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「敬」と「恥」

2011年01月02日 | 雑記帳
 暮れに、新年は書初めをしてみようと思い立ち家族にも言っておいた。
 漢字一字で今年のモットーなどをしたためることにする。
 本来ならば二日ということなのだろうが、思い切って元旦の朝に筆を持つ。

 選んだ文字は「敬」。

 昨年末から再読していた『本能の力』(戸塚宏 新潮新書)の中に紹介されていた「安詳恭敬」より採ってみた。

 儒教の言葉だという「安詳恭敬」。
 安詳とは、意志を安定させ集中させること。
 恭敬とは、己を知り目標を持つこと。敬は自分より優れた他者の技量を知ることによって生じるという。

 今年も一年その心構えを忘れずに、学びを深めていきたい。

 実はもう一つ気にかかる文字がある。

 横山験也さんの著した『明治人の作法』でも紹介されている大妻コタカ。
 彼女が創立した大妻女子大学の校訓が、「恥を知れ」であることを知ったのは数年前だった。
 改めてこの「恥」という言葉の重さを考えてみたいとも思った。

 今、学校教育のみならず「恥をかかせない」ことが優先されている世の中だが、それはかなり一面的なとらえ方だなと考えるようになった。

 他者に対しての配慮は結局自分にも当てはめられて、何か恥を怖れている社会になってしまったように思う。

 『中庸』に「恥を知るは勇に近し」という一文があるという。
 また『論語』には「恥ありて且つ格る」とある。

 つまり、自分に深く問いかける言葉として「恥を知れ」はある。
 その姿勢がない者は、他者に対する働きかけもできないのである。