひっかかりがあったことも確かだった。
いずれにしても、この映画はかつての日本人にとって「死」とは何か、生きるとはどういうことか、を考えさせてくれる。
例えば、悪いことをしたら死ななければならない。
例えば、主君に仕えることは身を捧げるということである。
いったん約束したことは守らなければならない。それが自分の心に背くことであっても、自らの肉体を葬ることになっても。
公式ホームページのコメント一覧に、脚本家君塚良一がシャレた言葉を残している。
人はその生き方をコートのように着たり脱いだりしてはいけない
その在り様はもはや希少となっているが、これ以上遠ざけてはいけないようにも思う。
さて、なぜかすっきりしないのは、この映画がワーナーブラザーズによって配給されていること。業界には詳しくないが、そういう時代なんだなと気づかされる。
http://wwws.warnerbros.co.jp/chushingura/main.html
役所広司、佐藤浩市という配役もさることながら、杉田成道監督が興味を抱かせる。
美しい画面だった。
風景に重なって人の心の美しさを映し出されていた、などという陳腐な表現が思い浮かぶ。
曽根崎心中の浄瑠璃が挿入されていく流れだが、自分に素養があればもっと深い感じ方ができるかもしれないと、微妙にひっかかりがあったことも確かだった。
いずれにしても、この映画はかつての日本人にとって「死」とは何か、生きるとはどういうことか、を考えさせてくれる。
例えば、悪いことをしたら死ななければならない。
例えば、主君に仕えることは身を捧げるということである。
いったん約束したことは守らなければならない。それが自分の心に背くことであっても、自らの肉体を葬ることになっても。
公式ホームページのコメント一覧に、脚本家君塚良一がシャレた言葉を残している。
人はその生き方をコートのように着たり脱いだりしてはいけない
その在り様はもはや希少となっているが、これ以上遠ざけてはいけないようにも思う。
さて、なぜかすっきりしないのは、この映画がワーナーブラザーズによって配給されていること。業界には詳しくないが、そういう時代なんだなと気づかされる。