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「応援歌」が示している生き方

2011年12月10日 | 読書
 入手困難でアマゾン古書では2万を越す価格になっている本を、知り合いより貸していただいた。

 『校長の応援歌 ~現代っ子とともに』(青木剛順 ツルヤ)

 かなり以前に野口芳宏先生の講座で紹介があったように思うが、そのまま失念していたままだった。

 第一部「中学校よ、甦れ」は、冒頭から引き込まれる様に読み耽った。

 著者の勤務の時系列からすれば逆になるのだが、なぜそこから書き出さなければならなかったかは、読み終えてみれば必然的なように思えてくる。
 クライマックスのような出来事から語る手法もあるのだろうと思う。しかしそれは緻密な計算された構成という以上に、常に全力で仕事に挑む者が、最初から強い球を投げ込んでくる姿に似て、読み手を圧倒する。

 生徒を、職員を、まさに感化していくリーダーの言葉は、実に熱く味わい深い。借りている本なので、ページの端を折ることができず、その度にメモしておくこととした。
 結果二つ三つではなかったので、ここでは引用せずいずれ別の形で残しておきたい。

 読み進めているうちに思い浮かんだ一字は「劇」。

 劇的な展開のあるドラマであるし、それは主人公である校長の劇薬にも似た強い言動によって成し遂げられていく。
 「劇」の字源には、虎と猪が争い力を出す様子があるのだが、まさにそういう激しさがあふれている。
 職員が生徒を制止するために体罰をふるったとき、その職員に向かって「俺の子供をなぜ殴った。許さないぞ」と口にできる覚悟はどれほどのものだろうか。

 あとがきに経緯が記されている、当初第二部に予定されながら割愛された青木先生の自己形成史を読んでみたいと思うのは、私だけではないだろう。

 『校長の応援歌』という題名は、実際に壇上から自作の応援歌を歌うエピソードからつけられたのだろうが、間違いなく、その姿がこの本を象徴している。

 そして「応援歌」が著者の生き方を示していることにも気づかされる。